一卵性双生児の共通点

幼少時に離ればなれになり、別々の家庭で育てられた一卵性双生児には不思議な共通点があるという話題はマスコミでも何度か取り上げられ、人々の想像力をかき立てました。ハリスは、ここで、二人のジムの話を紹介しています。二人とも爪を咬む癖があり、日曜大工が好きで、同じ型のシボレー車に乗り、タバコはセーラム、飲むのはミラーライト。さらに二人は息子をそれそれジェイムズ・アラン(Alan)とジェイムズ・アラン(Allan)と名づけていました。地元の新聞には、同じ顔をして、ともに消防ヘルメットをかぶった二人の男性が写真入りで紹介されていました。二人はボランティアの消防団員になったことで再会を果たした双子でした。またジャック・ユーフェとオスカー・シュテールの話です。一人はトリニダードでユダヤ教徒の父親に育てられ、他方はドイツでカトリック信者であった祖母に育てられていました。再会したとき、二人はともに四角いワイヤーフレームの眼鏡をかけ、短い口ひげをはやし、エボレットのついたツー・ポケット・シャツを着ていました。二人とも雑誌を後ろから前へ読み、トイレは使用前に流すという習慣がありました。おまけに二人ともエレベータ内でくしやみをして周囲を驚かせるのが好きでした。また別の双子、エイミーとベスの話もあります。二人は別々の家庭に引き取られ、エイミーは親から冷たくされ、ベスは溺愛されましたが、その二人がともにまれな認知障害と人格障害の併発に悩まされていました。

これらの別々に育てられた一卵性双生児の実話は、遺伝子の影響力を実証するもので、たとえ育った環境がかけ離れていても、遺伝子によって性格上の特徴に驚くほどの類似性が生ずる可能性があることを物語っています。現在解明されている遣伝のメカニズムや脳神経生理学では説明することのできない方法で遺伝子は人間の行動を巧みに、そして複雑に支配していることを示唆しているようです。

ところがその逆はめったに取りざたされません。つまり、同じ家庭で育てられた一卵性双生児でも期待するほどそっくりにはならないという点です。別々に育てられた双子があれだけの類似性を示すことを踏まえると、一緒に育てられた双子なら印刷された2枚のクリスマス・カードのように、うりふたつになるはずだと期待します。ところが実際には、一緒に育てられた双子も幼少時に引き離され別々の家庭で育てられた双子も、たいして変わりません。共通する細かな癖は多くても、お互いに異なる点も多いのです。

似ている度合でいえば、一緒に育てられた双子は、別々に育てられた双子と大差ないのです。まったく同じ遺伝子をもち、しかも同じ家庭で、同じ時期に、同じ親によって育てられた二人であるのにもかかわらす、性格は同じにはならないのです。一方が人なつっこければ、他方はさらにその傾向が強くなります。一方が転ばぬ先の杖を心がければ、他方は出歩くことすらないかもしれないのです。一方が相手の意見に賛成できなくても落ち着いて対処できるのなら、他方はくそくらえと暴言を吐きます。こうした二人でも一卵性双生児です。外見はあまりにもそっくりで見分けもつきませんが、性格テストを受けるとなると彼らは別々の回答に印をつけます。同じ家庭で育てられた一卵性双生児の性格テストに基づいてさまざまな方法で推断された性格特性の相関係数は、わすか0.50程度だったそうです。

一卵性双生児の共通点” への6件のコメント

  1. 遺伝と環境、という括りからヒトに通ずる真理を解き明かしていくかのようで、読んでいてとてもわくわくします。なるほど同じような容貌を携えていたならば、自然その趣向というのが共通になるものもあるというのは、何となく頷けてしまいます。加えて、生きている時代が共通である、という時代による影響も考えられはしないでしょうか。特に流行や世相などが挙げられるように思い、その共通項について、また、共通しない項について、どのような影響があったのか、とても興味深く思います。

  2. 〝同じ家庭で育てられた一卵性双生児でも期待するほどそっくりにはならない〟というのは確かに、遺伝子がほぼ同じであるのに、なんでなのかと興味が湧いてきますね。
    友だちの双子の場合は顔はそっくりですが、性格は片方は元気でうるさいくらいで、片方は静かです。思春期の頃にお互いに似ているのがいやな時期があったみたいで、その時期からお互いに違う友だちや違う場所、ちがう髪型、違う趣味を持つなど、意識して変えていたということを聞きました。双子だとそんな苦労もあるんだなと思いましたが、同じ家庭で育っていると、そのように逆にお互いが意識しあって、被らないようにするということもあるのではないかと思いました。

  3. この一卵性双生児の双子の例から考えると、遺伝子か環境かというものが片方にいってしまいそうになるほど、考え深いものがあります。性格は違えど、髪質や輪郭、顔が瓜二つだから、環境が変わっても、自身にとってよりよい身なりをしたら例にあるような身なりが考えられるかもしれません。育った環境によって、性格や考え方は左右されることは、考えれますが、それがもつ、遺伝子によって左右されにくい環境かであれば、違ってもあまりかわらないのかもと思ってしまいます。不思議さを感じつつ、遺伝子と環境のことを考えていきたいです。

  4. 離れ離れの異なる環境で育ったにもかかわらず、紹介された事例のような類似性を示す「一卵性双生児」の存在。正直、驚きました。そこまで似るのか!畏るべし、一卵性双生児の皆さん。今回のブログの内容からは、環境よりも遺伝力の強さを単純に感じてしまいます。同じ家庭、両親、のもとで育った一卵性双生児の類似性が、別々の環境で育った彼らと然程変わらない、という事実。これにも驚かされました。「共通する細かな癖は多くても、お互いに異なる点も多いのです。」とあります。似ているけれど、やっぱり違う。一人ひとり、ということでしょう。この一卵性双生児の事例から考える時、一卵性双生児でもそれほど違うのです。一人ひとりが違うのは至極当然で、その違いを認め合う多様性の考え方はやはり重要だと思いつつ、違った人たちが暮らせる社会にはその違いを認めつつ互いが尊重して生きられる社会の創造を必須とするのだろうと思った次第です。

  5. 別々に育てられた双子の様子というのは単純にすごいですね。またそこで再開を果たすところがドラマチックですね。こうした例というのはまれかもしれませんが、一卵性のあり得ることといえるのでしょうね。そして「実際には、一緒に育てられた双子も幼少時に引き離され別々の家庭で育てられた双子も、たいして変わりません。」とあります。現実はドラマだけではないことがわかりますが、変わりないことは我々の予想に反していると言えますね。ここからどんな見解が必要であるのか注目です。

  6. 前半に書かれた双子の例は面白いですね。生まれて離れ離れになった双子が全く違う環境で育ち、運命の再会を果たす・・・短編ドラマが作れそうな内容です。確かに逆は滅多に取り上げられませんね。全く同じ環境で育ったのであれば、癖はもちろん、性格も瓜二つに育ちそうな気がしますが、実際はそうではないのですね。一卵性の卒園児を思い出すと、確かに細かい癖は似てるものの、性格は違っていました。細かい癖などを見た瞬間「やっぱ双子だな」と思ってましたが、今思うと大した事ではないのかもしれません。それよりも同じ環境で育っているのに、どうしてこんなにも性格が違うのだろう?疑問を抱くことが大切という、不思議に感じる事だったのですね。やはり、母親と父親の性格が違うから、いくら一卵性でも性格は違ってくるのでしょうか・・・考えれば考えるほど不思議な事です。

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