集団

女性が男性に近づく機会をめぐって相互に張り合う方法に違いがあることは、男性と女性が用いる攻撃行動の種類に影響を及ほしているようです。まず、男性が女性より言語的、身体的な攻撃行動を起こすことはよく知られています。さらに、女子が男子より関係的、あるいは間接的攻撃行動や、仲間関係につながる攻撃行動を用いることもわかっており、たとえば、社会的集団からひとりの女子を排斥したり、その子の評判を落としたりします。ただし、このことに関して注目すべき点は、女子が関係的攻撃行動を起こしても、それは男子が他の形式の攻撃行動を起こすよりもなお低い水準であるということであると言います。

攻撃行動のすべてのタイプに男女差があるのは、社会化や、ホルモン、進化の歴史に関連する違いが複雑に絡み合っているためだと言います。たとえば、男性は歴史的に見て狩人であるため、より強く、大きい身体を発達させてきました。狩りに用いる身体的行動パターンは、たとえば女性に近づく機会を得ることというような目標を達成するために、同種個体と対抗する際にも用いることができます。進化の歴史におけるこれらの違いは、関連する生物学的な、ホルモン、覚醒、自己制御などの歴史や、社会化の歴史にも反映されているそうです。

どうすればこの議論を、女性が優位性を確立し、維持する方法に関する、子どもの発達研究に活かせるだろうかという問いかけをビョークランドはしています。女性が対人的協力関係を用いて資源を入手する機会を得、それを維持することが原点となると言います。この観点からいうと、女性が用いる関係的攻撃行動についてさらに追求することが重要であると言います。女子が男子よりも関係的攻撃行動を用いることはわかっていますが、男子、女子双方について生涯を通じて、どの程度関係的攻撃行動を起こすのかを知ることが役に立つだろうと言うのです。

さらに、同性間、異性間の攻撃行動の目標を知ることも有用だろうと言います。つまり、関係的攻撃行動は、社会的関係を操作するために用いられますが、そういった関係が何の手段となっているのかは明確にはわかっていないそうです。就学前の女児は就学前の男児と同じように、お気に入りのものを手に入れるために関係的攻撃行動を起こすのでしょうか?青年期には他の女子に対抗して、配偶者になる可能性のある者に近くために、関係的攻撃行動を起こすのでしょうか?

ビョークランドは、ヒトの乳児が進化によって種に特異的な環境を「予期する」ように準備されているということを一つのテーマとして考察しています。ヒトに特異的な環境で最も重要なのは、他者、特に、母親や父親、他の血縁者、そしてさらに血縁関係のない、あるいは、あまり直接的な血縁関係のない少数の人々です。そういった血縁関係のない人の一部が仲間となり、ヒトはその伸間とともに成長していきます。それ以上に、ヒトの社会的環境は多様性に富んでおり、子どもはこれらの一見、予測不可能な環境に対応する効果的な方法を発達させなければならないのです。ビョークランドらは同種個体に対処するために有用な社会認知的プロセスの一部について議論してきました。それを彼は、進化発達心理学という本の中で、「ヒトの本性の起源」としてそれらのプロセスが行動に移される方法を見て、さまざまな形式の「実際の」社会的行動や、それが子ども時代に変化する様子を検討してきました。

集団” への9件のコメント

  1. 「攻撃行動のすべてのタイプに男女差があるのは、社会化や、ホルモン、進化の歴史に関連する違いが複雑に絡み合っているためだと言います。」面白いですね、そういった違いという視点で男性と女性というものを考えたことがなかっただけに、一つ一つの知見がとても新鮮です。これらを現場にどう活かすかを考えた時に、子ども観へ繋げるのはもちろんのこと、チーム保育という保育スタイルの上では職員間へと応用が可能であることに気付きます。保育を知ることとは同時にヒトを知ることである、そんなことをこの度の連載から伺い知るようです。

  2. 男女差を攻撃行動から捉える。なかなか面白い視点ですね。女性の攻撃行動の方が自分に近いかなと思ってしまいました。「女子が男子より関係的、あるいは間接的攻撃行動や、仲間関係につながる攻撃行動を用いる」とありました。ビョークランド博士が「女性が用いる関係的攻撃行動についてさらに追求することが重要」というところはまさに重要で、「ヒトに特異的な環境で最も重要なのは」ずばり「他者」。というところはもっともっと大事で、主体である子どもが働きかけられる他の主体こそが「他者」で、そうした意味で、自分という主体の人格形成には他者存在が必須であることを改めて認識することができました。「一人ひとり」とか「特定」が強調されるあまり、他者との多様な関係構築がややもすれば排除されがちな乳児保育。Starting Strongが叫ばれ始めて15年ほど。Starting Strongを保障する保育実践は見守る保育藤森メッソドであることを再認識しているところです。

