男性の育児参加

哺乳類のオスの圧倒的多数は、親として子どもの世話をほとんどあるいはまったくしないようです。それに引き換えヒトはこの傾向から外れていますが、それはヒトだけではないそうです。現代文化では、「なぜ男性はもっと子どもと一緒の時間をもたないのか」という問いも適切に思えるかもしれませんが、大局的に種全体の視点で考えると、「そもそもなぜヒトの男性は子どもの世話に貢献するのか」という問いの方が適切であるとビョークランドは言います。

他の種について見てみると、父性の確実性が高く、新たな配偶機会が少なく、子どもの生存が父親の投資によって高まる場合に、オスが食物を与えたり、乳児の世話をしたりする可能性が高いようです。しかし、子どもに多くの資源を捧げても、子どもが父親とは遺伝的に無関係である場合にはそのオスの適応性はほとんど高まりませんし、そのことによって配偶機会が増すのでなければ、子どもの成功が父親の養育努力とは無関係の場合も同様だそうです。このような場合には、オスは、たくさんのメスと交配することによって最も大きな利益を得られるため、養育の仕事はメスに任せてしまうだろうと言います。しかしオスの包括適応度が、オスによる子どもへの資源提供に依存している場合には、複数のメスと交配をしてもオスの繁殖価は高まりません。繁殖価を高めるには、オス自身が養育努力をすることで、子どもが成人期に達して繁殖できる可能性を高めなければならないのだと言います。

ホモ・サピエンスの生活史のさまざまな特徴から、ヒトの父親の投資量は中程度となっているそうです。ヒトは親への依存期間が他の哺乳類よりも大幅に長いのです。粉ミルクができる時代以前は、母親からの授乳が唯一のカロリー摂取源となる生後2 ~ 4年を過ぎても、子どもは大人の食事が食べられないため、子ども用の特別な食べ物が必要な依存期間がさらに数年続きます。こうした条件下では、父親による食糧供給によって子どもの生存の可能性は高まります。また、現代の狩猟採集社会の多くでは、子どもや配偶者の消費カロリー源の大部分を父親が提供していると言われています。

実際、ヒトの未成熟期の拡大と父親の投資は、共進化したと考えられています。成長が遅く、依存的で、脳が大きく、そして、複雑な社会で必要なことを身につけるために長く時間を要するこの生物が、父親のサポートなしで進化してきたとは考えにくいとビョークランドは考えています。裏を返せば、父親サポートによって依存期間の長い子どもの生存価が高まらないならば、女性が投資量の多い男性を選択することはなかっただろうと言います。現代のホモ・サピエンスの進化、およびヒトのほぼ一夫一妻/ほぼ一夫多妻の交配パターンの進化は、さまざまな要因が相相互作用をした結果もたらされたものだそうですが、なかでも父親の投資の増大は、ヒトの祖先と推定されるサルと比較して、それがなければ現代の人間の存在が考えられないような、非常に重要な要因と考えられています。

父親の投資が増大したことによって、ヒトの女性はこの依存性の高い子どもを複数育てることができ、また、子どもの死亡率が他の霊長類や集団狩猟をする肉食動物の半分まで下がったのだと言います。やはり人類にとって、父親の育児参加は大きな意味を持っていたようです。

男性の育児参加” への9件のコメント

  1. イクメンという言葉が以前より取り沙汰されなくなったように感じるのはあまりにも主観的な見方かもわかりませんが、この度のブログを読むと、歴史を振り返った時に、父親が仕事一筋でやってこれた時代の方がどうやら短かく表されるのではないかと思えてきます。独身の時に当たり前のように得ていたような時間は、今は捻出する意思を持たなければ当然のように眼前に現れることはありません。ではその頃に戻りたいかと問われても首が縦に動かないのは、その頃とは違った充実があるからだと思います。帰りを待っていてくれている人がいる、何の取り柄もない小生を父親と慕う子どもがいる、その幸せと違った幸せを仕事に求めた世代の方々が、今孫を、本来持っている素直な気持ちで、もう一度愛そうとしてくれているのかもわかりません。

  2. 「成長が遅く、依存的で、脳が大きく、そして、複雑な社会で必要なことを身につけるために長く時間を要するこの生物が、父親のサポートなしで進化してきたとは考えにくい」とあり、父親の投資量の重要性を感じましたし、前回の内容にあった子殺しや育児放棄をしてしまう女性にパートナーの存在がない場合が多いこともこの考えとつながるところがあるように感じました。また「父親の投資の増大がなければ現代の人間の存在が考えられないような、非常に重要な要因」ともありました。これも子殺しの背景につながるように思えますし、子どもにとって母親の存在が何より重要と思われている方も多いでしょうし、それが事実なのでしょうが、父親の存在も同じくらい重要であり、何よりどちらも欠けてはならないものだと思えます。子育てにおいても、大きく言えば人類の進化や繁栄のためにも、父親の存在がどれだけ貢献してきて、今という現代につながっているかを感じることができました。

