別の役割

次のような意見もあるそうです。「子どもたちのきょうだい関係の評定値と仲間関係の特徴を示す評定値の間には有意な関係はほとんど認められない。…きょうだいに対しては競争心をあらわにし、支配的な様子が観察されている子も、母親からの報告によると友人関係ではうまくいっているという。母親からは、きょうだいは敵対関係にあると報告されている子が、友人との親密さでは高得点を示している。…たしかに年少のきょうだい相手に競争心を露わにしたり、支配的な行動をとるからといって、それが友人に対する好ましくない問題行動に必ずつながると考えるべきではない。」

双子でないかぎり、子どもたちのきょうだい関係は対等ではありません。ほとんどの場合、年長の子が主導権を握り、年少の子がそれに従います。年長の子は優位に立とうとし、年少の子はそれを邪魔します。仲間関係はこれとは異なるとハリスは言います。仲間同士はきょうだいよりも立場が対等であり互換性に富む場合が多いのです。アメリカの子どもたちでは、もめごとや敵対行為は仲間同士よりきょうだい間ではるかに多く勃発するようです。

きょうだい間のもめごとは、フランク・サロウェイの『反逆者に生まれて』のテーマです。彼の考え方によると、きょうだいとはもともとライバル同士として生まれ、家族の富や親の愛情を公平に、もっとも第一子は公平以上にですが、分け前としてもらえるよう競いあうのだと言います。彼はこう言っています。「子どもたちはそれそれ別の役割を果たすことでそれを実践している。」家族内の適所がすでに他の人によってふさがれていたら、子どもは別の方法で親の気を引き、親に尊重されるように努めなければならないのだともいうのです。

ハリスはこの考え方に反対はしていません。またきょうだいの確執を成人になっても、時には死ぬまで引きずる人が多いのも確かだと言います。実際に、彼女のグラディスおばさんとべンおじさんは一生憎みあっていたそうです。しかし、きょうだい関係で身につけた情動や行動を他の人間関係にまで引きずってしまうという考え方には合点がいかないと言います。グラディスおばさんは兄のべン以外の人が相手であれば、おとぎ話に出てくるシンデレラのようにやさしく、親切だったそうです。

きょうだい関係で身につけた行動パターンは他人との接し方に役に立つわけでもなければ、邪魔にもならないと言うのです。私たちの特徴に一生消えない形跡は残さないのです。もし形跡を残すようなことがあれば、成人対象の性格検査でその影響が認められるはずです。すなわち第一子とそれ以降の子どもの間では成人してからの性格になんらかの違いが現われるはずだと言うのです。出生順位による影響は、成人の性格を調査した研究の過半数では現われなかったのです。しかし、ある特定の方法で実施された研究ではその影響が確認されているそうです。被験者の性格をその親もしくはきょうだいが評定する方法です。親に自分の子どもを説明してもらうと、彼らはたいてい第一子は他と比べ真面目で几帳面で、責任感があり、不安傾向が強いと答えるだろうと言います。ところがもし第一子について弟や妹に聞くと「いばっている」という答えが返ってきます。これらはその被験者の家の中での姿なのです。