リスクティキング

男性はすべての年齢で女性より身体的攻撃をよく用い、青年期や成人初期の男性の攻撃行動は、女性や青年期より年長および年少の男性の攻撃行動より重症に至ることが多く、死を招くこともあります。このように、青年期や成人初期に男性の暴力行為がより多いのは、アメリカや他の先進国に限られたことではなく、世界共通であり、親の投資における性差に由来するそうです。

この親の投資における性差については、以前のブログでも紹介しました。基本的に、子どもへの投資が多い方の性は配偶者の選り好みをし、子どもへの投資が少ない方の性は多くの投資をする性を手に入れるために競争するというものです。ヒトや哺乳類全般的に、メスの方が子どもに対して誕生前も後もかなり多くの投資をし、オスはメスを手に入れるために盛んに竸争します。もちろん、メス同士もオスをめぐって競い合いますが、その競争はオスが昔から競ってきたほど激しくはありません。このことはヒトのような種、つまり、ほぼ一夫多妻制が存在する種にはきわめて重要な問題であり、1人以上のメスを独占できるオスもいれば、まったくメスを手に入れられないオスや、あまり望ましくないメス、すなわち繁殖価が低いメスしか手に入れられないオスもいます。大半の哺乳類のメスは、非常に望ましい相手ではないにしろ配偶者を見つけます。それに対し、哺乳類のオスは適応分散が大きく、まったく交尾できないオスも多く存在します。その結果、競争的なリスクティキングを好むオスの心理に淘汰圧がかかります。そういったリスクティキングや、それに伴う暴力はオスが生殖期に入ったときに頂点に達しますが、それがヒトでは青年期にあたるようです。

リスクティキングや事故は、競争行動や「誇示」行動の結果であることが多く、同性の他のメンバーと競争したり、異性のメンバーに印象づけようとしたりすることが目的です。たとえば、自動車事故による死亡率は男性の10代後半で急増し、20代半ばで減少するまで増加し続けるそうです。女性も同様の傾向を示しますが、割合でいうと男性の半分だそうです。この傾向に対する仮説のひとつは、運転の機会と運転経験、それは、もっと若い10代の若者は運転できず、成人は運転経験があるということに関連していますが、女性の傾向はこれに反するそうです。10代後半に死亡率は上がりますが、20 ~ 24歳で下がるのだそうです。男性も女性もほぼ同数が運転するにもかかわらず、死亡率は同年齢で男性の方が2 ~ 3倍高いそうです。

リスクティキングの年齢差は、外傷患者の負傷の種類を調べることでもわかるそうです。そして驚くことではないとビョークランドは言いますが、女性の外傷患者の割合は、男性のおよそ3分の1で、ロサンゼルスはアメリカ、あるいは世界一般を代表するわけではありません、これらのデータは、銃が容易に手に入る近代都市において起こる青年や若年成人のリスクティキングの極端な結果を反映していると言います。

最後に、青年期と若年成人期の男性は殺人事件の被害者にも加害者にもなりやすいそうです。これは調査されたすべての文化や時期において見出されてきた現象です。1995年から1997年のアメリカにおける、年齢別、男女別の殺人事件の犠牲者の割合を見てみると、殺人事件の犠牲者になる可能性は女性より男性の方が高く、その割合は10代後半から20代初期にかけて上昇し、その後次第に減少していきます。殺人罪を犯す可能性については、それとほぼ同一の傾向をたどるようです。

リスクティキング” への8件のコメント

  1. 戦争を起こすのも男性、暴力や武力など、力で物事を解決しようという働きかけを起こすのも男性特有のものかもわからないと思えてきます。男は家のことに構わず外で仕事をしていればそれでいいという時代でなくなったように感じる昨今、家事に育児に仕事に勤しむ女性を見て尊敬の念が湧きます。先日のブログではありませんが、優位性が行動を駆り立てるとするなら、男性の攻撃的な面こそその骨頂のようなものであり、それは逆を言えば優位たりたい男性の弱さと言えるのかもわからず、家事、育児、と、本当に大変なものに向き合ってこられた女性の強さこそ、暴力を超えた本当の強さのように思えてきます。

  2. 男性はすべての年齢で女性より身体的攻撃をよく用いることや青年期や成人初期の男性の攻撃行動が多くなるのは、単純に反抗期の一種の表現として当たり前のように理解してしまっている部分がありましたが、それは世界共通であり、親の投資における性差に由来するのですね。この攻撃行動が多くなる青年期や成人期での優位性の確立となると、暴動などを起こしやすいイメージがどうしてもある「暴走族」などの主に青年期や成人期の男性がに所属するチームの存在が浮かび上がってきてしまいます。必ずしもそうではないと思いますが、それが集団となるとより大きくなってしまう印象を受けてしまいます。それとは逆に前回の内容にもありましたが、異性への興味や結婚への興味がそれらを緩和する、鎮静するようにも感じました。