  3. 女性の特徴である間接的攻撃行動は〝社会的関係を操作するために用いられますが、そういった関係が何の手段となっているのかは明確にはわかっていない〟とあり、子どもの発達が進化の過程を辿るとするならそこにヒントがあるように感じました。思えば、女児たちはどのようにして、社会に溶け込んでいくのでしょうか?読んでいて、そんなことを思いました。女児たちを普段見ていると、遊び方も男児とは異なることに気がつきます。間接的攻撃行動かは分かりませんが、女児は男児に比べるとよくおしゃべりをしている印象です。遊びながら、食べながら、トイレで…などなど自分からみていると、感心するほどの会話量だと感じています。そこから、女性の特徴的なものにつながっていくのかもしれません。これは〝予測不可能な環境に対応する効果的な方法を発達させなければならない〟一つのアプローチの仕方でもあるのではないかと推測しました。

  4. 攻撃行動における性差も面白いですね。男子のあからさまな攻撃行動とは打って変わり、「間接的攻撃行動や、仲間関係につながる攻撃行動を用いる」ともあるように、目に映りづらい攻撃であるような印象を受けます。また「関係的攻撃行動は、社会的関係を操作するために用いられますが、そういった関係が何の手段となっているのかは明確にはわかっていない」ともありました。こういった性差の問題などは、今までの内容から人類の起源を辿っていけば必ず意味があり、だからこそ現代にまで伝承されてきたように思えます。それか、明確にわかっていないということは、昔からの伝承ではなく、最近のことということなのでしょうか。

  5. 男性、女性の社会的攻撃には、性差があることには、”攻撃行動のすべてのタイプに男女差があるのは、社会化や、ホルモン、進化の歴史に関連する違いが複雑に絡み合っているため”だとありました。確かに、昔は、その環境に適した進化をそれぞれに遂げてきといると思いますが、それが現代、身近な存在から言えば、子どもたちの遊びの性差にも現れているような気がします。また、同性の関係の築きかたにも違いを感じます。性差のなかにはまわりとどのように関係を築くのか、違いがあることを感じます。社会的関係をどのように起こすのか、深く見ていくことで本質から見えてくる部分があるのかと思います。

  6. 「関係的攻撃行動は、社会的関係を操作するために用いられます」とあり、より人間というのは1人ではなく集団で生きていくことが根底にあることがよくわかります。その中で男女の性差というのが関係してきているのですね。また「攻撃行動のすべてのタイプに男女差があるのは、社会化や、ホルモン、進化の歴史に関連する違いが複雑に絡み合っているため」とあり、人間が今まで生存してきた中で我々の想像を遥かに超えるような進化の歴史がありさまざまな関連があることを想像させてくれます。攻撃的な部分を紐解くことでどんなことが保育に繋がるのか、興味深いですね。

  7. 男性と女性の攻撃行動の違いは理解できます。今だに不思議というか、性別が違うだけで、他社に対しての攻撃行動が全く違うことに疑問を感じます。ブログに書いてあるように、男性は狩りをして獲物を獲得する必要がある為、体つきも良くならないといけないですし、配偶者を手にいれるという意味でも自然とそうなってきたのでしょう。
    さてテーマが集団ということですが、「予期する」為には集団、様々な人との関わりの中で学び、予期できるよう準備できている状態から、実際に予測し行動して行く。ビョークランドの言っている内容、言葉、何となく理解はできているのですが、まだまだ漠然としています・・・。ただ、それをいかに現場の中から見付け出し、繋げていくことが大切なのかな?と感じた次第です。

  8. 男性と女性が用いる攻撃行動には違いがあるのですね。「女子が男子より関係的、あるいは間接的攻撃行動や、仲間関係につながる攻撃行動を用いることもわかっており、たとえば、社会的集団からひとりの女子を排斥したり、その子の評判を落としたりします」ということも攻撃行動に当たるのですね。しかし、女性は男性よりも攻撃行動を起こすことは低いということが前提にあるのですね。このような攻撃行動は確かに私自身もですし、周囲でも見られることですが、「関係的攻撃行動は、社会的関係を操作するために用いられますが、そういった関係が何の手段となっているのかは明確にはわかっていないそうです」とあるように、明確に分かっていないというのが意外な感じがしました。

  9. 攻撃行動とはいえ、男女差はあるのですね。そして、それは「社会化やホルモン、進化の歴史に関連する違いが複雑に絡み合ってるから」とあります。人の男女差の中でやはり男性のほうが女性を取り合うというようなイメージになるのもこの攻撃行動が男性のほうが起こす割合が大きいからそう感じるのでしょうか。また、女性は「対人的関係を用いて資源を入手する機会を得、それを維持することが原点となる」とあります。そう考えると女性のほうが攻撃行動が低いのは当然と言えるでしょうね。こういった特徴の中で集団をつく必要が出てくるわけですから、攻撃行動と協力行動は使い分けなければいけなく、社会的関係を操作するということは当然のことのように思います。人の勧善懲悪とはならない所以もこういったところに見えてきますね。

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