シンガポール報告10

二日目の講演は、理解力10%の園の園長、副園長、英語担当、中国語担当職員に向けて、午前中300名を対象に3時間、午後200名を対象に3時間講演です。そのような参加者でしたので、前日の夜、急いで話す内容の修正を行いました。まず、内容として、1日目を通じて感じたことですが、話す内容はもちろん真剣に聞いてくれるのですが、何よりもの説得力は、子どもの姿の動画です。たとえば、1歳児クラスの子どもたちが、食事が終わって、エプロンを自分で袋にしまうのですが、5月のころの映像では、自分でしまえない子が、先生のところに来て、袋を広げてもらうように頼みに来ます。今回主催した「My First Skool」のCAOが、5月に来園したときにその姿を見ていきました。子どもたちは、見学している私たちにも頼みにきましたし、来客にも頼みにきました。それが12月頃の動画では、かなりの子たちは自分でしまえるようになっています。

また、自分ではまだしまえない子たちは、子どもたちのそばに、「いつでもやってあげるよ」というオーラを出しながら立っている先生を無視して、他の子どもたちに頼みに行く姿が映っていました。しかも、その友達にやってもらった子どもは、誰かにやってもらいたいと立ちすくんでいるこのところに行って、今度はその子の袋を広げてあげたのです。そこで、もう一人の子が、着替えがしまっているロッカーのところに行って何かをしています。その中から上着とズボンを出して、残りのロッカーにしまい、今度はこの動画を撮っている職員のところに駆け寄ってきて、身振りで、「自分の服が濡れたから、その服を脱がして、新しいのを着せてね」と言わんばかりに自分の体を指した姿が映っていました。

先生にやってもらった子、自分でやれるようになった子、友達の助けを求めた子、先生に頼んだ子とそれぞれ子どもたちは選択しています。それは、子どもたちは自分でやれることを知り、また、他人の助けを借りること、そして、他人に援助することなどを経験していきます。社会の一員となる資質を備えようとしているわけですから、教育基本法の1条の教育も目的にあたります。まさに、乳児から教育です。

この動画を1日目に2回見せるように指示されました。それは、どの部分の発達が、どのような場面において促されているかを再度見ることによって、確認できるからです。日本でもよく動画を見せることがありますが、2度同じ動画を見せてほしいと言われたことはありませんでした。それどころか、前に見たので知っていると言われます。しかし、昨日のブログで紹介したように、講演を聞いて、「深く」考えるためには、何度か同じものを見ることによって、より深いところが見えてくるのです。

子どもの様子は、世界共通であることを実感しました。何よりも説得力は、現場での子どもの姿なのです。しかし、私は、このような動画を見てもらう意図がもう一つあります。それは、そこに映っている子どもの姿ではなく、それを撮影している保育者の姿です。最近の動画は、以前のように思いビデオを回して撮る必要はありません。各々が持っているスマートフォンできれいに撮れます。では、どんな場面を、いつ、撮るのでしょう。それは、映っている子どもの姿、行動、それらを予測してスマホを子どもに向けるのです。どの動画も、撮り始めた子どもは日常のさもない姿です。見ていると、そのうちに子どものさまざまな姿が映っていくのです。それは、子どものことをよく理解し、子どもの行動を予測しないと撮ることができないのです。もしかしたら、それが「見守る保育」の基本かもしれません。