ドイツ報告16

視察四日目になりました。午前中は学童保育の見学です。ドイツでは、小学校、中学校は半日制で、授業は昼までで終わってしまいます。多くの学校では給食もありません。そして、宿題がたくさん出ます。子どもたちは家に帰ると、昼食を食べ、宿題をやらなければなりません。宿題が多いのは、もちろん学校ではやりきれないこともあるのでしょうが、自分で勉強するという習慣をつけるという意図もあるようです。学校では先生から教わりますが、それはやらされている感がありますので、社会に出てから自ら課題に取り組むという姿勢を身につけるということです。

昼で終わってしまうにはもう一つ理由があります。それは、日本と違って、子どもの教育に関して役割分担があるのです。日本では、学校の先生は、教科を教えるだけでなく、生活も、道徳意識もみな教えていきます。しかし、ドイツでは、学校は基本的な、だれでも学ぶべき勉強をする場所ということに特化して、基本的な生活習慣とか、しつけ、道徳規範などは家庭で行います。また、子どもが好きなこと、たとえばスポーツとか、ことは家庭で行う。ドイツでは何でも学校任せではなく、学校(主に学習)・地域社会(スポーツ等のFerein・クラブ活動)・家庭(基本的な生活習慣、躾、道徳)と役割分担がきっちりされています。

また、ドイツでは、就学年齢は決まっているものの、それはその年齢になると小学校に入学するという年齢ではなく、その年齢になると小学校に入学できる権利があるということで、いつから就学するかということは保護者が決めます。わりとインテリの保護者は1年遅らせるそうです。それは、小学校の学年が上がるときにもそうで、保護者がわが子をもう一度1年生をやらせたいと思ったら、その学年にステイします。ですから、各学年のクラスでは、子どもたちの年齢は様々です。だからといって、子どもたちは何の偏見も持っていないようです。

このような状況ですので、ドイツでの学童保育は非常に重要な役割を持っています。訪問した学童クラブは、1年生から4年生まで50名のクラブでした。ドイツでの小学校は4年生までですので、日本のような4年生までということとは事情が違います。スタッフは、9名ですが、ほとんどがパート勤務で、常勤は年長先生だけだそうです。建物は約100年前に建設されたもので、学童保育としては約50年の歴史があるそうです。

小学生の子どもたちは学校が終わってここに来るのですので、11時30分から13時までの間にきます。13時までに帰ってきた子がまずやるのは宿題です。学童クラブの主な活動は、きちんと宿題をやることです。ただし、金曜日に限っては、宿題はここでやらずに家に帰し、家でやってもらいます。そして、13時から14時15分まで昼食を食べます。その後は17時30分まで自由遊びです。ここでも、参画とオープン保育が実施されており、50名全員が一クラスというコンセプトです。週1回は、全体集会があるそうです。参画の考え方は、ここでは保護者に対しても行っています。

保育室は、学童対象であっても、全く幼児施設と同じようなつくりをしています。各部屋には様々なゾーンが用意され、園庭には、柳の木で作られたトンネル、石が点在する庭、環境だけ見れば、幼児施設と見違えるほどです。グッズとして面白かったのは、アルファベットの書いてある袋で、この中に書かれたアルファベットで始まるものを子どもたちが入れるそうです。

ドイツ報告16” への10件のコメント

  1. 教育についての視点、考え方やそれを実践し、制度化されている現状が日本とこんなにも異なるということを改めて感じてしまいます。「自分で勉強するという習慣をつけるという意図もあるようです。学校では先生から教わりますが、それはやらされている感がありますので、社会に出てから自ら課題に取り組むという姿勢を身につけるということです。」自発的な学びの習慣化、時間の有効活用、流れやすい毎日の中で、この意識があるとないとでは大分違いが出るように思われます。その習慣を子どもの頃から意識して生活をすると、それは大人になった時に楽だろうと想像します。そういう実のある毎日の積み重ねが大人になって表出されるという意味では、保育や子育ては生活や環境、そこに携わる人の手とその子の資質全てを含めて産み出される総合芸術のようですね。

  2. ドイツの国としての子どもに対する考え方が日本とは異なるものであることが〝ドイツでは何でも学校任せではなく、学校(主に学習)・地域社会(スポーツ等のFerein・クラブ活動)・家庭(基本的な生活習慣、躾、道徳)と役割分担がきっちりされています〟とあり、分担して子どもをみていこうということであるんですね。書かれてある通り、日本では全て学校や幼児施設に任せてしまう、言い方を変えれば甘えてしまっているということでしょう。教育を分担するということは、子どもを取り巻く環境全体でその子一人をみていこうということであり、周囲の協力体制、支援が必要になりますね。ホモ・サピエンスが生き残ったのは、このような「協力」を武器にしたからであると思いますので、ドイツの考え方が人類の進化の歴史からみると、自然なことをしていると言えるのではないかと思いました。

  3. “就学年齢は決まっているものの、それはその年齢になると小学校に入学するという年齢ではなく、その年齢になると小学校に入学できる権利があるということで、いつから就学するかということは保護者が決めます”という言葉を改めて考えると、子どもをしっかりと見て育ててきた背景があってこそ、子どもにあった教育的環境を用意しようという形が保たれているような気がします。日本では、その年齢になったら義務教育の形として、学校にいれなければならないという鉄則のようなものがあり、そのため、就学前になると、保護者は、文字など勉強のことなどの早期教育のように行わなければと急に始めていることを感じ、学校に困らないための勉強をするということがあり、子どもへの負担が大きい気がします。ドイツである子育てが地域との一体型、それぞれがもつ役割を充実させ、社会に出て必要なスキルを身に付けることができるように取り組みがあることを一貫した子ども主体である保育が展開されていることを考えることができます。

