異年齢によるふり遊び

ファンタジー遊びは社会的な変数にも、さらには遊び道具にも影響を受けるようです。たとえば、幼児がファンタジー遊びをすることが多いのは、 1人でいるときよりも誰かと一緒に遊んでいるときであり、特に母親は子どもの高レベルの象徴遊びを引き出しています。ヴィゴッキーの発達の最近接領域という考えと一致して、より技量が高く、適切に場を構築していける相手と相互作用する幼児は、そういう支援がない場合より、より早くスキルを進歩させるということがわかっています。たとえば、母親と21ヶ月児の遊びを調査した研究では、多くの母親は現在子どもが示すレベルか、それより少し上のレベルの遊びに調整することが観察されたそうです。さらに、遊びの発達をよりよく知っている母親は、あまり知識のない母親よりも、子どもとの遊びのレベルを上げていく傾向が強く、適切に取り組みがいのある遊びの相互作用を生み出していたそうです。もちろん、遊びの発達をよく知っている保育者では、当然子どもの遊びのレベルを上げているのでしょうね。

子どものファンタジー遊びは、年長の子どもやきようだいと遊ぶというかたちで年長者の支えを受けているという観察は、狩猟採集社会のデータや、進化適応の環境についての仮説とも一致しているそうです。狩猟採集社会において、子どもは他の子どもと過ごす時間が多かったのですが、子どもたちは同年齢ではなく、異年齢集団だったようです。幼児のファンタジーはこの場合、年長の同種個体によって支えられているのです。小学校の勉強ではなく、子どもの遊び相手を同年齢に限定するような就学前施設はおかしいですね。子どもの遊び相手は、人類の誕生以来ずっと異年齢であることが多いのです。

関連研究で、母親と安定した愛着を築いている子どもは、愛着の不安定な子どもと比較して、より巧みなふり遊びをすることが示されているそうです。たとえば、安定した愛着をもつ子どもは遊びの相互作用を始めることが多く、遊んでいるときの母親との相互作用は、不安定な愛着をもつ幼児よりも積極的な傾向があったそうです。さらに、母親は息子とよりも娘と頻繁に象徴遊びをする傾向があったそうです。また、子どものふり行動は顔見知り程度の相手と比べて、友達と遊んでいるときの方が持続的で複雑であったことがわかりました。友達との相互性や情緒的な関わりは、子どもたちに協力的な相互作用を維持する意欲を与えるのかもしれないと推測されます。

このあたりの研究と考察は、保育をするうえでとても参考になりますね。子どものふり遊びを促進するために、どのような人という環境を用意すればよいのかの参考になります。

社会的なファンタジー遊びに関して、子どもは通常、役割を交渉する過程で、たとえば「お医者さんはそんなこと言わないよ」など、心的状態や認知的状態を口にします。社会的なふり遊びでは、ことばで明確に意味を表現しなければならないので、子どもはことばについてより考えるようになると言われています。このことは、現実の会話よりも遊びの中で起こることが多いのです。それは、遊びの中の会話では、詳細に説明しなければ抽象的で曖味になってしまいやすいからです。ことばで話す能力は、特に子どもの、自分の母語の音のシステムを支配する規則への気づきである音素意識や、後の学校で行われる読みと関連しています。読みの学習における重要な構成要素に、子どもが文字と音の一致を学習することがあり、ファンタシー遊びはメタ言語能力や初期の読み能力を促進する重要な要因であるのです。

異年齢によるふり遊び” への7件のコメント

  1. 子どもたちは必要に応じて発達の同じ子同士と遊んだり、学年の異なる子どもたちと遊んだりしているようです。発達が同じ子同士の遊びにはスキルの相互確認のようなことがあるような気がします。そして、少しの差異を見つけてはその差異を埋めるような言動行動があるようです。学年の異なる子同士には文化の伝承、スキルの継承がそこにはあるようです。「子どもの遊び相手を同年齢に限定するような就学前施設はおかしいですね。子どもの遊び相手は、人類の誕生以来ずっと異年齢であることが多い」わけで、子どもが同年齢を選ぶか、異年齢を選ぶか、子どもの選択を保障する保育や幼児教育が保障されてもいい気がしますが、相変わらず、3歳児クラス、4歳児クラス、5歳児クラスと学校の教室の如く部屋を学年別に区切って保育をしている園を私も見ることがあります。世界的に見てもその傾向は強い。子どもにとっての教科主義と経験主義の影響度合いについて現場の私たちはもっともっと意識してもよいでしょう。今回のブログ内容は保育室にて子どもたちの遊び場を設定する先生たちには参考となることでしょう。一人でも多くの保育者の方々に読んでいただきたいですね。

