個体の協力行動や利他的行動

包括適応度の理論によると、個体の協力行動や利他的行動、反社会的行動は、相互作用する者同士の遺伝的血縁度の度合いによって変化し、個体は、血縁関係の遠い者や血縁関係のない者と比較して、自分と関係が近い者とより協力すると言うのです。。したがって、たとえば、この理論によると、親と子、それは、遺伝子の50 %を共有している関係ですが、25 %しか遺伝子を共有していない祖父母や、12.5 %しか遺伝子を共有していないいとこよりも協力すると予測されます。このようにして、社会的行動に関連するコストは行為者が負うのですが、血縁者にも行為者にもその行動に関連する利益が生じることで、釣り合いがとれるのです。この議論と一致して、現代のイギリスにおける成人社会ネットワークのかなりの部分は血縁関係だそうです。ダンバーとスプールズによると、成人は援助やサポートの対象として、非血縁者に比べ高い割合で血縁者を指名することがわかっています。

血縁者との協力的な相互作用から非血縁者との相互作用までを考慮すると、これらの戦略が進化した環境ではないかと推測することができます。進化適応の環境において、個々の社会的集団は血縁者の割合が比較的高かったわけですから、個人が相互作用する集団は、遺伝子だけではなく、社会的な過去や社会的な未来をも共有する親族から構成されていたのではないかというのです。親族同士は、過去に相互作用をしたことや、将来も相互作用し続けることを認識しています。実際、親しさは個体が血縁者を認識できるようにするメカニズムであることが示唆されているそうです。この親しさと、将来関わっていくことの重要性により、同種個体との協力が生まれるのだと言うのです。言いかえると、親しさと将来相互作用をする見込み(あるいは恐れ)が、親族関係に代わるものとなったのかもしれないとビョークランドは考えています。

社会的行為者が互いになじみがあったり、繰り返し会ったりする場合に社会的行動が協力的になる傾向があることを示すのが、互恵的利他的行動の理論です。つまり、社会的行為者は、将来相互作用すると考えられる者同士で協力し合いますが。協力行動や利他的行動に関連するコストは相手から返礼を受けることによって最小化され、同様に、攻撃的な行為や欺まん行為も多大に返報されるでしょう。このようにして、安定した社会的集団で個体同士が関係をもつ場合、裏切りに関連するコストは利益を上回るのです。行為者がお互いに関係がない、あるいは親しくない場合や、将来出会う可能性がほとんどない場合には、個体は当面の自己利益で行動します。そういう状況では、欺きには復讐をし、協力や利他的行動を軽視することになるでしょう。要するに、親戚や親しい同種個体同士の協力は、利益がコストを上回るため、自然淘汰が有利に働きます。拡大解釈すれば、「欺き」や「裏切り」を検知する能力は、おそらくそういう圧力に対応するために進化した重要な認知スキルであると言うのです。

コストと利益を評価する社会的行動の経済モデルは、自然淘汰に有利に働く戦略を推測するのに役立ちますが、ある特定の環境におかれた個体が用いる特定の戦略の有効性は説明はできません。たとえば、協力や攻撃などのある戦略の最適性は、相互作用者間の一連の行動におけるその行動の順序、それはその行動は最初の働きかけか、反応か?という順序や、その他の協力的か攻撃的か?というような行動の性質、その相互作用が生じる場における資源の価値、集団内におけるその行動の頻度に応じて変化すると考えられます。

個体の協力行動や利他的行動” への9件のコメント

  1. 「実際、親しさは個体が血縁者を認識できるようにするメカニズムであることが示唆されている」同じ趣味を持っていたり、出身地、誕生日、何気ないことではありながら共通点が生まれた時のあの親近感というものは、もしかしたら上記抜粋のようなメカニズムが働くことによるのかもわかりません。飛躍してしまいますが、見守る保育、藤森メソッドに出会った時の衝撃と勝手に感じてしまったあの親近感は、このメカニズムによるものだったでしょうか。血縁者とは言わないまでも、同じ気持ちで保育に臨む仲間という意識がすぐに芽生えるのは、この保育の織り成す親しみがそうさせるのかもわかりません。

  2. 私の中にも血縁者に対する贔屓、優遇の感覚はありますね。あるいは、非血縁者であっても、同郷や出身校を共有するとか、ある一定年以上同じ職場で過ごしたとか、ということであれば、やはり贔屓をする、あるいは出来得る限りで支援することになるのでしょう。ホモサピエンスは従来そうした支援傾向の中にがあったのでしょうか。今回のブログを読みながらさまざまに思考を巡らしているところです。「親しさと将来相互作用をする見込み(あるいは恐れ)が、親族関係に代わるものとなったのかもしれない」という部分は示唆に富んでいます。だから、私たちは会社人間になれる。つまり、会社が「親族関係に代わる」ものとして機能する。よって、安心して働けることに繋がるのでしょう。「安定した社会的集団で個体同士が関係をもつ場合、裏切りに関連するコストは利益を上回る」でしょう。今次は「安定した社会的集団」の中で生きている私たちです。コスパの悪い裏切りはやめるべきなのでしょう。