  4. 今回のブログの前半部分を読んで、日本の保育園幼稚園が一部屋ですべてを完結させようとする傾向とは真逆の保育教育実践がドイツバイエルン州にはきちんと保障されているのだと気づきます。「役割分担」ということについては、私たち日本人も気づいているのですが、「担当」「担任」王国の保育教育現場を持つ日本では、何だかんだとできない理由を拵えて、変わらないことを選択している就学前施設が多いですね。ドイツバイエルン州の取り組みは私が勤める園の取り組みと似ています。21世紀型保育とは、オープン保育に尽きるのだろうと思うのです。学習についてもそのことは言えますね。オープンが保障される、ということは、子ども一人ひとりの主体性、自発性、総じて自立が保障されている、ということです。学習は基本的に自立して行うものであり、同時に学習の地平を広げるため学びの集団が必要となってくることでしょう。ドイツの就学のシステムを我が国においても実現されないのだろうかと思ってしまいますね。無理して小学校に上げなくてもいいと思うのですが、大人主導の日本社会は、大人が決めたルールを子どもたちにも押し付け、年長の次は小学校1年生。果たして、真の意味で、子どもの権利を保障していることになるのでしょうか。

  5. ドイツの形にはよく驚かされますが、今回の内容にあった「小学校、中学校は半日制で、授業は昼までで終わってしまう」ことも驚いたことの1つです。その理由に「ドイツでは何でも学校任せではなく、学校(主に学習)・地域社会(スポーツ等のFerein・クラブ活動)・家庭(基本的な生活習慣、躾、道徳)と役割分担がきっちりされている」とありました。そう考えると、日本の学校はオーバーワークなのではないかと思えてしまいます。完全に役割分担をしきってしまうと補い合うことが難しいことが懸念されるようにも感じてしまいますが、ドイツのことですから、そういう部分もしっかりされているんだろうなと感じました。さらに「就学年齢は決まっているものの、それはその年齢になると小学校に入学するという年齢ではなく、その年齢になると小学校に入学できる権利がある」というのも驚いたことの1つで、日本もそれを導入できれば、発達障害という捉え方に少しは変化が出るのではないかと感じました。

  6. 園の役割、家庭の役割をはっきりと区別している事、そして学校が午前中終了する事に関して、文化が違う思うと感じることと、教育と道徳の捉え方が違いますね。また就学する年齢もバラバラという点も、初めて藤森先生から聞いたときは驚きと、システムの目的を聞くと羨ましく思いました。ただ日本で就学を遅らせるシステムの導入は難しいと思いますし、午前中で終わるのことなど、無理のような気がします。だからこそ、日本で乳幼児教育で大切にすべき事が明確になると思いました。

  7. 「ドイツでは、学校は基本的な、だれでも学ぶべき勉強をする場所ということに特化して、基本的な生活習慣とか、しつけ、道徳規範などは家庭で行います。」とあり日本との教育の違いが伺えますが、その中で大切にしなくてはならないですし、自分の置かれた立場から考えると見習うべき点が多いね。学校任せではなくてまずは家庭からという意識は少し日本は低いのですかね。任せているつまりはありませんが、我が身を振り返るような思いになります。

  8. 学校が半日で終わり、宿題が多いことで自ら勉強する習慣を身につけているのですね。私は、勉強が好きではありませんでした。それは、やらされている感が強かったのが原因かもしれません。それに比べて、自由研究や図画工作など自由に自分がやりたいことをできる授業は好きだったことを思い出します。保育では、子どもの自発的な取り組みを重視することにつながりますね。
    またドイツの子どもたちは、就学する権利がありその年齢になったから必ず就学しなければいけないということではないのですね。そこに、子どもたちの年齢の偏見がないことも自然と異年齢交流の場があり様々な多様性に囲まれた良い環境になっているのだと感じました。

  9. 学童施設の充実さには驚いてしまいました。また、写真にもありましたが、大きな石がある園庭にも驚きました。学童施設にはそのような園庭はないのではというイメージを持ってしまっているので、意外でした。ですが、ドイツでは当たり前なのかもしれませんね。ちょっと姿を隠せるような木々もあったりしました。8歳までは幼児期であるということを言われますが、しっかりと子どもの発達を理解しているからこその園庭なのかもしれませんね。また、日本と違い、ドイツはしっかりと分担が行われているのですね。そう考えると日本の小学校の先生や、部活のある先生方は朝から夜まで役割があり、とても大変ですね。それぞれの持ち場があり、役割分担がしっかりしている社会の方が負担も少なく、過ごしやすいものになるのでしょうか。そんなことを想像してしまいました。

  10. ドイツの学校教育と日本の学校教育を比べると大きく違いますね。以前からも日本の学校教育において教師の行わなければいけない内容が多いということは言われていました。また、世界と日本とを比べる番組などでもこういったことはたびたび紹介されますね。その時は日本の教科書は一人一人に配られているのに対して、海外では基本的に上級生からまわってくるものでボロボロのものを使っているというものでした。何よりも海外の教師は日本の教師には絶対なりたくないというのが印象として残っています。「子どもの教育に関しての役割分担」というのは日本ではとてもうやむやになっているのは事実ですね。これが日本としての良い文化なのでしょうか。少なくとも今の時代はそうではないように思います。とはいえ、昔からの文化で利点はあったはずです。本来での家庭での役割がどこかで変わってきてしまっているのでしょうか。それとも時代とともに変わらなければいけないのでしょうか。

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