ドイツ報告5

幼稚園で始まったオープン保育の試みは、学童の改革に及びます。幼稚園だけでなく、学童とタッグを組んでの「オープン園」へと移行していきます。まず、学童の部屋の模様替えが行われました。子どもの意見も取り入れながらの変化だったため、ゆっくりと様子を見ながらゆるやかに変化していったそうですが、最終的には、おやつやランチを食べるビストロ(食堂)、積み木の部屋、サッカーゲームの部屋、図書室、製作室、木工室、音楽室、宿題をする部屋と役割別の部屋割となっていったそうです。この学童のオープン園化に伴い、幼稚園のオープン園化も一歩前進していきます。給食は、年少児と一部年中児が教室でとり、年長児と一部年中児はビストロにてビュッフェ形式でとります。ビストロには、学校が早く終わった一年生らが順々に合流してくる形となるので、学童児との交流も増えることとなります。

さらに幼稚園児にとって利点となるのは、学童児のいない午前中の学童の部屋を自由に使うことができることです。ちなみに、ドイツの小学生は日によって下校時間が11時20分のときもあるので、早いときは子どもの学童への登園は11時半です。クラスがオープンになる以前は、児童がいない11時半より前の時間帯には、学童のスペースは全く使用されていませんでした。

「オープン園」に関する職員研修は、3年間を通して終日研修が4日間、閉園後の2時間研修が15回ほど行われたそうです。終日研修では、ミュンヘン市学校スポーツ局の担当専門職員が講師として研修を担当したそうです。その中で大切だったのは、最初の研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされたことだったそうです。子ども像に対する一致した認識を確認する作業に時間をかけたそうです。そして、子どもの権利という観点から保育の見直しを行い、徐々に無理のない範囲での変化を遂げていったのです。最初は、過半数が園のオープン化に懐疑的であり、一番憂慮されたのは、「子どもと先生とのつながりが弱くなってしまうのではないか?」「年少児がとまどうのではないか?」という点だったそうです。その考えが徐々に改まっていったそうです。子どもたちの表情や、活動への取り組み姿勢が目に見えてポジティブに変わってきたことに気づいたからだそうです。

特に変わったのが、一斉保育において消極的な立場の子どもたちだったそうです。特に彼らにおいて、遊びの選択肢、遊び相手の選択肢、かかわる先生の選択肢などが広がることにより、園がより心地よい場所に変わっていることが実感できたそうです。この気づきにより、前述した子どもと先生との絆が弱まる可能性は、実は子どもの側からの問題ではなく、先生側の視点だったこということを理解したそうです。先生の「子どもとつながっていたい」という気持ちや、「子どもの行動のすべてを把握しているのがいい先生である」という考え方にしばられていたことに気づいたのです。

子どもの視点にたった自発的で無理のない学びが尊重され、長期的で、人格形成の基礎となる遊びの体験に基づいた陶冶が大切とされるドイツ。子どもの願いに寄り添おうと、よりよい保育環境をミュンヘンでは模索していると言います。

ドイツ報告5” への11件のコメント

  1. 「その中で大切だったのは、最初の研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされたことだったそうです。」それを「子どもの権利という観点から保育の見直しを行い、徐々に無理のない範囲での変化を遂げていったのです。」この着眼点がオープン保育を拡大させている所以だと感じます。同時に保育は、そもそも、と立ち返ることのできる礎があり、そこから始め直すことが可能であるということを改めて学ぶ思いです。
    子ども観の丁寧な擦り合わせ、それはもしかすると10の姿、協同性を考える上で先生が仰って下さった観点と共通するものがあるように思えてきました。

  2. アタッチメント、愛着形成、担当制、プロジェクト保育、ピラミッドメソッド等々、日本の園の先生たちは、「先生」であるからこそ、子どものベクトルを自分の方に向かせる仕掛けを様々に施します。エピソード記述をしては、子どもの気持ちがわかったように思い込みます。そして、子どもの気持ちがわかることが保育者の専門性だと思い込んでいます。だから、子どもと密に関わり、子どもの気持ちがわかるように上の人たちから支持されます。当の子どもたちは自分の気持ちをわかってもらいたいのか?自分が幼い頃のことを思い出してみました。自分の思いを遂げたいという思いはありました。よって、自分が好きなことをやれるように知恵を巡らせました。大人にわかってもらいたいなどという気持ちはなかった。子どもはそうした存在のような気がします。「子どもと先生とのつながりが弱くなってしまうのではないか?」「年少児がとまどうのではないか?」という日本の保育者からも聞こえてきそうな感想は子ども及び子どもたちにとっては基本どうでもいいような気がするのです。

  3. “研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされたこと”という言葉が印象に残りました。
    子ども観をすり合わせるからこそ、保育観を共有でき、さらに子ども観をとしっかりとした基盤ができあがるという利点を感じました。こういった子ども観を丁寧に見直すことで、個々の刷り込みがない子ども像というものは確立していくと思いました。このような研修が定期的にあることは、必要なことだと考えられることでした。大人主観が子ども主観にかわるだけで、子どもたちの生き方を変えれることを考えると、無理のない学びは自発的なものとして、とらえ、大人が一方的に教える形では、その自発的な部分を十分に尊重することができず、こどもがもつ立場が、狭いものとなり、子どものもつ意欲、興味、関心などが発揮されにくくなることを考えてしまいます

