短期から長期へ

認知心理学では、人間の心のモデルとしてコンピューターを用いる試みとして情報処理理論が進展したそうです。しかし、当然人間の心は計算機ではありえません。処理の仕方も、いくらコンピューターにたとえても人間とは違います。ただ、コンピューターのように人間の心を捉えることで、行動主義では扱えなかった精神活動を説明できるようになったという点が重要なのだと森口は言うのです。

認知心理学における情報処理理論の例として、アトキンソン博士のモデルについて森口は説明しています。アトキンソン博士らのモデルは、三つの記憶貯蔵庫を制御するシステムを仮定しており、記憶貯蔵庫がハードウエアに、制御システムがソフトウエアに該当します。記憶貯蔵庫は、感覚レジスター、短期記憶、長期記憶の三つから構成されるとしました。

情報処理を考える上で、次のような例を森口は提示しています。朝目覚めて、新聞を読むとします。新聞の一面に目をやると、どこからかハエが飛んできて、あなたは思わず目を閉じてしまいます。このとき新聞の一面に関する情報は感覚レジスターに保存されます。外界から与えられる情報は、必ず感覚レジスターに入力されるのです。その情報は短い期間だけ記憶され、数百ミリ秒たつとそれらの情報は失われたり、新しい情報に上書きされたりします。

新聞の一面で、目を引いたのは、ディズニーランドの新しいアトラクションに関する記事でした。感覚レジスターに入った情報のうち、ディズニーランドの情報のみが短期記憶に転送されます。この情報を忘れまいと、何度もそのことを考えます。このような過程を経て、短期記憶にあった情報は、長期記憶に転送され、ディズニーランドの新アトラクションと既に長期記憶に保存されていたドナルドダックが結びつけられて貯蔵されるのだというのです。

感覚レジスターに入力された情報は意識にのぼりませんが、短期記憶に貯蔵された情報は意識することができます。近年、異論はあるものの、この短期記憶の処理には限界があり、七つ程度の情報しか処理できないとされているそうです。この短期記憶は、概念的に少しズレはあるものの、作業記憶(ワーキングメモリ)とも言われます。これについては、以前のブログでも取り上げました。短期記憶に保持されるのは数十秒程度だとされているそうですが、そこで、保持された情報の一部は、長期記憶に転送されるそうです。長期記憶には、長期的に情報が保持され、取り出しにくくなることがあるものの、その情報は基本的には失われることはないと考えられているそうです。

この説明を聞いて、「たしかになるほどこのようにして情報処理は行なわれているのだ。」とおもしろいですが、逆にだからどうなのだという気持ちも湧いてきます。人間は、このような複雑なことを、本人が意識せずに行なっていることには感心しますが、この知識を、どのように保育に生かせるのか、子ども理解につながるのかはよくわかりません。しかし、研究というものは、そういうものなのでしょうね。

私のブログで初めてワーキングメモリという言葉が出てきたのは2014年4月にポール・タフ著である「「成功する子 失敗する子」という本を読み進めていたときです。この本のタイトルからすると、ワーキングメモリは、参考になるかも知れません。

短期から長期へ” への6件のコメント

  1. 情報処理の例えはなんだか分かりやすいですね。短期記憶、長期記憶というのはなんとなくイメージできそうですが、感覚レジスターというのは初めて聞きました。「感覚レジスターに入力された情報は意識にのぼりませんが、短期記憶に貯蔵された情報は意識することができます」とあるように、感覚レジスターはあるものだけど、それを認識するということはできなさそうなものなのですね。そして、短期記憶に情報が貯蔵されれば、意識することになるのですね。どうも私は記憶というものに自信がありません。もう少しいろいろなことを覚えておけないかなと思うことばかりです。そして、これらの説明に対して、「逆にだからどうなのだという気持ちも湧いてきます」という藤森先生の言葉がとても印象的でした。そして、「この知識を、どのように保育に生かせるのか…」ということもまた印象的でした。藤森先生がお話されていましたように、私たちは研究された結果や、新しい知見を知るだけではなく、それをどう実践として保育に活かしていくかということを考えていかなければなりませんね。改めてそんなお話があった時に、「よし、しっかりやっていかないとな!」という気持ちと「どんなふうに実践していこうか」と考えることで、とてもワクワクした気持ちになりました。