  2. 「多くの母親は現在子どもが示すレベルか、それより少し上のレベルの遊びに調整することが観察されたそうです。」その様子が目に浮かぶようで、母親も生まれつき親ではなく、子どもと共に親へと成長していくという考えももちろんありながら、潜在的に備えているのであろう資質というものの存在に気付かされる思いがします。そのような温かな関わりの中で育まれるものを、担当制を重視する方々は思うのかもわかりません。
    ただ、その後に続く文章がやはり異年齢保育の大切さを物語ります。そして遊びが学びであることを具体的に知ります。保育の本質に迫る内容だと思います。

  3. ファンタジー遊びでも〝年長の子どもやきようだいと遊ぶというかたちで年長者の支えを受けている〟異年齢での関わりがあり、支えがあって発展していくのが想像できます。普段の園でも年長児の姿をみて、年下の子どもは遊んでいる、遊び方に気づくというような姿がみられています。
    そのような子どもたちの姿をみると、せっかくの子ども集団がある施設なのに、大人が区切ってしまうというのはもったいないのではないかと感じます。
    子どもが自ら遊び相手を選べる環境が子どもの姿からみても自然である、というのに納得するとともに、共感する人が増えていくとさらに子どもを取り巻く環境が良くなっていくのだと思います。

  4. “子どもの遊び相手は、人類の誕生以来ずっと異年齢であることが多い”ことは、前文を読んでいるときに感じるものがありました。異年齢であることで年長の子がうまく遊びのレベルをあげる、遊びが発展するような好奇心や楽しさによってなど、少し上の発達をみることができることにも繋がりを感じ、そういった中で、当たり前のように見られた関係性が、いつの間にか大人により年齢分けをされたり、大人主体、教えるというような形になってしまったのは、しっかりと見直し、本来、人類が進化する過程にはどのような遊びができる環境があったのか、私たちは、何を社会的な部分とらえてきたのか、人類がここまで遺伝子を残してきたのかをもっと深く知らなければならないと感じました。”友達との相互性や情緒的な関わりは、子どもたちに協力的な相互作用を維持する意欲を与えるのかもしれない”とあることからも、集団という共に生活するなかで、協力経験や共に支え合うような状況、互いが遊びを通して、自発的に関われる環境というものを考え、深めていかなければならないと考えるところです。

  5. 「遊びの発達をよりよく知っている母親は、あまり知識のない母親よりも、子どもとの遊びのレベルを上げていく傾向が強く、適切に取り組みがいのある遊びの相互作用を生み出していた」とありました。発達の理解があることで、プランニングもできますし、見通しを持つことでより効率が上がることも言えるように思えました。また「子どもの遊び相手は、人類の誕生以来ずっと異年齢であることが多い」とあったことが印象的でしたし、「子どもの遊び相手を同年齢に限定するような就学前施設はおかしい」とある2点は正にその通りですね。人類の従来の形からズレれば、それに伴ったズレが生じるのは当然の原理だと思います。従来の良き形、ベースは残していきながらも、現代に合わせて柔軟に応用していく必要性を感じました。

  6. 「狩猟採集社会において、子どもは他の子どもと過ごす時間が多かったのですが、子どもたちは同年齢ではなく、異年齢集団だったようです。」とあるようにやはり、横の繋がりというのが重要だということが伺えます。年長の同種個体によって支えられるという関係はまさに異年齢集団ですし、やはり環境を構成する上でそこの部分を視野に入れなければいけないですね。また「読みの学習における重要な構成要素に、子どもが文字と音の一致を学習することがあり、ファンタシー遊びはメタ言語能力や初期の読み能力を促進する重要な要因であるのです。」というところも非常に重要な部分だと感じます。文字と音を一致するためのファンタジー遊び。そこが教育ですね。

  7. 「子どものふり遊びを促進するために、どのような人という環境を用意すればよいのかの参考になります」とブログに書かれてありますが、勉強になるというか、異年齢の意図がより明確になり、安心します。そしてブログの後半にふり遊びによる言語の発達が書かれてありますが、確かに異年齢でのふり遊びから年少は年長の言葉を聞くことで、読み書きの学習へと繋がっていく・・・ハッとさせられました。一つの遊びが、子どもの様々な発達に影響を与え、それには適切なヒトの環境が本当に重要ですね。

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