シンガポール報告2

以前の配膳

見守る保育での配膳

今日は、「見守る保育」を実践している園を数か所見学しました。まず、各園を見ての感想ですが、昨年5月にシンガポールから代表が見学に来て、その後8月に打ち合わせに来て、帰国して私の園の報告を代表から受けて、そしてその時に「見守る保育」の書籍を購入して帰ってから各園の園長先生がその本を読んだだけで、よくここまで理解し、それを実践に移したなあということを感じました。今年参加したほかのメンバーからも同様の感想を聞きました。

また、現在日本でも、「見守る保育」にどこから取り組んできたかということを悩んだ経験を書籍にまとめようとしています。私の園に見学に来た方の多くは、このような保育がいいと思うのですが、いざ取り組もうと思っても、どこから、どのように取り組んでいったらよいのかで悩む園が多いと聞きます。それを、シンガポールの園では、さっそく取り組んでいるのです。140園近く運営している法人の責任者から聞くと、トップダウンでこのような保育に取り組みなさいということを言おうと思ったようですが、考えをやめて、自主的に取り組むように、各園に任せたようです。すると、各園では園長先生が、自分の園では、どこを見直したらよいのか、また、どこから取り組んでみようかということを考えたそうです。

そのような導入がよかったのでしょう。取り入れた一部から、子どもの姿が変わり、保護者の理解が得られ、徐々に取り組みが広がっていったようです。最初に訪れた園では、子どもたちが意見の衝突があったときに、話し合う場所として設営されている「ピーステーブル」を部屋の中に作るところから始めた園でした。まず、そこで子ども同士がけんかなど対立したときに話し合う場所であることから、よく話し合いの場としていいと言われる対面ではなく、お互いがはす向かいに向き合う形をとっていました。この形は、他の園のピーステーブルでも見ました。そのほかにも色々と工夫され、参考になることも多くありました。

その一つが、ピーステーブルの前に貼っている紙です。私の園では、話し合うルールが参考に書かれてあります。「相手の話を最後までしっかり聞こう」「話を聞くときは、相手の顔を見よう」「自分の気持ちを言葉で言おう」という3点です。これを子どもの字で書かれてあります。シンガポールの見学した園では、前に数種類の顔が書かれてあります。それは、感情が高ぶって自分の気持ちをなかなか言えない場合があるので、自分の気持ちがあらわされている絵を指さして伝えると言います。怒っている顔、悲しい顔、泣いている顔、うれしい顔などです。それは、絵で自分の気持ちを伝えるだけでなく、自分の気持ちを見つめるのにも役に立ちます。

それから、ここに来る場合は、感情が高ぶっていることが多いため、ここにきて、感情を鎮めるためのグッズが置かれてあります。中にゆっくり動くものと水が入っているペットボトル、握ると感触がよいもの、話しがしたいときにチーンとならすもの、そんなものが置かれてあります。場所だけでなく、いろいろな工夫がしてありました。

次の園では、給食の配膳の見直しから始めたそうです。それまでは、先生が調理室から運ばれてきた給食を、さも、子どもに与えるように配り、子どもたちも言われたとおりに黙って食事をしていたと言います。そうしたときには、年長になっても手で食べたり、行儀が悪かったそうです。それを、当番が、その日の献立のメニューをみんなの前で発表し、子どもの当番さんが量を聞きながら配膳することにしたそうです。まだ、おやつだけだそうですが、次第に給食でも取り組みたいということでした。

シンガポール報告

現在、日本では禁煙条例をどうするかで検討されています。国に先行して、東京都では受動喫煙防止条例が昨年10月「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」が賛成多数で可決、成立し、来年4月から施行される予定です。この条例で定められた努力義務として、「家庭で子供と同じ部屋で喫煙しない」「受動喫煙の対策を講じていない施設、喫煙専用室に子供を立ち入らせない」「子供が同乗する自動車内で喫煙しない」「公園や学校周辺の路上などで子供の受動喫煙防止に努める」とあります。それは、「子供は自らの意思で受動喫煙を避けることが困難で、保護の必要性が高い」とされ、条例にこれが明記されています。しかし、いずれも努力義務で、罰則規定はありません。また、私的な生活空間に踏み込む内容に、条例が審議された都議会厚生委員会では「家庭内の規制は慎重にすべきだ」との意見も出たようです。

