2017韓国での講演

世界銀行が提案しているように、社会的流動性を高めるためには、教育への投資が、効果ありそうです。南アフリカのように、一層貧困状況の悪い(教育への投資もはるかに少ない)国々よりも悪い成績を収めている学校がほとんどである国の脆弱な学校制度では、賃金上の特権階級をなくすほど急速に能力が成長することは見込めません。そうなると、政策上の焦点は教育の質を向上することに置かれるべきであるということになるのです。

このような観点から、『OECD保育白書2017年版(Starting Strong 2017)』でも、安価で質の高い早期幼児教育・保育(early education and care, ECEC)を提供する取り組みを強化するべきだと提案しているのです。ここで、「安価」という意味がこの文からだけですとよくわかりませんが、社会的流動性のためにも、質の高い幼児教育を提供することが必要であるとしているのです。この報告書によると、「ほとんどの政府が近年、入園、入学者を拡大するためにより多くの託児所と学校を開設するための投資を増やしていることを明らかにしています。今後各国は、教諭の労働条件の改善、あらゆる子供に公平な利用の機会を確保すること、新たな指導方法の導入などに焦点を当てる必要があります。」とあります。そこでは、世界銀行が思い切った教育改革が必要とあるように、あらたな指導方法の導入を勧めています。

「あらたな指導方法」とはどういうことでしょうか?それは、時代的に、少子高齢化社会を迎え、AI社会の到来に向けて、本来の人類の進化から伝統的育児を見つめ直し、そして格差社会において、インクル-ジョンの考え方からの保育に取り組まなければならないこと、そして、乳児からの教育の必要性など、今回、私が韓国での講演に際し、最初にこのような提案をしたのです。なぜ私が乳幼児教育において「見守る保育」を提案しているのか?それに対して、子どもの主体性と自発性の保障、自ら取り組める環境、それらは、常に不易であり、大切なことです。しかし、それらはすでに韓国ではヌリ課程により規定され、すべての園で取り組んでいます。しかし、少子化以降、子どもたちの育ちに変化があり、新しい保育が必要であること、それは、乳児からの子ども同士の活動、また、大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なうこと、自分の考えを言う機会を増やすことなどの提案をしたのです。

私の園での1歳児の朝のお集まりから、午前のおやつに至る動画を見ながら、解説をしていきました。まず、お集まりには、先生はせかすことなく、子ども自身が判断して、集まり、自分の座る席を探し、そしてみなが揃うのを待っている様子。その後の午前のおやつのパンは、子どもにただ配って歩くのではなく、一人一人にジャムが付いたパンか、何も塗っていないパンかを子どもに見せて、「ジャムが塗ってあるパンと、何も塗っていないパンのどちらがいい?」と聞きながら配っていきます。食べ終わりも、自分の判断でやめ、自分で食べきれないパンや飲みきれない飲み物を残菜カゴに入れ、食器を片付けていきます。その後のお手ふき、エプロンの片付け、1歳児は自ら試行錯誤しながら、また、友だちや先生の手を借りながら行なっていきます。この動画は、韓国の園長先生たちには、大いに感心されました。

このように、かなり反応があった講演会は終わりました。

2017韓国での講演” への13件のコメント

  1.  「なぜ私が乳幼児教育において「見守る保育」を提案しているのか?」続く以下の文章は、根本であり、また、発展であるような、改めて見守る保育のこれまでとこれからを知るような内容に感じられます。新しい保育の姿がそこにあった、と韓国の先生方には評価されたのではないかと想像します。「子どもの主体性と自発性の保障、自ら取り組める環境」それらは今や大前提であり、新しいこととして捉えることができない程に保育の中に浸透しているはずの事実です。それでも、その点において感心を集めることもまだ少なくない現状がある中で、この度の先生の講演は、指針が告示化されている日本でもきっと反響を呼ぶことと推測します。新しい保育、それが見守る保育であり、現場の実践がそれを後押しするのだということを改めて思います。

