親の投資の性差

男性と女性が結婚相手を選ぶときに、相手が自分たちの遺伝子を子孫に残すために有利かを評価します。それぞれ、その子どもへの投資量に性差がありますが、その差は、行動の性差となって現れます。しかし、このような男性と女性の関心は、ヒト以外の動物の行動にも認められるため、必ずしも意識的なものではないと考えられています。

行動に見られる2つ目の性差は、投資が少ない方の性が、通常はオスだそうですが、通常はメスですが、投資の多い性をめぐって競争をすることだと言います。また、投資量の性差が大きいほど、その競争は激しい傾向があると言います。多くの動物で、このような競争は大きさと強さを使って行われるため、肉体的に大きいオスが勝つことになります。身体が大きく、強さも備えたオスは、他のオスとの競争で有利であるため、多くの種でこのようなオスの社会的地位が高く、メスとの配偶機会が多くなるのです。

地位が高いオスや、その他の方法で成功したオスは、メスを配偶者として単に「獲得する」わけではありません。むしろ、オス間競争に勝つということは、進化の過程でメスが選り好むようになった特質をもっているということなのです。成功した、強いオスが、身体の小さいメスを力ずくで屈服させているというよりは、多くの場合、メスが成功したオスを選んでいるのだと言います。これが性淘汰の過程なのです。性淘汰の過程では、メスがオスの特徴を選択することで、繁殖のために有利な特徴が引き継がれていくのだと言います。しかし、オスをめぐるメス同士の競争がないということではなく、実際に、メスにもそうした競争はあると言います。しかし、オス間の競争は通常肉体的で激しく、負傷することも多く、ダーウィンのゲームかららまとめて「締め出される」というのです。

3つ目は、母性は常に明白であるのに対し、父性は常に不明確ということだそうです。子どもを受胎し、胎児が育つのは女性の身体内であるため、母性は確実となります。それに対し男性は、妻の不義による他の男の子どもに対し、そうとは知らずに自身の資源を投資することになる可能性もあります。これは進化的観点からは、適応的とはいえないと考えます。以前のブログで紹介しましたが、現代のヒトの社会では、おそらく、妻の不義に対する父親の不安を軽成し、父親の投資の可能性を拡大するため、母親や母方の親族は生まれた子どもが父親に似ているというコメントをする傾向があるということでした。その時に驚くデータを知ったのですが、これを評価した最初の研究では、赤ちゃんの外見に関する全発言のうち、 80 %が父親に似ていることに触れており、母親に似ていることに触れた発言は20 %のみであったということでした。しかも、このような結果は、さまざまな文化で確認されているというのです。これに沿った結果として、家庭内での暴力に関するプログラムに参加した男性では、子どもとの関係性の質に関する評価が、父親と子どもの類似度と正の関連があり、配偶者が負った怪我の重症度とは負の関連があることが示されています。このことから、男性は、父親に似ているかどうかを、父性の指標としていることが示唆されます。

ホモ・サピエンスでは、この性差がやや大きいと言われています。他の多くの哺乳類のメスとは違い、ヒトの女性は月経周期を通じて潜在的に性的受容が可能だそうです。そのため、性交意欲を示すことが、必ずしも妊娠可能のサインではありません。同様に、他の多くの霊長類のメスが、性的準備と繁殖可能性があることを、たとえば、生殖器部が膨張するといった身体的に示すのに対して、ヒトの女性は、そのような信号を出しません。女性の排卵時期、つまり妊娠可能性が最も高い時期がいつであるかは、男性だけでなく、女性自身にもわからないことが多いのがヒトなのです。

親の投資の性差” への10件のコメント

  1. 性差三つ目で言われていた父親似の件。何だか他人事ではなく、・・・それ故、そのことに関わる記述を読みながら、何ともザワザワした気持ちに襲われ。「妻の不義に対する父親の不安を軽成し、父親の投資の可能性を拡大するため、母親や母方の親族は生まれた子どもが父親に似ているというコメントをする傾向がある」・・・わが子は父親である私によく似ていると言われて育ちました。時には「スタンプのよう」と言われながら。「男性は、父親に似ているかどうかを、父性の指標としている」か、どうか私自身考えたこともないので何とも言えませんが。我が子の子育てを振り返るならば「父親の投資の可能性を拡大」してきた経緯は確かにあります。もう一つ「子どもとの関係性の質に関する評価が、父親と子どもの類似度と正の関連があり」、これもまた反応したくなるところです。類似度が高ければ関係性の質も高くなるということでしょうか。それならば、まぁ、ちょっと一安心。それにしても性差による子への投資のことは考えると必ずしも判然としないものがありますね。

  2. 「成功した、強いオスが、身体の小さいメスを力ずくで屈服させているというよりは、多くの場合、メスが成功したオスを選んでいる」とありました。これは何となくわかりますし、全ての時代で共通のことであるように感じました。現代では昔と違い、「草食系男子」が増え、対照的に「肉食系女子」が増えてきていると聞いたことがあります。これは本来の形なのかもしれないと感じた内容でした。また「赤ちゃんの外見に関する全発言のうち、 80 %が父親に似ていることに触れており、母親に似ていることに触れた発言は20 %のみであった」とあることは、以前の内容にもあったなと記憶していますが、改めて驚いたと同時に男の投資の可能性を拡大させるためという背景には、男としてだからか少し恐ろしさを覚えます。しかし、このような事実の行き着く先には必ず「生きていくため」という生存戦略が隠れていることに毎度のことながら最も驚かされます。