受動喫煙を巡って、国際オリンピック委員会(IOC)が「たばこのない五輪」を目指していることから、都や国は2020年東京五輪・パラリンピックの開催までの対応を目指しているのです。しかし、明らかに喫煙は体に良くないですし、周りに迷惑をかけることが明らかであるのになかなか条例にすることをためらうことが多いです。それは、喫煙をしている人も多いからです。私も以前喫煙していましたが、その時は何かと理屈をつけて、喫煙を擁護していました。

同じようなことがアメリカの銃規制です。銃乱射を受けて、何度も議論されていますが、裏でいろいろとあるらしく、いろいろと理屈をつけて何とか緩和しようとしています。園の保育の見直しとか、改革と同様、よほどの強い理念と、強いリーダーシップがないとできませんね。

昨日からシンガポールに来ています。シンガポールは強い規制と刑罰で有名です。銃にしても、触っただけでも罰せられるらしく、通訳さんから、「知らない人から“これ、持っていて!”と言われても、絶対に持たないように、もし銃でも入っていたら罰せされますから!」ときつく注意されました。このように、シンガポールは罰金の多い国としても知られています。有名なのが、チューイングガムの持ち込み、使用(国内での販売なし)禁止です。シンガポールでは、美観に非常に気を使い、汚す行為に罰金をかけることが多くあるようです。例えば、ゴミやタバコのポイ捨て、電車内での飲食、唾を吐くこと、公共の場での泥酔、公共のトイレで流し忘れ、公共物への器物破損、落書きなどがあり、汚い車での路上走行禁止にはやりすぎかと思うほどです。

空港についてまず目につくのが、壁面、室内緑化です。韓国の空港でも目にしましたが、韓国では造花だったのに対して、ここでは本物でした。また、ホテルに向かう道中、道路わきは花で満ち溢れていました。それは、「植樹週間」と呼ばれる期間もあり、町中に緑があふれ、「ガーデンシティ・シンガポール」とも呼ばれています。

そのほかにも、他人への迷惑への罰金も目につきます。たとえば、他人を故意に侮辱して畏怖、困惑、苦痛を与える、花火やエアガンを発射する、非常用ベルを間違えて押すなどがあり、うかうかできません。

祖母による世話

長寿に関連する要因も、少なくとも女性においては、選択されたものと考えられます。繁殖年齢を超えた個体はすでに繁殖は終えているので、このような個体が示す特性や行動には、通常、淘汰圧はプラスにもイナスにも働きません。しかし、高齢な個体の行動が、子や孫の成功を高める場合は例外なのです。この場合には、長寿であることは、それによって子孫の生存可能性が高まったために、選択されたと考えられると言います。

祖母による世話が、孫の生存に利益をもたらすことは明らかと考えられますが、このような投資が、その女性自身がさらに子どもを産む、すなわち、閉経しないよりも高い包括適応度をもたらすかどうかはそれほど明確でないそうです。たとえば、パッカーたちの研究では、祖母ライオンが孫に乳を与えることはよくあるそうですが、それは自分自身にも子どもがいる場合のみであり、「閉経後」の祖母による世話と孫の生存率が高まることを示す証拠はないようです。ヒルとウルタドによるアチェ族の人々に関するデータからは、高齢の女性にとって、孫へ投資することの方が自身が子どもを産むことよりも、包括適応度の観点から賢明であるという証拠は示されなかったようです。ヒルとウルタドは、成人した子どもと孫に投資をすることによって閉経後の女性が得られる利益は、人口増加率が低いときに大きくなる可能性を指摘しています。この研究は、人口増加が比較的急速に進んでいる時期に行われたことも背景にあります。

祖母が孫の成功に貢献していること、そして、それが長寿に結びついている可能性があることについては、すべての研究者が合意しているようです。論争の中心は、閉経の機能に関するものであり、閉経には適応的な機能があるのか、あるいは単なる何かの副産物であるのかが議論の的となっているそうです。

