言語獲得の敏感期

言語獲得に関する新生得主義的な考え方と一致する見解が、言語の獲得には敏感期があるという考え方であるとビョークランドは言います。子どもの脳は、生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されており、この発達の窓は、時間と共に閉まっていくと言われています。少なくとも、部分的には閉じていくのです。言語獲得の敏感期があることを示す証拠には、少なくとも4種類あると考えられています。それは、生後長期間言語に十分触れられなかった子ども、第2言語の習得、聴覚障害児の手話の習得、そして、脳損傷からの機能回復に関する研究から得られたものだそうです。

最初の種類の証拠は、最も多くの議論を呼んできたものだそうです。いわゆる野生児、大きくなってから発見されるまで人と十分な接触がなかった子どもに関するデータや、社会的剥奪を受けた子ども、つまり親が病的であったために、隔離され、話しかけられた経験がほとんどない子どもに関するデータです。青年期までに保護されなかった場合、このような子どもたちは、集中的に教育を受けても、3歳児の言語能力にも達しなかったそうです。こうした事例でよく記録されているのがジェニーの事例です。ジェニーは、13歳で発見されるまでベッドに鎖でつながれて生活し、家族からはほとんど無視されていました。発見後、ジェニーの社会的能力や問題解決能力は大幅に発達し、多くの語彙を習得しました。しかし、彼女が用いる言語はピッカートンのいう原型言語に類似しており、言語として重要な文法的構造はないに等しかったそうです。

社会的剥奪を受けた子どもも、青年期に入る前に発見されてリハビリを受ければ、完全な言語を発達させる可能性は高くなることがわかっています。たとえば、コルチョヴァは、11ヶ月~7歳2ヶ月まで虐待やネグレクトを受け、栄養失調であった一卵性双生児の事例を記録しているそうです。7歳で発見されたときに、2人は言葉を話せませんでした。養護施設に預けられて、集中的な教育を受けた2人は、11歳のテスト時にはIQが93と95であり、言語能力も正常と判断できたそうです。社会的剥奪児に関する証拠は、敏感期仮説と一致するものですが、長期間剥奪を受けた子どもは全般的な知的能力の遅れも認められることが多いか、あるいは、乳児期の遅滞が孤立の起因となった可能性もあるかも知れませんが、そのため、発達のタイミングがもつ役割を明言することはできないと言います。

敏感期の存在に関する証拠として最も多いのが、第2言語の習得に関する研究であり、外国語の最終的な熟達度は、その言語に最初に触れた年齢に関連することが示されているのです。英語を第2言語として習得した中国語または韓国語を母語とするアメリカ移民を対象としたジョンソンとニューポートの研究にこのことがうまく示されているそうです。研究参加者のアメリカ入国時の年齢は3~39歳で、研究実施時点でのアメリカ在住期間が3~26年でした。全員教育を受けた成人です。参加者には英語の文をいくつか示し、それぞれ文法的に正しいかどうかを判断させました。3~7歳でアメリカに移住した人の得点は、英語母語話者と同様だったそうです。アメリカ入国時の年齢が8~10歳から成人の場合には、アメリカ在住年数ではなく、その年齢に応じてこのテスト成績は確実に低下したそうです。移民が10代までに第2言語を習得していない場合に、母語のアクセントが残ることは意外ではないですが、このデータは、数十年間在住しても、文法が母語話者と同レベルに達することが難しいことを示したのです。

言語獲得の敏感期” への11件のコメント

  1. 「社会的剥奪を受けた子どもも、青年期に入る前に発見されてリハビリを受ければ、完全な言語を発達させる可能性は高くなる」というのは意外でした。言語能力はもっと幼い頃による環境がその後の発達に影響するのだと思っていましたが、青年期前であれば発達を促すこともできるということですし、脳はそれを柔軟に受け入れる余地があるということなのですね。しかし、青年期を超えてしまうと、その能力は必要ないと見なされ、それに使用する回路が遮断されて発達ができないということでしょうか。大人になって第2言語の習得が難しくなるというのも、敏感期を超えてしまっていることが大きいのでしょうね。

