赤ちゃんの反応

親子関係はそれ以外の人間関係同様、互いに影響し合う関係だとハリスは言います。それはすなわち、当事者にはそれそれ役割が与えられ、継続的にやりとりしていくことを意味します。この見解は、とても大切ですね。同時に、保育者と子どもの関係にも言えるようです。その二人が相互に作用しあうとき、一方の言動は部分的には他方の直前の言動に反応して発せられるものであり、また過去の言動への反応でもあると言えます。

幼い赤ちゃんですら親子関係に積極的にはたらきかけていることがわかっています。生後二カ月にもなると、赤ちゃんのほとんどは親と目を合わせ、徴笑み返すようになります。赤ちゃんの徴笑みほど心が満たされるものはないとハリスは言います。たいていの赤ちゃんは親の苦労をねぎらうかのように、親と視線が合ったときに満面に笑みを浮かべてその喜びを表現するのです。

しかし中にはそれをしない赤ちゃんもいます。特に自閉症の子どもたちです。自閉症の赤ちゃんは親と視線を合わすことはありません。微笑み返すこともなく、親の姿を見ても喜ぶそぶりを見せません。親としては自分の存在を喜んでくれない赤ちゃんを心から歓迎することは難しいです。視線を合わせてくれない子どもとつき合っていくことも難しいです。故ブルーノ・ベッテルハイムは、長年自閉症児のための施設を運営してきた人物だそうですが、自閉症の原因は母親の子どもへの愛情の欠如、冷淡さにあると主張しました。後日、そんな罪を着せられたある母親が公然とベッテルハイムを「家族全員を社会から追放し、苦悩を与えた恥すべき人間である」と呼び、抗議したそうです。べッテルハイムは残酷なだけではなかったのです。彼は間違ってもいたのです。自閉症は脳の障害によって起こるもので、生まれつきのものだということがわかっています。母親のあからさまな冷淡な態度が子どもの異常な行動を引き起こしていたのではないのです。母親の冷淡さは子どもの異常な行動に対する「反応」だったのです。

ジョン・ワトソンはきょうだいのそれぞれに違ったところがあれば、それは親の扱い方が違っていたからだと考え、その考えは子どものいないベンおじさんも同じでした。しかし、二人目の誕生からまもなくすると、子どもとは生まれながらにして違っているのだとほとんどの親は気づきます。子どもによって扱い方が違うのは、子どもたちがそれそれ違う特徴をもっているからなのです。怖がりは安心させ、無鉄砲な子どもには注意をうながします。よく徴笑む赤ちゃんはキスを浴び、遊んでもらえますが、反応の乏しい赤ちゃんは授乳時とおむつをかえる時以外はベビーベッドに入れられたままです。社会化研究者が関心を寄せているのは親が子どもに及ぼす影響です。親は子どもに影響を及ぼします。しかし、逆も真なりなのです。子どもも親に影響を及ぼしているのです。ハリスはそれを「子から親への影響」と呼んでいます。

一般的な傾向その二は、抱きしめられることの多い子はやさしい子になり、叩かれることの多い子は難しい子になりやすいというものです。この文脈を逆に読んでも、同じようにまことしやかに聞こえます。すなわち、やさしい子は抱きしめられるようになり、難しい子は叩かれやすいということになります。

赤ちゃんの反応” への10件のコメント

  1. とても相互の関係にあることが理解できます。そして、子育てというのはとても多面的で、一面にその全てが表出されるものではないことを改めて思います。子どもの粗相に対して、親の顔が見てみたい、とはセットのようにされてきたかもわかりませんが、その責任が全て親にあるわけでなく、まして全てその子にあるわけでもなく、その姿を見た大人の解釈の度合いによるものだとしたら、それこそその子を見つめる目を養う必要があると言えるかもわかりません。子ども理解が深まるにつれ、子どもを丸ごと受け止めるということの意味が実感となっていくのだろうと想像しました。

  2. 〝母親の冷淡さは子どもの異常な行動に対する「反応」だった〟との文章から、当然のことであるのに改めて気づくことがまたまたありました。そうですよね。親も当然ながら影響を受けるものですよね。その影響からの反応が少ないのか、ゆっくりとであるのか、とにかく子どものそれよりも小さく見えてしまうことにより、影響を受けている本人も気づいてないかもしれません。
    それと
    子どもがしてしまったことに対して親の責任というものが厳しい印象を、最近のニュースなどを見ていて感じていますが、全てが親の責任でもない、でも、子どもだけの責任でもないと、難しいものであると思います。子どもの姿からの大人の反応があり、それに対して子どもの反応があり…と繰り返すうちにお互いの理解が深まっていくのかもしれないと思いました。