祖父母が孫に資源を与えることで自身の包括適応度に利益がもたらされるのは、そのため、祖父母は子どもと自身との遺伝的つながりを評価しなければならないのです。父方の祖父母は、父親同様、父性の確実性を知ることができないのに対し、母方の祖父母は孫と自身との遺伝的つながりを疑う理由はまったくありません。この推論にもとづけば、母方の祖父母は、平均して、父方の祖父母よりも、孫に多くの資源を与え、孫の世話をしようとするはすです。

多様な西洋社会の証拠がこの主張を支持している。たとえば、オイラーとヴァイツェルは、16 ~ 80歳のドイツ人成人1857名に7歳までに父・母双方の祖父母に世話を受けた量をそれぞれ評価してもらったところ、父性の確実性にもとづく予測に違わず、回答者の世話を最も多くしていたのは母方の祖母であり、それに次ぐのが母方の祖父であったそうです。孫の居住地域との平均距離は、母方の祖父母と父方の祖父母で等しいにもかかわらず、この結果が得られたというのです。また、父方の祖母よりも母方の祖父の方が多くの世話を提供していたことについては、どの文化でも男性よりも女性の方が子どもの養育に大きな役割を果たしていることを考えると、特に説得力がある結果といえるとビョークランドは言います。

祖父母による投資

父親以外の人物で、母親や子どもの支援をすすんで行う可能性が最も高いのは、子どもの祖父母です。これまで何人かの理論家が、祖父母(特に祖母)による孫への投資が、ヒトの長寿の一因となっていると提唱しています。つまり、おそらく、長寿の人は、自身は生殖年齢を過ぎていても、孫の生存を促進すると考えられているのです。これは、私も一時期講演の中で取り上げていました。人類は、他の霊長類と違う人生の中の時期で、1つは生殖機能を持ったのに生殖をおこなわない青年期、もう一つが、生殖機能が終わっても生きている老年期があります。その二つの時期についての仮説を紹介しました。ビョークランドは、どのような仮説を紹介しているでしょうか?

彼は、この説は、子どもを産むことだけではなく、遠い血縁者(たとえば、孫)の生存の可能性を高めることでも個体の繁殖の目的はかなうとする、ハミルトンの包括適応度の概念と一致するものであると言っています。女性の繁殖能力は全体的な生理機能よりも大幅に早く低下するため、この議論は特に女性と密接に関連しています。ほとんどの女性の寿命は、伝統社会においても、最後の出産から20年以上長いのです。

「祖母仮説」を支持する証拠として、繁殖に伴う危険要因と母親の年齢との関連性が示されているようです。若い女性と比較して、年配の女性が妊娠した場合には、自然流産、低体重出生児、死産となる可能性が高く、また、母親の死亡の可能性も高いのです。さらに、女性の寿命は長いことから、一般に、配偶者の死後も繁殖能力が残っている女性が新しい配偶者を迎えると、そのことによって、今いる子どもの生活が危険にさらされ、亡くなった配偶者の家族から利益が得られなくなることもあります。また、伝統社会では、閉経後の女性は、わずかな資源を幼い乳児に配分する必要がないため、年上の子どもや孫に多くの時間と資源を投資することができ、年上の子どもや孫の生存を脅かさなくてもよくなります。

こうした特徴から、年配の女性は、自身が子どもを産むよりも、孫の養育の支援をした方が繁殖上の利益が大きい、と認識するようになったのだろうとビョークランドは考えています。ベルべットモンキー、ヒヒ、ライオンも、祖母の存在による利益を得ていることを示す証拠があるそうです。また、伝統社会に生きるヒトを対象とした研究からも、祖母仮説を支持する証拠が得られているそうです。たとえば、閉経後の女性が孫の成功に貢献していることを示す証拠が、アフリカの地溝帯に住む狩猟採集をする少数民族であるハツツア族の観察から得られているそうです。ホークスらは、年配の女性による食料の採取が、離乳はしたが、大人と同じ食べ物をまだ食べられない幼児の栄養に、特に重要であることを指摘しているそうです。ホークスたちの報告では、ハツツア族の家族では、授乳中の子どもがいない場合は、子どもの栄養状態は母親の採取努力と関連があり、母親の食料獲得量が多いほど、子どもは健康でした。