  2.  「子どもの脳は、生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されており、この発達の窓は、時間と共に閉まっていくと言われています。少なくとも、部分的には閉じていくのです。」母国語、胎内で聞いている言葉が心地良く、その言葉を話す人に赤ちゃんは心を寄せていくということがとても頷けます。胎内で響くその言葉は言葉であり、声という音であると思うと、母親の声というのは、誰もがどこか懐かしく感じるものなのかもわかりませんね。先日家族揃って実家に夕ご飯を食べに行きました。久しぶりに聞く母親の大笑いする時の声を聞いて、とても心温まる思いがしました。あの声に育てられたのだとふと思いました。

  3. 「発見後、ジェニーの社会的能力や問題解決能力は大幅に発達し、多くの語彙を習得しました」とありました。藤森先生が講演の中で、乳児期の脳の拡大のグラフについてお話しされることがあります。その中で、乳児期が重要ではあるが脳には可塑性があるので完全に手遅れということもないという話がありますが、ジェニーの事例からはそこのことを感じました。やはり発達というのは飛ばすことができないものなのですね。だからこそ、子どもの発達の連続性を無視した教育、保育を行なっていけないのですね。何かを一斉に教えるということはそういった個々の発達をある意味では無視していることにもなりますね。また「第2言語の習得に関する研究であり、外国語の最終的な熟達度は、その言語に最初に触れた年齢に関連することが示されているのです」とありました。今のように言語の違う国に出入りするということはかつてはなかったのではないかと考えると、そのような能力が備わっていないというのはそういうことに関連してくるのでしょうか。

  4. 言語の獲得には敏感期があるという考え方があり、「子どもの脳は、生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されており、この発達の窓は、時間と共に閉まっていく」のですね。ということは、最後初期から様々な言語を聞いた方が第2言語のみならず、第3、4の獲得をも助長するのかなと想像しましたが、胎児のころに聞く母国語と入り混じってしまうのかなとも感じたりしました。最後初期の言語の敏感期の話を知ると、「社会的剥奪を受けた子どもも、青年期に入る前に発見されてリハビリを受ければ、完全な言語を発達させる可能性は高くなる」ことには驚きましたが、最後初期の敏感期を過ぎても予備期間のようなものが備わっていることに感銘を受けました。赤ちゃんのころからの有能さからもそうですが、このような人類の可能性には底がないようにも感じてしまいます。

  5. 言語の習得について〝社会的剥奪を受けた子どもも、青年期に入る前に発見されてリハビリを受ければ、完全な言語を発達させる可能性は高くなる〟とありました。ということは、無理に日本語を話す人が小さい頃から母語ではない英語に触れて学習しなくても、十分に英語を習得することができるということなんでしょうか。ですが、青年期に入ってしまうと、他の言語を受け付けなくなってしまうということなんですね。
    早い段階から英語に触れておくことが英語を習得する近道だ、とうたっている英語教室の方の話しを玄関先で聞きましたが、研究が進んで、分かってきたことなんでしょうね。

  6. 「子どもの脳は、生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されており、この発達の窓は、時間と共に閉まっていくと言われています。」とありある一定の時期を超えてしまうと言語を獲得することが難しくなってしまうのですね。勝手な想像として幼児期あたりまでに触れておかないと獲得が難しいのではと思っていましたが、「青年期に入る前に発見されてリハビリを受ければ、完全な言語を発達させる可能性は高くなることがわかっています」とあるように意外と幅広く脳は活動してくれているのですね。