  3. 〝社会的行為者が互いになじみがあったり、繰り返し会ったりする場合に社会的行動が協力的になる傾向がある〟とあり、それのことを互恵的利他的行動の理論と言うんですね。自分にも経験がありますが、出身や好きなもの、子どもの数など何かが同じだと親近感がわくような感覚はとてもよく分かります。
    考えてみれば、職場は職業が一緒の人たちの集まりになるので、親近感のわきやすい条件のようなものは整っているのかもしれません。ということは、自然とチームのような感覚で仕事ができていることになりますね。そして、その中で親密度を深めていき〝安定した社会集団〟となっていくのではないかと想像しました。

  4. 「親しさは個体が血縁者を認識できるようにするメカニズムである」とありました。共通の趣向などにより、共感がもたらされ、親しみを感じるのはこのメカニズムによるものだったのですね。また「親しさと将来相互作用をする見込み(あるいは恐れ)が、親族関係に代わるものとなったのかもしれない」とあったこともよくわかりますし、「互恵的利他的行動」においても説明に当てはまる経験があるので、理解しやすかったです。そして、親戚や親しい同種個体同士の協力は、利益がコストを上回るため、自然淘汰が有利に働くことで、「欺き」や「裏切り」を検知する能力が進化してきたのですね。欺きや裏切りとは最も遠い家族での生活がそれぞれのスタートにあることで、ベースが信頼関係にあるという形になれる要素でもあったのかなと感じました。

  5. 「親戚や親しい同種個体同士の協力は、利益がコストを上回るため、自然淘汰が有利に働きます。拡大解釈すれば、「欺き」や「裏切り」を検知する能力は、おそらくそういう圧力に対応するために進化した重要な認知スキルであると言うのです」とありました。欺かれるかもしれな、裏切られるかもしれないとまではいきませんが、やはり相手に信頼がなければ私たちは親しくする、心を許すということができないということなのかもしれませんね。親族であればそういった可能性は低くなりますね。反対に、非血縁者であっても裏切ることはないという確信を得るような関係性になっていれば親族と同じような関係を築いてけるのかもしれませんね。そのような関係性を作っていくことができるのが人間なのかもしれませんね。

  6. “新戚や親しい同種個体同士の協力は、利益がコストを上回るため、自然淘汰が有利に働きます”とあり、私たちはいかに、遺伝子的に近いものを生きることが協力行動によって、有利に働くことがわかっている、しかし、ながら遺伝子で離れているものであれば、自己利益を考えてしまう、また、社会的行為者として、生活のなかで、自分にとって有利に働くものであれば、社会的協力行動をするとったたように、遺伝子的に近いものへ対して、協力行動をすることがわかりますが、社会的な関係性のなかでも、自己利益があるときには、協力や利他的行動により、自身にとっての利益になる行動をすることがわかりました。しかしながら、”社会的行為者が互いになじみがあったり、繰り返し会ったりする場合に社会的行動が協力的になる傾向があることを示す”とあることは、集団生活のなかで個体が協力し合うことにより、互いにとっての将来へ対する利益を獲得することができるといったことを考えると、集団で生活することは、生きやすさを得る必要な環境だと考えます。この関係性をもつなかには、やはり、繰り返し会う、集団として、生活することが大切になってくるのですね。

  7. 確かに血縁関係はもちろん、親族に対しては欺きや裏切りといった行為はしないというか、思ったことがありません。今思うと、不思議な関係です。冷静に考えてみると血が繋がっているというだけで、実際はいつも一緒にいるわけでなく、定期的に会うだけの関係で、むしろ友人の方が多く会っているのに信頼関係は同じくらいか、もしくはそれ以上です。今でいうと同じ職場の仲間に対しても親族と同じくらいの信頼を寄せています。それには統一した理念をお互いに持っているからだと私は思います。親族は「血縁関係」という決定的な証拠がありますが、職場は基本的に他人です。だからこそ「理念」が他人同士を繋ぐ架け橋になり、協力行動や利他的行動に繋がるのだと思いました。

  8. 「協力行動や利他的行動に関連するコストは相手から返礼を受けることによって最小化され、同様に、攻撃的な行為や欺まん行為も多大に返報されるでしょう」とあり、見ず知らずの人を信頼することはすくないですね。しかし、少し話をした人であったり同じ境遇であるという共通点を持つだけでもその信頼度は変わってきます。親族、職場というのはその信頼度は高く血縁関係はもちろん職場になるとそれは同じ方向を向いている安心感というのがあるのかもしれないですね。人間独特の信頼関係の築き方のようにも思いますが、どうなのですかね。

  9. 「協力行動や利他的行動に関連するコストは相手から返礼を受けることによって最小化され、同様に、攻撃的な行為や欺まん行為も多大に返報されるでしょう」とあります。確かに相手が裏切らないという安心感を得るには相手の返礼をもらうことが一番実感はしやすいように思います。園に来ている子どもとの関わりでも、子どもとの約束をちゃんと守ることで信頼関係を築いていきます。こういった関わりのプロセスは相手の協力行動や利他的行動にもつながるのですね。子どもたちに思いやりやかかわりを持つようにするには逆にこういった信頼を作るためのプロセスがある環境を作らなければいけないのだと思います。

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