しかし、母親が授乳をしている家族では、離乳した子どもの栄養状態は、祖母の採取努力と関連していたそうです。このようなパターンがヒト科の祖先の集団でも見られたとすれば、子どもを早く離乳させて、母親は再び妊娠できるようになり、繁殖可能性は高まったと考えられます。離乳した子どもに対する祖母からのサポートがなければ、授乳をさらに数年続ける可能性が高く、ヒトの女性が生涯に持てる子どもの数は減ることになります。

生存率

これまで述べてきたように、ヒトの男性は他の哺乳類よりも子どもの世話に多くを向けており、父親の投資量は子どもの成功と関連があるようです。しかし、霊長類のオスのなかで、最もよく養育に参加しているのはヒトではないそうです。他の複数の種で、オスがヒトと同程度の時間を子どもとの相互作用にあてており、2種類の新世界ザル(ヨザルやティティモンキー)は、生まれたときからオスが子どもを抱きかかえ、実際、メスよりも長く子どもとの接触時間をもっているそうです。

生物学者ジョン・オルマンたちは、いくつかの霊長類について、メスとオスの生存率を、その種に特異的なオスによる養育の量と関連づけて比較しました。そのデータによると、数値が大きいほどメスの方が、寿命が長く、比率が1.0の場合にはメスとオスの生存率が同等であり、また、1.0未満の場合はオスの方が寿命が長いことを示しています。ここからわかるように、オスのメスに対する生存比は、父親が養育に参加する程度と相関して増加しています。現代の工業化社会で、男性よりも女性の方が生存率がわずかに高いことはよく知られていますが、この傾向はスウェーデンの1780年の歴史資料や、伝統社会でも認められているそうです。

オルマンは、子どもの養育に参加するオスと参加しないオスの違いとして、危険回避の傾向があると推測しているそうです。オスが子どもの養育の大部分を担う種では、子育て中のオスは危険回避的であると考えられます。子どもの生存が養育者の生存に強く依存している場合には、自然淘汰は危険を回避するオスに有利に働くだろうとビョークランドは考えます。一方子どもの養育に関わらないオスは、危険をおかすことが社会的地位や配偶機会を高めることにつながることが多いため、危険回避の傾向は低いと考えられます。同様に、子どもの生存が母親による養育に大きく依存しているため、一般にメスは危険回避的戦略を進化させており、自身の命を守ることを重要視すると考えられています。

オルマンたちのヒトに関するデータでは、男性より女性の方が生存率が高くなる年齢時期が2回あることが示されています。最初のピークは25歳頃に生じ、少し小さい2回目のピークが生殖年齢の終了後に見られるそうです。このパターンは、現代の先進工業国でも、スウェーデンの歴史データでも認められているそうです。また、同様の傾向は、チンパンジーやゴリラの生活環でもはっきりと認められるそうです。オルマンによると、成人期初期に見られるピークは、女性の子育ての責任が最も大きく、男性の危険志向が最も高い時期にあたります。こうした危険をおかす傾向が高いことが、この時期の死亡率の性差を生む主な原囚とオルマンは考えているそうです。

老齢期初期に生じる2番目のピークは、多くの女性は孫が生まれる時期にあたり、男性は脳卒中、心臓病や癌の発症の危険性が高まる年代です。女性の生存率が高いこの性差は、男性は高いストレスを受け高血圧や血管疾患が生じることによる長期的効果に起因するものと考えられています。これと関連するのが、二次性徴の発達を促進し、男性の地位をめぐる競争や攻撃性に関与するホルモンであるテストステロンにさらされることで、免疫メカ=ズムの効果が抑制されるとする説です。つまり、青年期の成功に関連する特徴が、後に健康障害の一因ともなりうるのだというのです。

