泣く意味

乳児が泣くことに関して様々な仮説が言われていますが、この仮説には非常に興味をひかれますが、どのようにして苦痛の泣きがそもそも親の世話を引き出し、最終的に乳児の中に選択されたのかということに関する理論が必要ではないかとビョークランドは言います。ある研究でファーローは、乳児の泣きの音響構造が乳児の健康と相関していることを示唆する証拠を見出しました。母親は乳児の泣き声の高さや泣きの頻度によって得られる手がかりを、乳児の表現型の質を表すものとして用いるのかもしれないと言います。母親は乳児の状態を見きわめるための鋳型のようなものをもっていて、そのひとつの要因が、乳児の泣きであることも示唆されているそうです。さらに、長時間泣くのはかなりのエネルギーを消耗するため、泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性があり、親が投資するには、あまり力強く泣かない乳児より賢明な選択である。したがって、母親が長く泣きやすい乳児を見捨てる可能性は低いだろうと考えられます。

ケニアで牧畜社会を営むマサイ族の調査はこの仮説をある程度支持しているそうです。飢饉や干ばつはマサイ族には日常的であり、その時期には乳幼児の死亡率がかなり上がります。デヴリーズは、飢饉の時期に生まれた13人の乳児のうち生き残ったのはわずか6人であったと記述されています。「ぐずりやすい」、つまりよく泣く6人の乳児のうち死亡したのは1人だけだったそうです。反対に「扱いやすい」、 つまり大泣きをすることがほとんどない7人の乳児のうち5人が死亡したそうです。デヴリーズは、おそらく飢饉というストレスの下で、扱いやすい、気質をもつ乳児は無視されやすくなり、死んでしまったのではないかと述べています。泣いたり、ぐずったりして訴えることが最も多かった乳児は、母親になだめられることが多く、したがって、食べ物を与えられることになったのでしょう。もちろん、ぐすりやすい乳児は頑強な体質も確かに持ち合わせていたであろうから、より元気に泣いて生存できることとなったともいえるかもしれませんが。

トンプソンたちは、乳児の泣きの進化的機能についてまた異なる理論を呈示し、乳児の苦痛の泣きは呼吸器の緊急事態の症状と似ており、親の注意をひきつけ、栄養を摂取するための乳児の一種の偽装であるという仮説を立てました。彼らの主張によると、進化適応の環境において、乳児が窒息しないように親が見守っておくという、大人による基本的な呼吸管理メカニズムがあったと言うのです。乳児は生命に関わりのない状況で呼吸困難のまねをすることによって、親のこの応答を利用するためのメカニズムを進化させました。このことを検証するために、 24ヶ月児の泣きを見慣れない部屋にひとりで放っておかれる時間の長さを関数として調べたそうです。この調査は、ストレンジ・シチュエーションテストの一部として、母親が部屋を3分間離れ、また戻って来た状況で行われました。彼らは、泣きの音程変化率の極端なかたよりは乳児の苦痛を示しており、大人がもつ進化による世話行動が放置される時間が長くなるほど、正常よりかたよるはずであると考えたのです。彼らは、3分間のセッションでまさにこの関連を見出し、乳児の苦痛の泣きは乳児の偽装、つまり、低換気あるいは過換気のふりをすることによるものであるという仮説を支持したのです。

泣く意味” への8件のコメント

  1. 「泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性があり、親が投資するには、あまり力強く泣かない乳児より賢明な選択である」手の掛かる子ほど可愛い、とはよく言ったもので、振り返れば印象に残っている子ほど、手の掛かかった思い出があるように思われます。そういう風にして子どもからのアプローチがあるのだと思うと、泣くことについても、また、大きくなって、泣くこと以外の行動によるアプローチが現れたとしても、寛大な気持ちで見守れるような気がしてきます。知識が、用いられてはじめて意味を成すように、研究もまた現場やヒトの生活に活きるものであるべきですね。先生がその部分を精査してブログへ提示されていることを改めて感じます。今日の保育に活かそうと思います。

  2. 今回のブログで示された、乳児泣きに関する仮説、実に面白かったですね。読後「泣く子は育つ」ということがよくわかったような気がしました。フォロー博士の「泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性」があるということには合点がいきました。赤ちゃんが大泣きしている姿に遭遇することがあります。この世の終わりでも近づいたとばかりに大声をあげて泣き叫びます。「泣きの音響構造」と「乳児の健康」の相関、経験的に納得しました。また、マサイ族の事例は赤ちゃんが泣く、ぐずることの本当の意味を私たちに教えてくれました。そして、トンプソン博士らの赤ちゃんの泣きは「親の注意をひきつけ、栄養を摂取するための乳児の一種の偽装」との説を提唱しています。「偽装」?しかも私の注意を惹きつけたのは「乳児は生命に関わりのない状況で呼吸困難のまねをすることによって、親のこの応答を利用するためのメカニズムを進化させました。」の部分です。乳児が親を進化させている。乳児は何もできない、何も知らない、だから大人がやってあげる、などという思い上がりを私たち大人は捨てるべきですね。さて、ブログの最後に再び「乳児の苦痛の泣きは乳児の偽装」とありましたが、まぁ、偽装ということにこだわらず、「あぁ、赤ちゃん、一生懸命育っているのだな」と温かく見守っていけるよう私たち大人は「進化」しなければなりませんね。

