格差

『OECD保育白書2017年版(Starting Strong 2017)』で、「各国は、社会的流動性を高め、あらゆる子供が自分の能力を最大限活かす機会を得られるように、安価で質の高い早期幼児教育・保育(early education and care, ECEC)を提供する取り組みを強化するべきだ」としています。これをどう解釈したらいいのかは、本文を読んで、その前後関係を読まないとわかりません。ですから、OECDが提案することとは別に、この文章から私が日頃考えていることを書いてみます。

まず、「社会的流動性」とはどういうことなのでしょうか?世界銀行のブログページに、“所得格差と政策の選択 [via: The World Bank]”という記事が書かれていたことを、編集者である松本優真さんが紹介しています。そこでは、「政府による教育への投資が、所得格差を埋める重要なカギになる、というのが前者での主張でしたが、この論考では南アフリカの教育の現状が紹介され、単に政策的な投資がなされているというだけでは問題はほとんど解決せず、長期的な視野でもっていかなる形で投資するのかが肝要だ」ということが示唆されているそうです。それは、例えば、アメリカで1960年代に行われた「ペリー幼稚園プログラム」が有名です。このプログラムでは、貧しい地区に生まれたアフリカ系住民の3歳から4歳の子どもたちに、質の高い就学前教育を提供したペリー幼稚園に通った子どもは、通わなかった子どもに比べて、「人生の成功者」になる確率が高いことがわかったというものです。それは、どういうことかというと、たとえ貧しい家に生まれても、質の高い就学前教育を受けることができれば、高い学歴を手にし、安定的な雇用を確保し、犯罪などに走ることが少ないということを示しているのです。その結果を受けてアメリカ政府では、教育に投資して、所得格差を埋めようとしています。

しかし、この世界銀行のブログでは、南アフリカの教育の現状を見ると、単に政府からの投資だけでは、問題はほとんど解決されていないと分析しています。どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がないという主張なのです。効果がないということは、貧困層と富裕層の格差は、埋めることができないということになります。これが、「社会的流動性」が低いということになります。

さらに世界銀行のブログでは、「所得の分配は、政府の政策決定の文脈であれ、国家開発計画の策定の場であれ、あらゆる政治的な議論で特に取りざたされる論題です。しかしながら、こうした不平等の根本が、労働市場の、とりわけ賃金の分配に横たわっていることや、賃金の分配状況を変えるためには南アフリカ国内の学校のほとんどの低い教育水準を劇的に改善しなければならないということが十分に理解されているとは言えません。」とあります。今回、日本では選挙が行なわれましたが、その際の政策公約に、消費税の分配がありました。政府としての所得の分配です。今回、幼児教育の無償化と防衛費の増額に使われるとの公約が掲げられました。それらは、社会的流動性を高めることになるのでしょうか?南アフリカでの格差を埋めるためには、その根本が賃金格差にあるということ、その格差を埋めるためには教育水準の劇的な改善が必要であることを指摘しているのです。

それは、労働市場の不平等の根本原因、つまり教育の質にこそ取り組まなければならないことを提案しているのです。

格差” への13件のコメント

  1.  「単に政策的な投資がなされているというだけでは問題はほとんど解決せず、長期的な視野でもっていかなる形で投資するのかが肝要だ」このような視点があるにも関わらず「今回、幼児教育の無償化と防衛費の増額に使われるとの公約が掲げられました。」このような政策が推し進められようとしています。先日、この政策についての街頭インタビューをテレビ見ましたが、「そうは言っても幼児教育の無償化は家計を助けてくれる」というようなコメントがあり、日本もまた所得格差の中にいて、長期的な視野というよりも一ヶ月の家計簿、目の前の生活の中で生活せざるを得ないような環境で生きている家庭が大半なのかもわかりません。しかしそれでは「社会的流動性」が低いという、世界銀行のブログで紹介されている内容そのままになってしまいます。もちろん政府の政策が大切なのですが、国民全体の意識改革のような、その真っ只中にいる自分たちがこの国をかえようと考えなければならないように思えてきます。

  2. 「どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がないという主張なのです」とありました。ただただ、お金を投資すればいいという訳ではなく、教育という分野であれば、どういった内容の教育が効果があるかをしっかり理解してからその部分に投資していかなければならいのですね。そういった意味でも正しい教育のあり方を語れる専門家が必要なのかもしれませんし、私たち国民も本当の意味での教育ということをもっと理解する、広めることが大切なのかもしれませんね。「社会的流動性」という言葉がありました。聞きなれない言葉で、まだよく理解できていないのですが、格差ということを考えても今の日本はこの社会的流動性がそんなに高くはないのかなと思ってしまいます。それは本当に流動させようと思っている投資ではなく、なんだか経済優先といいますか、個人の思惑で事が決められているような印象を持ってしまい、なんとも言えない気持ちになります。もっともっと本当に投資すべきところへ投資されるようになればいいなと思いますが、そのためには私たち一人ひとりの意識が大切になってくるのかもしれませんね。