  4. ドイツの「オープン園」への転換には長い時間をかけての職員の研修や学びなどをしっかりと行ってから始めていったということなんですね。そして〝その中で大切だったのは、最初の研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされた〟とあり、そこには子ども理解や協力、共有などがある大切な時間であるように感じました。そのようなことに時間をかけてゆっくりと「オープン園」へと変えていったのですね。
    長い時間をかけて基盤を作っていったことによっての恩恵は現在のドイツの保育をみれば分かるのだと思いますが、一見、まわり道に見えるものが実は意外と大切であり、後々につながっていものであるように感じました。

  5. 「幼稚園児にとって利点となるのは、学童児のいない午前中の学童の部屋を自由に使うことができること」とあり、新宿せいがに学童があったころを思い出しました。年長児以外の在園児は自分よりクラスが上の子や上のクラスのお部屋に憧れを持っていますが、年長児にとっては学童の子どもたちや学童のお部屋が憧れで、学童のお部屋で遊べることが楽しくてしょうがない姿が今でも思い出せます。幼少期には身近な憧れの存在やモデルが必要であるように感じた内容でした。
    オープン園への移行に際して「徐々に無理のない範囲での変化を遂げていった」とあり、これこそ円滑な移行には欠かせないものであると感じます。粘り強く、できることから少しずつをモットーにやっていきたいなと思えました。

  6. 「最初の研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされたことだったそうです」という部分や、「子どもと先生との絆が弱まる可能性は、実は子どもの側からの問題ではなく、先生側の視点だったこということを理解したそうです。」という部分は子どもを理解する上でそして、オープン園を始める上で共通の考えではなくてはならない部分なのではないかと思われます。この出発点を共通に持てるだけでも初めは違いそうですね。

  7. 「子どもとつながっていたい」という気持ちや、「子どもの行動のすべてを把握しているのがいい先生である」という考え方に縛られていたと書いてありありますが、まさに日本の多くの保育者が考えている事のような気がします。一番消極的な子どもの立場で考える事で、遊びの選択、遊び相手の選択、そして先生の選択肢を広げる事で心地よい場所に変わっていくと実感した保育者の意識が変わってきたという言葉は重要ですね。大人の主観で管理しやすい、子どもを一人一人把握できるという一斉保育ではなく、子どもの視点に立ち返って保育を見直す事が、まずは第一歩なんですね。

  8. 『子どもと先生との絆が弱まる可能性は、実は子どもの側からの問題ではなく、先生側の視点だったこということを理解したそうです。先生の「子どもとつながっていたい」という気持ちや、「子どもの行動のすべてを把握しているのがいい先生である」という考え方にしばられていたことに気づいたのです』という言葉が印象的でした。何となく、気持ちが分からなくもないですが、普段、子どもたちと共に生活しているとすべてを把握しなければいけないとは思いません。これは、先輩方の姿から感じたことかもしれませんが、「チーム保育」の視点から見ても大切なことだと思います。子どもたちは、職員一人一人の性格や個性などをよく理解し、時に職員を選んでいることが、一緒に過ごす中でよく分かります。そして、大人から見えない部分といいますか、隙間のような部分は子どもたちにとっても重要であり、大人は気づいているけど、知らないふりをしたりすることもよくあります。上手に言えませんが、一定の角度から子どもたちのことを理解するのではなく、いろんな角度から、子どもたちのことを知っていくことが大切だと感じます。

  9. 「幼稚園だけでなく、学童とタッグを組んでの「オープン園」へと移行していきます」というのが、ドイツの移行への取り組み方のすごさを感じさせますね。日本だと、関係庁が違うなどこうはうまくいかなそうですね。近年キャリアアップが取り上げられ、最近はその研修の多さも問題になることもありますが、ドイツの「オープン園」に関する職員研修を知ると、やはり同じくらいの時間が掛り、職員の学ぶ姿勢の大切さを改めて認識させられました。その過程において「子どもの側からの問題ではなく、先生側の視点だったこということを理解した」というのは、とても大きな気付きであり、日本においてもこれからより意識しなければいけない点であると感じます。

  10. 「3年間を通して終日研修が4日間、閉園後の2時間研修が15回ほど行われたそうです。終日研修では、ミュンヘン市学校スポーツ局の担当専門職員が講師として研修を担当したそうです」とありました。しっかりと、丁寧に時間をかけたということがよく分かりますね。また、ミュンヘン市の職員が講師としてというのも驚きました。日本だと、役所の方が保育の内容の話ができるということはまずないように思います。ミュンヘンのスポーツ局に実際にお邪魔した時の話でもありましたが、基本的に皆さん、保育士をされていたということで、まさに現場を知り尽くした人が行政に入っているというのは驚かされます。ですが、本当はそちらの方が理想ですよね。また、実際の子どもの姿が変わってきたことで、先生たちの考えも変わっていったというのもいい話ですね。誰のために保育を変えようとしているのか、なんだか、日本はこの部分がそもそも間違っているのかもしれませんね。

  11. 「特に変わったのが、一斉保育において消極的な立場の子どもたちだったそうです。」とあります。実際、保育の形態を選択性をいれることで見えてくる姿だと思います。自園においてもこういったことはあり、消極的な子が自信をもつ機会になることが多いです。しかし、なかなか日本においては「消極的な子」に目が向くことが少なく、「積極的な子」ほど取り上げられ、そちらに合わされることが多いように思います。そうならないために「職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされた」ということが大切になってきますね。とても参考になります。実際、今自分が課題であり、悩んでいるところがそこであるため、やはりドイツにおいてもこういった研修や話し合いは丁寧にされていたんだなと思います。これは一方的に伝えるのではなく、それぞれが考え、感じ、伝え合うことが重要になってきます。否定するのではなく、活かしあうような関係性を作ることは保育においては重要なことですね。

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