女性の高い抑制能力

乳児がもたらす困難に対処するために、女性には高い抑制能力が必要と考えられます。乳幼児を世話する際には、攻撃性などの情動的反応を抑制しなければならないことや、母親自身が得る満足を遅延しなければならないことも多いのです。そして、子どもの世話をする役割はいつも女性の活動とされてきました。社会的状況における性差に関する知見、たとえば、顔の表情の制御と同様に、誘惑に耐えることや満足を遅延することに関連する課題では、女性の方が男性よりも多少成績が高いことが示されているそうです。幼児の世話をすることに関連する圧力が、ヒトにおいて男性よりも女性に大きくかかっていたと考えれば、これはまさに予想される結果であるとビョークランドは言います。

進化心理学の基本的な主張は、親の投資理論によって予測される性差は、進化による、男女の遺伝的な違いを基盤とするものであり、そうした違いによって、繁殖と養育に関連する情報の処理、解釈、評価に性差が生じた、というものだそうです。ビョークランドは、この考え方に同意しています。しかし、このような「生得的」バイアスは、青年期や成人期に新しく生じるのではなく、環境要因の影響を受けやすいものであり、また、個体が子ども期に得たそれぞれの経験にもとづいて発達すると考えられます。つまり、ヒト、そしてヒト以外の種が示す行動や認知のさまざまな特徴が発達するのと同じように、親の投資の性差は発達するのだというのです。とはいえ、発達によって生じる表現型が無限にあるわけではありません。繁殖と養育の決断は、性別を問わず重要であることから、いくつかある方向性のなかから、与えられた地域環境下で、自身の包括適応度を最適化できる方向に個体発生は進んでいくと考えられるのです。

すべての行動はさまざまな要因によって決定されていきます。そして、親の投資に関する行動もその例外ではないと言います。「進化によて男性と女性は異なる心理をもつため、行動パターンに違いがある」というだけでは不十分だとビョークランドは考えています。むしろ、どのような発達メカニズムによって、適応、あるいは不適応行動パターンに違いが生じたのかを問うべきであると言います。

祖父母、きようだい、おばやおじ、そして血縁関係のない人々も、両親を亡くした子どもの世話をすることがありますが、子どもの生存について親ほど高い関心をもつ者は他にはいません。伝統社会、そして有史以降の西洋文化では、父親からのサポートのない子どもが成人期に達する前に死亡する可能性は、父親がいる子どもよりも高いそうです。また、母親のいない子どもの死亡率はさらに高くなると言います。子育てには、親、特に母親からの多くの投資が必要なのです。親は乳児に身体的、社会的、心理的ケアを行います。親は、繁殖努力あるいは親自身の維持や資源獲得に捧げられるはずの力と資源を、子どもに配分しているのです。しかし、ある子どもに資源を配分するということは、親の個体発生や繁殖努力を制限するだけではなく、生まれている子およびこれから生まれてくる子など、他の子どもに対する投資機会が奪われることにもなるのに、母親が、ひとりひとりの子どもに常に最善を尽くそうと思っているのは当然のことと思えるかもしれません。しかし、ある子どもに親がどの程度の投資をしたいと思い、またどの程度投資できるかは、子どもの健康状態、地域の経済や生態の状況、きようだいの有無、親、特に母親の年齢と生殖状態、子育てに得られる社会的サポートの量といったさまざまな要因の影響を受けていると言われています。

女性の高い抑制能力” への10件のコメント

  1. 子どもにとっては、やはり、母親なのでしょうね。私は当の昔に父親を亡くしています。よって、好むと好まざるとにかかわらず、母親のことがこの年になっても気にかかります。母親が先に亡くなり父親が残っているとするならば果たしてどうであったか?気には掛けるけど母親ほどではないような気がします。我が家には男の一人っ子がおります。やはり、相手にできるのは母親のようですね。まぁ、それでいいと思います。「顔の表情の制御と同様に、誘惑に耐えることや満足を遅延することに関連する課題では、女性の方が男性よりも多少成績が高いことが示されている」とのことでした。「満足を遅延すること」このことは私の妻によって知らされたような気がします。女性は強い。生物学的に、そして進化心理学的にも女性、そして母親が優位であることを理解し、その優位性を支えるよう男性であり父親である私は思うのです。そのほうが子にとってもいいのでしょう。

  2. 「顔の表情の制御と同様に、誘惑に耐えることや満足を遅延することに関連する課題では、女性の方が男性よりも多少成績が高いことが示されているそうです」とありましたが、これは実感として分かります。本当に女性は立派です。それに比べて私はと思ってしまいます。しかし、夫婦はバランスだと少し開き直って見ます笑。親の投資について「環境要因の影響を受けやすいものであり、また、個体が子ども期に得たそれぞれの経験にもとづいて発達すると考えられます…親の投資の性差は発達するのだというのです」とありました。このようなことを知ると、本当に環境の重要性、経験の大切さを感じます。これはあらゆることに繋がることなのかもしれませんね。どんな経験も無駄にはならないのかもしれませんし、また、いい環境に身を置くことの大切さも感じます。なんだか人生を教えられているようです。

