攻撃行動

さらにこの時期は男性が最も活発に仲間と競う時期であります。現代文化においてそのような行動の大半は社会的処罰が下され、愚行と考えられているにもかかわらず、ヒトの男性には、危険な競争をすることで平均して包括適応度が高まるような状況に適応した心理が遺伝的に受け継がれているそうです。馬鹿な行動と言われることを男性はしてしまうのですね。それは、攻撃行動やリスクティキングの利益がコストを上回っていたからだと言う尾です。そういった行動はもちろん「プログラムされ」たり、「必然的な」ものであったりするけではありませんが、経験によて形成され、他よりも発現しやすい環境とそうでない環境があるのは確かです。

たとえば、重要な文化的資源を入手する機会が限られていて平均寿命が短い場合には、若い男性は、より慎重に息の長い接近方法をとるよりも、配偶者や獲得したい資源をめぐって精力的に競争をする方が理にかなっていますね。したがって、豊かな国の貧しい地域に代表されるそういった状況下においては、男性が他の男性に対しより高いレベルでリスクティキングや暴力行動を起こすことが予測されています。これは、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の男性の殺人率に見られる傾向とまさに一致します。年齢傾向は白人系男性の傾向と類似しているそうですが、絶対的な割合はより高く、スラム街のアフリカ系アメリカ人が白人と比べて教育的、経済的機会に乏しいことと関連しています。このような傾向から、格差社会は、非常に危険な行為や、暴力行動を起こすことが多くなり、危惧されているのでしょう。

次にビョークランドアは、「関係」について考察しています。乳児の最初の関係は、その主たる養育者との愛着です。愛着は乳児と養育者との間に築かれる、親密で双方向的な情緒的絆のことであり、たいていは母親との愛着を指します。愛着は広範囲にわたる種において研究されており、「接近行動」「分離時の不安」「愛着対象が不安になった乳児を落ち着かせることができる程度」という3要因の組み合わせによって測定されることが多いです。現代のヒトの愛着研究は、言わずもがな精神分析学者で行動生物学者のジョン・ボウルビーに端を発しています。彼は、愛着の本質についての精神分析学的考えに進化論的視点を組み込みました。ボウルビーはローレンツが早成鳥で観察した行動である「刷り込み」と、ヒトの母親と乳児の関係に機能的な類似性を見出したのです。どちらも乳児にとって危険の高い時期に、乳児と母親が非常に近接させる機能をもつのです。ボウルビーは、ホモ・サピエンスの進化適応の環境において、乳児が自分の母親に愛着をもつようになる行動は、正の淘汰を受けたのであり、そのように「愛着を形成した」乳児は、「愛着を形成しない」乳児よりも生き残る可能性が高くなると主張しました。

永続的な母親と乳児の絆はヒトに特有のものではなく、当然、他の哺乳類、特に霊長類にも見られます。ボウルビーのもともとの関心事は、最も適応的な愛着のスタイルや、愛着をうまく促進させていく母親と乳児双方における心理的メカニズムを見極めることでした。

ビョークランドは、親、特に母親と乳児がもつ、おそらく進化によるメカニズムで愛着を育む役割を果たすものなど、愛着に関するボウルビーの主張の一部を検討しています。

攻撃行動” への9件のコメント

  1. 「正の淘汰」昨夜見た人類の進化についての番組内容が思い出されます。家族から仲間へ、その集団範囲を拡げていく過程で、生まれる命というのは掛け替えのないものだったのかもわかりません。生死が眼前にある生活の中での大きな癒しであり、また、大きな希望であり、また生存戦略としての、生き残る為の要の一つであったであろう子どもの存在を、あの鮮烈なCGの印象のままに想像します。
    そして現代、物質的な豊かさの中で、祖先が残してくれた心の豊かさを取り戻すこと、現代に生きるヒトに課された必達の命題なのかもわかりません。

  2. ビョークランド博士による「関係」の理論には大変興味があります。ここで「愛着」という概念が登場します。英語ではattachment。「愛着は乳児と養育者との間に築かれる、親密で双方向的な情緒的絆」とあります。この「愛着」がいわゆる保育者間でも言われるようになって久しいですね。保育者は保育者であって、養育者である保護者とは別な存在であるはずです。ところが、特に乳児あるいは未満児の保育をする際にこの「愛着」という概念が持ち出されてきまして、保育者が一人で三人の赤ちゃんの面倒を見る、という保育実践がもてはやされています。養育者、保護者はその子にとっての本当の意味での拠り所でしょう。負の状況に陥って駆け込めるのは親です。その親が生みの親か育ての親かは別としても、子どもにとって究極駆け込める存在は親でしょう。子どもとの愛着が大切だから3人の乳児を一人の保育者が保育しましょう、という論理は子どもにとっての愛着対象は一体誰かを考えれば自ずと答えが出てくるでしょう。このことについては、乳児から3歳未満児を預かっている施設の長はよくよく考えなければならないと思っています。

