社会的交換

心の理論については、何度もブログで取り上げてきましたが、ヒトの集団における高度な社会的相互作用に不可欠な一連の認知能力であると考えられています。どのような文化であっても、その中でうまくやっている成人、あるいは10歳児が、少なくとも素朴な信念―欲求の推論すらできないというのは考えにくいとビョークランドは言います。私がこの心の理論をよく取り上げるのは、最近の若者だけでなく、老人においても、この能力が欠けている人が多いことを実感するからです。しかし、心の理論は、世界中のすべての村や町、都市で日常的に行われているものであり、より高度な社会的認知のための土台に過ぎないと言います。効果的な社会相互作用のために、心の理論を持つことが必要ではありますが、十分条件ではない一つの領域が、社会的交換――いうなれば、取り引きすること――と、ごまかしをしている人を検知する能力であると言うのです。

進化心理学者レダ・コスミデスとジョン・トゥービーは、うまく社会的約定を形成し、ごまかされないようにするためにはいくつかの特定の認知能力が必要であると提唱しているそうです。その中には、たくさんの違う人を認識する能力、人との過去の相互作用を覚えている能力、自分の信念と欲求を他者に伝える能力、他者の信念と欲求を理解する能力、そして、交換している商品やサービスのコストと利益を表象する能力があると言います。なんだか、自分はこのような能力を持っているのか?と振り返ってみる必要がありそうです。さらに彼らは、社会的にごまかしている人を見分ける能力を最終的に左右するのは、交換の論理を理解する能力であると言うのです。しかし、形式的な論理については、それが社会的交換の文脈に関するものではない限り、ヒトはそれほど得意ではないそうで、少し安心します。

コスミデスとトゥービーは、抽象的な問題の解決に用いる論理と、同じ論理を社会的約定問題の解決に用いる場合とを比較する一連の実験を実施し、その結果を報告しています。ます、抽象的な問題としてコスミデスとトゥービーが用いたのは、ウェイソンの課題の修正版だそうです。成人の実験参加者に、4枚のカードをテープルの上に、たとえば「A G 2 7」のように呈示します。そして、参加者に次のルールを伝えます。「母音が書かれているカードの裏には、偶数が書かれている。」そこで参加者は、目に前にあるカードがこのルールに従っているかを判断するように求められます。ただし、このルールの真偽を判断するために裏返すカードの枚数は、できる限り少なくしなければなりません。ほとんどの人が「A」のカード、あるいは、「A」のカードと「2」のカードを裏返しました。「A」のカードは確かに正しいです。ルールによれば、母音のカードの裏には偶数があるはずであり、これを調べる唯一の方法は「A」のカードを裏返すことです。

しかし、「2」のカードを裏返すのは無駄です。このルールでは、偶数のカードの裏には必ず母音が書かれているとは言っていません。つまり、「2」の裏に何が書いてあっても、このルールの正否は判断できません。ここで重要なカードは「7」です。「7」の裏に母音が書かれていれば、ルールは破られます。つまり、この問題を最少の動きで「論理的に」解決する方法は、「A」と「7」のカードを裏返し、他の2枚には手をつけないことです。この問題は難しいので、大学生でもできないかもしれないと言います。

社会的交換” への9件のコメント

  1. 「心の理論」が欠けている大人を目にすることが多々あります。「老人においても、この能力が欠けている人が多いことを実感する」ことは私の経験からもありますね。キレる若者よりキレるオジサンたちを目にすることが本当に多い。かく言う私もそのオジサン又はオジイサン達の一員なわけですが、ご同輩に憤りを通り越して情けなさを感じることもよくあります。さて、今回の実験。「交換の論理を理解する能力」を見極める実験なのでしょう。「社会的交換の文脈に関するものではない限り、ヒトはそれほど得意ではない」このことは今一つ判然としないところです。「社会的交換」について、じっくりと考えていく必要があるようです。「抽象的な問題の解決に用いる論理と、同じ論理を社会的約定問題の解決に用いる場合とを比較」する。このことについてもよくわからないので、明日以降のブログによって理解していきたいと思います。

  2. ごまかされないようにするためにはいくつかの特定の認知能力が必要とあり、その認知能力が多く紹介されていて、「自分はこのような能力を持っているのか?と振り返ってみる必要がありそう」とあることからも、振り返ってみたものの、パッとせず、あまり自分の中で理解ができていないことを痛感しました。また、「A G 2 7」の4枚のカードを使った実験も面白いですね。「母音が書かれているカードの裏には、偶数が書かれている。」というルールやその真偽を確かめるために確認する回数が少ない方が良かったりといったゲーム性は何か唆られるものがあり、できるだけ下の文章を見ずにやってみましたが、例にもあった通りのAと2をそれぞれめくる結果となってしまいました。「A」と「7」のカードを裏返し、他の2枚には手をつけないことが正解だったのですね。問題の意図を探るのも面白いですし、これも心の理論であることがわかります。

