別居経験

近親婚回避の進化的な説明は、19世紀後半までさかのぼり、フィンランドの人類学者エドワード・ウェスターマークの著作に見ることができるそうです。ウェスターマークは、著書『人類婚姻史』の中で、子どものころに多く接触した者同士は、配偶者となる可能性がある場合でも、結婚することは非常に少ないことを指摘しています。その理由は、子どもの頃からなじみがあることによって、必ずしも侮蔑にはつながりませんが、性的魅力がなくなるからだと言っているのです。

一緒に育った人は近い血縁関係にある可能性が高いため、そのような人との交配を嫌忌することで、近親婚による退化が生じるリスクが低下します。そのため、子ども期の親交が、近親婚回避の近接メカニズムとなるのだと言うのです。ウスターマーク効果を支持する証拠としてよく引用される研究が、 2つあるそうです。その1つが、人類学者アーサー・ウルフの約40年間にわたる、台湾の「小婚」の伝統に関する研究です。19世紀後半から20世紀初期にかけて、家族間で幼い子どもの縁談がとりまとめられていました。このような場合には、女児は男児の家庭の養子となり、将来の新郎新婦は兄弟姉妹として一緒に育てられました。ただし、ここで留意すべきは、このやり方は、父方家族による配偶者確保の一種として機能し、父系の確実性が増すということです。ウルフの観察では、このような女児は、特に生後30ヶ月以内に養子となった場合に、義理のきようだいとの結婚に抵抗を示すことが多かったそうです。そして、このような結婚が現実となった場合には、「通常の結婚」と比較して離婚率が3倍高く、子どもの数は40 %少なく、妻が婚外関係をもっていると認めることが多かったそうです。

ウェスターマーク効果の証拠として多く引用される2番目の研究は、以前ブログで紹介したイスラエルのキブツで共同で育てられた人々に関する研究です。血縁関係のない子どもたちが、子ども期を通じて多くの時間を共に過ごし思春期に達する以前から異性同士で遊ぶことも多いのです。しかし、青年および成人となると、同じキブツの仲間同士が性的関係を結ぶことはきわめて稀であり、211のキブツの2769組の夫婦のうち、同じキブツの仲間同十の結婚は1例もなかったそうです。

これらの研究からは、非血縁者が幼少期から一緒に育てられると、両親共に同じきようだいの場合と同様に、互いを性交渉の相手とするのを回避することが示唆されます。では、きょうだいはどうでしょうか?きょうだいにおける近親婚回避を、非血縁者と対比してみて系統的に検討した唯一の研究が、べヴックとシルヴァーマンによる研究です。その最初の研究では、500名の大学生を対象に行った調査をもとに、子ども期以降の「成熟した」性的行為(性器性交、肛門性交、口腔性交など、またはその未遂)の発生率が、別居経験のないきょうだいよりも、幼少期に別居したきょうだいで高いことを報告しています。子ども期以降の「未成熟な」性的行為(愛撫、露出、接触など)の発生率については、別居の有無との関連はなかったそうです。しかし、この調査対象での「成熟した」性的行為の事例は絶対数が少なかったため、2つ目の研究が計画されました。

別居経験” への10件のコメント

  1. 「子どもの頃からなじみがあることによって、性的魅力がなくなる」ことはその通りでしょう。事例として挙げられた台湾の「小婚」。兄弟姉妹として育てられた新郎新婦が性的関係を忌避するのは、至極当たり前のような気がします。「義理のきようだいとの結婚に抵抗を示す」ことも至極当たり前、そんな気がします。それにしても世界にはおもしろい風習というか習慣というか、そんなものがいろいろとあるのですね。幼少期に別居していたきょうだいの「成熟した」性的行為の発生率がそうでない場合と比べて高い、ということからきょうだいであれば近親相姦の可能性が低いということではないようですね。別居、非別居と言われるきょうだいを取り巻く環境が成熟した性的行為の発生率に影響する。「退化が生じるリスク」を考えることは大切なことでしょう。リスク回避、こうした人間関係の中でも求められるていることだとわかります。環境、条件、縁、の重要さに思いを馳せた今回のブログでした。

  2. 「子ども期の親交が、近親婚回避の近接メカニズムとなる」子ども期の過ごし方、その時期の重要性について、このような方面からも研究は進められているのですね。
    ヒトはとても合理的な生き物であることを思います。その道理に沿って生きれば、差し支えなく日々を過ごせるものなのかもしれません。しかし、その道理を知る、心底からの理解を得て生きるにはそれぞれの学び方があり、それぞれのペースで学んでいくものなのでしょう。ドラマのような、フィクションのような様々な愛の形があるのかもわかりません。ただ、そこに人類進化上の制約があることで、その愛の形が道理に沿ったものなのか、自問するきっかけになっていると考えます。

