優位性が目指す目標

攻撃行動や優位性に見られる発達的傾向は、優位性の論理と一致しています。つまり、優劣関係は個体同士が資源をめぐって競争し合うときに確立されるからです。一連の対決にもとづき、個体は他の個体との関連で自分の地位を知り、その結果、他の優位な個体には争っても負ける可能性が高いことを認識し挑戦しなくなります。つまり、そのような挑戦に関連するコストが、考えられる利益を上回るのです。見境のない攻撃行動を起こすことは、優位な個体の場合であっても、非常にコストが高いものです。負傷や敗北の可能性に関連するコストを考えて、代替戦略が用いられることが多いのです。ビョークランドらは、縦断研究から、優劣関係が敵対的な戦略によって確立された後には、優位性に関する親和的な側面が顕著になることを見出したそうです。つまり、優位性が確立された後、優位な個体は和解などの戦略を用いて、負けた仲間を集団に再統合するのです。

 

こういった種類の戦略は、従属者は優位者がもつ資源を手に入れる機会を得て、優位者は従属者らが手を組んで自分を倒してしまう可能性を最小限にするという点で従属者にも優位者にも利益をもたらします。こういうことは、以前いじめられた子どもが親和的ネットワークや、可能な協力関係を築くといった状況で起こりえます。つまり、青年期の優位性は幼い時期と同じように、向社会的戦略と攻撃的戦略双方を用いることができる能力と関連しているのです。優位性が目指す目標は、配偶者としての望ましさと関連していると言います。

 

こういったすべてを踏まえて問いたい疑問は、どのようにして従属者は資源を手に入れる機会を得るのかということです。代替戦略の観点からは、低地位のものがより高い地位の個体に脅しをかけたり、対抗したりするのは愚行です。そのかわりに、ヒト以外の霊長類において、低地位の個体は食べ物を盗んだり、望ましいメスとひそかに交尾したりするといった代替戦略を用います。メスはそういった戦略に興味を示す可能性がありますが、それは自分の子どもだと考えて、食料を与えたり保護したりすることによって投資してくれるオスが多くいうることは、そのメスと子どもにとって有益だからです。さらに、子孫への投資が低い乱交的な戦略は資源に乏しいニッチで用いられるだろうとビョークランドは考えています。

 

優位性に関する議論はこれまで、オスがオス集団における優位性やリーダーシップを手にするために用いる戦略に焦点をビョークランドらは当ててきました。オスの優位性は上述したように、通例は資源、特に配偶者を手に入れる機会という点から順位づけられます。ダーウインもまた、メスの配偶者選択は配偶行動に影響を与えると記しているそうです。メスがこの目的を達成する方法に関する私たちの知識は、ヒトの資料にも動物の資料にも非常に限りがあります。このことを研究してきた行動生物学者によると、霊長類のメスは同種個体と協力して望まない性的交渉から身を守り、魅力的なオスに近づくようにしていることが見出されているそうです。オスに近づくためにメスは協力したり偽装したりすることで、しばしば他のメスと張り合います。女性が男性とは異なる度合いで関係的攻撃行動を起こすこともわかっていますし、ギアリーは、女性は関係的攻撃行動によって、自分たちにとって非常に重要な対人ネットワークをかき乱すことを示唆しました。つまり、元来のダーウインの定式化と一致して、配偶者をめぐる競争が同性間、異性間であるのだそうです。

優位性が目指す目標” への9件のコメント

  1. なるほど、なるほどと読み進める内に気付けば最後の文章を読み終えていて、コメントというよりも新しい知見に飲まれてしまったような、そんな読後感です。ヒトには抗えないメカニズムがあり、その道の上でどう生きるかという自由な意志、選択する権利、そのようなものを与えてもらっているようです。愛や恋が、歌にしても何にしても、昔からどの時代でも熱をもっているように思えるのは、ヒトが生きて、生き残っていく上で欠かすことのできないものだからなのですね。

  2. 資源をめぐる競争から生じる優劣関係。私たちの「優劣」に関する刷り込みは現在言われている「勝ち組負け組」という表現で頭を擡げることがあります。そして、私たちの悲しい性は、この優劣に善悪、貧富、上下、という別な価値観を付随させてしまうことです。優劣に関して思いを馳せるならば、遺伝子レベルで優性劣性ということが言われていることに気づきます。これは決して良し悪しとか、富める貧しいとか、そういうことではありませんね。「優劣関係が敵対的な戦略によって確立された後には、優位性に関する親和的な側面が顕著になる」という指摘はとても重要ですね。生物の一部である私たちは個体のあつまりとしての集団で生きています。「向社会的戦略と攻撃的戦略双方を用いることができる能力」を持ち合わせながら、集団内における資源の獲得と利益の分配によって個々人が生き延びてきたのが私たちホモサピエンスでしょう。「親和的ネットワークや、可能な協力関係を築く」このことを念頭に置きたいと思いました。

