信じるもの

親の子どもへの影響の大きさを疑う人は、臨床心理学者の研究は、自分で患者を選び、その患者との対話を基に仮説を立てるので、それは証拠とはみなさないという人もいるだろうとハリスは言います。しかし、いわゆる一般的な親子を対象として注意深く企画実施された調査で得た証拠もあると言います。
以前、ブログでヒラリー・ロダム・クリントンの自著「村中みんなで」という本の中の言葉を紹介したことがあります。その本の中で、発達心理学者の詳しい調査研究によって明らかになった結果をまとめています。そこには、「親が愛情をたっぷり注ぎ、常に向かい合いながら育てた赤ちゃんは親にしつかりと愛着をもち、自信溢れる愛らしい子どもへと成長する」「子どもとの会話を大切にし、また本の読み聞かせを習慣とした親は、快活で学業の成績も優秀な子どもをもつ」「親に物事の善悪をしつかりと(厳しくではなく)教えられた子どもは問題を起こす可能性が低い」「子どもに粗暴な態度をとる親は、攻撃的もしくは怯えるような、場合によってはその両方を兼ね備えた子どもをもつようになる」「親が子どもに対して正直で、やさしく、誠実であれば、その子どもも正直でやさしく、誠実な人間になる」さらに「親の都合で両親の揃った家庭を与えられなかった子どもは、大人になってからなんらかの挫折を経験する可能性が高い」というのです。
こうした内容は、他の似た内容のものも含めて、どれも単なる臆測ではありません。膨大な調査結果に裏づけられているのです。そのような証拠に疑問を持ったジュディス・リッチ・ハリスも、彼女が執筆した大学用の発達心理学の参考書も同じ調査結果を根拠としていたそうですし、講義を担当する教授もそれらを信じきっていたと振り返ります。ジャーナリストもそうです。時折新聞や雑誌に調査結果に関する記事が掲載されますが、それらも同じ調査結果を根拠としています。親の相談にのる小児科医の助言も多くがそれらに根ざしています。本を書き、新聞の相談コーナーに登場する育児アドバイザーたちもその結果をそっくり鵜呑みにしています。発達心理学者の行なった調査研究は私たちの文化の中でじわじわと広がり、浸透していくのだとハリスは言います。
しかし、ハリスは、突き詰めて考えてみた結果、これは彼女自身が驚いたと言っていますが、その証拠は彼女の手中でばらばらと壊れてしまったのだそうです。発達心理学者が子育て神話の裏づけとしていた証拠はそのとおりではなかったことがわかったというのです。立証すべきものを立証していなかったというのです。そして今、この子育て神話を否定する論拠が少しずつ明らかになってきたようです。
彼女が言うのには、「子育て神話は自明の理ではない。ましてや万人が認める真実などでもない。これは私たちの文化がつくりだしたもの、社会によって大事に育まれたものだ。」という結論に至ったようです。今まで、こんなに強固に信じられていたものが、そうではないということが他人に説明できるのでしょうか?最初は、彼女も大変だったようです。それは、その根拠を証明するよりも、一般の人に受け入れてもらうまで、それ以上に、学者の人たちにわかってもらうまでは、大変な障害にあったようです。