  3. 「長時間泣くのはかなりのエネルギーを消耗するため、泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性があり、親が投資するには、あまり力強く泣かない乳児より賢明な選択である」とありました。「泣く子は育つ」とよく言いますが、泣くこと自体が乳児の健康やより良い発達を促すように捉えてしまっていたところがあり、泣くことで親の投資を自分に向けることができるということなのですね。さらにマサイ族の調査も興味深く、飢饉や干ばつという生存可能性の狭める環境では、より「泣くこと」が親の投資をめぐる生存競争では欠かせないものであることがわかりました。また「乳児の苦痛の泣きは乳児の偽装」とあったことには驚きましたし、乳児の時期から意図的な行動があり、それが乳児期の生存戦略なのだと感じました。

  4. 〝母親が長く泣きやすい乳児を見捨てる可能性は低い〟とありました。手のかかる子ほどかわいいと言いますが、まさに、その言葉が科学的に検証され証明されたような内容ですね。よく泣く子ほど健康的で長生きをする可能性のあるということはよくよく考えてみれば、想像ができることですが、そのように言われてみるまで気がつきませんでした。
    そして〝乳児の苦痛の泣きは乳児の偽装〟の部分に驚きましたが、乳児の意図的な行動をするということ、欺くという行為など、乳児の生きるということがどれだけのことであるのかという部分に面白さを感じました。

  5. “最終的に乳児の中に選択されたのかということに関する理論が必要ではないか”という泣くという行為に見いだされる意図というのには、確かに重要なことだと思いました。さらに、泣く長さにはその子のもつ生命力、元気な要因を感じさせるような点もあるのですね。よく夜中、赤ちゃんが泣いて起きるのには、父親はあまり気づかないことを話で聞きますが、母親には、聞こえる力が備わっている、それには、やはり、子育てするなかで将来性のある子どもを感覚的に選択する要因を探し当てているように思います。
    “乳児は生命に関わりのない状況で呼吸困難のまねをすることによって、親のこの応答を利用するためのメカニズムを進化させました”とあることには、赤ちゃんが考えて母親に意図した行動をさせるための力を感じますね。いきる術には赤ちゃんの偉大な力を感じます。

  6. 「長時間泣くのはかなりのエネルギーを消耗するため、泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性があり、親が投資するには、あまり力強く泣かない乳児より賢明な選択である」とあり、最近一時保育をしていてよく泣く子を目にすることからこうしたよく泣く子というのが健康である可能性があるのですね。そう考えた時、基本泣いている子に対してイライラはしませんが、より泣いている意味に対して考えることが深くなりますね。泣くというのは当たり前であるのことでそこに保育者に投資させるための意図があるというのもわかるわけですからそこでイライラしてしまうのはおかしいことなのかもしれないなとも感じました。

  7. マサイ族の調査結果を聞いて、納得できる反面、大泣きをせず扱いやすい乳児が7人中、5人が死亡したという事に心が痛みました。私からするとお利口さんで、親としても助かると思いますが、やはり環境でしょうか、ケニアのように飢饉や干ばつが激しい地域だと生存率が下がるのですね・・・。ただ冷静に考えると、ケニアの調査結果は現代だからではなく、おそらく遥か昔、人類の進化から見ても、乳児が「泣く」という行為は同じであり、同じような結果が人類の進化から見てもあったのかもしれません。それこそ乳児の泣きの偽造と書かれてありますが、つくづく乳児の隠された能力、本能と言いますか、驚くことばかりです。

  8. 乳児の泣きについて、そのようなことが分かってきているのですね。とても驚きました。「長時間泣くのはかなりのエネルギーを消耗するため、泣き続ける余裕のある乳児はより健康である可能性があり…」というのも印象的でした。泣くのにはエネルギーがいりますが、親の注意を喚起するためには、やはり泣くことが効果的であるので、エネルギーが必要でもそれをする必要があると考えれば、やはりよく泣く赤ちゃんは体力のある赤ちゃんということになりますね。泣いてばかりいる子に対して、そんな見方で見てみるのもおもしろいかもしれません。また、赤ちゃんの偽装泣きというのはかなり興味深いです。「乳児の苦痛の泣きは呼吸器の緊急事態の症状と似ており、親の注意をひきつけ、栄養を摂取するための乳児の一種の偽装であるという仮説を立てました」ということにも驚きです。赤ちゃんはここまで、他者を自分に引き付ける力を持っているのですね。そして、「乳児は生命に関わりのない状況で呼吸困難のまねをすることによって、親のこの応答を利用するためのメカニズムを進化させました」ということからも、子に親が育てられていること、そして、赤ちゃんが非常に能動的であるということを感じます。

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