  3. 青年期のリスクテイキング。あぁ、何となくわかりますね。もっとも自分はその青年期にリスクテイキングをしたか?う~ん、どうだったろうか。「リスクティキングや、それに伴う暴力はオスが生殖期に入ったときに頂点に達します」何となくそうかなとは思っていましたが、その時期の男性が命を懸けてまでしてしまうリスクテイキング、それが「繁殖」のため。ガッテン、というかスッキリ、というか。妙に腑に落ちたところです。いわゆる青年期をとうの昔に終了した私は、リスクテイキングしてまで異性にアピールする成年男子の健気さに羨ましささえ感じます。もっとも、命を落としてしまっては元も子もありません。青年期に入り始めている子どもを持つ親としては、落命につながるリスクテイキングを避けてほしいと強く思います。命あっての物種。進化発達心理学の側面から言及されているリスクテイキング。オスとはそもそもそうした存在であるという認識をまずは持つ必要があるようです。

  4. 女性と比べると男性は〝青年期や成人初期に男性の暴力行為がより多い〟という性差があるということなんですね。男性は昔は外に狩りに出かけて食料を確保したり、その部族を守っていたりと攻撃的なことが役目としてあったと思いますが、今ではその役目も薄れてきていると思います。家事に育児に仕事にと子どもへの投資として行っている現代の女性は投資量割合として、昔よりも増えているのかもしれません。ですので、男性の投資の増加が求められているのだと思います。
    なんかそのように考えていくと、今までの歴史では男性の名前ばかりが目立ちますが、その影には女性の支えがありきで男性は外でしたいようにしてきたように思えます。やはり「母は強し」と言いますが、女性の支えがなければ男性は脆いものなのかもしれない、と感じました。

  5. 後先考えずに行動できるのが男性であり、力を鼓舞しているのも男性のように改めて思います。”そういったリスクティキングや、それに伴う暴力はオスが生殖期に入ったときに頂点に達します”とあり、この時期になると、より遺伝子のがいい時期に多くのオスが行動的に高まり、攻撃的な姿が見られるのかなと思います。それが”ヒトでは青年期にあたる”とあり、突発的な行動、例えば、はめを外したことによって事故を起こしたり、酒を飲んでしまい、事件を起こしてしまうのも、男性がほとんどのような気がします。そのオスの生殖期とヒトの青年期が時期的に近いものがあるのならば、行動的ではあるものと注意散漫であり、それをセーブするためにも女性という存在が必要だということが考えられます。

  6. 「青年期や成人初期の男性の攻撃行動は、女性や青年期より年長および年少の男性の攻撃行動より重症に至ることが多く、死を招くこともあります。」という冒頭に緊張感というかなんというか、自分がその時どんな生活をしていたかと思うと少しやんちゃだったのかなと思い返されます。逆を返せばその攻撃性が自分のやりたいことへとまっしぐらに向かうことができた人が頂点に登りつめているのかなと感じました。今では世界のトップにいる人たちはみな青年期から成人初期かもしれません。勝手な想像ですが。全ての内容に納得がいく思いです。また逆の立場にいる女性の役割がより明確に見え、本当の強さを持った女性が理解できます。

  7. コメントの内容があっているのか気になりますが、中学〜高校にかけて男子は不良や、大人に対して反抗する姿を見て変な憧れを持つ傾向があるような気がします。もしかしたら自分の周りだけだったのかもしれませんが(笑)自動車事故による死亡率が10代後半で増加すると書いてありますが、若いときは怖いもの知らずというか、根拠もなく無茶をしてしまうような気がします。これも私自身も当てはまるのかもしれませんが、免許を取りたての時は変に嬉しくで初心者なのに調子乗ってしまい、結果事故を起こしてしまうような・・・。なんだか自分の自虐コメントになってしまいましたが、若い時、特に中学〜高校の時は友達と仲良くなりたい、異性から好かれたい、様々な理由から、自分の存在を周囲に認めたいという気持ちからリスクティキングをしてしまう気がします。ただオスがその傾向が強いというのは理解し、これから大きくなる二人の息子にどう伝えるか・・・難しい課題です。

  8. 「リスクティキングや、それに伴う暴力はオスが生殖期に入ったときに頂点に達しますが、それがヒトでは青年期にあたるようです」とありましたが、なるほどですね。青年期になると暴力的になる男性というのはまさに中学生頃の時期になりますね。小学校を卒業してからそんなに時間が経った訳ではないのに、あの時期の特に男性の激変ぶりには驚きますが、そういった理由からなのですね。ある意味、正常な発達ということになるのでしょうか。「
    リスクティキングや事故は、競争行動や誇示行動の結果であることが多く、同性の他のメンバーと競争したり、異性のメンバーに印象づけようとしたりすることが目的です」というのも分かる気がします。現代ではその感情が現れるものがたまたま車なのであって、時代が変わればまたそれが違う形で現れていたのでしょうね。「若い頃はよく無茶をした」なんてことを聞きますが、そのあたりとも繋がってくるのかなと思いました。

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