ドイツ報告8

この園での参画についての取り組みを見てみました。まず、各ゾーンについての注意点として、「大人と同じ扱いをする」と言います。すなわち、子ども扱いをしないということです。工作ゾーンには、工具が置いてありますが、それらは本物で、5歳児が使うということでなく、3歳児でも自分で使えると思ったら使っていいということも参画の一つです。このゾーンには、半分分解された掃除機が置かれてありました。子どもたちが分解したのでしょう。

また、ドイツでは基本的に異年齢ですが、「子どもの発達過程によって違っていることを受け入れる」とあり、大切なのは、小学校に入る時点で、皆同じ能力を持つということだと言います。また、異年齢で過ごすと、面白そうなものは5歳児が独占する可能性があります。しかし、飽きて他のゾーンに行った5歳児を見ていて、急いで3歳児がそのゾーンで遊ぶそうです。ゾーンの中で最近人気のあるのが人体模型だそうです。各部を取り外せるようになっていて、それを組み立てて遊びます。

また、階段室には、各所の写真が貼ってあって、その上に丸い赤いシールが貼ってあります。これは、子どもたちが遠足で行きたい場所に投票するというものでした。貼り終わった後、どこに行くかという子ども会議が開かれるようです。二人の子どもがおもちゃを取り合った時にも、自分たちで考えます。また、砂場で座って遊ぶときには、特製のゴムのズボンをはくのですが、それをはくかどうかも子ども自身で決めます。この参画においての子ども主体の考え方は、保育者側にもその対応を見直す必要があります。保育者から子どもに何か要求する場合、また、子どもに何かやってもらうときに、その理由をきちんと子どもに説明することが必要になります。

この園の給食はケータリングです。市立病院の厨房ですべての園の給食を作って、各園に配っているそうです。そして、子どもたちが食べる際の約束としては、まず全員が必ずまずは、試しに一口は食べます。その後、食べるか食べないかは自由だそうです。これは、食べず嫌いをなくす方法かもしれません。私の園では、試食コーナーがあって、それがおいしいのかまずいのかをそこでまず試しに食べてみることができるように先生たちが工夫したものです。

そのほかにも色々な工夫があります。まず、お片付けをしないで次の場所に行ってしまう子がいます。私は、子どもというのは次々に目につくものをやりたがるもので、それを制止して片付けさせる必要はないと思っています。ドイツのこの園では、こんな工夫をしているそうです。まず、活動が合わるときには、ゴングを鳴らして、みんな一斉に活動をやめて集まります。そして、みんな集まったら、一斉に「よーい、ドン!」ということで、みんなで片づけを始めるそうです。ある時、片づけない子がいたそうです。みんなで、どうしようかという話し合いをしたそうです。その結果、次の日は、その子一人で片づけをするということが決まって、次の日は、一人ですべての片づけをしたそうです。その後は、みんなと一緒に片づけをするようになったそうです。

参画という取り組みは、子どもたちが主体的に問題解決をするようになるようです。

ドイツ報告8” への11件のコメント

  1. 子どもの「参画」は「子どもの権利条約」に明記されています。子どもの参画が大事だ、と耳にすることがありますが、日本における「子どもの参画」は、今回のブログで紹介されている参画から外れていることが多いような気がしました。木工ゾーンにおける「3歳児でも自分で使えると思ったら使っていい」という参画の仕方、これが大事ですね。私が勤める園では、この発想がとても大切にされていると思います。「子どもたちが遠足で行きたい場所に投票する」、これは園のお散歩の行き先を子どもたちが選択する日常の保育でも使えますね。「保育者から子どもに何か要求する場合、・・・その理由をきちんと子どもに説明することが必要になります。」このことはとても大切ですね。子どもたちの思いが大切にされている園では、大人の要求も子どもは理解して対応するでしょうね、自分たちが普段そうしてもらっているとわかっているから。「お片付けをしないで次の場所に行ってしまう子」に対する他の子どもたちの対応、これには驚きました。参画とはこういうことなんだ、と思い知らされました。

  2. 工作ゾーンから見える保育者の子ども観、子ども主体ということの具体像が目に浮かぶようです。子ども観がこのように保育者同士で共有されていること、それが標準であるということに、やはりドイツにおける保育実践の場、その土壌の質の高さを感じてしまいます。
    片付けにおける工夫もとても興味深いです。先日、ブロックを皆で高く積み上げて作ったスカイツリーを壊してしまった子がいました。次の日、新しく作り始めたスカイツリーの横でその子がキョロキョロ周囲を見回しているので何をしているのか尋ねると「昨日皆に怒られた。話し合いの末、今日は一日警備員をすることになった」という旨の話をしてくれました。周りの子から「お疲れ様」「ありがとね」等声をかけられながら、その子はその日の夕方まで警備員を務め上げ、その後ブロックを壊すような姿を見なくなりました。「参画という取り組みは、子どもたちが主体的に問題解決をするようになるようです。」とても考えさせられるものがあります。

  3. 「参画」ということがどのようなことなのかが分かりやすく書かれてある今回のブログの内容であるように感じました。〝参画という取り組みは、子どもたちが主体的に問題解決をするようになるようです。〟最後に書かれてあるこの文章に集約されていますが、根本的な部分として〝大人と同じ扱いをする〟ということからいろんな活動が、考え方が生まれてきているのだと思います。
    お片づけについてのドイツでの実践は今度試してみたいなります。とても興味深く読ませていただきました。

