カレン・ウィンによる5ヶ月児に足し算または引き算に関わる一連の可能事象と不可能事象を呈示したことに対して、このような結果は、「算術モジュール」自体ではなく、一般的な知覚あるいは注意メカニズムによってもたらされたものかも知れないという別の解釈が呈示されています。たとえば、このような課題の成績は、乳児の整数の抽象的理解、すなわち、スクリーンの後ろには物体が1個か2個あるはずだという理解を反映するものではなく、実際の物体の表象に基づくものであるとも考えられ、こうした判断は概念的というよりは、知覚的な関係性に基づくものであることを示唆しているとも考えられると言うのです。
ヒト以外の霊長類に簡単な計算能力があることを示す研究も2つ存在するそうです。ひとつの研究では、ウィンと類似の方法を用いて、人間に馴れた自由生活のアカゲザルの引き算理解を評価したものです。1匹ずつ横に並んだ2つの舞台に食べ物が置かれているのを見せます。その後、スクリーンを上げて、食べ物を隠します。ある条件では、サルが見ているところで食べ物を取り去り、スクリーンで隠れている物の数を変化させます。そこでヒトはその場を離れ、アカゲザルは舞台に近づくことができるようにします。サルが引き算をできるのであれば、今2つのスクリーンの後ろにある物の数を把握できているはずであり、食べ物が多く隠されている舞台に最初に近づくはずです。アカゲザルは、スクリーンで隠した最初の物体数が3以下の場合、まさにこの行動をとったそうです。
また、ヒト以外の霊長類の算術能力は、文化化したチンパンジーを対象とした研究でも明らかにされているそうです。たとえば、比較心理学者であるサリー・ボイセンたちは、チンパンジーのシーバに1~8のアラビア数字を教えました。テレビ画面に示された数字を見て、2つの物体の並び方を指させば、シーバはご褒美をもらえます。ある実験では、オレンジ1~4切れを実験室の3か所のうち2か所に置きました。シーバへの課題は、隠し場所を見に行き、本部に戻ってきてオレンジスライスの合計数を示すアラビア数字を選ぶことでした。つまり、たとえば、1つ目にオレンジ2切れ、2つ目に3切れ、3つ目にはなかった場合は、シーバがアラビア数字の5を選べば正解となります。シーバは、最初の試行で、つまり事実上訓練なしで、これに成功したそうです。次の実験では、オレンジをアラビア数字に代えて行いました。つまり、上記の例のように2か所にオレンジが2切れまたは3切れあるのではなく、数字の2と3があります。この課題でもシーバは、1回目の実験セッションからチャンスレベルよりも有意に高い成績を示したそうです。シーバの簡単な計算能力は、3歳児、4歳児に観察される簡単な計数方略に相当するものだそうです。また、この結果から、少なくとも一部のチンパンジーは、簡単な、人のような足し算能力を利用できることがわかると言います。
基礎的な数量的能力は、ヒトのみでなく、他のさまざまな種にも重要な能力のようです。しかし、ヒトは特にうまく数学を活用しており、数量的能力の一部は生物学的一時的能力であるとギアリーは主張しているのですが、この主張は、乳幼児期の発達研究により支持もされているそうです。