  3. 「誘惑に耐えることや満足を遅延することに関連する課題では、女性の方が男性よりも多少成績が高いことが示されている」ことは、自分の中でもその印象を持っていたのですごくわかる気がします。また『「生得的」バイアスは、青年期や成人期に新しく生じるのではなく、環境要因の影響を受けやすいものであり、また、個体が子ども期に得たそれぞれの経験にもとづいて発達する』こと、さらに「親の投資の性差は発達する」とあったことが印象でした。生得的であってもその後の環境が重要であることが示されているというのは、乳幼児期に過ごす環境の重要性を説く上でこの上ない程の裏付けとなるように思えました。そして「親は、繁殖努力あるいは親自身の維持や資源獲得に捧げられるはずの力と資源を、子どもに配分している」とあることからは、改めて両親への感謝の気持ちが湧き出てきます。今後自分が子を持ち、親になるかもしれないというのは全く想像できませんが、なれるときがくるのであれば、この「親の投資」の話を再度読み直してみたいなと思えました。

  4. 子どもにとって親というのは、特に母親というのは当然のことながら特別な存在であるということを感じます。親は子どもに〝力と資源を配分している〟とあり、自分も自分の親にそのようにしてもらい、今生きているというのを感じ、感謝するまでに長い年月がかかりました。
    そして、その恩の返し方として、やはり、自分の子どもたちへの還元だと考えています。自分がしてもらった分、子どもにしてあげることが恩返しにもつながるのではないかと思います。そのようにして、継承されていくのかな、と思いました。話しがそれてしまいました。すいません。

  5. 「いくつかある方向性のなかから、与えられた地域環境下で、自身の包括適応度を最適化できる方向に個体発生は進んでいくと考えられるのです。」天命、使命を解説しているように感じられます。手相について、「手のない人だっている。手相よりも考え方の方が上」という話を耳にしたことがあります。与えられた環境下で最大限に成長していくことがヒトの進化のプロセスと同様であるならば、自己を否定し、他人の人生を羨むなどという行為はとるべきではありませんね。与えられた手札で勝つからこそポーカーも面白く、それぞれの人生というのもそういうことなのかもわからないと思いました。

  6. 文章を読んでいると、母親が母親としての生得的に持っていたのではないかと思える我が子へ対する関わりかたは、女性がもつ高い抑制能力によってうまくバランスが保たれているんだと思えました。うまく表情をつかい関わることが、女性のほうが上手いのも、情動反応による情動表出を行うことができるといった、たしかに個人的に作り笑いをうまく使うのは女性が上手と感じてます。また、”有史以降の西洋文化では、父親からのサポートのない子どもが成人期に達する前に死亡する可能性は、父親がいる子どもよりも高い”とあることは、それぞれにもった特性があるからこそ、よい環境となり、その環境要因が子どもの育ちにとって必要であることがわかります。

  7. 子育てをする上で「乳幼児を世話する際には、攻撃性などの情動的反応を抑制しなければならないことや、母親自身が得る満足を遅延しなければならないことも多い」という部分は実際に子育てをするとわかりますね。それを男性よりも多いのが確かに女性になっていることがよくわかります。そして、「 父親からのサポートのない子どもが成人期に達する前に死亡する可能性は、父親がいる子どもよりも高いそうです」というのは興味深く、それはどんなことが起きて死亡率が上がっているのでしょうか。満たされない思いというのがあることで非行に走ってしまう傾向があるのですかね。愛情の大切さというのも関係しているのでしょうか。

  8. ますます子どもにとって母親の存在が重要であるということが理解できます。園でも子どもが泣いていると「ママがいい!」と言いながら泣いているのも納得できます。男女の性差で子どもの面倒を見るという能力、投資量に差があるというのは、進化心理学的に、もともと基盤となっているとなると、いい意味で諦めになります。だからこそ男女の役割が見えてくるのかもしれません。しかし、最近ニュースでもわが子への虐待の事件を聞くと心が痛みますが、進化心理学の観点から見ると、逆らっているということになりますが、ブログの最後に書かれてある、子育てに得られるサポートの量や環境がそうさせてしまっているとなると、考えなければいけませんね。

  9. 女性特有の高い抑制能力によって育児の重要な枠割を担い、それを生かすための距離感が構築していく過程をなんとなく想像します。また、そのような「生得的」バイアスは、「青年期や成人期に新しく生じるのではなく、環境要因の影響を受けやすいものであり、また、個体が子ども期に得たそれぞれの経験にもとづいて発達すると考えられます」というように、子ども期の環境の要因によって、生得性バイアスすらをも変えてしまうという事態に、少々混乱していますが、生得的バイアスに沿った環境であることが負担のない環境でもあるのでしょうか。

  10. 「乳幼児を世話する際には、攻撃性などの情動的反応を抑制しなければならないことや、母親自身が得る満足を遅延しなければならないことも多いです」とあります。しかし、最近子どもを一つのステータス化されていることに対して疑問が沸き上がっているニュースなどをよく見ます。子どもの少子化や核家族化が原因であるということですが、社会環境のなかで母親の投資量がこれまで以上に一人の子どもに集中しすぎている現状があるのかもしれません。これらのバランスを保つことはなかなか難しいことのように思いますが、保育という環境は母親の投資量のバランスを保つことに役に立つのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です