文化化した類人猿

野生の大型類人猿は、近距離での社会的相互作用で、同種の仲間と身振りのコミュニケーションをします。しかし、野生の類人猿が、遠くの物体を指さすような身振りをするかどうかについては、はっきりとした観察結果が得られていないようです。さらに、野生の類人猿間で見られる身振りのコミュニケーションは、そのほとんどが、観察(社会的)学習によるものではなく、個体発生上の儀式化のメカニズムに起因するものであると言います。個体発生上の儀式化では、コミュニケーションの合図が、 2者間で相互作用を繰り返すなかで学習されます。たとえば、チンパンジーAが、チンパンジーBの頭をたたいて、遊びの闘いをけしかけるとします。チンパンジーBは、 Aがたたく前に必ず手を振りかざすことに気づき、最終的にはAが手を振りかざすだけで、Bとの遊びが始まるようになるそうです。

別の例としては、乳児が母親から授乳を受けたいとき、母親の手を除けて母親の乳首に頭を近づけるかもしれないというのです。こうしたエピソードを繰り返す中で、母親は乳児の意図を予測し、乳児が最初に触れた時点で授乳の準備をするようになるだろうと考えられます。その結果、乳児は行動を簡略化することを覚え、単純な接触や身振りだけで自分の意図を伝えられるようになるというのです。このような事例は、2者が互いの行動を形成しているため、複雑な身振りのコミュニケーションのように見えますが、比較的単純な連合学習のメカニズムで説明できると言います。

野生の類人猿や保護施設で育った類人猿に関する観察結果とは対照的に、文化化した大型類人猿は、どの種でも、ヒトとの相互作用で指さしを用いることが観察されているそうです。しかし、これらの研究の多くは、厳密な統制が欠けていることに注意が必要であるとも言っています。ヒトに近い環境で類人猿を養育する場合には、遠くにある物体を指し示す行為が含まれ、類人猿がヒトが指さす方向に目を向けたり、あるいは、ヒトに物体を指し示すと、社会的強化が与えられます。こうした共有-共同注意の日常的やりとりは、ヒトの乳児-大人間の相互作用ではよく見られ、子どもが参照的指さしを理解する上で不可欠な経験といえると言います。

文化化した類人猿の研究の中心テーマは、参照的指さしの基盤にあるメカニズムに関するものであると言います。類人猿が遠くにある物体を指さすのは、そうすれば報酬、社会的または有形の報酬、たとえばおもちややごほうびの餌などがもらえるからだろうかとビョークランドは考えます。あるいは、指さしをすれば、他者の視点では見ていない、あるいは知らない物体に、他者の注意を向けさせられることを理解しているのだろうかと言うのです。後者の解釈は、類人猿が心の理論の基礎を有するという考えと一致するものと、ビョークランドは考えているようです。類人猿は、自身が有する知識は他の個体のものとは異なること、そして、指さしによって他者に注意を向けさせられることを理解しているのだろうと疑問を持ちます。

指差しについての研究も、以前のブログで随分と長く紹介しました。そこでも、保護施設で育った類人猿にも、指さしの訓練をすることは可能であることを紹介しましたが、この場合は、明らかに指さしと報酬との関連を学習しているだけであり、指さしを他の個体に情報を伝える手段とは理解していないと考えます。

文化化した類人猿” への10件のコメント

  1. 今回のブログを読んでいると、「猿の惑星」の可能性は当分ないな、との結論に至りました。類人猿の「身振りコミュニケーション」は「個体発生上の儀式化のメカニズム」よる、あるいは「比較的単純な連合学習のメカニズム」で説明可能とありました。そして、「参照的指差し」についても「指さしと報酬との関連を学習しているだけであり、指さしを他の個体に情報を伝える手段とは理解していない」と考えられているようです。これらのことから私たち人類は「他の個体に情報を伝える手段」として身振り等のコミュニケーションツールを用いていることが明確になっているように思われます。赤ちゃんが指差ししたり、視線を向けたり、こうした行為は何らかの「情報」を私たちに伝えようとしているヒト特有の行動ということになるのでしょう。そして何よりも「コミュニケーション」こそ、私たちヒトをヒトたらしめている行為ということが言えるのでしょう。

  2. 「野生の類人猿が、遠くの物体を指さすような身振りをするかどうかについては、はっきりとした観察結果が得られていないようです」とありました。また、類人猿が指さしを行うのはそれをすることで、報酬、社会的または有形の報酬、たとえばおもちややごほうびの餌などがもらえるからだろうとありました。これが類人猿の指さしであるなら、その行為は他者に向けられたものではないということになりますね。心の理論によって他者が何を欲しているのか、どんな気持ちでいるのかを理解して、それに応じた指さしをしている訳ではないということになるのでしょうか。反対に、以前のブログでありましたが、乳児は他者が探しているもの、困っていることを理解し、それに応じた指さしをするということからも類人猿とも違いがここにはあるのですね。

