ミネソタ大学の研究

ミネソタ大学では行動遺伝学者のグループが「別々に育てられた双子の研究」というプロジェクトをつづけているそうです。別々に育てられて成人した双子がいるとわかると、双子には費用全額支給のミネアポリス旅行がプレゼントされ、一週間を通してさまざまな心理テストを受けてもらうそうです。もし二等賞たるものがあるとすれば、二週間テスト攻めに遭うのかと思ってしまったりもしますが、実際のところ、プロジェクト・チームの申し出を断わる双子はほとんどいないそうです。同じ胎内で育った相棒とおそらく臍帯が切断されて以来はじめて会えるチャンスを棒に振る者はいないからだろうと推測できます。

テストを受けるためにミネアポリスに足を運んだ双子の中にお笑い姉妹として知られる二人がいたそうです。この二人の女性は別々の家庭で育てられ、しかも二人とも養父母を内気で表情に乏しい人々であると評価しているにもかかわらず、二人ともびっくりするくらいの笑い上戸だったそうです。実際、お互いが再会するまでは自分以上に笑う人には出会ったことはなかったと言っていたそうです。

このお笑い姉妹を観察していると、笑いは遺伝すると早合点しそうだったと言います。しかしこれは一例にすぎず、データでなく逸話として紹介しているだけであるとハリスは言います。この二人の育った家庭環境も実際ずいぶんと似ています。この双子が成人後もあれだけ笑えるのは、二人とも子どもの頃にあまり笑う機会がなかったからかもしれません。本当のところ、この双子が二人とも笑い上戸なのはまったく同じ遺伝子をもつからなのか、それともこうした結果を誘発した共通の経験があったからなのか、それを断定することはできないのです。二人が同一の遺伝子をもっていることから、お互いに異なる点は遺伝によるものではなく環境によるものであることは間違いありませんが、お互いの共通点は遺伝によるものであるのか、環境によるものであるのか、もしくは双方の相互作用によるものであるのかとも考えられます。

このお笑い姉妹に関しては調べることはできませんが、彼女たちの特性については調べることができます。行動遺伝学者に、血がつながっているかどうか、一緒に育てられたかどうかということには関係なく、数十組の双子やきょうだいを提供すれば、よく笑う傾向を規定しているのが遺伝なのか環境なのか、もしくは両方の相互作用なのかを調べることができます。それは、行動遺伝学での方法論は、養子は養家の親に似るのか、それとも生みの親に似るのか、という昔からの問いに変化を加えたものを基本としているからだそうです。この問いの中で「親」とあるところを「きようだい」と置換することで、年の離れた人間同士を比較する複雑さを排除することができ、しかも元の意図を活かすことができます。この方法は、二つの前提の上に成り立っています。一つは、同じ遺伝子をもつ者同士はもたないもの同士よりも似るということです。もう一つは、子ども時代に同じ環境で育った者同士はそうではない者同士よりも似るということです。

ミネソタ大学の研究” への6件のコメント

  1. 「子ども時代に同じ環境で育った者同士はそうではない者同士よりも似る」2つの前提を見て興味深く思ったのは、「同じ親」でなく「同じ環境」であるという点です。以前のブログでも、同じ親に育てられながら性格の全く違うきょうだいがあることが挙げられていました。子育てを投資に例えた投資理論を思い出すところで、親の愛情の投資はともすれば偏ります。であれば、むしろ同じ親でなく、同じような環境下で育てられることの方が、似ることについては好条件だと考えることができるように思え、その前提についてとても納得してしまいました。

  2. 前提の二つ目の〝子ども時代に同じ環境で育った者同士はそうではない者同士よりも似る〟とありました。そこで思ったのは同じ保育園に通った子ども同士はどうなのか、ということです。親が同じであれば、容姿などでかける愛情に差が出てしまうというのは以前のブログにもありましたが、保育園では血の繋がっていない大人が多数でみることになり、比べるとかける愛情に差が出にくい環境ではないかと推測できます。同じ保育園ということは、ほぼ同じような環境ということになり、違う保育園で育った子よりも似ていることになるのかと考えることができますね。
    おそらく初めて違う保育園の子同士が出会う小学校では、その環境の違いから戸惑うことも増えてくるのではないかと思われます。

  3. 研究対象になったことによる報酬というものがあるのですね。
    この同じ笑うのような感情行動が遺伝子なのか、環境なのかということには、そういった遺伝子に感情の表しかたが持っていたからなのか、育った環境によるのかと考えてしまいます。例えば、環境であれば、遺伝子によって繋がりのない人同士が集団生活で過ごすことで笑いは影響するのかという問いを考えます。環境によって左右されるものがあることはわかりますが、遺伝子によって左右されるものが環境によってどのように変わるのかを考えてみることが必要だと感じます。

  4. 米国の大学は、研究を進捗させるため、実に大胆な手法を用いるのですね。「費用全額支給のミネアポリス旅行がプレゼント」され、そして「一週間を通してさまざまな心理テストを受けてもらう」。日本でやるとすればどうなのでしょう?旅行とテストがセットになる。思い出したのは、日本の製薬会社か何かが、薬を開発して、その被験者になるならその方に報酬としていくら支払う、ということです。ところで、日本の大学における研究では、そうしたことが単独では可能性が相当低いような気がします。どうなんでしょう?さて、「お笑い姉妹」の事例はおもしろいですね。私は単純ですから「一例にすぎず、データでなく逸話」として片づけられたことに残念さを感じてしまいます。実証研究の成果がデータによることの意味はわかりますが・・・。遺伝か環境か?はたまたそのミックスか?研究者ではない私は、これまた単純に、ミックスでしょう、と結論付けてしまいます。果たして、真実に至る方法は何か?・・・今回のコメントに「?」が4個もついてしまいました((;´д`)トホホ)。

  5. 正直少し難しいなと感じています。最後にある「子ども時代に同じ環境で育った者同士はそうではない者同士よりも似るということ」というところだけをピックアップするとそれぞれの園の特徴が出てくることを想像します。各園特徴があり子どもの色というのが現れるような印象です。それは同じ園で毎日一緒にいることで同じ環境を過ごすことで少し似てくるというイメージでしょうか。そうでない者同士よりも似るということが園の子どもの色になって現れるのですかね。

  6. お笑い姉妹の例ですが、逸話とはいえ環境が子どもの成長に与える影響の大きさを伺える例です。環境という視点で考えると保育園に来ている子ども達は1日の大半を園で過ごし、親よりも多く一緒に過ごしています。そのため、環境が与える影響が大きいということは、それだけ保育園が子ども達の成長に大きく関わっているとなると、やはり私たちの仕事は本当に重要な職業だと思いました。一斉画一の教育スタイルにより子ども達は同じように育てられ、個がない集団が生まれ、それが新社会人が社会に適応できにくいという社会問題になっています。同じ環境で過ごしている中で、自分の個性を伸ばすことできるという共通した育ちを育んでいきたいと思いました。

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