遺伝と環境

どうも研究というものは、難しい言葉で定義づけるものですね。まあ、誤解を受けないように、違う解釈をされないようにということはわかるのですが、かえって難しくしている気がします。その説明によると、発達心理学者は、最近は、「遺伝と環境がどのような相互作用をして、発達のある特定のパターンが生み出されたのか」と問うようになったそうです。それに対して、進化発達心理学では、発達システムアプローチは、生物学的および環境的要因がいかにして個体の複数のレベルで作用し、個体発生の特定パターンを生み出すのかを明らかにしようとしています。この立場からすれば、新しい形態学的構造や行動は、単純に遺伝子の青写真を読み取った結果生じるのではなく、遺伝から文化まで、全レベルの生物学的、経験的要因が継続的かつ双方向的に作用した結果出現すると考えます。ここでまず重要な点は「あらゆるものが発達する」ということです。初めから表現型というかたちで、つまりは完全な形式で現れるものはないとします。新しい構造や機能は、それ以前のものから確率論的に生じるとします。二番目に重要な点は、「経験」は広義に定義されており、たとえば、神経細胞の発火といった自己産出活動など、個体にとっての外因的、内因的双方の事象を包含しているということです。あるレベルの機能は隣接したレベルの機能に影響を与え、レベル間で絶え間なくフィードバックし合っていると考えます。発達システム的な見地からすると、純然たる遺伝的効果も環境的効果も存在しません。あらゆるものは構造と機能の双方向的な関数として、絶え間なく、受精から死に至るまで全体にわたって発達していくのだと考えるのです。

それでは、進化心理学者が主張する、進化による心理的メカニズムをどう理解したらよいだろうかという疑問を持ちます。そのようなメカニズムは遺伝的にコード化された「メッセージ」や「経験則」と考えることができ、後成的な規則に従って、この場合もやはり広義の環境と相互作用し、やがて行動を生み出すと考えます。個体それぞれが独自の経験をすることによって、発達の結果にはかなりの多様性が生じます。なぜなら、どの個体も同じ経験をすることはないため、どんな種にあっても、まったく同じ表現型が出現することはないからです。しかし、発達システムアプローチは、個体は種に特異的なゲノムだけではなく、種に特異的な環境も受け継いでいると主張しています。ヒトでいえば、これには子宮や授乳する母親、血縁者と非血縁者双方を含む社会的集団などが当てはまります。ヒト、あるいはアヒルやチンパンジーが共有する、世界共通の身体的、行動的、心理的特性をもたらしているのは、種のゲノムの類似性だけでなく、種の環境の類似性でもあるのです。個体がその祖先の環境と類似した環境で成長する限り、種に特異的な傾向に従うはずであると考えます。このことをもう少し進めて考えた人がいます。アメリカ合衆国の心理学者であるジュディス・リッチ・ハリスです。彼女は、なぜ人の個性がそれぞれ異なっているのか、同じ家で育った一卵性双生児でさえ同じでないのはなぜかの説明を試みています。そして人間関係、社会化、ステータスという三つの異なったシステムが人の個性を形成すると提案しているのです。彼女の考え方は次回に譲るとして、では、ヒトの新生児は白紙状態であるという概念は時代遅れであり、ほぼ世界中の発達心理学者が却下しているとしたら、新生児は何をもって生まれてくるのだろうか?

遺伝と環境” への9件のコメント

  1. 「あらゆるものが発達する」赤ちゃん、子どもがどの時代においても光とされる理由がここにあるような、そんな思いがしました。塾生に父親がまた一人誕生したことと重なり、子どもの誕生とは本当に素晴らしいことですね。
    「どの個体も同じ経験をすることはないため、どんな種にあっても、まったく同じ表現型が出現することはない」世界に一人として同じヒトはいないということを小学生の時に知り、とても衝撃を受けたことを思い出します。同じ環境下でもそれぞれに育ち方が異なるのは今思えば当然のことなのですが、それを具体的に知ることになるとは小学生の自分は想像もできませんでした。次の更新を読むのが楽しみです。

  2. 〝絶え間なく、受精から死に至るまで全体にわたって発達していく〟この言葉が印象に残りました。子どもはいつでも前を向いて、時には目に見えるほどの発達を遂げていきます。その姿から自分たち大人は学ぶべきものがあり、立ち止まることがあっても、また前を向こうと思える、そんな推進力を生み出すきっかけになってくれることがありました。
    そして、実はその推進力は子どもたちだけでなく大人である自分たちも持っていて、誰かの力になっている、生きていることで誰かに力を与えられるのではないかと感じました。そんな風な考えていくと、この言葉から「共生と貢献」という理念の凄みを感じました。

  3. Think Globally, Act Regionally(地球規模で考えましょう、でも行動は各地域でね)。私の座右の銘の一つです。「世界共通の身体的、行動的、心理的特性をもたらしているのは、種のゲノムの類似性だけでなく、種の環境の類似性でもあるのです。個体がその祖先の環境と類似した環境で成長する限り、種に特異的な傾向に従うはずである」ということに繋がると思いました。世界標準の保育を実践しなければならないのは、「種のゲノムの類似性」のためです。しかし「風土」を意識しなければならないのは「環境」とその「特異的な傾向」がそこに存在するからでしょう。世界の保育(例えば、OECDの5カリキュラム)を知ることは私たちの責務でしょう。しかし、同時に、私たちは何ものか。どこから来てどこへ行くのか(ゴーギャンの絵画を連想する)。これは極めて「環境」に関することなのです。地球を緯度・経度で私たちは区分します。それは太陽の光のあたり方、あるいは海流、あるいは山脈や平原、川の流れ等々の自然に私たちは規定されているからです。そして、歴史、文化、そして風土性に規定されているからです。それでも、私たちはホモサピエンスという共通項で因数分解される存在です。進化発達心理学を知れて本当に良かったと思います。

