遊び集団

優位性は、幼い年齢でさえ「リーダーシップ」という点から概念化するのが最善で、敵対行動や親和行動という観点から具体的に定義づけることができると言います。優位な固体は集団のリーダーであり、協力的、攻撃的双方のさまざまな戦略を使用し、優位性を確立し、維持します。発達のさまざまな時期に、さまざまなニッチにいる個体が、さまざまな戦略を用いる可能性があります。乳児期や歩行期の子どもについては、部のヒト以外の霊長類と同じように、優位性を、注意構造つまり個体が他の個体に注意をよせる、あるいは見る程度から認識することができるそうです。この優位性の定義は、子どもを研究する発達学者にも用いられているそうです。しかし、優位性の尺度としての注意構造は資源を入手できる機会ではなく注意という観点から優位性を再定義しており、優位性における攻撃性と親和性という一見相反する役割を反映していないとして批判されてきたようです。注意構造の意味が何であれ、歩行期の集団の子どもの中には他の子どもより注目を集める者もいると言うのです。

私たちの現場でも、多くの子どもを見る機会が多いので、そのような観点で子どもを観察してみることも必要かもしれません。それは、そのような優位性を持った子が偉いというわけではなく、その特性を社会の中でどう生かしていくのか、また、人類はどのようにして社会を構成してきたかを考えるうえで参考になるかもしれません。

就学前期でも子どもは同性集団に属する傾向があるようですが、この傾向は学童期に高まります。同性の友達や遊び集団を好むことは西洋文化に限ったことではなく、世界的に見られるそうです。親や教師は同性の相互作用を早くから促すことはありますが、男子と女子では遊び方が異なります。男子は取っ組み合い遊びや、動くおもちやを使って相互作用をすることが多いのに対して、女子は劇遊びやテープルで行う活動をすることが多いようです。実際、男子は乱暴なために、女子は男子と関わるのを積極的に避けるという指摘もあります。また、就学前期から青年期に至るまで、女子は男子より小さい集団で遊ぶ傾向があるのに対して、男子の遊び集団は女子より大きく、荒っぽく、竸争的ですが、それは同盟を結ぶオス間竸争のあり方に沿っていると言われています。このような観察からマコビーは、遊びのスタイルに生物学的な違いがあることが一因となって、遊び集団が性別に分離しているのかもしれないと指摘しているそうです。

子ども期の同性集団の機能のひとつは、社会的スキルの発達と、社会的階層の確立であると思われています。子どもが性別に分かれた集団で適切な社会的スキルを身につけることは、主な友達が異性である子どもの実態から明らかだそうです。ある研究で、3,4年生の子どもの社会的スキルを異性の友達がいるかどうかを関数として評価したそうです。主要な結果として、主に異性の友達といる子どもは、同性の子どもとのみ、あるいは、主に同性と一緒にいる子どもより社会的にうまく適応していなかったそうですが、友達がいない子どもよりは適応が良いことが見出されたそうです。

この研究結果は、面白いですね。「男女仲良く一緒に遊びなさい!」という言葉は、3,4年生ではあまり意味がなく、このころには、同性集団の意味があるのですね。社会的スキルは、主として同性とのかかわりから得られるようです。