父親の投資

ヒトの交配戦略は、少なくとも遺伝的に最近縁種であるチンパンジーやポノボが多夫多妻的であることと比較すると、女性の不義が比較的少ないのです。確定的な知見とは言えないどうですが、様々な国における複数の研究結果から、家庭上の父親が遺伝子上の父親ではない確率である父親不一致率は、7~15%と推定されるそうです。つまり、女性は明らかに、男性に妻の不義を防ぐメカニズムの進化を生じさせる程度には、婚姻外の性交を持つと言われていますが、それほどしばしば配偶者に対し不義を働くわけではないと考えられます。この妻の不義が比較的少ないことは、父親の高い投資が進化するために必要な条件であっただろうと考えられます。

ギアリーは、父親の投資が子どもの生存と繁栄に対してこれまで果たしてきた、そして今日も果たしている役割に関する証拠を検討しているそうです。もちろん、証拠のほとんどは相関的なものであるため、因果関係を主張するのは難しいようです。しかし、伝統的な狩猟採集社会、西ヨーロッパの歴史資料、および現代の開発途上国のデータから、全体として「父親がいない場合、子どもの死亡率は高く、社会的地位は低い」というパターンが一貰して認められているそうです。さらに、現代のアメリカでは、父親が子どもの生活に積極的かつ支持的に参加することが、子どもの学業成績、情動制御、社会的能力と肯定的な関連があることが見出されているそうです。

父親の社会的地位が高いと、子どもに物的資源を提供できるだけでなく、少なくとも現代の狩猟採集社会では、母親の「質」の高さとも関連していると言います。地位の高い成功した男性は、地位の高い成功した女性、つまり、健康で資源を多く提供できる、たとえば、食料の採取が上手な女性を、配偶者として選ぶ傾向があります。つまり、母親の活動が父親からの食料提供と一緒になっている場合もあるため、父親単独の貢献度はわかりにくいのです。同様に、未婚の母親の子どもは死亡率が高く、社会的地位が低い原因としては、配偶者を維持できない女性は、維持できる女性よりも適応度が低いということも考えられると言います。このように、父親がいないこと以外にも、子どもの死亡と成功に影響している要因がある可能性は高いようです。しかし、歴史データ、伝統文化社会のデータ、現代社会のデータすべてが、父親の投資が子どもの生存において非常に重要であることを示しています。

父親の投資の重要性が最も高くなるのは、資源が少ない、ストレスが高い、競争が激しいといった条件下のようです。新たな配偶機会を求めるのではなく、子どもに投資することによって、父親は子どもの生存率と社会的競争力を高めているのです。進化心理学の理論によれば、男性は柔軟な繁殖戦略を進化させていて、ストレスが高いときには、子どもに投資して、子どもの生存率と社会的地位を高めるようになったのに違いないというのです。ギアリーによると、「少ない資源をめぐって激しい競争があるような環境や、流動的で死亡リスクが予測できないような環境では、子どもの社会的競争力に対する父親の投資は、ある意味、予測不可能な将来のリスクに対する保険のようなものである。」と言っています。確かに、オスが子どもの養育に参加する種は、オスの寿命が長いという興味深い証拠もあるそうです。

男性の育児参加

哺乳類のオスの圧倒的多数は、親として子どもの世話をほとんどあるいはまったくしないようです。それに引き換えヒトはこの傾向から外れていますが、それはヒトだけではないそうです。現代文化では、「なぜ男性はもっと子どもと一緒の時間をもたないのか」という問いも適切に思えるかもしれませんが、大局的に種全体の視点で考えると、「そもそもなぜヒトの男性は子どもの世話に貢献するのか」という問いの方が適切であるとビョークランドは言います。

