研究の片手落ち

二度と生まれ育った家には戻らないというのであれば、そこで獲得した性格は二度と表舞台には現われないかもしれません。シンデレラは王子との結婚後、二度と継母のいる狭い家には戻りませんでした。彼女の控えめな性格は、ほうきとみすぼらしい衣服とともに忘れ去られたのです。

たいていの人は生まれ育った家に戻ります。そして玄関を入り、台所にいる母の「〇〇ちゃんなの?」という声を聞いた途端に、成長してすっかり脱したと思っていた昔の性格が甦

り、体全体を覆ってしまいます。家の外では成功を手にした堂々たる女性や男性が、実家の一家団欒の夕食の席につくと、まもなく口げんかをはじめたり、ぐちをこぼしはじめたりします。まるで幼い頃のように。どうりで休暇に実家に帰りたがらない人が多いわけだとハリスは言います。

はじめに子育て神話は人為的な神話であるとハリスが述べたときに、私たちはすんなりとそれを信じることができなかったのは、信じることができないだけの根拠があまりに多かったからです。私たちは、親が子どもに影響を及ぼすのを自分の目で見て知っています。しかも社会化研究者はそれを証明するデータを山ほどもっています。

ハリスは確かにそうだと言います。しかし、こんなことを問いかけています。「自分の目で見たというのは一体どこで見たのか。研究者はそのデータをどこで集めたのか。確かに親は子どもに影響を及ぼします。しかし親が一緒でないときにもそれらの影響が引きつづき残っているという証拠はあるのだろうか。親の前では気むずかしい子も、もしかしたら同級生や先生の前ではすっかりとりすましているかもしれない。」

社会化研究者たちが信じる子育て神話を裏づける証拠の多くは、親の前での子どもの行動観察、もしくは母親が記人した子どもの行動に関するアケートなどに基づいているというのです。確かにそうですね。今までハリスが述べてきたように、子どもたちの多くは親の前と外での姿が違うのです。ですから、研究者は家庭環境の影響、たとえば離婚による影響などを実証しようとするので、家の中での子どもの様子を観察すますが、その場所は最近子どもにとって不愉快な出来事が多発した場所でもあります。さらにひどいことに、研究者たちは、とりわけ離婚の混乱後で決して中立的な観察者とはいえない親に、子どもの行動について質問しているのです。およそ予想はつきますが、この方法では離婚した親の子どもは、婚姻関係を継続している親の子どもより、はるかに悪い状況にあるという結果が出る場合が多くなるのです。もし親から離れた家の外で観察を行なえば、離婚した親の子と離婚しない親の子との差はぐんと縮まるかまったくなくなるだろうとハリスは考えています。そうはいっても、差はいくぶん残るでしょう。それは成人になっても変わらないそうです。

このようなある意味で片手落ちの研究結果によって、子どもを判断し、決めつけてしまうことが多いようです。状況の作用は発達心理学がかかえる大きな問題のようです。状況の作用によって、研究者が考えるもの、もしくはそうあってほしいと願っているものとは違った意味をもつ相関関係が生み出されてしまうようです。相関関係は研究室内でも、家庭内においても見られます。