顔知覚

森口自身も、DCCS課題中の脳活動を、NIRSを用いて計測したそうです。3歳と5歳を対象にして研究を実施したところ、5歳児は課題に通過できましたが、3歳児の半数が課題に通過できなかったそうです。また、5歳児は左右の下前頭領域を活動させたのに対して、課題に通過できた3歳児は右の下前頭領域を活動させていたそうです。この結果は、実行機能課題において、年少の子どもに比べて、年長の子どもは前頭葉の一部領域を強く活動させたことを示していることになると言うのです。NIRSでは、脳の一部の活動しか計測できないので、それ以外の脳領域の活動が年齢とともに低下したのか否かは、明らかではないそうです。年少の子どもの前頭葉においても相互作用説と一致するような発達プロセスが見られるかは、今後検討すべき問題ではないかと森口は言います。

これは、どういうことなのでしょうか?この5歳児と3歳児における下前頭領域の活動の違いは、私たちが3歳児と5歳児に対する接し方が何か違うのでしょうか?ただ、脳の構造発達は、多くの部位において出生後急激に増加し、その後刈り込まれていくのに対して、前頭葉は、3歳児、5歳児においても成熟しているということを理解する必要はありそうです。この部位が、実行機能に関係するからです。というのは、学術的には、実行機能は、行動、思考、感情を制御する能力であり、認知プロセスのことを指すからです。この関係について、森口は、より深く考察しています。それについては、もう少し後で紹介しようと思っています。

では、もう一つの人間らしさである社会脳の発達はどうなのでしょうか?社会脳は、情動認識に関わる扁桃体や、顔認識に関わる紡錘状回などに加えて、心の理論や意図理解にかんする脳内機能も含んでいるのです。この内容については、2012年の6月あたりで、千住博士著「社会脳の発達」という本を読み進め、このブログで解説しています。私は、5年以上前から、この社会脳について非常に関心を持ってきました。私の「見守る保育」の英語版のサブタイトルを、「… on Mimamoru philosophy toward social networks from the dyad」としたのは、この「社会脳の発達」という本に刺激されてのことでした。

しかし、この社会脳に関わる各部位の活動は、発達的にどのように変化していくのかということについて、脳研究があまり進んでいないため、はっきりはしていないそうです。特に乳児については難しいそうで、fMRIが使える児童期以降の子どもを対象にした研究はあるそうです。それによると、顔知覚研究では、子どもと大人の脳活動には違いがあることが示されているそうです。10歳から12歳の子どもと大人の顔知覚時の脳活動を調べた研究によると、大人も子どもも顔知覚時に紡錘状回を活動させますが、子どもは大人よりも、広い範囲の紡錘状回や側頭の領域を活動させているそうです。

一方で、子どもよりも大人の方が顔を知覚した際に紡錘状回の広い範囲を活動させるという知見もあるそうです。この研究では、紡錘状回は青年期にならないと十分活動しているとは言えないと主張しているそうで、相互作用説よりは成熟説を支持する知見といえるかもしれないと森口は言います。

前頭葉機能

脳の機能的発達についての三つの考え方を提示しています。一つ目が、成熟説で、脳の各領域の構造的発達が、そのまま機能的な発達につながるというものです。二つ目は、スキル学習説と呼ばれるもので、ある問題に熟達化することによって、脳の機能局在がなされるという考えです。三つ目は、相互作用特化説というもので、ある特定の脳領域は、単独で活動するのではなく、他の脳領域とともにネットワークとして活動するというもので、大脳皮質内のいくつかの脳領域においては、脳領域同士が相互作用し、競合することで、機能がある領域に特化していくというものです。スキル学習説と相互作用説は完全に区別することはで来ませんが、成熟説とこれら二つの説の区別はできると言います。ただ、証拠はないので、どの考えが正しいのかはこれからの研究課題であると森口は言います。