他の種について見てみると、父性の確実性が高く、新たな配偶機会が少なく、子どもの生存が父親の投資によって高まる場合に、オスが食物を与えたり、乳児の世話をしたりする可能性が高いようです。しかし、子どもに多くの資源を捧げても、子どもが父親とは遺伝的に無関係である場合にはそのオスの適応性はほとんど高まりませんし、そのことによって配偶機会が増すのでなければ、子どもの成功が父親の養育努力とは無関係の場合も同様だそうです。このような場合には、オスは、たくさんのメスと交配することによって最も大きな利益を得られるため、養育の仕事はメスに任せてしまうだろうと言います。しかしオスの包括適応度が、オスによる子どもへの資源提供に依存している場合には、複数のメスと交配をしてもオスの繁殖価は高まりません。繁殖価を高めるには、オス自身が養育努力をすることで、子どもが成人期に達して繁殖できる可能性を高めなければならないのだと言います。

ホモ・サピエンスの生活史のさまざまな特徴から、ヒトの父親の投資量は中程度となっているそうです。ヒトは親への依存期間が他の哺乳類よりも大幅に長いのです。粉ミルクができる時代以前は、母親からの授乳が唯一のカロリー摂取源となる生後2 ~ 4年を過ぎても、子どもは大人の食事が食べられないため、子ども用の特別な食べ物が必要な依存期間がさらに数年続きます。こうした条件下では、父親による食糧供給によって子どもの生存の可能性は高まります。また、現代の狩猟採集社会の多くでは、子どもや配偶者の消費カロリー源の大部分を父親が提供していると言われています。

実際、ヒトの未成熟期の拡大と父親の投資は、共進化したと考えられています。成長が遅く、依存的で、脳が大きく、そして、複雑な社会で必要なことを身につけるために長く時間を要するこの生物が、父親のサポートなしで進化してきたとは考えにくいとビョークランドは考えています。裏を返せば、父親サポートによって依存期間の長い子どもの生存価が高まらないならば、女性が投資量の多い男性を選択することはなかっただろうと言います。現代のホモ・サピエンスの進化、およびヒトのほぼ一夫一妻/ほぼ一夫多妻の交配パターンの進化は、さまざまな要因が相相互作用をした結果もたらされたものだそうですが、なかでも父親の投資の増大は、ヒトの祖先と推定されるサルと比較して、それがなければ現代の人間の存在が考えられないような、非常に重要な要因と考えられています。

父親の投資が増大したことによって、ヒトの女性はこの依存性の高い子どもを複数育てることができ、また、子どもの死亡率が他の霊長類や集団狩猟をする肉食動物の半分まで下がったのだと言います。やはり人類にとって、父親の育児参加は大きな意味を持っていたようです。

母子の葛藤

ヘイグは、妊娠期間中のヒトの母子葛藤に関与するメカニズムを詳述しています。胎児にいくつかの欠損、たとえば、染色体異常があってその胎児への投資に価値がないと見なされたとき、受胎の瞬間から、母親の身体は胎児を流し出そうとするそうです。それに対し、胎児は、ヒト絨毛性ゴナドトロピンというホルモンを放出して、母親の子宮にとどまろうと努力するそうです。このホルモンは、新たな胚の着床を受けて、母親の月経を止め、子宮内層が剥がれ落ちないように作用するそうです。

また、胎児は母親の、発育中の胎児に栄養を供給する動脈である子宮内膜動脈に栄養膜細胞を伸ばして、母親の動脈が収縮して自らが得る血流量が減少することを防ぐそうです。胎盤への血流を調整できるようになると、胎児はヒト胎盤性ラクトゲンを放出して、母親の血中のインスリンから受ける影響を弱め、自身が使えるブドウ糖という燃料の量を高レベルに維持しようとするそうです。要するに、胎児は、自身が健康に発達するために必要な資源を、母親に提供させるよう強力な武器を備えていますが、胎児のこうした活動は、場合によっては母親に害を及ばす可能性もあるそうです。この妊娠期の胎児と母親の葛藤は、生存のための凄まじい戦いですね。

