経験や脳の自発活動

ハッテンロッカー博士は、乳児や子ども、大人たちの脳のシナプスの密度を地道に数え上げました。その結果、意外なことがわかりました。一つ目は、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えていたのです。生後8ヶ月時点でのシナプス密度は、大人の1.5倍から2倍にものぼることがわかったのです。そして、二つ目の意外な結果は、その後シナプスの密度が徐々に減っていくことがわかったのです。生後8ヶ月まで著しい割合で増えていったシナプスの密度は、その語徐々に減っていき、10歳を越える頃に大人と同じ水準になります。つまり、乳児の視覚野では、最初は様々なニューロンの間につながりを作ります。そして、生後8ヶ月を超えるあたりから、それらのつながりのうち、一部は残り、一部は消えていくと言うのです。森口は、この現象をこのようにたとえています。誰も知り合いのいない大学に入学して、入学当初はさまざまな人とつながりを作るのですが、入学半年もすれば友人との関係は強くなる一方で、他の人とはつながりが弱くなるという変化に似ていると言うのです。
このように、多数あったシナプスのうち、必要なものだけに刈り込まれていくことを、「シナプスの刈り込み」と言います。この刈り込みに重要な役割を果たすのが、経験や脳の自発的活動だと考えられているのです。このあたりの研究結果は、私の「見守る」行為に対して、裏付けとなったものです。経験にしても、もちろん自発的な活動にしても、自ら行なう行為であり、大人があれこれやってあげ、指示通りに行動させることでは、有効な刈り込みが行なわれなくなってしまうのです。ここで、経験について森口は説明しています。
簡単に言うと、使われるシナプスは残りますが、使われないシナプスは消えていくのです。たとえば、ニューロンAがニューロンBおよびニューロンCとの間にシナプスを形成しているとします。生後の経験によって、ニューロンAとニューロンBが同時に活動することがあり、ニューロンAとニューロンCは同時に活動することがないとします。このとき、ニューロンAとニューロンBのつながりは強化されますが、ニューロンAとニューロンCのつながりは強化されません。このことを繰り返すと前者のシナプスは残り、後者のシナプスはなくなります。このようなメカニズムで、生後の経験により、必要な脳内ネットワークは残され、不要なネットワークは刈り込まれ、情報伝達効率の良い脳内ネットワークが形成されていくのです。このように脳内ネットワークは可塑性的な側面を持つのです。
1次視覚野のシナプス密度のピークは生後8ヶ月頃ですが、刈り込みの発達のタイミングは、脳の領域によって異なるそうです。1次視覚野のように目や耳のような感覚器から入ってきた情報が、早い段階で届けられる脳内領域は刈り込みのタイミングが早く、前頭前野のように、情報が届けられるのが遅く、複雑な機能と関連するような領域の刈り込みのタイミングは遅いそうです。前頭前野においては、幼児期頃にシナプス密度はピークを迎え、青年期頃まで刈り込みが続くそうです。
このようなネットワークが作られている一方で、ネットワーク間の情報伝達の効率は、年齢とともに増していきます。これは主に、髄鞘化によってなされるそうです。髄鞘化は、胎児期に始まり、脳の部位によっては、青年期まで続きます。