では、人間として最も大切な、人間らしさを表わす前頭葉機能と社会脳の発達はどうなのでしょう。前頭葉機能の発達は、実は実行機能の発達に対応しているのです。そして、社会脳の発達は、社会的認知の発達に対応するのです。実行機能は、柔軟に課題を切り替えたりすることで、目標志向的な行動を実現する能力のことです。ということで、神経心理学的な研究から、実行機能は前頭葉との関連が強いことが指摘されているのです。

もし成熟説が正しいとなると、実行機能課題を与えた場合に、ある年齢までは前頭葉は活動せず課題が遂行できませんが、前頭葉が活動するようになってから課題の成績が向上することが予測されるのです。一方、相互作用説に立てば、子どもにおいては前頭葉の一部領域を比較的広範に活動させるものの、年齢とともに活動が局在化することが予測されるのです。これを確かめるために、go(ゴー)、no go(ノーゴー)課題というものがあります。この課題では、ある刺激が出された場合、参加者はボタンを押し、別の刺激が出された場合は、ボタンを押さないように求められます。子どもは、9歳と11歳の時にこの課題を与えられ、9歳時と比べて、11歳時においては下前頭領域の活動は強くなっていたそうです。課題の成績とこの領域の活動に関連が見られたことから、この領域が課題の成績の向上に関連していると考えられます。興味深いことに、9歳時に比べて、11歳時において、背外側前頭前野などの前頭葉の他の領域の活動が弱まったそうです。この結果は、同じ課題でも、年少の子どもの脳活動は比較的特化しておらず、年齢とともに活動が特化していくことを示しているというのです。

また、前頭葉の成熟には長い期間を要するので、成熟説に立てば、成熟早期から前頭葉の活動は見られないはずだと森口は言うのです。しかしながら、近年、発達早期から前頭葉の活動が見られることが示されているそうです。NIRSを用いた研究で、ワーキングメモリ課題中の乳児の前頭葉の活動が調べられたのです。この研究では、乳児に玩具を与え遊ばせた後に、その玩具を布の下に隠したのです。隠した後の遅延時間中の乳児の脳活動を調べたのです。隠された玩具を探索できなかった場合とできた場合の脳活動の違いを検討したところ正しく探索できた場合において、前頭領域の活動が高いことが示されたそうです。

森口自身も、DCCS課題中の脳活動を、NIRSを用いて3歳と5歳を対象にして計測したそうです。

機能的発達

発達認知神経科学者のジョンソン博士は、脳の機能的発達についての三つの考え方を提示しています。一つ目が、成熟説で、脳の各領域の構造的発達が、そのまま機能的な発達につながるというものです。つまり、脳の機能局在は発達早期からなされており、遺伝子の発現によってそれぞれの脳領域が、それぞれのタイミングで発達し、機能していくという考えです。各脳領域が独立して発達するものと見なし、脳領域間の関連はあまり考えないようです。この考えに従うと、発達早期にある脳領域を損傷した場合に、その領域に関わる機能が永遠に失われることになります。しかし、実際には発達早期であれば、脳が再組織化され、機能が保たれることもあることがわかっています。成熟が重要な役割を担っているのは間違いないのですが、これだけでは説明は難しそうだと森口は言うのです。

二つ目は、スキル学習説と呼ばれるものです。ある問題に熟達化することによって、脳の機能局在がなされるという考えだそうです。成熟説と異なり、脳の可塑性を前提としているそうです。他者の顔認識は日常的に重要な問題です。この顔認識は、側頭葉の内部にある紡錘状回を中心としたネットワークが処理しているそうです。スキル学習説によると、顔認識は、人間の顔に繰り返し接する経験のたまものと考えます。興味深いことに、大人にある人工物に頻繁に接する経験を与え、その認識を熟達化させ、その人工物を提示された際の脳活動をfMRIで計測したところ、紡錘状回が活動することが明らかになったそうです。経験を経ることで、顔認識と同じ脳領域が活動するようになったのです。スキル学習説は、乳幼児でも大人でも、発達のどのタイミングにおいて学習しても、同じような機能局在になるということを仮定しているのです。しかし、乳幼児と大人の可塑性は同じではなく、この仮説だけでも十分に機能局在の発達過程を説明できないと森口は言うのです。