  3. 「愚行と考えられているにもかかわらず、ヒトの男性には、危険な競争をすることで平均して包括適応度が高まるような状況に適応した心理が遺伝的に受け継がれている」とありました。これもすごくわかります。特に学生時代ですが、自分の今までを思い返してみると、「なんであんなことしたんだろう」と今では思うことが多々出てきます。バカなことをして、相手の気を引こうとするような一面もあるように自分の今までの行動から感じたりしています。
    「関係」に関しては、「乳児の最初の関係は、その主たる養育者との愛着」とあり、以前の愛着の内容から学んだ「愛着は離れられるようにするためにある」ことが思い出されます。これは、正の淘汰を受けたことにより「愛着を形成した」乳児は、「愛着を形成しない」乳児よりも生き残る可能性が高くなることに繋がるように思えます。愛着対象の存在により、外界へ安心してアプローチできることで、乳児が生きていく上での力を経験を通して身につけていくことが伝わってきます。

  4. 〝危険な競争をすることで平均して包括適応度が高まるような状況に適応した心理が遺伝的に受け継がれている〟とあります。園では時々、ケンカがエスカレートする形で取っ組み合いのケンカになってしまうこともありますが、そのケンカは男の子同士しか自分は見たことがない気がします。
    自分の経験としても、今思えば「なんでそんなこと…」と思うようなことを、その時は真剣に考えてしていることに気がつきます。
    〝乳児の最初の関係は、その主たる養育者との愛着〟とあり、愛着は離れるためにあるということに気づかされたばかりの自分にとってはタイムリーなものです。愛着形成が行われていると長く生きるということも、離れても大丈夫だという安心基地があることでそのような心理が長生きをさせてくれるのだと思いました。

  5. 遺伝子的に男性という性別には、争いや競争のような他者との関係性があることがわかります。それが青年期を過ぎ、始めると、すこしずつ収まり、いつかの行動をあのときは、なんでやってしまったんだろうと振り返るのでしょうね。また、”乳児が自分の母親に愛着をもつようになる行動は、正の淘汰を受けたのであり、”とありました。正の淘汰を受けることによって、人は、生きる確率をあげる、そのなかには、母親との愛着関係が形成されることにも影響しているのですね。この母親との愛着関係が形成されることによって集団のなかで生きるための適応度が高まり、集団のなかで生きやすい環境となるのですね。

  6. 男性の馬鹿な行動というのは「攻撃行動やリスクティキングの利益がコストを上回っていたからだと言うのです」とあります。コストを上回ることでリスクを怖がらないというこなのですね。その行動がちょうど青年期の時期に起きることが多いというのはなんだかわかるきがしますね。また「乳児が自分の母親に愛着をもつようになる行動は、正の淘汰を受けたのであり、そのように「愛着を形成した」乳児は、「愛着を形成しない」乳児よりも生き残る可能性が高くなると主張しました。」とあります。愛着に関しても正の淘汰を受けたからなのですね。進化の過程から紐解いていくことでその真意になるほどという思いになりますね。

  7. 確かに男性がリスクティキングしてしまう環境と、そうでない環境は関係がありそうですね。ブログにも書いてありますが、格差社会が大きい地域はやはり競争意識が激しく、自分を守るため、生き延びるためには必然的に攻撃的になってしまうのかもしれません。
    さて乳児と母親の関係で「愛着」に関して書かれてありますが、愛着を持った乳児は正の淘汰を受けた事で、愛着を形成しない乳児よりも生存率が高いと書いてあります。ここでは親子の愛着関係について書かれてあります。保育者との愛着関係とは書かれていないことを、理解しないとけないと思います。

  8. 男性の攻撃行動について「経験によて形成され、他よりも発現しやすい環境とそうでない環境があるのは確かです」とありました。そういった性質を持っていても周囲の環境がどうであるかということが重要になってくるというのは乳幼児期の環境と同じことでもあるのかもしれませんね。教育は環境を通して行うということが大切ですが、やはり、子どもが持っている力を伸ばすためにもその環境がいかに重要であるかということを感じました。環境の影響、環境の可能性を私たちはもっと意識しなければいけませんね。「重要な文化的資源を入手する機会が限られていて平均寿命が短い場合には、若い男性は、より慎重に息の長い接近方法をとるよりも、配偶者や獲得したい資源をめぐって精力的に競争をする…」というのにも驚きました。相手を理解することの大切さを感じました。

  9. 人の攻撃行動における傾向も環境によってそういった思考が強くなることがあるのですね。アメリカ人の殺人立の傾向を見ているとなるほどと思います。格差社会というのはこういった事件性や殺人率というものにも関係してくるのですね。昨今でも日本では格差社会ということが言われています。こういった傾向が出てこないように流動的社会が求められている部分もあるのかもしれません。そのほかに今回は赤ちゃんの関係についても話がありました。ボウルヴィの理論が最近では違う見解が表れているという話は聞いたことがあります。「ボウルヴィのもともとの関係事は、最も適応的な愛着のスタイルや、愛着をうまく促進させていく母親と乳児双方における心理的メカニズムを見極める」とあります。それに対して、ビョークランドは「進化によるメカニズムで愛着を育む役割を果たすもの」と心理学ではなく、進化学というアプローチをしているのですね。これまでの話を見ていても進化学から見ていくと改めて「人間」という生物の不思議が見え、実によくできているメカニズムをもっていると感じます。愛着についても進化というものから見るとどういった役割があるのかとてもワクワクします。

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