  4. 子どもがそれぞれ考えながら行える環境があることによって、その時にあった行動を考え、適応的にうまく展開することができるといったことは、社会で生きていく上で必要であり、それをできる環境には、子どもの権利条約を守った当たり前の姿であることを感じ、必要な場合には、”「子どもの発達過程によって違っていることを受け入れる”といったような個々の発達を見るなかで、私たちは、子どもが自ら様々な経験を通したスキルが身に付くように環境を整えることに考えなければなりません。ことことは、”保育者側にもその対応を見直す必要”という思考を常に持つことがより柔軟に考えるきっかけになると思います。

  5. 各ゾーンについての注意点として、「大人と同じ扱いをする」とありましたが、これはドイツと違って日本では当たり前のように思えるものの、当たり前にできていない点だと思います。子どもの最善の利益という根幹はみんな同じでも、当たり前にできていないところを考えると、やはり植えついた刷り込みや思い込みが最新の研究によって得られる子どもの新しい知見の獲得の妨げになってしまっているように感じてしまいます。また、「小学校に入る時点で、皆同じ能力を持つ」ことを大切にしているとありました。小学校進学の際に、発達を考慮して進学か在園かを選べるという話を初めて聞いたときには「そんなことありなんだ」と衝撃を受けたことを覚えています。当たり前にとらわれ過ぎず、殻を破らないといけませんね。

  6. 参画について、ドイツでの取り組みを聞くとなるほどなと感心させられます。そして、子どもたちの様子を聞くと徹底した大人たちの関わりがあるのだろうなと感じます。片付けの話がありましたが、一旦遊びをやめて集まってから、一斉にかたずけを始めるのですね。そして、片付けをしなかった子が、話し合いで次の日に一人で片付けをし、その次の日からは、全員で片付けをしたという話は、子どもたちが自分たちで話し合いをし、決まりを作ることで、守ろうとする意識が強いのかなとも感じました。
    最後の文に、「参画という取り組みは、子どもたちが主体的に問題解決をするようになるようです。」とありましたが、見守る保育でも通ずるところがあり、私たちの目指すべきところでもあると感じました。

  7. 一つ一つの活動に対して子どもの参画を取り入れていますが、どれも参考になりますね。個人的には遠足の目的地も投票して、自分たちで最終的に会議で決めるというのは面白いです。どうしても子どもに決めさせるとなると、時間もかかるでしょうし、保育者の思いというのもあると、なかなか任せる事に反対する人も出てくると思います。しかし徹底して子ども達の「参画」を実践し、子ども達に任せている事に、改めてドイツの保育者が子ども達の事を本当に信じている事を感じます。

  8. 参画という考えから様々な活動がのっています。その活動一つ一つを実践してみたくなるのがこのドイツ報告の楽しみの一つでもあります。遠足の投票というのはやってみたいことの一つですね。お散歩先を投票するのも面白いですね。その名で「保育者から子どもに何か要求する場合、また、子どもに何かやってもらうときに、その理由をきちんと子どもに説明することが必要になります。」という部分は大切にし、行っていくことは忘れてはいけないことだと感じます。

  9. 「子ども扱いをせずに、大人扱いをする」という考えをしっかり持っていると保育者の行動も変わってくるというのがよくわかりました。文中にあげられている片付けの話などはまさにそれを実践している内容で、大人が同じような状況に置かれたとしても、一人で片付けるという責任を持たなければならない。今回はおそらくそこから一人で片付ける大変さや、次の活動への参加などを感じて、次からはみんなでの片付けに参加するようになったとのことですが、そうした気付きが得られるのも「大人として責任」という所を感じたからでしょうね。

  10. 「保育者から子どもに何か要求する場合、また、子どもに何かやってもらうときに、その理由をきちんと子どもに説明することが必要になります」とありました。思えば、私も「あ、それは(使っちゃ)ダメ」という感じで、子どもが持っているものを取り上げてしまうことがありますが、この話を聞いてからどうしてダメなのか、なぜ今それをしてはいけないのかということを子どもに伝えることを意識するようになりました。そうすると、結構、子どもって言い返してくることもあるんですよね笑。また「私は、子どもというのは次々に目につくものをやりたがるもので、それを制止して片付けさせる必要はないと思っています」とありました。このことは本当に大切にしたいことです。私たち保育者はどうしても片付けを子どもにさせてしまうような場面が保育の中であるように思います。今、子どもに何を体験してほしいのか、何かを大切にしたいのかということをはっきりさせ、また子どもの本来をこのように理解することができれば保育の中での「片付け」がもっと違ったものになるのではないかと感じました。

  11. 「参画」はここ数年のドイツ報告でも多く出てきましたね。今自園でもこの参画というものがどういったものであり、どこまで子どもたちにゆだね、どこから大人が介入するのかということが先生たちの悩みになっています。ドイツの内容を見ているとやはりきっちりと「子どもは一人の人格者」として見ているということを感じます。子どもだからといって「できない」と判断するのではなく、また、「やらせよう」というのでもなく、「どうしたらできるようになるのか」ということがベースにしっかりとあるということを感じます。我々は子どもを「子ども」として見すぎているのでしょうね。子どもたちを「一人の人」として見るとその距離感はおのずと図られてくるように感じます。

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