三つ目は、やや複雑な相互作用特化説というものだそうです。この考えの前提として、ある特定の脳領域は、単独で活動するのではなく、他の脳領域とともにネットワークとして活動するという点があります。相互作用説によると、大脳皮質内のいくつかの脳領域においては、脳領域同士が相互作用し、競合することで、機能がある領域に特化していくというのです。つまり、発達早期は、脳は比較的機能が特化しておらず、ある領域はいかなる情報に対しても活動していたのが、発達とともに特化していき、特定の情報に対してのみ活動するようになるというのです。そして、そのような特化は、その脳領域が他のどの脳領域とつながりを持っているかによって決定されるというものだそうです。

たとえば、AとBという脳領域が最初は色と運動の二つの視覚情報に対して活動していたとします。ところが、AとBの領域はそれぞれ別の脳領域との異なったネットワークを持っており、年齢とともに、Aが色、Bが運動について活動するようになります。これが特化の過程です。そして、この特化の過程で、脳の局在化が起こるというのです。ある脳領域が特定の情報に対して特化するということは、ある脳領域に編成は起こりますが、脳の特化が終わった後に損傷すると、脳の再編視は起こらないというのです。この理論は、臨界期や敏感期などを考える上で、重要な理論だと森口は言うのです。

ちょっと難しい気がしますが、乳幼児における脳機能の発達に環境が何か影響するのかが気になります。

脳はいかに機能するか

ハッテンロッカー博士によって、2つの脳についての意外な発見が報告されました。一つ目は、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、多くの分野においては乳幼児期にピークを迎えること、そして、二つ目の意外な結果は、その後シナプスの密度が徐々に減っていくことがわかったのです。すなわち、生後の経験により、必要な脳内ネットワークは残され、不要なネットワークは刈り込まれ、情報伝達効率の良い脳内ネットワークが形成されていくというのです。そして、その刈り込みの発達のタイミングは、脳の領域によって異なることがわかりました。部位間の違いは、脳幹などの生命維持に必要な脳領域の髄鞘化は早く、大脳皮質は遅いことが知られているそうです。また、大脳皮質においても、領域によって異なり、組織学的な研究から、一次視覚野などの脳領域の髄鞘化は比較的早く、前頭前野の髄鞘化は青年期まで要することが示されているそうです。

これらのことが、組織学的な研究でわかってきているのですが、最近ではMRIによる灰白質と白質の量の発達的変化の研究でも、脳の発達は増加の一途をたどるのではなく、様々なネットワークを多めに作って、そこから絞り込んでいくというプロセスをたどることが示されているのです。それらのネットワークにおける情報伝達は、髄鞘化などによって、効率を増していくようです。このような過程を経て、脳は構造的に発達していくと言うのです。

だからといって、構造の発達がそのまま行動や認知の発達につながるわけではないようです。構造と機能の関係について、ゴットリーブ博士が、ある理論を提案しています。彼の理論では、「遺伝子」「脳の構造」「脳の機能・経験」という三者が、発生過程によっていかに関連するかという点を検討し、大きく2つの関係性を提示しているそうです。ひとつは、「遺伝子→脳の構造→脳の機能・活動・経験」という一方通行の関連です。つまり、遺伝子が発現して脳の構造を作り、それに応じて脳が機能し、経験が生まれるというものです。この考えでは、脳の発達は遺伝子に書き込まれた情報が発現していく過程であり、経験とは、遺伝子が生み出すものにすぎないのです。

もう一つが、「遺伝子⇔脳の構造⇔脳の機能・活動・経験」という関係です。この考えは三者の相互作用を仮定しており、たとえば、脳の構造によって脳の機能が決まることもあれば、脳の機能によって脳の構造が変化することもあり、両者はお互いに影響を与えながら発達していくことになります。森口は、脳の可塑性があることを考えると、二つ目の考えの方が妥当性は高いと言っています。