  4. 人が産まれてくるまで間、そして、産まれてから何をしようとするのか、と人という細胞の塊がなぜ、環境のなかで、常に進化し続けようとするのはなぜなのかと、いうことを考えるだけでも、不思議さが増すばかりです。
    “個体それぞれが独自の経験をすることによって、発達の結果にはかなりの多様性が生じます。なぜなら、どの個体も同じ経験をすることはないため、どんな種にあっても、まったく同じ表現型が出現することはない”とあることも、その経験は、遺伝子的に受け継がれていることが考えることができ、赤ちゃんは白紙状態であることは、遺伝子的に受け継がれている経験が左右しているように考えることができます。

  5. 「研究というものは、難しい言葉で定義づけるもの」というのはとても感じていますし、乳幼児期の研究の難しさを研究内容からも感じています。そして「絶え間なく、受精から死に至るまで全体にわたって発達していく」という言葉が印象的であり、これも当たり前と捉えがちになっている部分であるように感じたと同時に、改めて考えてみるとすごいことであり、とても神秘的だなと感じています。同様な感想になってしまうのですが、「ヒトの新生児は白紙状態であるという概念は時代遅れであり、ほぼ世界中の発達心理学者が却下しているとしたら、新生児は何をもって生まれてくるのだろうか?」という最後の問いにも、解明しきれないことだからこそ、知りたくても知り得ることが難しいことほど、未知さや神秘さを感じて、より新生児に魅力感じているところです。

  6. 今回もなかなか難しいなと感じます。「どの個体も同じ経験をすることはないため、どんな種にあっても、まったく同じ表現型が出現することはないからです」というところが印象的です。単純にこの世界に全く同じ人などいないというのはすごいことだと感じるとともに人間の面白いところは環境が同じであっても中身が全く同じにならないということろでしょうか。やはり、一緒にいることの相互作用、そして遺伝が相まって個性があるのですね。研究の奥深さというのだけしか現在ぼんやりとしか見えていない状況です。

  7. 「遺伝と環境」がテーマということですが、息子の行動を見ていると、遺伝だから仕方ないかという印象を持っていました。確かに人類が今まで生き延びてきたには人間の遺伝子の中に生存戦略が身についていているのが要因ですし、それだけ遺伝の力というのは大きなものだと思います。しかし環境によってはせっかくの力も発揮できない事もあるというのを知りました。人がそれぞれ違うというのも、一番身近な環境でいえば「家庭環境」だと思います。人が違えば、全く一緒の家庭環境は二つとしてないです。なかなか自分自身の中で内容を落とし込めていないですが、「遺伝と環境」どのように二つが互いに影響を与え合っているのか気になります。

  8. 「単純に遺伝子の青写真を読み取った結果生じるのではなく、遺伝から文化まで、全レベルの生物学的、経験的要因が継続的かつ双方向的に作用した結果出現すると考えます」というのはなんだかすごく日本的な考え方だなと感じました。これが本質なのだと思うのですが、あらゆることが関連しあっているというのは日本の「お陰さま」に共通するようなそんな気がしました。
    「個体それぞれが独自の経験をすることによって、発達の結果にはかなりの多様性が生じます」という言葉も印象的でした。ついつい自分のことや他人のことを産まれながらのものであると思い込んでしまいますが、その後の経験が環境がいかにその生まれ持ったものを引き出していく上で重要かということを感じます。「世界共通の身体的、行動的、心理的特性をもたらしているのは、種のゲノムの類似性だけでなく、種の環境の類似性でもあるのです」という言葉もグッときます。ある程度同じような環境から影響されるものがその種によっては保障されるべき環境でもあるのかもしれませんね。そう思うと、もしそれが失われるようなことがあればやはり危険なことなのかもしれませんね。

  9. 「個体それぞれが独自の経験をすることによって、発達の結果にはかなりの多様性が生じます。」クローンがもてはやされた時代でも同じことが言われていたのを思い出します。同じ遺伝子をもった人間であっても、その時関わった人によって違う人生を歩むということがそこで言われていました。それだけ環境というものはヒトに影響を与えるというのは疑いようのない事実であるようです。そして、遺伝子に関しても、やはり同様に人の成長には大きく影響しているのは間違いないですね。「どちらが」というよりも「どのように」相互作用が起きているかが重要とであるという考えはとても納得いきます。このことがわかっていてもまだまだ、子どもたちは白紙で生まれてくるというイメージや意識は高いです。それほど大人の先入観はいまだ大きくあります。文明が進み便利な世の中になればなるほど、その傾向は強くなっているようにさえ思います。しかし、今の時代にこういった子どもの能力が発見。研究されていることは絶滅に向かっているであろう人間に何かのサインを送っているのかもしれませんね。少子社会を止めるのではなく、子どもをうまく生かすといったほうに目を向けたほうが少子化すら止めるのかもしれません。

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