  3. 「成功した、強いオスが、身体の小さいメスを力ずくで屈服させているというよりは、多くの場合、メスが成功したオスを選んでいるのだと言います。これが性淘汰の過程なのです」という言葉が印象的でした。メスが選択することで、そのような特徴を持ったオスが淘汰されていくのですね。結果は同じように見えますが、全く違う方向からの考え方になるのですね。このような考え方は保育の中でもたくさんあるのかもしれませんね。そういう意味ではメスに選んでもらえるような存在にならなければいけないということだとすると人の社会ではそのような男性の真似を他の男性がするということもあるのではと感じました。また「男性は、父親に似ているかどうかを、父性の指標としていることが示唆されます」というのはとてもおもしろいですね。周囲もそのことに気がついているからこそ、そのような声をかけるのかもしれません。父親の危うさのようなものを感じているのですかね笑

  4. 〝父親の投資の可能性を拡大するため、母親や母方の親族は生まれた子どもが父親に似ている〟とあり、「父親に似てますね」というのが8割の確率というのには驚きました。我が子は顔は似ていませんが、性格も似ていません。ただ、爪の形は似ていると言われてます。それこそが〝父親の投資を拡大するため〟のものなんでしょうね。
    それもこれも女性が子どもたちを抱え生きていくため、子どもたちへの投資の量を増やすためだと考えると、なんだかだまされた感じが…。
    また〝子どもとの関係性の質に関する評価が、父親と子どもの類似度と正の関連〟があるというのもまた、おもしろいものです。自分があまり家事に積極的にならない理由の一つであるように思いました。

  5. 「オス間競争に勝つということは、進化の過程でメスが選り好むようになった特質をもっているということ」あくまで主体はメスであり、オスもまたそれを享受していることが伺えます。動物がある意味では本能で生きる生き物であるならば、生き物の本質とは、女性を主体とするものなのかもわかりませんね。体を酷使してその愛を手に入れようと奮闘するあたり、オスらしい、男性らしいと言えば男性らしいことですが、現代に生きるヒトに置き換えた時に、その強さとは何だろうと思います。優しさでしょうか、揺るぎない信念でしょうか。どちらにしても暴力的なことではない強さ、心の強さを磨くことが、この時代の女性の方々に目をかけてもらえる術なのかもわかりません。

  6. 「成功した、強いオスが、身体の小さいメスを力ずくで屈服させているというよりは、多くの場合、メスが成功したオスを選んでいるのだと言います。これが性淘汰の過程なのです。」とあり、強いオスがメスを選ぶのではないということがわかります。その縮図というのは今も変わっていないということですかね。そして「 父親と子どもの類似度と正の関連があり、配偶者が負った怪我の重症度とは負の関連があることが示されています。このことから、男性は、父親に似ているかどうかを、父性の指標としていることが示唆されます。」という部分の意味がまだ理解できていませんが、父性の指標というのは少なからず父親のあるべき姿が影響するということですかね。

  7. “オス間競争に勝つということは、進化の過程でメスが選り好むようになった特質をもっているということ”という考え方は、それが繰り返されたことが、性淘汰によって遺伝子的により子孫が繁栄できるということが引き継がれるという考え方は納得できますし、そうすることが遺伝子を残すなかで、遺伝子が途切れるリスクも少なくできる、また、オスの場合もそうあることで、遺伝子を残しやすくなるといったものを受け継いでいることは、選択する力を感じました。

  8. 3つの性差が書かれてある、3つ目に関してはとても納得できました。と言うのも、我が子に対して二人共生まれた瞬間はもちろん嬉しいですが、やはり母親よりも投資量はその時点で低いと思います。実際に私も子どもが父親と母親という存在を意識し始め、親に対して慕ってくるようになって、やっと父親としての実感、そして投資量も変化してきたように思います。また次男の場合はどうやら私に似ているそうで、周りから言われると、やはり嬉しいですし、生まれた時よりも投資量が増えた気がします(笑)

  9. 霊長類の「多くの場合、メスが成功したオスを選んでいる」という傾向を見ていると、まさに遺伝子にとって最善・最短の道を選ぼうとしていることが感じられました。いわゆる、「あげまん」のように関係を築いていく過程でオスを強くさせるというよりも、勝者や成功しているオスに興味を持った方が、時間もかからず遺伝子をより多く残せるという考えになります。同様にまた、ヒトにも、高学歴・高収入・高身長という「三高」が存在しています。それらはまさに、遺伝子を残すための経済力や知恵、そして競争に勝ち上がりやすい強さというものの象徴としてあげられたものでしょうか。しかし、ヒトの場合は、決してそれに固執しない場合があるというのは、生物学的に面白いところなのかもしれないとも感じました。

  10. 「成功した、強いオスが、体の小さいメスを力ずくで屈服させているというよりは、多くの場合、メスが成功したオスを選んでいるのだと言います」とあります。あくまでオスの強さというのはステータスの一つであり、メスに認めてもらうための要素であるということなのですね。そう考えるとやはり主導権は子どもを産むメス側にあるように感じます。また、赤ちゃんの外見が80%が父親に似ているというのも驚きです。確かに今のようにDNAを調べるといったことができない時に子どもを見て、父親が確認できるのは外見でしかないのかもしれません。生物というものはよくできていますね。またその外見の具合よって子どもの類似度があるというのも実に不思議な話です。それほど敏感になっているということでもあるのでしょう。人にしかない特徴はやはり人の性差にも大きな影響があるでしょうね。

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