現在の脳の機能的発達研究における最も重要な論点のひとつは、脳領域間の関連が全体としてどのように発達していくかだそうです。特に、大人の脳には機能局在が見られますが、これが発達早期からあるのかという問題が検討されているそうです。研究は、途に就いたばかりだそうですが、発達認知神経科学者のジョンソン博士は、脳の機能的発達についての三つの考え方を提示しています。

一つ目が、現在でも多くの研究者が漠然と採用しているそうですが、成熟説というものだそうです。脳の髄鞘化や灰白質の変化は1次視覚野や1次体性感覚野から始まり、前頭前野などの領域が最後であるということでしたが、成熟説によると、脳の各領域の構造的発達が、そのまま機能的な発達につながるというものです。

経験や脳の自発活動

ハッテンロッカー博士は、乳児や子ども、大人たちの脳のシナプスの密度を地道に数え上げました。その結果、意外なことがわかりました。一つ目は、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えていたのです。生後8ヶ月時点でのシナプス密度は、大人の1.5倍から2倍にものぼることがわかったのです。そして、二つ目の意外な結果は、その後シナプスの密度が徐々に減っていくことがわかったのです。生後8ヶ月まで著しい割合で増えていったシナプスの密度は、その語徐々に減っていき、10歳を越える頃に大人と同じ水準になります。つまり、乳児の視覚野では、最初は様々なニューロンの間につながりを作ります。そして、生後8ヶ月を超えるあたりから、それらのつながりのうち、一部は残り、一部は消えていくと言うのです。森口は、この現象をこのようにたとえています。誰も知り合いのいない大学に入学して、入学当初はさまざまな人とつながりを作るのですが、入学半年もすれば友人との関係は強くなる一方で、他の人とはつながりが弱くなるという変化に似ていると言うのです。
このように、多数あったシナプスのうち、必要なものだけに刈り込まれていくことを、「シナプスの刈り込み」と言います。この刈り込みに重要な役割を果たすのが、経験や脳の自発的活動だと考えられているのです。このあたりの研究結果は、私の「見守る」行為に対して、裏付けとなったものです。経験にしても、もちろん自発的な活動にしても、自ら行なう行為であり、大人があれこれやってあげ、指示通りに行動させることでは、有効な刈り込みが行なわれなくなってしまうのです。ここで、経験について森口は説明しています。
簡単に言うと、使われるシナプスは残りますが、使われないシナプスは消えていくのです。たとえば、ニューロンAがニューロンBおよびニューロンCとの間にシナプスを形成しているとします。生後の経験によって、ニューロンAとニューロンBが同時に活動することがあり、ニューロンAとニューロンCは同時に活動することがないとします。このとき、ニューロンAとニューロンBのつながりは強化されますが、ニューロンAとニューロンCのつながりは強化されません。このことを繰り返すと前者のシナプスは残り、後者のシナプスはなくなります。このようなメカニズムで、生後の経験により、必要な脳内ネットワークは残され、不要なネットワークは刈り込まれ、情報伝達効率の良い脳内ネットワークが形成されていくのです。このように脳内ネットワークは可塑性的な側面を持つのです。
1次視覚野のシナプス密度のピークは生後8ヶ月頃ですが、刈り込みの発達のタイミングは、脳の領域によって異なるそうです。1次視覚野のように目や耳のような感覚器から入ってきた情報が、早い段階で届けられる脳内領域は刈り込みのタイミングが早く、前頭前野のように、情報が届けられるのが遅く、複雑な機能と関連するような領域の刈り込みのタイミングは遅いそうです。前頭前野においては、幼児期頃にシナプス密度はピークを迎え、青年期頃まで刈り込みが続くそうです。
このようなネットワークが作られている一方で、ネットワーク間の情報伝達の効率は、年齢とともに増していきます。これは主に、髄鞘化によってなされるそうです。髄鞘化は、胎児期に始まり、脳の部位によっては、青年期まで続きます。

