研究の進化

長い間、乳幼児には知識も観念もないという「無能な乳幼児」観を持っていました。この乳幼児観は、根拠が乏しく、先人が乳幼児を十分に観察すらしていなかったことが示唆され、行動観察という方法論の進展によって、自ら世界や環境に働きかける、能動的で活動的な乳幼児観を持ち始めました。しかし、まだまだ乳幼児は無力かつ無能な存在であるという考え方は変わりませんでした。それが、ポストピアジェ時代での実験法による乳幼児研究によって、乳幼児の知覚能力や認知能力が次々と明らかになり、「有能な乳幼児」観が出現します。

そして、近年飛躍的に増えてきたのが、社会的認識の研究です。その中心になったのが、ヴィゴツキーの理論、心の理論研究、トマセロ博士の理論などです。その他にも、この分野の研究は近年さかんになり、その中で、乳幼児は社会的な存在であり、他者と交流を好む社交的な存在であることが示されています。

また、脳という視点から乳幼児を捉えた際に、大人が持っていない知覚能力を持っている可能性が示唆されたのです。大人と乳幼児の心の世界や能力が異なっていることがわかったのです。それに対して、進化発達心理学の観点からも理論的な背景を与えたのです。長い間考えられていたように、乳幼児の心の世界は、大人と比べて未熟だと思われていたところ、そうではなく、質的に異なるという視点が必要であるということが言われてきました。

これら過去から現在の研究をつなぎ、これらを学んだ上で何が上積みできるか、ということが問題であると森口は言います。未来の乳幼児観を生み出されなければならないというのです。さらに彼は、新しく脳研究などが進展しつつある現在こそ、新しい乳幼児研究が生まれる良い機会であるように思えると言っています。

では、保育に携わる私たちは、どのように上積みしていかなければならないのでしょうか?まず、日々乳幼児と接する中で、新しい乳幼児観を生み出すような、近年示されている新しい乳幼児観を援護するような子どもの姿を示すことです。もう一つは、新しい乳幼児観に沿った保育を考えることです。先に書いたように、どうもいまだに古い乳幼児観を基にしたような保育を行なっているところも少なくありません。乳幼児は自分では何も出来ない、してあげなければと思って代わりにやってしまう。子どもは放っておくとろくなことをしない。大人がきちんと規律正しく導かなければと思って様々なことを拘束してしまう。なにも知らない、できない子どもには様々な刺激を与えなければ、脳は発達しない。そこで、子どもの後を追いかけ、様々な刺激を与えようとする。そんな保育が見られることがあります。

だからと言って、手を出さなければいい、口を出さなければいいというわけではありません。どのような内容の言葉がけをすれば良いのか、どのようなときに口を出せばいいのか、ということを、そのときの子どもの状況、発達過程の理解、子ども同士の関係などから考えなければいけないのです。また、子どもに何をすればいいのかというように直接子どもに関わることだけを考えるのではなく、子どもがそれらのことを自発的に行なうことのできる環境を用意することも考えなければなりません。そのときに、新しい乳幼児についての知見を知る必要があるのです。

森口は、最後にこんなことを言っています。「乳幼児自体が進化するわけではなく、それを観察している私たち研究者が進化しているだけなのです。」