同父同母きようだい、同父異母きょうだい

社会学者ウィリアム・ヤンコウィアックとモニーク・ディーデリクは、アメリカ合衆国南西部におけるモルモン教の一夫多妻制の共同体に住む家族を対象に、文化的慣習に起因する効果と包括適応度とを分離することを試みるために、大規模な面接調査を行いました。この共同体では、父親が家長であり、家族生活に関する公の教えは、父親が同じ子どもは皆平等であるというものです。また、父親を頭として家族がまとまることの重要性が、教会での礼拝、日曜学校、そして地域の学校で一貫して強調されています。子どもの家庭は、公的には母親ではなく父親で特定され、一夫多妻の家庭内では協力が最優先事項です。つまり、社会通念上は、両親共に同じきょうだいと片親が違う(同父異母)きょうだいとを区別することなく、家族内の非常に強い協力関係が求められているのです。

ヤンコウィアックとディーデリヒは、両親共に同じきようだいと片親が違うきょうだいがいる一夫多妻の32家族70名を対象に、結東に関連する面接を行いました。成人の面接協力者に、たとえば以下のような質問をしたそうです。きょうだいにお金を貸したり、きようだいのために子守りをしたりするか?それは、「機能的結束」とします。また、きょうだいそれぞれとの親密さはどれくらいで、父方の家族で一番好きな赤ちゃんはどの子か?それは、「情緒的結束」とします。そして、誕生日パーティ、結婚式に出席する等のやりとりがきようだい間でどの程度行われているか?などの質問です。

そして、各質問項目に対し、同父同母きようだい、あるいは同父異母きょうだいが回答された割合を示しました。差はすべて統計的に有意であり、すべての項目について、同父同母きようだいが、異母きようだいよりも多くあげられました。これらの結果が目を引くのは、結果に一貫性があることはもとより、同父同母きょうだいを好むというこの結果が、「家長の子どもはすべて等しく扱わなくてはならない」ということを強調する共同体の価値観に反している点だと言うのです。

このデータは、きょうだい間の結束する気持ちや行為は、単に同じ家庭で一緒に育つことで生じるものでも、きょうだいの協力を促す社会的拘束によって生じるものでもないことを、はっきりと証明しています。むしろこのデータは包括適応度の理論と一致するものであり、きょうだいの結束には遺伝的な類似性が決定的な役割を果たしていると考えられると言うのです。しかし、子どもたちが「本能的に」自分のきょうだいを認識し、きようだいとの結束の感情を発達させるというわけではありません。ビョークランドは、両親共に同じきょうだいを片親が違うきようだいよりも強く結びつける要因として、近接的な効果があると確信しているそうです。たとえばヤンコウィアックとディーデリクは、「母親は自分の子どもを特別扱いすることが多く、それは他のきょうだいがすぐ気づくようなかたちで行われる」と述べているそうです。

たとえば、多くの家庭で、母親は自分の子どもを自分の寝室へ連れて行って、テレビを見たり、本を読んだりします。他の子どもはこうした集まりから排除されるわけではありませんが、子どもは自分の母親および同母きようだいと集まる傾向が高いそうです。このように、一夫多妻の家庭では、母親の行動が、同父同母きょうだい間の結束を促進していると考えられるのだというのです。

同父同母きようだい、同父異母きょうだい” への10件のコメント

  1. モルモン教徒が一夫多妻制であることは知りませんでした。日本でモルモン教徒の青年たちが二人一組でヘルメットをかぶり自転車に乗って移動しているところを時々目にします。今回のブログを読んでふと思ったのは、男性二人組は、実は同夫異母兄弟かもしれないということでした。モルモン教徒は輸血を拒否するということを聞いた覚えがあります。これはどういうことでしょうか。血縁関係がかなりものを言う社会がモルモン教徒の社会なのでしょうか。「一夫多妻の家庭内では協力が最優先事項」このことからも2人してそれぞれ自転車で移動する彼らは「協力」の二字熟語によって結束を固めているのでしょうか。「家長の子どもはすべて等しく扱わなくてはならない」私の父母はまさにこの精神で私たち4兄弟妹を見守ってくれたのでしょう。ありがたいことです。「一夫多妻の家庭では、母親の行動が、同父同母きょうだい間の結束を促進している」母親の行動、確かにきょうだい間の結束促進には欠かせないのかもしれませんね。ということは冒頭触れたモルモン教徒の青年たち、実は同夫同母の可能性もあり、ということですね。

  2. 「父親を頭として家族がまとまることの重要性が、教会での礼拝、日曜学校、そして地域の学校で一貫して強調されています。」同父同母きょうだい間の結束が、自然偶発的に促されるものではない、「子どもたちが「本能的に」自分のきょうだいを認識し、きようだいとの結束の感情を発達させるというわけではありません。」ということを事実として認識するに至る手掛かりを、上記抜粋の内容は担っているかのように思われます。制約やルール、布教をして初めてモルモン教徒の方々のような家族像が成立するということで、それは子孫繁栄という人類進化を考えると、一夫多妻という方式でもってその進化に臨む為には必要なことなのでしょう。日本において宗教を持たない人が少なくない理由の一つとも考えられるように思いました。