生まれた直後

赤ちゃんは白紙で生まれ、先天的なコンテンツはなく、環境からすべてを学んでいくという経験主義を唱える人は、現在は基本的にはいません。現在は、特定のスキルや能力、学習や行動の傾向などが脳の中に元から備わっているとする考え方です。だからといって、すべて生まれながら持っているわけではありません。ですから、何が生得性なのか、何が生後環境からとか経験から影響を受けて備わっていくのかは研究課題になります。それは、出産前か後かなので、胎児がその能力を持っているかどうかを調べることで、生得的な能力であるかがわかります。

最近、胎児において、知覚能力がある程度備わっていることが明かになってきました。ということは、脳は出生時に基本的構造が形成されていることは明らかです。しかし、脳は、特に大脳皮質は出生後に著しい変化を遂げるため、出生後の脳発達はどうなっているかを知る必要があります。それは、乳児保育に関係があるからです。

まず、脳の大きさについては、誕生児には400gにも満たないのですが、2歳頃になると、1000g近くになり、5~6歳頃には成人の90%程度になります。生後4~5年程度で脳が急速に変化していることがわかりますね。また、脳の大きさのもう一つの指標として、頭囲があります。頭囲は頭の周囲の長さのことで、最近では行なわなくなりましたが、かつて健診では、頭囲を測っていました。この頭囲が、大人では55cm~60cm程度です。データによって多少ばらつきがあるそうですが、出生時には35cm程度で、1歳頃には45cm程度、幼児期後期にはこちらも大人の90%程度になるのです。このように見ると、一見、脳の発達が生後数年間で完了するように見えますが、実際には、脳の内部では、大人になるまで、そして、大人になってからも、絶えず変化しているそうです。

では、どのように変化しているのでしょうか?まず、脳内のネットワークです。胎児において聴覚や味覚が機能しているということは、出生時においておおまかな脳内の配線はできていることになります。しかし、それは基本的なものであり、出生後に脳内ネットワークはその複雑さを急激に増していきます。ニューロンの樹状突起は、胎児期からその複雑さをましますが、出生後にも突起の数は増え続け、長さも伸び、顕著な発達的変化を見せるそうです。この樹状突起の変化が、シナプスの変化につながるのだそうです。それぞれのニューロンをつなぎ合わせているシナプスの密度は、出生直後に急激に増えるそうです。たまり、広範なニューロンのネットワークを作っていると言うのです。この分野で歴史的な研究を行なったのは、ハッテンロッカー博士だそうです。彼が調べたのは、不幸にも命を落としてしまった乳児や子ども、大人たちの脳だったそうです。彼は、それらの脳を丹念に調べ、シナプスの密度を地道に数え上げました。これは、私の講演でも話すことですが、研究の最後は、意外とアナログの世界だということに驚いた逸話です。実際には、この数はおびただしいものでしょうから、手間と時間がさぞかかったでしょう。

その結果、彼が見出した一つ目は、意外なものでした。なんと、シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、1次視覚野という領域においては、生後8ヶ月程度でピークを迎えているのです。

味覚や痛み

胎児における味覚についても研究が進んでいます。胎児は羊水の中にいますが、羊水の成分のほとんどは水ですが、ほんのわずかながら母親の食習慣が影響することが知られているそうです。ある研究では、キャロットジュースの影響を調べたそうです。妊娠中の母親が3つのグループに分けられ、A群の母親は、出産前に決められた量のキャロットジュースを飲み、出産後は、水だけを飲みました。B群の母親は、出産前には水を、出産後にキャロットジュースを飲みました。C群の母親は、出産前にも後にも水を飲みました。このような食生活を続け、出産した後に、乳児がキャロットジュース入りのシリアルを好むかどうかを調べてみたそうです。もし、出産前の食習慣が胎児に影響を与え、胎児の味覚が機能しているのなら、出産後にA群の乳児は、C群の乳児よりもキャロットジュースを好むはずです。ちなみに、B群は、出産後の母乳の影響を調べるために行なったものだそうです。

その結果、A群とB群の乳児は、C群の乳児よりも、キャロットジュースを好んだそうです。胎児の味覚は、機能しているということがわかりました。だとしたら、母親の偏食も困りものかもしれないと森口は言います。まわりがうるさく言うと、妊婦のストレスが高まるので難しいところですが、体内環境への一定の配慮は重要ではないかと森口は言うのです。