  3. 〝最近の若者だけでなく、老人においても、この能力が欠けている人が多いことを実感する〟とあり、その通りであると感じるのは、自分だけではないと思います。最近はおじさんの方がタチが悪いような気がしています。自分も含めて…であるのかもしれませんが。
    ですが、交換の世界とごまかしの検知能力では十分条件ではないということでしたが、上手く自分の中に落とし込めないのですが、二つの世界に共通するものがどのようなものであるのかなどのことを探ることで見つけ出していくのでしょうか。
    実験の正解のカードをめくることができるのはどのくらいなんでしょう。自分も頭の中ではAと2をめくってしまいました。最後の方に〝この問題は難しいので、大学生でもできないかもしれない〟とあり安心しました。

  4. 「最近の若者だけでなく、老人においても、この能力が欠けている人が多いことを実感するからです」とありました。私自身も人のことは言える立場ではないのですが、そういった人を見かけることがありますね。社会的交換やごかしている人を検知する能力が、心の理論の十分条件ではないとありました。そして、最終的に左右するのは、交換の論理を理解する能力であるともありました。しかし、カードの実験が難解であること、また「ヒトはそれほど得意ではないそうで、少し安心します」という言葉が印象的でした。カードの実験は私も「2」のカードを裏返すだろうなと思いながら読んでいましたが、やはり人はごかまかしている人を見分けるというのはあまり得意ではないということなるのでしょうか。そう考えると、人は人を基本的に信じているということにもなりそうです。だからこそ、人は人同士で関わりながら、協力しながら発展していったのかもしれませんね。

  5. 進化心理学者レダ・コスミデスとジョン・トゥービーの、社会的約定の形成やごまかされないようにするための能力としてあげられた「たくさんの違う人を認識する能力」「人との過去の相互作用を覚えている能力」「自分の信念と欲求を他者に伝える能力」「他者の信念と欲求を理解する能力」「交換している商品やサービスのコストと利益を表象する能力」というものが気になりました。自分には何があって何が足りないのかを見直していく過程に、心の理論を理解していく道が存在しているのでしょうか。その中でも、他は他人の心を理解していくような能力なのに対して、ここに「自分の信念と欲求を他者に伝える能力」という自発的な能力が関連してくるというのが面白いですね。他者の心を理解するのは、自分の心が今何を思っていて何を求めているのかを理解しなくてはならないということを言われているようにも感じました。

  6.  「うまく社会的約定を形成し、ごまかされないようにするためにはいくつかの特定の認知能力が必要である」とし、「ウェイソンの課題の修正版」とされる「コスミデスとトゥービー」による実験が行われています。「母音が書かれているカードの裏には、偶数が書かれている。」このルールが正しいかどうかを判断する為にカードをめくるのですが、最少枚数で看破する必要があります。不思議と「2」には関心がいくものですね。ヒトの心理を利用したものなのかもわかりませんが、ちょっと待てよ、と提示された課題に対して、的確な対処がいかにスムーズに行われるものなのかを試されているかのようです。例えばオレオレ詐欺のようなわかりやすい詐欺ではない、目には見えにくい狡猾な手口によるものに対しても、心の理論が高度になっていくことで、その対処法が瞬時に思いつけるようになっていくということを示唆しているのかもわかりません。

  7. 「うまく社会的約定を形成し、ごまかされないようにするためにはいくつかの特定の認知能力が必要である」とありいくつかの能力が紹介されていましたが、確かに我を省みると大丈夫か?と思う節はありますね。そして、「 形式的な論理については、それが社会的交換の文脈に関するものではない限り」というのは一体どういうことでしょうか。正直理解に苦しむところはありますが、少しプラスに考えて良いとろなのですかね。また最期の問題はよく読むことでやっと理解できたような気がしています。最短で解くには関係のなさそうな7というのはなるほどと思うところです。

  8. “うまく社会的約定を形成し、ごまかされないようにするためにはいくつかの特定の認知能力が必要である”と社会のなかで自分はどのように認知能力をうまく理解し、生活できているのかと疑問を持ちます。そして、このようなものは、子どもに限らず、成人から老人まで、心の理論が社会的認知能力として、うまく育っていないことがあげられています。この事を考えると、自己を見直す、自己のことをもっと知ろうとする、客観的自己評価ができているのかが重要なことであると感じました。

  9. 「最近の若者は・・・」と聞きます。ブログにも書いてあるように若者に限らず、老若男女とわず「心の理論」は大切だと思います。その心の理論の中の一つ「社会的交換」という能力が必要ということで、ごまかしている人を検知する能力と書いてありますが、頭では理解できますが、実際の生活の中でどう活かせばいいのか考えてしまいます。とは言っても「たくさんの違う人を認識する能力、人との過去の相互作用を覚えている能力、自分の信念と欲求を他者に伝える能力、他者の信念と欲求を理解する能力」と具体的に書いてありますが、藤森先生が言われるように自分を振り返ってみる必要があるかもしれません。なんだか「見守る保育の三省」と通じる物があるように思います・・・。

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