  3. 〝優位性が目指す目標は、配偶者としての望ましさと関連している〟とありました。優位性は子孫を残すことから考えていくと、高い人から配偶者がいることになるというのが本当のところだと思いますが、そこからの逆転するためのいろんな策のようなものが富んでいて、霊長類の例えにもありますが、多岐にわたります。そのへんが人間の面白さの一つだと思えます。
    そして、受け入れる側も多岐に富んでいて、おもしろいですね。
    それら全ては子孫を残すということのため、少しでも優位に立とうとするのは自分の子孫を残そうとするが故の行動となるのですね。そのように考えていくと、攻撃行動などの行為でも未来につながるものであるのだと感じます。

  4. 「優位性が確立された後、優位な個体は和解などの戦略を用いて、負けた仲間を集団に再統合する」や「優劣関係が敵対的な戦略によって確立された後には、優位性に関する親和的な側面が顕著になる」とあったことが印象的で、優位性が確立され、地位が高くなると和解を重んじて、例え優位と言えど、リスクの高い争いを避けて、相手に投降させることは、戦国時代を描いた映画やドラマでもよく見られるシーンです。リスクヘッジ能力も集団のリーダーには必要な能力であることが伝わってきます。
    メスの配偶者選択における配偶行動も興味深く、「霊長類のメスは同種個体と協力して望まない性的交渉から身を守り、魅力的なオスに近づくようにしていることが見出されている」ことは人類にも当てはまることですし、全てが人類の繁栄とも言える子孫繁栄につながった行動であることがわかります。

  5. 優位者は、優位者としてもつ権力のようなものをうまく使い、生存する術を賄うことができると理解できますが、”どのようにして従属者は資源を手に入れる機会を得るのかということ”とあることは、確かにと思ってしまいます。うまく生き抜いていくためには、優位者へ歯向かうのではなく、そして、別に生活するのではなく、共に生活する中で、その優位者のもつ力をうまく利用することで、よりよい生活できる環境が存在するのだと思います。
    そうすることで、子孫を残し、そして、繁栄へと繋がっていくのでしょうね。互いに共存しあいながらも社会的立場を理解し、人が互いに必要だと感じるものが生まれ、それを互いに受け止めていくのだと感じました。

  6. オスの優位性やリーダーシップ手にすると書いてあります。皆んがどうか分かりませんが、私もリーダーになりたいというか、やはり少しでも集団の中で優位性の確立、自分の地位というのを気にしてしまいます。しかし小学校、中学校、高校、大学、そして社会人として様々な集団の中で過ごしてきましたが、時には自分が集団の中で優位性の時もあれば、全くそうではない時もありました。この経験を勝ち負けで表現するのは少し変ですが、リーダーになれず負けた経験をするからこそ、負けた仲間を集団に統合するようにも思います。昨日の敵は今日の友という言葉があるように、敵がいる事で自分の地位を脅かし、資源を奪いにくる可能性を少しでも減らす為の行動だと個人的に考えました。

  7. 「優位性が目指す目標は、配偶者としての望ましさと関連している」とあります。この優位性というのは子孫繁栄という根元で関係しているのですね。ヒトが恋に落ちたり、愛を深めるというのもそういったところと関係していることがわかります。また「優位性が確立された後、優位な個体は和解などの戦略を用いて、負けた仲間を集団に再統合するのです。」というのも人間の面白いところであり、またそれが生き延びて来られた理由の1つなのではと納得するような思いです。人は少なからず自分の地位を築いていこうと思いますが、そこに様々な戦略を用いてそれが相互作用することがコミュニケーションであり、そこに忖度であったりと存在します。より人間の深さ、面白みを感じます。

  8. 「従属者は優位者がもつ資源を手に入れる機会を得て、優位者は従属者らが手を組んで自分を倒してしまう可能性を最小限にするという点で従属者にも優位者にも利益をもたらします」とありましたが、人間の社会、集団というのは複雑ですが、よくできているなと思ってしまいます。他者を守ることが自分を守ることでもあり、自分を守ることで、他者を守ることにもなるという絶妙な関係性で私たちは成り立っているということにもなるのでしょうか。「オスに近づくためにメスは協力したり偽装したりすることで、しばしば他のメスと張り合います」というのもおもしろいですね。私たち人間は他者との関係性の中で生きているんだなということを感じさせられます。集団というのは切っても切れないと言いますか、切ろうとすると人として生きていけないのかなと思うと、やはりそのような集団の中で生きる力をつけていくことが重要になりますね。人と関わら機会がどんどん減ってしまっているからこそ、これからは意図してそのような状況を作らなければいけませんね。

  9. 人が社会を形成するなかでヒエラルキーが出てくるのはどうしようもないのですね。人が生き残っていくメカニズムの中で自分がいかに優位に立つかということは確かに重要なことです。自然とこういった優位性が生まれてくるということがわかります。そして、それは男性に限ったことではなく、女性でも起きることですね。ふとその様子は「大奥」の状況を見ていると実感するところです。そして、低位置にいたとしても協力関係を結ぶことで少しでも優位に立つことはコミュニケーションの一部としても重要なことにつながるのですね。

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