次に、胎児の痛みに関する知覚も研究されています。この研究は、2つの点で重要です。まず、いつ頃から胎児が痛みを感じるのかという点が、中絶の時期を決める際に重要な意味を持つと言われています。胎児が痛みを感じているのであれば、中絶をするべきではないという議論です。もう一つは、意識の発生と関わる点です。痛みが、主観的なものであるためです。タンスの角に小指をぶつけても、ある人は全く痛くないと報告し、別の人は死ぬほど痛いと報告します。神経科学者ラマチャンドラン博士が、「脳の中の幽霊」という本の中で紹介している幻肢痛の存在がこのことを裏付けていると言われています。幻肢痛とは、交通事故などで四肢をなくした人が、その四肢がないにもかかわらず、痛みを訴えることです。実際には、四肢がないのですが、患者はかなりの苦痛を訴えるそうです。

胎児の痛み知覚は、脳機能計画によって検討されているそうです。NIRSを用いた研究では、早産児のかかとを刺激すると、25週で生まれた早産児でも、体性感覚野の活動が見られたそうです。行動的研究からはちょっと信じられないことが報告されているそうです。在胎27週頃に生まれた早産児は、痛み表情をしないのですが、28週で生まれた早産児は、痛そうな表情をすることが示されているというのです。これらの研究から考えると、受胎後6ヶ月から7ヶ月程度で痛み知覚が見られる可能性が示されているのです。胎児は、そのような早期から、痛みを主観的に感じているようです。この時期を意識が発生する時期だと考える研究者もいるそうです。

近年、胎児の研究の進展は著しく、直接的に胎児の行動を調べる研究も増えてくるのではないかと森口は考えているようです。たとえば、明和博士らは、4次元超音波画像診断装置を用いることで、胎児がおしゃぶりらしき行動をすることを示しているそうです。このような胎児研究から、生得性という概念についても新しい知見が生まれているようです。

誕生前

脳の発生は、受精後3週間程度で神経管が形成され、それが前脳、中脳、菱脳に分化していきます。そして、前脳は大脳と間脳へさらに分化し、菱脳は橋や小脳などへと分化していきます。ニューロンは、脳室帯にある神経前駆細胞が分裂することによって生み出されます。誕生したニューロンは、多くの場合、新しいニューロンによって押し出されるようにして目的地までたどり着きますが、大脳皮質のニューロンは、新しいニューロンが自ら能動的に目的地まで移動します。このように新しいニューロンが誕生し、移動することで脳の構造は形成されていきます。受精後17週頃に脳の基本形が完成します。これ以降、ニューロンは基本的に増加することはなく、細胞死によって誕生までに半数程度まで減り続けています。ニューロン自体に死ぬことがプログラムされているというのです。

私が講演の中で、最近の乳児知見を紹介する中で、「20世紀後半に発見された神経科学の二つの重要な所見」として紹介するのが、「神経細胞の自然な細胞死」と「シナプスの過形成と刈り込み」そして、その所見をもとに、ダーウィニズムが、「遺伝子によって作られた粗い神経組織が、二つの段階を経て無駄を削りつつ成長する」ということを提唱したということです。

誕生し、移動したニューロンは、他のニューロンや身体部位とのネットワークを形成し始めます。髄鞘化のプロセスも胎児期から徐々に始まっていることがわかっています。髄鞘化とは、ニューロンの軸索を、筒状の層である髄鞘と呼ばれるリン脂質で包むことを指すようです。この説明はよくわかりませんが、すなわち、跳躍伝達の速度が向上するそうです。

