行動

ジョン・B・ワトソンは、行動主義を提唱しました。彼はその理論の手本を見せることを考えました。それは、幼児を十分に統制のとれた実験室的な状況のもとで育て、訓練して、どのような職業にもさせてみると言ったのです。その考え方は、今日でも年配の行動主義者の中には、資金力さえあったら実証できると考えている人がいます。しかし、その見解は、全くの空いばりであるとハリスは言います。

ワトソンには自分の公約をどう実行するか皆目見当がいていなかったはずだと言うのです。ワトソンは自著『子供は如何に育てらるべきか』の中で子どもを「甘やかしすぎてダメにしてしまう」ことを避けるために何をすべきか、また恐れをいだかず自信をもった子どもに育てるためには何をすべきか(手もかけず、愛情も示さない)といった親への助言を数多く掲載しているが、ワトソンのリストに列挙されたはじめの二つの職業につくための準備段階となる医大や法学部に入学するために重要となるであろう子どものをIQを20ポイント上昇させるコツ等についてはなんら記載がないのです。さらに子どもたちが法律ではなく医学を、もしくはその逆を選ぶようにしむけるにはどうしたらよいかについても触れていないとハリスは言うのです。

このような感想は私も感じることが多くあります。しかし、実際に保育している保育者は、目の前にいる子どもにどうすればいいのかが課題になるのです。「子どもには非認知能力が大切である」ということはよくわかるのですが、どんなものを、どのように付けたらよいかはわかりにくいです。もっと基本的なことで言えば、「幼児教育の基本は、環境を通して行うもの」であることも平成元年に幼稚園教育要領で示されたのですが、なかなか現代にそれが実現されていないのは、具体的な方法がわからないことが多いからでしょう。それは、過去から常に課題だったのでしょう。以前のブログでも書きましたが、日本でも実際の行動に移さなければ意味がないということから陽明学における知行合一という考え方があります。それは、「知識と行動はもともと一つである」ということです。どんなに尊いといわれている教えであっても、それを納得し、実際に行動に移して初めて意味あるものだということです。

結局ジョン・ワトソンが残した実績といえば、以前のブログで紹介した事例ですが、アルバートという乳児に対して、彼がウサギに触ろうと手を伸ばすたびに大きな音を発生させることで、毛の生えた動物に対する恐怖反応を形成させたことだけだったとハリスは言うのです。

より人々に受け入れられやすい行動主義的アプローチを展開したのは、B・F・スキナーと言われています。彼は条件反応の形成ではなく、反応の強化を提唱しました。これはワトソンが提唱したものよりもはるかに実用的でした。というのも子どもの生得的な反応に頼らなくてすむからです。望ましい行動に近づくよう強化することによって新しい反応を生み出すことができるというものです。たとえば、おやつや褒め言葉といった「報酬」を与えることがどう作用するかということです。理論的には、友だちの怪我を手当てした子どもに報酬を与えることで医者を、また自転車から友たちが転げ落ちたとしてその自転車の製造元を訴えようとした子どもに報酬を与えることで、弁護士をこの世に送り出せることになるというものです。

行動” への8件のコメント

  1. 知行合一、思わず河井継之助を思い出してしまうところです。個人的な話になってしまって恐縮なのですが、初めて先生のことを知った時に受けた衝撃はまさにこれのことだったのだと、今改めて理解することができました。学生時代に、保育の知識を教わりました。その理論でもって保育を、そして実際にそのような園を作ってみればいいのにと感じながら過ごした学生時代を経て、先生のブログ、本に出会った時の一番の衝撃は、その理論で園を経営されている方がいる、それはまさに知行合一を表していて、そこに大きな感動を覚えたのだと、今改めて理解することができました。

  2. ゴールは見えているのにそのゴールまでの行き方が分からない、という経験は自分にもありますが、例えば、プロのスポーツ選手を目指すのであれば、プロになるためにどうしたらいいのかというのを考えなければなりません。大谷選手は自己目標シートというものを作り、プロになるためにしなければならないことを分かりやすく可視化する事で、その目標を達成したとテレビでやっていました。
    この可視化ができるのとできないのとでは効果の差は歴然なのだと思います。
    そして、それができる技術の進歩は目覚ましいものがありますね。まさに知識だけでは意味がなく、行動する事で始めて意味をなす〝知行合一〟なのだと感じました。