  3. モルモン教の共同体が「父親が家長であり、家族生活に関する公の教えは、父親が同じ子どもは皆平等であるというもの」とあり、そのような共同体もあることに少し驚きました。タイトルにもあるような「同父異母きょうだい」やその逆のパターンは、仲が悪いようによく映画やドラマで作られがちな印象で、これも固定概念なんでしょうが、自分も少しそう考えてしまっていたところがあります。おそらく「一夫多妻制」が基盤にあるからこそなのだとも思えますが、日本もそのような時代があったのですから時代の形やそのときにはメリットのような部分も働いていたのかなと思えましたが、秀吉と茶々のように夫が最も気に入っている妻の子を贔屓しがちなようになってしまわないのかなとも感じました。また「子どもは自分の母親および同母きようだいと集まる傾向が高い」ともあるように、子どもにとっては同父よりも同母を重視すると私も思いました。

  4. 〝子どもは自分の母親および同母きようだいと集まる傾向が高い〟と最後の方の文章がありましたが、やはり、母のもとに集まる傾向があるんですね。そこが父ではなく母の方だというのが、人類の進化からみても都合がいいのということなんでしょうね。
    それと気になったのが、やはり自分の子どもをひいきめにみるということで、仕方のないことだと思います。私は子どもが生まれた時に自分の園に子どもを預けると、そのようにひいきめになってしまうような気がしたから自分の園に預けなかったというのも理由の一つです。

  5. “モルモン教の一夫多妻制の共同体に住む家族”についての形について初めて知りました。実際には、父親の存在によって、父親が同じ子どもは皆平等である形がとられるのですね。その文化的背景があるからこそ、同母と異母の異兄弟が共同して生活していけるのでしょうか。
    また、”きょうだいの結束には遺伝的な類似性が決定的な役割を果たしている”とありました。このことは、母親からのどのような投資があるのかによること、また、顔が似ていることなど、遺伝子的に近いと感じるフィーリング的な感覚もあるのでしょうね。

  6. 「きょうだい間の結束する気持ちや行為は、単に同じ家庭で一緒に育つことで生じるものでも、きょうだいの協力を促す社会的拘束によって生じるものでも…」とありました。同じ家庭内で育つことが鍵になるのかなと思っていましたが、そうではないのですね。また、だからといって子どもが本能的に自分のきょうだいを認識して、結束の感情を高めているわけではなく、それは「母親の行動が、同父同母きょうだい間の結束を促進していると考えられるのだというのです」ということになるのですね。やはり、子どもは親の行動には敏感になりますね。「お兄ちゃんの方が….」「俺より、弟の方が…」なんて言葉はよく耳にしますし、私も少なからず感じることはあったように思います。子どもは本当によく見ているといいますか、親の行動から敏感に感じるものがあるのですね。

  7. 「きょうだい間の結束する気持ちや行為は、単に同じ家庭で一緒に育つことで生じるものでも、きょうだいの協力を促す社会的拘束によって生じるものでもないこと」とあり、すこし理解が難しいなとも感じます。そして「きょうだいの結束には遺伝的な類似性が決定的な役割」であるのですね。また、「母親は自分の子どもを特別扱いすることが多く」というのは当たり前と行っちゃ、当たり前なのかもしれないですね。その母親の行動を敏感に捉えるのが子どもたちであり、そこから様々な感情が生まれることはきょうだいがいる人はよくわかると思います。子どもはそういうところに敏感ですね。

  8. 母親が自分の子どもを特別扱いするというのは何となく理解できます。おそらく私自身もそうですが、息子を保育園に預けるとき、道を歩いている時、息子と同じくらいの年齢の子を見ると、つい比べてしまいます。ある意味で特別視していると思います。また兄妹関係というのも、自然と理解しているように思いますし、一緒に暮らしているから当たり前のように感じていますが、その裏には母親の行動が鍵を握っているのですね。弟が産まれた時もおそらく長男は当時2才でしたが、兄弟という感覚を持っていなかったような気がします。それが両親の言葉がけや行動から弟という感覚、また次男からすると兄という存在を認識していくのですね。

  9. 難しい内容でしたが、兄弟の親密さには母親の行動が関係してくるのですね。自分の家庭は、兄弟が多くケンカばかりでしたが、今では仲が良くお互いに連絡を取ったりもしています。しかし、なんとなくですが兄弟間にも距離感に差があるのも感じます。次男にだけ家族からの当たりが強かったり、そういうことも関係してくるのかなと感じました。両親の言葉がけや行動は、子どももよく見ていることを自覚して気をつけなくてはならないですね。そして、保育でも、子どもたちは大人の言葉や行動にとても敏感です。常に、モデルになっていることを自覚し子どもと関わっていきたいと感じました。

  10. 「単に同じ家族で一緒に育つことで生じるものでも、きょうだいの協力を促す社会的結束によって生じるものでもない」とあります。そして、「きょうだいの結束には遺伝的な類似性が決定的な役割を果たしている」とあります。しかし、それだけの要因で結束が強くなるのではなく、母親の子どもとの関りも一端として挙げられるのですね。ここでも「遺伝子と環境」の話になってきたように思います。どちらの要因も子どもの育ちや発達、成長にとって重要なものであり、とくに母親といった子どもとのつながりが強い人的環境に対する影響というのも大きくあるのですね。確かに、遺伝子が本能的にきょうだいの結束を生むのであれば、きょうだい間の争いは起きないはずです。そこには遺伝子だけではなく、また違うものも大きく関わってきているのでしょうね。

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