このように誕生してから脳がどのようにできてくるかという研究と同時に、最近は胎児の研究がさかんになりました。胎児が、母親の胎内で、どのような発達をしてるのか、どんなことを行なっているのか、それは、どのような動機で行なわれているかなどに興味があります。まず、よく疑問に持つのは、胎児に外界の声が聞こえているかという点です。胎教といって、「胎児にモーツアルトを聴かせるといい」とか、「父親も生まれる前から、胎児に話しかけるといい」とか言われています。それについて、森口は、こう説明しています。「胎児は、羊水の中に浮かんでいます。それはプールの中にいるようなものです。さらに、母親の心音など臓器の音が聞こえてくるわけですから、外部からの音は本当に小さいようです。」

初期の研究では、胎児ではなく、誕生児の研究から胎児の聴覚を推定していたそうです。例えば、生まれたばかりの新生児は、初めて聞く物語よりも誕生前の数週間に母親が音読した物語の方を好むことが示されているそうです。ということは、子宮内にいるときに、母親の一つ一つの音声が胎児に伝わっているわけではないでしょうが、声の低周波音を知覚しているのではないかと考えられます。最近では、心拍数などによって直接的に胎児の聴覚が機能していることが示されています。やはり、母親の発話がいくぶんか胎児には届いていることのようです。ただ、モーツアルトなどの胎教には科学的根拠はなく、何がどのようにして胎児に影響を与えるかは不明であると森口は言います。

また、味覚についてもわかってきています。本来、味覚とは舌の上を食べ物が通る時に感じるものですから、胎児はおへそから栄養をとっているわけですから、どうなのでしょう。

子どもの脳研究

ヒトの認知機能についての最近の研究を紹介していますが、この認知機能と脳には対応関係があります。おおまかに言うと、後頭葉は視覚に関する情報処理を、側頭葉は聴覚情報や社会的情報の処理を、頭頂葉は体性感覚に関する情報処理を、前頭葉は実行機能などの情報処理を行なっていることが知られているようです。このように、それぞれの機能が、それぞれの脳領域に分散していることを脳の機能局在と言うそうです。そのため、例えば、視覚野を損傷すると、、視覚情報の処理に問題を抱えることになるのです。

ただし、脳のひとつの領域だけがある認知機能を担っているわけではなく、様々な脳領期が関連することで、ある機能が実現されていると言います。またある領域が、複数の機能と関連していることも少なくなく、機能局在の考え方はわかりやすいのですが、あまり単純に考えてしまうと心と脳の関係を誤って捉えてしまうことになると森口は危惧しています。

脳の研究では、色々な問題があるようです。まず、基本的に人間を対象とした研究では、医療上の理由がないと実施できません。伝統的に人間を対象にした研究で用いられるのは、神経心理学的手法だそうです。これは、脳腫瘍や事故などで脳の一部を損傷した患者さんを対象にした方法です。この研究事例は、よく耳にします。たとえば、ある患者さんの脳領域が一部損傷して、その患者さんの認知機能の一部が失われた場合、その脳領域と認知機能とが関連すると推測します。この手法は、人間の脳と心の機能を探る上で、最も直接的で因果的な関連を調べられるのです。

子どもを対象にした研究は、その中でも最も困難であると言われています。その中で、脳波を計測する手法が一般的だそうです。ただし、ニューロン一つ一つの活動は計測できないそうです。現在、人間を対象にした脳研究を引っ張っているのは、fMRIという機能的磁気共鳴画像法を使用して行なわれることが多いのですが、この検査は、MRIが密閉された空間なので乳幼児への適応が難しいという問題点もあるそうです。しかし、近年は、様々な工夫をして乳幼児の脳活動を計測した研究も報告されているそうですが、私も以前のブログでも紹介したように、6歳以下の子どもにfMRIは推奨できないという主張もあり、まだまだ容易ではないというのが現状です。

そこで、森口をはじめとして、多くの研究者が使っている手法は、安静時と課題時の酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの変化量を用いる方法だそうです。ある脳領域を使っているとその領域における酸化ヘモグロビンおよび還元ヘモグロビンの量は変化しているため、課題時の方が、ヘモグロビンの変化が顕著になるというわけだと言うのです。

