様々な形式の遊び

「ジョアン:うわぁ、赤ちゃんがベトベトだ。スーザン:うわぁ、ベトベト。ジョアン:きれいにしてあげて。スーザン:終わったよ。ジョアン:赤ちゃん病気なの。」という会話の最初の4つの発話は、共通のテーマである汚れた赤ちゃんが中心です。しかし、5番目の発話でテーマが変わっています。年齢と共にこれらのテーマはより関連するようになり、道具に依存的でなくなります。医者の道具のように、明示的なテーマをもつ道具はどのような相互作用をすべきかを明示することによって、ふりの相互作用の「足場」や支えとして働きます。そしてそのときの相互作用は、意味やふりによる変換をことばであまり詳細に説明しなくてもいいのです。就学前期の終わりまでに、大半の子どもは曖味な道具を使って最小限の大人の支えだけで、社会的なふり遊びをうまく開始し、続けていくことができるようになるのです。

就学前期のファンタジー遊びにも確実に性差があるようです。女児は男児よりも頻繁に、かつ精緻なレベルでファンタジー遊びをするようです。女児のふり行動は、家庭に関するテーマや劇的なテーマを中心に繰り広げられる傾向がありますが、男児のふり行動はより空想的で、身体的に活発であり、戦いごっこやスーパーヒーローのテーマが同時に起こることが多いと言われています。そのような性差の潜在的な機能的性質について要約すると、ファンタジー遊びは、就学則の子どもが家庭や学校で過ごす時間の12~15 %を占めています。性も遊びにおける社会的な相手もやはり、その割合に影響を与えると言われていますとビョークランドは言います。

乳児や幼児の生活時間とエネルギー量における、さまざまな形式の遊びが生じる割合を概観した結果をまとめてみたのが次の表です。

引用したデータから、すべての形式の遊びが逆U字型曲線を描き、遊びの形式によってピークが異なることが示唆されています。たとえば、身体的に活発な遊びとファンタジー遊びはどちらも5~7歳頃にピークを迎え、それぞれ子どもの生活時間の10 %と25 %を占めています。これだけの時間が投資されていることから、遊びはたしかに何らかの機能を果たしていると言い切ってよいだろうとビョークランドは言います。これだけのコストをかけていることを考えると、機能が何もないのに自然淘汰によって遊びが残ったとは考えにくいからですs。この議論をさらに検討するために、遊びのコストと、考えられる利益の関係についてあらに彼は考察しています。

これまで見てきたように、行為者に明らかに即時的利益が何もないように見える場合、行動は遊びと分類されることが多いようです。しかし、おそらく逆説的になりますが、遊びは通常子どもの発達に重要な機能を果たしていると見なされています。この逆説は、次のように仮定することによって、一定程度折り合いをつけることができるようです。つまり、遊びには一見、即時的な機能が欠如しているのですが、実際には、発達における遅延した機能、あるいは、遊ぶ者、そして観察者さえが気づかない即時的な機能が隠されているとするのです。動物の遊びや、子どもの遊びの研究者は、遊びに仮定される無数の発達的機能について議論してきました。それらの大半は、遅延した機能に関わるものであり、遊びの即時的な機能は子どもの発達に関する文脈はほとんど見られないとビョークランドは言っています。