社会的相互作用

なぜ強くて優位な立場にある個体が、公然と打ち負かした個体をなだめたり、慰めたりするのだろうか?という疑問を考察しています。実際、園現場ではそのような状況を目撃することが多くあります。ドウ・ヴァールの説明には非常に説得力がありますが、優位な動物は優位なスタイルをもっており、親和的関係を維持するために、様々な度合いの力と融和を使い分けているというのです。協力的、融和的な戦略は、優位な個体が従属者を必要としており、従属者が集団を自由に離れられる状況で用いられると言います。。

私たちは実際に感じていることですが、同様のことが、子どもについても報告されているそうです。たとえば、「開放状況」という、自由に集団を離れてよい状況では、集団を離れることができない状態である「閉鎖状況」と比べて、葛藤の解決や協力がより多く観察されるそうです。優位性を親和的関係や敵対行動から見る観点は、幼児期や青年期初期のデータと一致し、優位性は人気と有意な正の相関があります。優位性の階層の存在は、社会的知能の進化において決定的な役割を果たしてきた可能性があると言うのです。個体は所属する社会的集団における他者と比較した自分の階級に気づき、どんな行動が認められ、あるいは許されないのかを知り、他者がいつ規則を破ったのかということに気づき、どんなとき捕まらずにだますことができるかということにもおそらく気づかなければならないのです。この点からすると、個体は攻撃的行動を戦略的に用いていることになります。このような「マキャベリ的」な攻撃的行動は、「いじめっ子」でありながら、他者の視点をとることも、心の理論課題もかなりできる子どもや青年にも観察されていると言うのです。社会的推論が長い幼児期を持つ大きな脳の生物で進化したのは、こういった状況においてであっただろうとビョークランドは考えています。

彼は、次にさまざまな発達の時期、つまり、乳児期、子ども期、青年期における、子どもの相互作用、関係、集団について検討し、これまでに議論した進化発達心理学の減速や理論という観点から解釈しようとしています。議論の焦点の一つとして、社会的行動における性差を、特に成人役割の準備に関連する可能論があるものとして取り上げています。これらの内容は、私が提案する新しい知見からの集団の在り方、乳児からの他人との相互関係、そんなことに関係してきます。とても興味を持ちます。

比較的最近まで、乳児は自己中心的な存在であり、同年齢の子どもと相互作用する意欲も能力もないと見なされていました。しかし、乳児は2ヶ月頃には相互注視をするなど、基本的な社会的相互作用を示すことが明らかになっています。そして、生後1年間でより精緻な形式の社会的相互作用、たとえば、仲間に意識的に笑いかけたり、仲間の様子を意図的に見たり、仲間に反応を返したりするようになりますが、それは協力行動の基礎であるということがわかってきています。歩行期には、子どもは相互注視、パターン化したやりとりや、交代、相互模倣などといった「ゲーム」をするようになることがわかっています。私は、ある意味では歩行するという行為は、もしかしたら、積極的に人と関わろうとする時期の表れかもしれないとさえ思えるほど、時期が一致します。逆に、歩行によって、多くの人と関係を持つことが可能になるのかもしれません。