  2. 「乳児からの子ども同士の活動、また、大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なうこと、自分の考えを言う機会を増やすことなどの提案をしたのです」ということを藤森先生が新しい保育として提案されたとありました。まさにこのことを私たちは大切にして保育を行なっていかなければならないなと改めて思いました。何を目標として目の前の保育をしていくのかということを忘れたくありませんね。子ども同士の関係を生むような関わり方ができているか、子ども自身が考えて行動できるような環境や、関わりを行なっているか、子どもの考えをしっかり聞いて活動を考えているかなど、日々の保育をこのような視点で常に振り返らなくてはと考えさせられました。

  3. なぜ藤森先生が乳幼児教育において「見守る保育」を提案しているのか?今まで藤森先生のお話を聞いてきて、時代のニーズに合った形と言いますか、以前など本来は持っていたが、現在では欠けてしまってきている部分、AI社会の到来などに向けた見通しから、今後さらに必要となってくる部分の土台を乳幼児から培える、本来備えている能力を引き出してあげる保育が見守る保育にあると思っています。また「あらたな指導方法」や「新しい保育」と途中に出てきましたが、それこそ「見守る保育」であり、講演を聞かれた韓国の方々もみんなそう思われたのではないかと思います。そして、やはりヌリ課程のようにスタンダード化されたマニュアルだと柔軟性に乏しいようにも感じてしまいました。今やってる保育が間違っていないと自信を持って実践することも大切ですが、時代の流れに沿って、変えるべきところを柔軟に見定めていくことも大切ですね。

  4. 見守る保育がこれからの少子高齢化やAI社会の到来などを見据えての保育であるということがよく理解できます。〝乳児からの子ども同士の活動〟〝大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なうこと〟〝自分の考えを言う機会を増やすこと〟は自分たちは常に念頭に置き、振り返っていかなければならないのだと思います。
    今の時代に合った保育というのも大切なことであると思いますが、次の時代を見据えて考えていくということも大切なものであり、それを教育者個人レベルで行なっていくことが、次の時代を担う子どもたちが育っていくのだと感じました。

  5. “あらゆる子供に公平な利用の機会を確保すること、新たな指導方法の導入などに焦点を当てる必要があります”とありました。子どもを信じ、一人の人格を持った形成者として、真心をもって接することの意味を心中に受け止めると、新たな指導方法とあることが私たちが現在、行っている保育の形へとなっていくのが必要である社会となっていることを藤森先生の提案される保育から感じ、必要だと思うひとがもって増えることが日本の保育が変化すると考えられます。また、1歳児への関わりや保育の形というものが子どもを信じた保育、個々の存在を認めているからこそだと思います。子ども主体であるからこそ、子どもを信じることができ、大人がやりすぎないのかなとも思います。

  6. まず写真を見て、藤森先生が海外で講演されている姿に本当に感動しました・・・それと同時に私たちがしっかりと実践する事が少しでも藤森先生への手助けになると思うと、身が引き締まります。
    「あらたな指導方法」ということで講演された内容を読んで、改めて私自身も「見守る保育」の重要性を見直させていただきました。しかし時代が変わって、少子化という環境が子どもの育ちを少しづつ変化させている事に、「環境」というのは本当に良くも悪くも人に影響させてしまう強大な存在のような気がしました。だからこそ、時代の流れや社会の流れ、そして子ども取り巻く環境などを読み取り、その時代に合わせた「あらたな指導法」を実践していく事が大切ですね。振り返ると、こういう話は藤森先生がずっと前から話されている内容ですね・・・。

  7. 「時代的に、少子高齢化社会を迎え、AI社会の到来に向けて、本来の人類の進化から伝統的育児を見つめ直し、そして格差社会において、インクル-ジョンの考え方からの保育に取り組まなければならない」といった、現場からは遠すぎるかのような、普段考える事のない壮大な目標も明確に書かれていました。このような思いを持って保育を行うということはどういうことかなと思いますが、実にシンプルに「乳児からの子ども同士の活動」「大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なう」「自分の考えを言う機会を増やす」ということなのですね。子どもは自然と他の子どもに興味が向くでしょうし、子どもが望むことを過不足なく経験できる環境を整えることが重要だなぁと感じました。

  8. 「社会的流動性のためにも、質の高い幼児教育を提供することが必要である」とし、その質の高い幼児教育をするための「あらたな指導方法」が打ち出されていることがわかります。そしてその指導法方とは韓国ではヌリ課程でありながらさらにそこで「新しい保育が必要であること、それは、乳児からの子ども同士の活動、また、大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なうこと、自分の考えを言う機会を増やすことなどの提案をしたのです。」といった話をする流れというのが非常に聴く側からするとスッと入ってくるよです。1歳クラスで当たり前のようにやっている朝の会や日々の関わり方の重要性を再確認できます。