  3. 理論を実践に移すことの重要性は、保育園勤めをし始めたころに気付きました。そして、重要であるが、どうやったら実践に移せるのか、そのための困難さも体験しました。陽明学の「知行合一」。日々の暮らしの中でこのことは常に求められるでしょう。特に、「行動主義」なる理論を提示している学者にとっては、理論だけでは片手落ち。よって、ワトソン氏やスキナー博士が提案する「実験」が出てくるのでしょう。反応の形成にしても、反応の強化にしても、そのやらせ要素の色濃いところに驚きを感じます。まぁ、実験とはそういうものでしょうが。ところで、「どんなに尊いといわれている教えであっても、それを納得し、実際に行動に移して初めて意味あるもの」、これは重要な教えですね。そのためには、振り返りが必要となってきます。しかも、具体的に、振り返ることが要請されます。そして、この振り返りは、自分で行わなければならないでしょう。我を省みる行動こそが未来形成には必要ですね。

  4. 理想と現実という観点をもつと、確かに理想どおりにはうまくいかないことが多くありますが、それこそが子どもたちが自発的に行動している表れの一つのように感じます。環境を通した保育として考えていくなかで、保育者はどのような存在としているべきか、常々、考えてはいますが、まだまだという感じで、そのなかでできることをと思っています。私自身、このような形で、理想はそれを現実として表すのではなく、子ども観を根元においた上で、理想をもち、そのなかでの子どもの姿を大切にすることで、”「知識と行動はもともと一つである」ということです”という内容をとらえました。

  5. ワトソンの「幼児を十分に統制のとれた実験室的な状況のもとで育て、訓練して、どのような職業にもさせてみると言った」ことを聞いて、耳を疑った思いです。動物実験等を人類はしている手前ではあるものの、そういう対象となると嫌悪感のような感情を抱いてしまいます。
    「知識と行動はもともと一つである」ということで、どんなに尊いといわれている教えであっても、それを納得し、実際に行動に移して初めて意味あるものという「知行合一」はとても重要なことですね。やってみなければわからないこと、やってみることで失敗して学ぶこと、やって成功して自信をつけることこそ知行合一の利点であるように感じました。

  6. 「知識と行動はもともと一つである」という部分が話とは少し外れてしまかもしれませんが、印象に残りました。「どんなに尊いといわれている教えであっても、それを納得し、実際に行動に移して初めて意味あるものだ」というのは本当にそうだなと感じます。行動に移さなければ意味がないというのはなんだか僕の人生の課題のような気もしています。頭の中ではという言い訳があります。意識の問題ですが、より自分に言い聞かせなくて思います。だいぶ内容とはそれましたがそんなことを感じます。

  7. 保育指針、教育要領は各園の独自性を大切にしているため、細かく具体例が書かれていないと思いますが、どれくらいの園が指針や教育要領の内容を把握して実践しているのでしょうか。そのための解説書があるのかもしれませんが、国としての一つの方針、ドイツでいうバイエルンのような、細かく具体的な実践が書かれているものが必要だと思いました。理論を納得し行動することもあれば、まずは行動して初めて理論や理屈を知ることもあると思います。さらには子どもの姿から気づくかもしれません。いずれにせよ、「行動」するということは何事においても大切なことだと改めて思いました。

  8. 『「幼児教育の基本は、環境を通して行うもの」であることが平成元年に幼稚園教育要領で示されたのですが、なかなか現代にそれが実現されていないのは、具体的な方法がわからないことが多いからでしょう』という部分が印象的でした。また、確かに指針や教育要領の文言は具体例が知りたいと思う時が度々あります。今回の塾セミナーで「10の姿」について指針を読むときもそうです。自分なりに解釈してその意見を塾ですり合わせたり他の参加者の意見を聞くこともでき、とても勉強になります。保育士になる前には教科書や指針すらあまり見ようともしていなかったので今、保育士として学んでいけるのは、新宿せいが子ども園という良い環境にいれるからどろうなと感じます。

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