これまでに述べたように、外的な条件が子育てに理想的とはいえない場合、子殺しにつながることがあると言います。きようだい間の競争の結果、資源不足になってしまうことも多く、そうなると、きようだい2人共の生存が脅かされることになります。このような親子葛藤の原因となる条件のひとつが、双生児の出生なのです。伝統社会のなかには、資源が乏しい場合には、双生児の片方のみを生かし、親がもつわずかな資源を1人にだけ投資できるようにすることが認められているものもあるそうです。殺される子どもは、通常、2番目に生まれた子、病弱な子、あるいは女児なのです。もうひとつ、ディリーとウイルソンが、子殺しが生じやすい状況として指摘しているのは、2人の子どもの生まれた間隔が短すぎたために、資源が乏しくなる問題を解決する場合だそうです。年上のきようだいがまだ授乳を受けているときに新たに子どもが生まれると、年上のきようだいの資源が減るだけでなく、資源の量自体が少ないため、子ども2人共の生存が危うくなります。親子間の葛藤には、子が親から得られる資源の量に関する対立だけではなく、親が他のきようだいに与える投資量をめぐる対立も関連しているのです。

では、他の動物に関す研究も見てみると、ヒトが行う子殺しは他の動物よりも一部の動物を除いて、はるかに少ないようですが、子殺しが生じる状況は、ヒトも他の種も類似しているそうです。霊長類学者サラ・フルディは、他に受胎調節の方法がなく、さらに、それ以上子育てをする意思や能力がない場合に、母親は乳児を殺す可能性がありますが、特別な事例を除いて、母親が赤ちゃんを殺そうとすることは稀であるといいます。フルディは、こんなことを言っています。

「育児放棄は、投資の打ち切りから完全関与(母親が赤ちゃんを常に抱いて移動し、求められたら授乳をする)までの連続体の一方の極にある。育児放棄は、母親が投資を打ち切る際の標準設定ともいえるだろう。子殺しが生じるのは、環境(発見への恐れなど)が母親による乳児の育児放棄を阻害する場合である。法的あるいは道徳的にはこの2つは違うが、生物学的には切り離すことのできない現象である。」

コミュニティからのサポート

カナダの1974~1983年のデータでは、子殺しの割合は母親の年齢と共に減少し、 10代から30代半ばの全年齢で未婚の母親が既婚の母親を上回ったそうです。その差は10代の母親で最も大きいが、年齢が高くなっても消失することはなかったそうです。同様の傾向が、非工業化社会に関するHRAF資料にも認められているそうです。複数の社会で、女性が未婚の場合、あるいは夫と不仲である場合には、子どもを殺すことが容認されているそうです。おそらく、父親のサポートが得られないということは、母親が子どもを生殖年齢まで育てられないことを意味するだろうとビョークランドは推測します。この状況では、子どもを殺すことによって子どもへの投資を即座に削減して、状況が改善された段階で再び子どもをもつことが、進化的視点から厳密に考えると、母親にとって最適な方略となるのであると言うのです。

このような理由で、母親は子どもの養育の中心的存在であり、また、子どもの世話をすることは、母親自身の直接的な適応度にも大きな利益となるのです。この論理に従えば、母親は子どもと完全に調和している、すなわち、母親が子どもに投資をすれば、それだけ母親の利益ともなるように思えるかもしれませんが、実際には、母子関係はぶつかり合いの連続なのです。しかし、子どもの繁栄が母親にも大きな利益となるのであれば、なぜ衝突が生じるのでしょうか?

この疑問に対する答えは、トリヴァースの親子間の葛藤理論から得られます。ハミルトンが提唱した利益/コスト比をもとに、トリヴァースは、すべての子どもは、自身の適応度を最大化するため、親の資源をできる限り引き出す努力をすると主張しました。これに対して、親はひとりの子どもだけに資源を与えることはしたくありません。そうしてしまうと、今いる子どもや将来の子ども、あるいは親自身の生活が脅かされる可能性があるからである。親の資源を用いて親の収益を最大化する能力が、子どもによって違うこともあるからです。その場合、親は投資量を子どもによって変えることを選択するでしょう。とりわけ、親子間の葛藤が生じやすい問題として、トリヴァースは以下の3つをあげています。「1.親が子どもに投資を続ける期間」「2.それぞれの子どもに親が投資する量」「3.子どもが他の血縁者、特にきようだいに示すべき利他的行動と利己的行動の量」です。