  3. 「当事者にはそれそれ役割が与えられ、継続的にやりとりしていくことを意味します。この見解は、とても大切ですね。」本当に大切だと思います。当事者が子どもであったりおとなであったりしますが、「それぞれ役割が与えられ」そして「継続的にやりとりしていく」。人間関係とはそもそもそうしたことなのかもしれませんね。互いの役割をわかろうとする時良い関係性の方向が示され、やがて分かり合えるようになった時良い関わりが生まれてくるのでしょう。自閉症の赤ちゃんのことが紹介されていました。この件に関わらず、親の養育方法に子どもの問題を帰せしめることは今でもあちこちにあるようです。だから親となった人は育児書や育児マニュアル本によってなるだけ子どもを問題児にしない子育てを心掛けています。しかし、実際はそうたやすくいかない現実があります。「子から親への影響」とハリス女史が呼んでいます。子が発信するサインやシグナル、メッセージに親が反応すること、応答すること、このことが子どもといえども立派な人格者であることを認める第一歩ということになるのでしょう。そこからこそ子の育ちに立派に寄りそえる親、あるいは保育者になりえるのだろうと思うのです。

  4. “親子関係はそれ以外の人間関係同様、互いに影響し合う関係だ”とあることには、私自身が子どもにとっての影響というのには人的環境として、影響があることをしっかりと意識するなかで生きていかなければ思っていますが、自身の存在、次に近い存在、第三者など、様々な関係のなかで、子、大人の枠組みなく、相互作用をもちながら、生活することが生き方として必要であることを感じています。
    また、自閉症の例があるように、子をもて親に対して、適切な情報というのでしょうか、今、目の前にいる子どもの姿が先天的なものなのか、後天的なものなのか、子どもと関わる私が情報として、より正確なものを親の子ども観としてもてるように日々の姿を共有できる場というものを重要に考えていかなければと思います。

  5. 「子どもも親に影響を及ぼしているのです。」という部分では現在息子と生活をしているとよく感じることです。少なからず、子どもがいないときの自分とは大きく人間として変わってきていると実感しています。それはいいところもあれば、悪いところもあるなぁと俯瞰して自分自身を見ると思います。互いに影響をし合うということはやはり共同作業という言葉がしっくりくるように思います。我が子を目の前にするとなにか色々と考えてしまいます。

  6. 親として考えさせられるブログの内容が続いています。どうしても息子を怒ってしまう時があります。特に朝の登園で時間がないのにも関わらず、急にワガママになり、つい怒ってしまい、息子は泣き、微妙な感じで保育園に預ける時があります。その後に一人になり冷静に考えると、そこまで怒る必要も無かったと反省します・・・。「子どもも親に影響を与えている」とあります。個人的には影響というよりも、親として、人として成長させてくれている存在のような気がします。

  7. 子から親への影響とありました。赤ちゃんの行動が親の行動を左右しいることがあるのですね。園でいろんな子どもたちと関わっていると、家庭での過ごし方が何となく分かるような気がします。そして、子どもはそれぞれ優しい子がいたり、手が出てしまう子がいたり、怖がりな子がいたり様々ですが、その子だけが原因なのではなく家庭でどんなふうに扱われているのかなど様々なことが関係してくるのだと思います。保育士として、子ども一人一人の思いや大人へのメッセージをくみ取ってあげられるようになりたいと思いました。また、sasukeさんのコメントを読んで、感じたことですが、子どもたちと関わるときいっぱいいっぱいになり、イラッとしてしまう時や対応が雑になってしまう時もあったりします。やはり、保育をするうえで余裕があることは大切なのだと改めて感じました。

  8. 「赤ちゃんの徴笑みほど心が満たされるものはない」は保育という仕事の大きなやりがいの1つであると思います。しかし、自閉症の子は視線を合わすことも微笑み返すこともないのですね。これほど親にとって辛いことはないかもしれませんね。そして、「母親のあからさまな冷淡な態度が子どもの異常な行動を引き起こしていたのではなく、母親の冷淡さは子どもの異常な行動に対する『反応』だった」という見解は少なからず自閉症を抱える子を持つ親にとって救いの見解であるのかなと感じました。親から子だけではなく、子がもたらす親への影響があることも忘れてはいけませんね。

  9. 「たいていの赤ちゃんは親の苦労をねぎらうかのように、親と視線が合ったときに満面に笑みを浮かべてその喜びを表現するのです」というのは本当ですね。あの笑顔を向けられたときに、愛おしいだけではない様々な感情が押し寄せてきて、幸福な気持ちになります。「母親のあからさまな冷淡な態度が子どもの異常な行動を引き起こしていたのではないのです。母親の冷淡さは子どもの異常な行動に対する「反応」だったのです」という言葉が印象的でした。どちらか一方ではなく、相互に影響しあっているということを感じますし、このような視点でそれぞれの親の気持ちを想像することの大切さを感じました。「子どもによって扱い方が違うのは、子どもたちがそれそれ違う特徴をもっているからなのです」ともありました。まさに、自分軸で相手と関わることがいいのではないということを教えられるようです。自分が相手を変えようとするのではなく、相手に合わせるということが人との関わりでも大切だなと感じますが、そのことをさらに教えられるようであります。

  10. 今回の内容は非常に深いですね。つい私たちの職業柄か親から子どもへの影響をばかり考えてしまうことがありますが、子どもが親に影響を与えている場合もあるのですね。この言葉によって救われる親もいそうですね。自閉症やADHDなど障害を抱えた子どもを育てる親はこういった環境下に置かれることがあるでしょうし、実際今の時代はこういった状況になることは少なくはないと思います。また、このことから見て、赤ちゃんが能動的に親に働きかけているということが読み取れますね。

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