  3. 子育ては母親、という刷り込み環境の中で育って来た私は、現在のイクメン父親の存在に多少なりとも違和感を覚えていたという事実に気づきます。とはいえ、父親としてのわが身を振り返る時、子煩悩さは妻以上であり、育児と言われる部分こそ然程しなくても、子の可愛いがりようは私の母をして心配させてしまったほどです。ヒトの子育てにおいて父親は重要だとの認識を強くする今日この頃です。それでも、その重要さとは母親の代わりにせっせと育児をしなければならないのではなく、しっかりと子の成長発達を見守るというところにあるということです。ビョークランド博士の「「そもそもなぜヒトの男性は子どもの世話に貢献するのか」という問いの方が適切である」とのご指摘は頷けます。そうです、ヒトの男性は「貢献する」存在なのです。ヒトが今のようなヒトたりえたのは「父親のサポート」があったればこそ。「やはり人類にとって、父親の育児参加は大きな意味を持っていたようです。」この部分はとても大切ですね。頑張って育児参加しましょう。

  4. 「父親の投資が増大したことによって、ヒトの女性はこの依存性の高い子どもを複数育てることができ…」とあるように、父親の育児参加は人類にとってとても意味のあることになるのですね。「父親のサポートなしで進化してきたとは考えにくい」ともありました。子どもにとって母親の重要性は言うまでもなく大きなものですが、父親も決して必要ないということではなく、しっかりとその存在に意味があったのですね。現在では父親の育児参加というのは全く珍しくないですし、違和感を持つものではなくなりましたが、そもそも人類にとっては父親の育児参加の方が当然だったのですね。ということは裏を返せば、育児参加しない父親には存在意義がないとも言えてしまいそうですね。家族を作り、集団で生活してきましたし、これからもそうして継ないでいくのですから、そういったことができる存在になりたいですね。

  5. ほぼ母親としか接していなかった幼少期を過ごしていた自分にとって、息子たちには父親と接する機会をできるだけ増やしたい、というのがありました。日本で昔は「男は仕事で外に出て、女は家事で家にいる」というようなスタイルであったかと思いますが、〝ホモ・サピエンスの生活史のさまざまな特徴から、ヒトの父親の投資量は中程度となっている〟とあり、そのような社会の方が期間が短かったのではないかと思えます。
    その意味でも現在の父親の育児参加の増大は、ヒトとして自然の流れの中にあるものであるように感じました。

  6. 母親へ依存する子どもに対して、様々な胎児からもつ育つ力を母親は戦わなければならないものへ対して、男性、父親の資源というものは、絶大なものがあることがわかりますね。人においては、父親がいることによって、母親へのサポートができ、複雑な社会で生きていくための力を長い時間かけれるといった、社会的な役割も考えられるのですね。”サポートによって依存期間の長い子どもの生存価が高まらないならば、女性が投資量の多い男性を選択することはなかっただろう”とあることからも、男性には、子どもに社会的に関わることが必要な資質をもっており、育児参加が時代に関係なく持っていることがわかります。そう考えていくと、”「そもそもなぜヒトの男性は子どもの世話に貢献するのか」”ということが理解できるように思えます。

  7. 「子どもの死亡率が他の霊長類や集団狩猟をする肉食動物の半分まで下がったのだと言います。やはり人類にとって、父親の育児参加は大きな意味を持っていたようです」という最後の部分はやはり父親としてのあり方の重要性を感じさせてくれます。進化の過程でこんなにも男性が育児に奮闘する期間はあったのかというところも気になるところですが。 「オスの包括適応度が、オスによる子どもへの資源提供に依存している場合には、複数のメスと交配をしてもオスの繁殖価は高まりません。」というのは一体どういうことでしょうか。オスの資源を必要とするためメスのような働きになるということでしょうか。オスが育児参加をすることで子どもに良い影響を及ぼすのであればそれは喜ばしいことなのかもしれないですね。

  8. 「そもそもなぜヒトの男性は子どもの世話に貢献するのか」こういう見方もあるのですね。私個人としては子育ては男女関係なく、一緒に行うものと思っていますし男性自身の子育てというもに対して考え方が違っていると思います。ブログに書いてあるように男性は食料を供給する存在で、それによって子どもの生存率が上がります。現代で言うと会社で仕事をしてお金をもらうという感じでしょうか。ただそれも人によって違うように思います。母親のように家事をすることがサポートと考える人もいれば、純粋に仕事を優先する人もいると思います。家庭によって様々と思いますが、それこそ時代に合わせたサポートの形があるように思います。

  9. 「そもそも」という考えで育児を考えていくと父親の存在も大きく関係しているということがわかってきますね。赤ちゃんの依存期間が長いほど、母親は動けなく、そのために父親のサポートを受ける必要があり、母親は投資量の多い男性を選択する。そのため、男性は自分の遺伝子を残すために投資量を上げる努力をすることで女性に選んでもらわなければいけなくなる。人間の一夫多妻や一夫一婦どちらも人間の歴史の中にはありますが、そういった様々なパターンができるのも男性の投資量によって選択できるからなのでしょうか。今の社会、赤ちゃんを殺すニュースがある一方で、浮気や不倫といった問題もよく聞きますが、それは、子どもを育てることにおいて男性に投資量があるような時代でもあり、それほど格差がある社会でもあるということでもあるのでしょうか。

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