  2.  「感覚レジスター」「たしかになるほどこのようにして情報処理は行なわれているのだ。とおもしろいです」ですが、「逆にだからどうなのだという気持ちも湧いてきます。」以下に続く文章に思わず、なるほどと唸るような気持ちです。これをどう保育に活かすのか、なるほど、本当にその視点が重要です。目の前の子どもたちに直接的に関わる保育者や教育者が研究を活きたものにする、ということですね。
     それにしても保育という仕事の専門性の広範さというのでしょうか、その幅の広さをとても感じます。保育は人を知ることであるとすれば、多方面からの理解が必要です。人工知能の進化によってもこの仕事がなくならない理由の一つに、こういった部分も含まれるのではないかと思いました。

  3. 感覚レジスターから短期記憶へ転送され〝短期記憶にあった情報は、長期記憶に転送〟されていくというような過程で人間は情報処理しているということなんですね。情報が転送されていく過程でどの情報が転送されていくのか、というのがその人の性格やその人らしさみたいなものを表していくのかもしれないな、と思いました。
    そして、〝長期記憶には、長期的に情報が保持され、取り出しにくくなることがあるものの、その情報は基本的には失われることはない〟とあり、この辺もコンピュータと同じで、よくどこに保存したのか分からなくなることがありますが、脳の中でもそのような感じなんですね。

  4. 当然人間の心は計算機ではありえませんし、処理の仕方も、いくらコンピューターにたとえても人間とは違うことは明確な事実ですね。しかし、それを踏まえた上でも「記憶貯蔵庫がハードウエアに、制御システムがソフトウエア…」と考えることに面白さを感じています。そして、記憶貯蔵庫のとしてある「短期記憶」と「長期記憶」は何となくわかるのですが、「感覚レジスター」は聞いたこともなく、全くわかりませんでした。感覚レジスターから短期記憶へ、そして長期記憶へといった流れはとてもわかりやすかっのですが、「この知識を、どのように保育に生かせるのか、子ども理解につながるのかはよくわかりません」とあった通りに私も感じました。しかし、こういったジャンルでも行き着くところは保育にあるのかもしれないと考えると、改めて保育の奥深さを感じています。

  5. ゛記憶貯蔵庫は、感覚レジスター、短期記憶、長期記憶の三つから構成される゛ということを情報処理がどのようになされ、記憶として残っていくのかというを少し理解できたように思います。ワーキングメモリのように一時的に記憶することのようにとらえるのかと思えましたが、一時的に記憶し、印象的なものは、繰り返し記憶し、もとある記憶とつなげていくということが短期から長期へといった考え方になるのかとも思い、その゛長期記憶には、長期的に情報が保持され、取り出しにくくなることがあるものの、その情報は基本的には失われることはない゛とあるなかの取り出しにくくとあることは、ある意味で取り出すための様々な情報が必要である、この短期記憶の一部が保存されるものは、どんな理由のものなのでしょうか、その今の発達にあったものなのか、それか、その先に必要であろう情報なのか、考えてみるだけでも、謎が深まりそうです。
    研究になるものは、こうあるから皆が追求していくのかなと思えました。

  6. 感覚レジスターから、短期、そして長期へと変わるシステムは面白いですね。おそらく何気ない日常にも無意識のうちに作用しているのでしょうね。思い返してみると、何となく分かります。瞬間的に言われた大切な用事を忘れないように、ずっと頭の中で思っていても、忘れてしまう時があります。しかし完全に忘れたわけでなく、ふいに思い出します。ただ単純に忘れっぽいのかもしれません(笑)藤森先生が言われるように、こういう複雑なことを、どう保育に活かしたり、子ども理解につながるのか考えてみましたが、記憶というくくりでは容量は差があったとしても、システムは同じであるならば、子どもに対して覚えて欲しい時に伝え方などが工夫できるような気がします。例えば、口頭だけでなく子ども専用の掲示場を置くなど視覚的に伝達することで、思い出します。一見、意味のない研究でも巡り巡って人間の生活に潤いを与える物として返ってくりるような気がします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です