  3. 野生の類人猿間で見られる身振りのコミュニケーションは、そのほとんどが、観察(社会的)学習によるものではなく、個体発生上の儀式化のメカニズムに起因するものとありました。そして、コミュニケーションの合図が、 2者間で相互作用を繰り返すなかで学習されるとあり、そのチンパンジーの例はわかりやすく、自分の経験でも当てはまるものがあったことに気付きましたし、言い換えれば「暗黙の了解」とも言えるのでしょうか。また、文化化した大型類人猿は、どの種でも、ヒトとの相互作用で指さしを用いることが観察されているのですね。しかし、類人猿の指さしは、報酬絡みで多く見られるということは、チンパンジーの中で視線を向けることが見ることにつながらないのと同じことが言えるのではないかと感じましたし、「知らない物体に、他者の注意を向けさせられることを理解している」という解釈を裏付けることは難しいようにも感じました。

  4. チンパンジーは〝指さしを他の個体に情報を伝える手段とは理解していない〟とあり、ここが赤ちゃんとの大きな違いであるように思いました。
    ヒトであれば、指差しや身振りでのコミュニケーションであれ、側にいる誰かに何かを伝えるために行うものであることを赤ちゃんも理解しているものであるから、そのうちにそのようなコミュニケーションツールを使ってコミュニケーションを取り始めるということになるのだと思います。
    チンパンジーとの違いは、人間が人間であるために必要なものであるような気がしますが、コミュニケーションツールを伝える手段だと理解していることがそうなるということなのでしょうか。赤ちゃんはそれを生得的に知っているのでしょうか。そのように考えていくと、興味がでてきます。

  5. 日々の生活や習慣という文化を作る際に、なくてはならないのが仲間の存在であると思います。その仲間とは、様々なコミュニケーション手段を駆使して、自分の意思を伝えたり、相手の意図を感じ取ったりするはずです。まさに、相手との相互作用が必要不可欠であるということがわかります。乳児の場合では、それが簡略化されるという多くの経験によって、他者理解というものが進んでいきますが、類人猿となるとどうなるのでしょうか。ヒトの中での社会おいて、類人猿は指差し行為についても真似したりしながら、連続的な関連性によって理解していくのだと思いますが、ヒトの指差しには複雑な意図も含まれる場合もあるような気もします。指差し行為を通して相手を動かすということは、様々な能力が連動しているようにも感じます。

  6. 野生の類人猿間でのコミュニケーションというのは「観察(社会的)学習によるものではなく、個体発生上の儀式化のメカニズムに起因するもの」とあり、主に何かをしたいときに伝えることが多いのでしょうか。そのため一緒にあれを見たいだとか共有するという行為が類人猿にはなく共感といったようなコミュニケーションがヒト特有の性質であるということが理解できます。ヒトは幼い頃から指差しをして共有しようとするということからいかにそのコミュニケーションが大切か、今後必要かを意味しているようにも感じます。

  7.  「指差しについての研究も、以前のブログで随分と長く紹介しました。」先生がお孫さんとの1日を取り上げられたブログを思い出します。とても印象的な回でした。電車を指差す姿、食べたい物を指差す姿から考察され、たった1日の中にいくつもの発見をされています。そこに専門的な解説が加わり、なるほど考察をすることとは、それをブログにすることとはこのようにするものなのかと、とても衝撃を受けました。生活をすることに流されてしまってばかりでは見えてこないものを見る、立ち止まるというよりは、心のゆとりというようなことなのだと思うのですが、それを作り出すノウハウを磨いていく必要があることを改めて思います。

  8. 身振りをすることによって、その行為に対することが”観察(社会的)学習によるものではなく、個体発生上の儀式化のメカニズムに起因するものである”ということは、どことなく理解ができます。それが、システム化されたように相手との関係のなかで出来上がるというのは、ふたりの関係性がより近いものであり、こうしたらこういう行動ということが相手とのコミュニケーションを図る上でごく自然に見られるものとなることが考えられます。”類人猿が遠くにある物体を指さすのは、そうすれば報酬、社会的または有形の報酬、たとえばおもちややごほうびの餌などがもらえるからだろうか”とありました。指を指すことによって何を得るのか、社会的に指を指すことが相手へどんな以心伝心となるのかを理解した形なのかなと思いました。

  9. ちょうど次男がやたら指差しを行います。外はもちろん、家の中でも何か気になる事があると指をさして「あ、あ!」とアピールをしてきます。ヒトに関していえば、おそらく遺伝子がそうさせ、相手に何かを伝えたい!という意図を感じます。大型類人猿もヒトをの相互作用により指差しを行うと書いてありますが、ヒトを違うのは、単純に報酬を獲得するための行為として指差しを行っているのですね。指差しという文化を獲得したとはいえ、ヒトのようにコミュニケーションとして使用するまで発達できないのは、やはり類人猿の限界であいり、ヒトとの大きな差のような気がしました。

  10. チンパンジーが指差しする行為に「参照的指差しの基盤にあるメカニズムに関するものであるのか」それを読み取るのは難しいことですね。しかし、チンパンジーなどの類人猿とヒトとの違いも大きく違っているのがわかります。また、野生のチンパンジーと保護施設にいるチンパンジーの指差しの訓練による違いも面白いです。やはり環境による影響はとても大きいということがわかる内容です。そして、それと同時に人間の赤ちゃんにおける指差しという行為自体がいかに高度なコミュニケーションとしての能力なのかということなのかということです。乳児においても指差しは他者に注意を向け、共視という共感を生むツールとして使われます。チンパンジーはどうしても共感するというニュアンスでは指さしは使われいないようにも思います。

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