脳の発生は、受精後3週間程度で神経管という管状の構造が形成されるところから始まります。この神経管に3つの脳胞と呼ばれる隆起部分ができ、これらの脳胞が、前脳、中脳、菱脳に分化していきます。前脳は大脳と間脳へさらに分化し、菱脳は橋や小脳などへと分化していきます。

ニューロンは、脳室帯にある神経前駆細胞が分裂することによって生み出されます。誕生したニューロンは、それぞれの最終目的地まで移動します。多くの場合、ニューロンは、そのニューロンよりも後に誕生したニューロンによって押し出されるようにして目的地までたどり着きますが、大脳皮質のニューロンは、新しいニューロンが自ら能動的に目的地まで移動するのだそうです。

脳研究

乳児の能力を測るために、実に様々な方法を考え出すものですね。そのうちいくつかは、園でもやってみたくなります。幼児健忘についての研究ではこんなのもあります。研究者らは、幼児が、記憶時に持ち合わせていなかった語彙を用いて、言語的に再生することができるかどうかを調べたそうです。例えば、「ボール」などの語は、言語再生に必要な語彙なのですが、これらの語彙を記憶時に持っていなかった子どもで、テスト時にその語彙は持っている子どもが、テスト時に使用するかを調べたそうです。その結果、そのような例はひとつもなかったということのようです。つまり、幼児は、記憶時に持ち合わせていなかった語彙を、テスト時に獲得していたとしても、その語彙を使用して記憶を再生することはなかったということになります。もちろん、この研究からは、「言語再生しない」のか、「言語再生できない」のかはわからないのですが、非常に興味深い研究だと森口は言っています。

幼児健忘については、まだ研究の数が十分でなく、今後の研究の進展が待たれる状況だそうです。長期記憶の研究は、かなりの時間と労力を要するので、研究が進展しづらいのですが、非常に興味深い研究領域と言えるので、この問題に興味を持って取り組んでくれる人が増えればいいと森口は思っているそうです。

最近の乳幼児についての海外の研究が、来年から実施される保育指針の改訂に大きな影響を与えています。その一つが、脳の機能の拡大についてです。神経学の研究は、20世紀以前から報告されてきました。それが、20世紀末に開発された脳機能計画によって、最近、急速に進んでいるようです。もちろん、今では、心を生み出しているのは胸にあるのではなく、脳にあるということは、誰でも知っていますし、専門的にいっても、神経科学者だけでなく、心理学者も賛同しています。しかし、脳がそのまま心であるかということについて、森口は、首藤瓜於による「脳男」の一節を紹介しています。

「“心”は脳の作用にしか過ぎないのだから、人間の“心”を知るためには脳という物質を研究する以外ないのだ、と。しかし、子どもたちと長い時間過ごしていると、脳と心とはやはり別のものなのではないかという気がしてくるのだった。」

脳の構造はなんだか難しいので、簡単に関係するところだけを説明します。まず、脳を解剖学的形態から分けると、脳の85%を占めているのが大脳で、認知機能や情動などと深く関わります。10%程度占めているのが小脳で、姿勢の制御や運動機能などに重要な役割を果たしています。残りは脳幹で、生命維持に必須の役割を果たしています。

この中で、よく取り上げられるのが大脳です。まず、左脳と右脳に分かれていて、その役割はよく論じられるところです。もう一つは、大脳の表面にあるのが大脳皮質で、発生的な区分で、人間と他の動物の共通点も多く記憶などと関わり、大脳辺縁系とよばれる領域を構成している原皮質、ほ乳類ではわずかにしか存在せず、嗅脳などの嗅覚と関連する領域に一部見られる古皮質、そして、脳の表層にあり、一般的に「脳のしわ」と言われるような特徴的な形態を持っているのが新皮質です。

また、大脳皮質は大きく四つの領域に分かれています。中心溝より前で、外側溝より上の領域を「前頭葉」、中心溝より後ろで外側溝より上の領域を「頭頂葉」、外側溝より下の領域を「側頭葉」と言います。また、頭頂後頭溝と言われる脳の後ろにある脳溝より後ろの部分を「後頭葉」と言います。この辺りの脳の部分が、よく説明に使われます。