親の役割

ある研究では10年間のデータを検証し、その期間にカナダで実親あるいは継親の手で殺されたと判明した408名の子どもでは、継親に殺される危険性が、実親に殺されるよりも大幅に高いことが示されているそうです。この差は、 2歳未満の子どもについて特に大きく、 2歳未満児が継親に殺される可能性は、実親に殺される可能性の70倍もあったそうです。全米の標本による類似の研究では、 2歳未満の末子が継親に殺される可能性は、実親の100倍という、さらに衝撃的な結果が報告されているそうです。それらのデータは、まさに衝撃的ですね。そのような結果にならないために、何が必要なのでしょうか?

継親、特に継父が継子に多くの投資をする場合、この投資は配偶努力のひとつと捉えることができると言います。継父は継子の世話をして配偶者を支援することで、子どもの母親との配偶機会を得ようとしていると考えられているそうです。工業化社会の継親の大多数は、継子を愛し、世話をしようと熱心に取り組んではいるものの、実際には、継親子の関係性は実の親子間に見られるほど互恵的な関係ではないことが多いからのようです。その結果、継親が子どもと過ごす時間や、資源の投資量、配慮が、概して、実子よりも継子で少なくなるのだと言うのです。そして非常に極端な場合には、継子が受ける投資は非常に少なくなり.虐待さらには子殺しにつながるのだと言うのです。

親が子どもの心の発達に重要な役割を担っていることは、議論の余地がないように思えるとビョークランドは言います。しかし、進化にもとづくある理論で、養育スタイルに見られる個人差は、それが正常範囲のものであれば、子どもの性格や認知発達の個人差にほとんど影響を与えないと指摘されているそうです。発達心理学者であり行動遺伝学者でもあるサンドラ・スカーは、自身が提唱した遺伝子型から環境理論を拡張して、こんなことを言っています。

「家族間に見られる通常の差は、その家庭が発達の正常な範囲から外れていない限り、子どもの発達に与える影響はほとんどない。まずまずの、普通の親が子どもの発達に与える影響は、文化が規定する理想の親とおそらく同じである。」このスカーの主張は、能動的な遺伝子型から環境の影響力を基礎としており、遺伝子にもとづく素因が自身の遺伝子型と適合する環境を求めさせる、としています。子どもの性格や知性の大半を形づくるのは、こうした環境における経験ですが、そうした経験はその個体の遺伝子に駆動されているのだと言います。このような遺伝子型から環境の影響は、親からの直接的な、それは非遺伝的なものですが、その影響が減少していくのに伴い、個体発生の過程で増強されていくそうです。

スカーは、子育てのしかたが大きく違っていても、世界中の子どもたちがその社会の生産的な、そして生殖をする一員へと成長すると主張しています。生存のために高度な養育が必要であったら、その種はほどなく絶滅してしまうだろうと言います。そのため、子どもは非常に多様な育てられ方を許容でき、「正常に」成長できるよう、種は進化してきたのだと言うのです。

この主張を知って、「本当だなあ」と実感するとともに、肩の力が抜ける思いがします。ヒトは、そんなことも許容できる力があるのですね。