  7. ジェニーの事例、一卵性双生児の事例を含めて、藤森先生が講演で言われる「脳の臨界期」が大きく影響しているような気がしました。ジェニーの場合は大幅に能力が回復したものの、言語としての文法はないに等しいに対して、双子の場合は言語能力も正常と判断されたとあります。似たような境遇でも初めて言語を触れたタイミングによって語彙力は同じでも文法を正しく理解できているかに差ができたというのと、後半に書かれてある実験でも第二言語の理解も7歳までは同等の点数に対して8歳以上は成績が低下したと書いてあるので、もしかしたら関係しているような気がしました。

  8. 言語獲得の敏感期により、多くの言語に触れる機会があることによって、社会的な言語の獲得があるのですね。
    生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されているとするならば、母親との母子関係ではなく、多様な人間関係のなかで、関わりをもち、話しかけられたり、会話を聞くという経験が必要と考えられ、集団で過ごす意味を感じます。また、ジェニーの事例にあった゛ピッカートンのいう原型言語に類似しており、言語として重要な文法的構造はないに等しかった゛この文法的構造がないというのは、話すときに接続詞がなかったり、主語や述語が使えていないような状態なのでしょうか。また、母国語と第2言語を同じくらいの文法になるためには、3~7歳ごろ、乳幼児期にあたる時期が重要になってくるのですね。

  9. どんな言葉を使えるようになるか、とても興味深い課題ですね。「言語獲得の敏感期」が子どもにはあるということ、何となくわかるような気がします。私たちは通常日本語を使うのですが、東京以外の場所に生まれて育ったものとしては、同じ日本語とされるものの、アクセントや抑揚、あるいは日常使用する単語や熟語が東京語と異なることが東京で暮らし始めると良く分かると思います。そして、言語獲得の敏感期のどの時期に如何なる言葉環境の中で育ったか、その人の言語形成に大きな影響を及ぼすだろうことが推測されます。私は10歳頃から東京語を意識し始めました。実際、18歳で東京の学校に通う時自分が生まれ育った地方の言葉の影響はさほどなかったと思います。英語を意識し始めたのは13歳頃でしょうか。以後、意識して英語を学習しましたし、大学以降は実際の場面で英語を使う機会も多くなりました。それでも、ネイティブとは程遠い英語力だとたびたび感じています。「数十年間在住しても、文法が母語話者と同レベルに達することが難しい」。現地にいてもそういうことですから、非英語圏の日本に在住している限り、年々歳々その力が衰えていくことは致し方がないことだと最近は諦めています。

  10. 以前、私の園でもネグレクトの家庭があり、生まれてからもほぼ放っておかれていた子どもがいました。3歳ごろから保育園にも来るようになり、徐々に言葉数も増えてきましたが、今回のブログにあるように言葉の遅れだけではなく、知的能力においても大きな遅れがあったのを覚えています。これは生後初期における言語獲得の敏感期に関わりがうすかったからなのかもしれません。また、第2言語の習得の説も面白いですね。10代までに言語習得をした人とそれ以降に言語習得した人とでは結果が違ったのですね。こういった結果を受けると言語習得の敏感期というものがあるということを感じてしまいます。その時期の発達において、子どもの環境との影響から様々な能力が発達するというのは今では当たり前のことですが、こういった研究を通して、より具体的な環境の考察ができるのはとてもありがたいことです。

  11. 言語の獲得には敏感期と呼ばれる時期がるんですね。子どもの脳は、生後初期に耳にした言語を理解できるよう準備されており、この発達の窓は、時間と共に閉まっていく(部分的に)と」あり、この時期が言語獲得に大きくかかわっているんですね。生後、長期間言語に触れられなかった子どもの例が挙げられていました。
    保育園に8時間くらい子どもがいることを考えると、自分の声掛けもとても重要な役割を担っているような気がします。笑顔で子ども達と接することでその裏側では着実に言語を獲得し、言葉を話す準備を行っているんですね。動物と人間の違いの一つに言語があります。それだけ人にとって言葉とは大切なもので、自分らの仕事のやりがいを改めて感じることができました。

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