  9. 1歳児のお集まりの様子が紹介されたのですね。実際に保育をしている私たちも先生のお話を聞ける機会はとても貴重で、そのたびに普段の保育を見つめなおすことができています。韓国の方々の反応が良かったとありましたが、私自身初めて見た時には驚きました。1歳の子どもたちでも、できることはたくさんあり、保育者としてやってあげるのではなく、子どもたちが主体的に行動できるような環境を創ったり、関わり方を考えたりすることが必要だと気づかされました。最近では、1歳児クラスの子どもたちも、月齢の差があるので、自分でどんどんできることに挑戦する子は、なんでも自分でやってしまいます。言葉のやり取りも充実し、時には子どもの発言に、なるほど!と思わされることもあります。そういった点でも、子どもたちが成長していく姿が目に見えて分かるので、1歳児クラスの保育はとても面白いです。

  10. なぜ私が乳幼児教育において「見守る保育」を提案しているのか?とあり、そのあとに続く話はとても勉強になりました。子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行なうこと、自分の考えを言う機会を増やすこととあり、改めて子どもとの距離の取り方を考えさせられるような気がします。子どもが自分の考えて様々なことをやっていくことが大切であり、大人の指示で動くのではないわけですね。
    ジャムを塗ったパンとそうでないパンの話がありましたが、普通に考えれば、ジャムを塗った方がおいしいと思ってしまい、ジャムを塗らないという選択は生まれないのですが。刷り込みですね。自分の気持ちを伝える練習をしているのでしょうか。こういう機会を奪ってしまうことが「もったいない」につながるのかなと感じました。

  11. 「子どもの主体性と自発性の保障、自ら取り組める環境、それらは常に不易であり、大切なことです」とあります。しかし、それを実現するための教育現場というものが今の日本にどれだけあるのでしょうか。なかなか難しい時代であり、教育の変革が求められる時代でもあるように思います。そして、その中心には「乳児からの子ども同士の活動、また、大人からの指示で動くのではなく、子どもへの言葉がけは、子ども自身が考えるような質問形式で行うこと、自分の考えを言う機会を増やすこと」というようなことがブログにありました。こういった環境を作りのための子ども観はもっと持つ必要があるように思います。まだまだ、旧態依然とした考えを持っている人は多くいます。しっかりと先を見通して考えていきたいと思います。

  12. 韓国講演で使用された、ちぐん部屋のおやつ風景動画は、観た私たちにも多くの気づきを提供してくれました。満2歳半以前の子たちが自発的に動く様子はまさに「百聞は一見にしかず」で韓国の先生たちも驚いたことでしょう。そして先生の応答性に加えて、質問形式での声かけの具体例を示されたことはとても参考になったに違いありません。乳児の有能性を裏付けることに繋がる動画でおそらく刺激的だったでしょう。あの動画を見た先生たちの園からの見学者が多くなりそうですね。さて、OECD及び世界銀行という国際機関が提案する「教諭の労働条件の改善、あらゆる子供に公平な利用の機会を確保すること、新たな指導方法の導入」の「新たな指導方法」として韓国で提案されたことは日本も含めた世界各国の関係者が傾聴すべき内容でしょう。インクルージョンやコーヒージョンを保障する乳幼児グループ集団、乳児から教育の必要性、そして子ども同士の関係の構築、そしてこれらを可能とする人的・物的・空間的環境の提供の仕方が大事になってきますね。もっともっと学んでいかなければなりません。

  13. 韓国の園長先生方の驚く様子が目に浮かびますね。「お集まりには、先生はせかすことなく、子ども自身が判断して、集まり、自分の座る席を探し、そしてみなが揃うのを待っている様子。」というのせいがの子どもたちの様子を聞いて、改めて懐かしさを感じました。もちろん自分の園でも目指しているのですが、こうして文章でみるとストレートにそのすごさを感じます。こうした意識を皆が持ち、余裕をもって保育に取り組むことをもう一度考え、自信をもって周りに発信していけるようになっていきたいです。

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