そのため、子どもには、親、特に母親からもらえる限りの投資をできるだけ多く集める心理的メカニズムや生理的メカニズムが、進化によって備わっていると言うのです。このような葛藤は、受胎や細胞分裂の段階にも認められると提唱する研究者もいるそうです。しかし母親も、子どもによる操作に対抗するためのメカニズムを進化させていると言います。トリヴァースは、親子双方が親の投資の理想的な量をめぐって、引き出そうあるいは削減しようとする試みを、「綱引き」になぞらえています。

トリヴァースの理論を精緻化したものとして興味深いのがヘイグの説で、妊娠期間中のヒトの母子葛藤に関与するメカニズムを詳述しています。この胎児の行為は、驚くべきことであることがわかります。胎児であっても、もちろんそうではないでしょうが、あたかも意思があるかのような行為をするのです。

社会的サポート

乳児の状態の他に、母親の投資に差を生じさせている要因として、母親自身と密接に結びついたものがいくつか考えられると言います。そのひとつが、女性の繁殖をめぐる状況に関連するものです。若い、繁殖力のある女性は、妊娠可能な期間をこれから先に長く期待できます。そのため、望んでいなかった乳児に最低限の投資しかしなくても、たいした問題にはならないのです。状況が改善すれば、生存可能な子どもを産む機会があると考えられるからです。妊娠可能な時期が残り少なくなってくると、子どもを放棄することに伴う代償が大きくなります。そのため、若いときには投資対象の乳児を厳しく選択し、繁殖期の終わりが近づくと子どもを選別せず、すぐ投資をするような淘汰圧が、母親に働いたと考えられると言います。

アメリカ合衆国において子どもの虐待を予測する主要因子のひとつが、母親の年齢だそうです。年齢の若い母親ほど、子どものネグレクトや虐待を行う傾向が高いのです。さらに、母親の年齢は、嬰児殺しの強力な予測因子でもあるそうです。ディリーとウイルソンのカナダの殺人率( 1974 ~ 1983年)に関するデータでは、10代の母親が乳児を殺す可能性は、20代の母親の4倍以上であったそうです。たしかに、若い母親は情緒的に未成熟であり、社会的サポートが乏しいといった要因も、この結果に関与していると考えられますが、進化論の予測するパターンでもあるとビョークランドは見ています。伝統文化社会でもこの傾向を支持するデータが得られていると言います。ボリヴィアとパラグアイの国境地帯に住む遊牧民であるアヨレオ族では、子どもに欠陥があると判断された場合、あるいは経済的な見通しが悪い場合には、子殺しが頻繁に行われているそうです。また、こうした状況下では、若い女性ほど乳児を殺す傾向が高いことを、パゴスとマッカーシーは見出しているそうです。カナダのデータと同様に、母親が10代の場合に、乳児が殺される危険性が最も高いのです。

子どもに対する投資を決定する際に母親が用いるもうひとつの手がかりが、母親が得られる社会的サポートの量だそうです。コミュニティからのサポート、特に、主に母親の血縁者で構成される父母以外の養育者の存在が、要因のひとっと考えられると言います。しかし、おそらくもっと重要なのは、配偶者に期待できる支援の量なのです。配偶者がいない場合は、手に入る資源が限られるため、子どもが生存し繁栄できる可能性も狭まると考えられています。包括適応度の観点から厳密に考えると、母親ひとりで子どもを育てるのは、経済的資源が豊富にある場合など、条件が整っている場合のみにすべきであるとビョークランドはいます。母親に適切な支援や資源がなければ、子どもへの親の投資量の予測は低くなります。このために、母親の婚姻状況は、母親が資源を入手できる可能性を知る手がかりとなります。つまり、未婚女性は平均的に、得られる社会的サポートが少なく、手に入る資源も限られていると予測されると言うのです。

極端な事例の子殺しに関する統計をこの主張を支持する証拠として捉えることができると言うのです。子殺しをした女性が未婚の母親である確率は、チャンスレベルで期待される数よりもはるかに高いと言います。さらに、この効果は、未婚の母親は、既婚の母親よりも若い傾向があるために、母親の年齢を考慮しても減少しないようです。