友達同士

ネルソンとアボウドは、3,4年生の子どもを対象として、友達あるいは友達ではない顔見知りの相手と対人的な問題を議論した結果によって、社会的知識がどう変化したかを評価しました。その結果、友達同士は相手が友達ではない場合より、議論中、相互に批判し合いますが、自分の意見について詳細な理由を述べる傾向があったそうです。友達同士のペアは議論の結果として、社会的知識の点で最も変化があったそうです。友達同士で意見が合わなかった場合、ジレンマの最終的な解決法は、友達ではない者同士で意見が合わなかった場合より成熟したものだったそうです。言いかえると、友達同士の健全な社会的葛藤は、友達ではない者同士の葛藤よりも社会的知識を増大させたのだそうです。

質的には、友達同士の相互作用は、友達ではない者同士より複雑です。たとえば、友達同士の遊びはより複雑です。さらに、友達同士の協力的な相互作用は認知的により高度です。たとえば、友達同士が使用することばは、協同的問題解決に必要な認知的、言語的プロセスが反映されているそうです。こういったレベルの相互性や高度な知識は、おそらく、進化圧が互恵的利他的行動と協力行動に働いた結果生じたのだろうと考えられます。友達は、いじめの被害に遭いやすい思春期直前の子どもには特に重要です。いじめの対象となってしまうような身体的、性格的特性を多く持っている子どもでも、友達がいればいじめの犠牲になりにくく、いじめによる悪影響も小さいようです。

これらの研究は、重要ですね。しかし、最近の友達関係には疑問を持つことが多くあります。昨日のブログで紹介した友達の定義である「子どもの友達関係は、決定的に仲間関係です。子どもの友達関係は通常、“友達”としてお互いに指名し合った子ども同士」ということが、子ども自身が言う「友達」に当てはまるでしょうか?いじめを守るのが友達ですが、最近の事件を見ると、いじめをするのが友達という傾向が見られます。では、友達関係は、青年期になると、研究によると、どう変わっていくのでしょうか?

青年期でも友達関係は、特にその支え合いの本質がひき続き重要であると言います。しかし、青年期初期では友達関係は排他的な関係となり、その後、友達に対する嫉妬や独占欲は減退していきます。幼児期と比べて青年期で特に重要なのは、自己開示と親しさからも明らかなように「親密性」という友達関係の質です。家族から仲間へ志向が移るのに伴って、急速かつ急激な移行が起こるこの時期には、家族よりも友達から助言や支持を受けるようになります。このような親しい関係をもつことにより、友達は集団行動のモデルにも強化因子にもなります。

友達は通常、青年期において好ましい情報源ですが、その逆の場合の証拠も多くあるそうです。たとえば、攻撃的な青年期の少年が集まるとより逸脱した話をし、攻撃的ではない少年と一緒のときよりも一層そういったことで盛り上がります。それはおそらく、同じような価値観と評判をもつ若者が共に、同種的に付き合うことを選び、時間とともに似てくるということなのだろうと考えられます。