  3. 「子どものころに多く接触した者同士は、配偶者となる可能性がある場合でも、結婚することは非常に少ない」とあり、「子ども期の親交が、近親婚回避の近接メカニズムとなる」のですね。これはとてもよくわかります。子ども期でなくても、一度「友達」等と認識してしまうと、それ以上にも、それ以下にも変わらない印象を持っています。しかし、それは子ども期の親交経験が活きているからこそだと思えます。このような近接メカニズムも子ども期こそ重要であることがわかりますし、より多くの人と、異年齢でなど、多様であればあるほど良い方向に向くような気がしました。また、別居経験がもたらす、近親交配の高さも気になります。きょうだいの仲が別居することで良くなる印象がありますが、それともつながってくるのでしょうか。

  4. 〝子ども期の親交が、近親婚回避の近接メカニズムとなる〟ということなんですね。自分が子どもはすごいなと思うことの1つは、異性でもなんの気兼ねもなく話しかけたり、肩を叩いたりして関わりを持てることですが、子どもの頃の過ごし方や関わりというのがそのような形で大人となって、影響するんですね。
    やはり、人類の進化の凄みを感じます。これまでに色々な困難があって、それに対応していき、また困難に遭遇し、対応し…というのを繰り返してきて今の人類がいるというのが伝わります。
    現代の困難もいつか人類は対応していくのかもしれませんね。

  5. 「子どものころに多く接触した者同士は、配偶者となる可能性がある場合でも、結婚することは非常に少ないことを指摘しています」とありました。中学生の頃の感覚を思い出したのですが、どうも小学校の頃の同級生が恋愛対象にはならなかったということです。なんだか、小学校の頃の同級生を好きになるというのが変な感覚だなと感じでいましたが、幼少期の接触した時間が関係していたのかもしれませんね。また「子ども期以降の成熟した性的行為の発生率が、別居経験のないきょうだいよりも、幼少期に別居したきょうだいで高いことを報告しています」ということからも、きょうだいであるということよりも、同じ時間を過ごしたかそうでないかということに関係があるのですね。

  6. “一緒に育った人は近い血縁関係にある可能性が高いため、そのような人との交配を嫌忌することで、近親婚による退化が生じるリスクが低下”そのことが生きかたとしてメカニズムになっていることは、より、遺伝子的に強いものをしっかりと見極める力があったことがわかります。
    そういったことを考えると、最近は、社会的に性への興味をもつ年齢が低くなっていることを聞きます。これは、近隣者との期間が短くなっているで、未熟な性的行為がおきえる可能性が高まり、それが、人類の新可児与える影響がどのようなものなのか気になります。

  7. 「一緒に育った人は近い血縁関係にある可能性が高いため、そのような人との交配を嫌忌することで、近親婚による退化が生じるリスクが低下します」とあり、「子ども期の親交が、近親婚回避の近接メカニズムとなる」というのは納得しますね。血縁関係ではないにしても幼馴染であったり生活を共にしている人となるとそういった関係にはなることは少ないのですね。いかに子ども期に受ける影響というのは様々な相互作用が関連し、いたるところに影響していることがわかりますね。

  8. 幼馴染で婚姻関係になつことが極めて少ない理由として、性的魅力が無くなると書いてあります。私は男兄弟なので分かりませんが、確かに姉、妹がいる友人と話をして兄妹の話になると、女性として見ていない感じがします。おそらく血縁関係でなくても、幼い時からずっと家族のように過ごしていると、同じような感覚になるのでしょうね。私個人の感想としては、とても不思議な感じがしますが、こうした人間の持つバイアスが近親婚を防ぐ方法を元々持っていることに感心しますが、ごくごく普通の家庭環境が子どもにとって大切なモノだと思いました。

  9. 「子ども期以降の成熟した性的行為の発生率が、別居経験のないきょうだいよりも、幼少期に別居したきょうだいで高いことを報告しています」とありました。このことから、きょうだいであることよりも、幼いころに一緒に過ごした時間の長さが関係してくるのだと理解できました。そして、研究によって人間がもともと持つ力に気づくことができ、きょうだいが当たり前に同じ時間を過ごすような、普通の家庭の大切さにも気づきました。

  10. 「一緒に育った人は近い血縁関係にある可能性が高いため、そのような人との交配を嫌忌することで、近親婚による退化が生じるリスクが低下する」とあります。「生後30か月以内に養子になった場合に、義理のきょうだいの結婚に抵抗を示す」という結果もあったりと、人の近親婚回避におけるリスクを見極める時期まで結果として出てきているのですね。また、「別居経験があるかないか」でヒトのリスクを回避する可能性を判断してるというのも面白く、自然に理解しているのではなく、経験からもリスクを回避するようになっているということにも近親婚を回避する可能性を低くするための方策がありそのことにも感心します。それほど近親婚というのは遺伝子的にもリスクがあるということなのでしょうね。

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