  3. 〝長期的な視野でもっていかなる形で投資するのかが肝要だ〟とありました。ただ単に、お金をつぎ込んでも意味がなく、どこのどの部分に投資をすれば社会的流動性を高めることができるのか、ということを見極めてそこの部分にお金を分配することが、長期的視野を持つことにつながるということなんでしょう。
    今回の衆議院議員の選挙での公約でも、あまり高い社会的流動性があったとは言えないという状況なんですね。個人レベルから意識変わることが望まれるということになるのかと思います。

  4. 恥ずかしながら「ペリー幼稚園プログラム」を始めて知りました。ペリー幼稚園に通った子どもは、通わなかった子どもに比べて、「人生の成功者」になる確率が高いことがわかったとあることこそが「長期的な視野でもっていかなる形で投資するのかが肝要」というところであり、「社会的流動性」を高くしていくということがわかりました。そう考えると、今回の選挙で幼児教育の無償化と防衛費の増額に使われるとの公約が掲げられていたことが果たして社会的流動性の向上につながるのかが疑問に思えてきます。私は「幼児教育の無償化」は現代のニーズに合ってるように思っていましたが、ニーズに合っているだけで目先のことに過ぎないのかもしれませんね。重要なのはペリー幼稚園プログラムのような質の高い乳幼児教育の場をどの園でも受けられることと、ただ単に箱を作った待機児童解消策ではなく、質の保証された解消策に向けて、どのように投資するかを長期的な視点で考えていく必要があるように感じました。

  5. 教育を高めるためにお金をかけることは必要なことだとわかりますが、それが社会的流動性として、大きく影響するわけではないことを考えられます。質の保証となる部分にどれだけかけることができるのか、そして、それを意識した取り組みが必要だと感じます。それには、”どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がない”とあることから、国として、なぜ資金を費やす必要があるのかをもっと理解を深めなければ、教育の水準があがらないように思います。これは、保育の形が昔のままではならないことの裏付けがあるように感じ、不易流行であることを改めて感じます。

  6. 世界銀行のブログに書かれてある「どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がないという主張」これは確かに大切なですね。保育が受けられるように家庭に投資したり、施設に投資したところで、ちゃんと使用するかどうか分かりませんし、貧困家庭の場合は生活費として使用してしまう可能性だってあります。この「長期的な視点」というのが本当に大切なポイントのような気がします。どうしても直ぐに結果を求めてしまい、知識を埋め込む教育を行ったり、授業のコマ数を増やすのでなく、子どもが将来、社会に出てどのような力が必要なのか?それこそ「人生」というものさしで見ることが長期的のような気がします。

  7. 格差はどうして生まれるのかと考えてみたら、周囲の環境や個人の能力の問題であるのかなと思い、周囲の環境や個人の能力はどのように改善しなくてはいけないのかと考えてみると、やはりすべてが「教育」のための改善事項であることに至るというのは、本文の「格差を埋めるためには教育水準の劇的な改善が必要」という言葉から感じることができました。目先の「無償」という言葉だけでなく、その中身をどうしていくのかが大切なのですね。

  8. コメントされているみなさん同様に「単に政府からの投資だけでは、問題はほとんど解決されていないと分析しています。どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がない」という部分が今日本でも重要な部分でもあるのかなと考えます。確かに今大学までの教育費を無償化するなどいう政策が打ち出されてはいますが実際のところ家系は助かるとは思いますが、「長期的な」というところに視点を向けるとどうなんだろうとも思ってしまいますね。「質の良い」というところに焦点を当てるべきであることはわかりますが、それが現実的にどう広めていかなければならないというところでしょうか。それが藤森先生がしていることですね。藤森先生がしているのとが「長期的な」なところであるなと改めて書きながら思いました。

  9. 単に政府からの投資だけでは、問題はほとんど解決されないのですね。また、ペリー幼稚園プログラムの結果を見ると、所得格差が、長期的に見ると改善されていくということが理解できます。日本でも幼児教育を重視するような取り組みが見られるようになってきていますが、”どのようなところに、どのように投資するかを長期的な視点で考えないと効果がない”とあるように、しっかりと考えなくてはいけません。政府の方々が、様々なことを考え取り組みを行ってくれていることはありがたいことです。先生のブログを読んでいただけるような機会があれば、大きく変化するのかもしれません。

  10. 単に政策的な投資がなされているというだけでは問題はほとんど解決せず、長期的な視野でもっていかなる形で投資するのかが肝要だとあります。とても考えさせられる話でした。
    政府が様々なことを考え、補助金の制度を設けても、それに伴って、保育の質が高くならないのであれば、根本的な問題の改善にはならないということですね。日本でも、保育への注目が高まってきつつ、政府も待機児童の問題を解決しようと新たな政策をしていこうとしています。保育士の人数を増加させるために、新たな案が出ていますが、これに伴って保育士の数が増えるのは個人的にうれしいことですが、保育の質が向上しなければ子どもたちのためにならないです。そんなことを読みながら感じました。将来の子どもたちのために少しでも力になれればいいです。

  11. 日本においても貧困層と富裕層の格差社会ということはよく言われることです。それほどの格差が生まれており、教育に関しての政策をしていてもそれほど大きな社会的変化がされているようには思えないことが多くあります。最近では3~5歳児の保育無償化や高校の無償化、保育士の待遇改善などが叫ばれていますが、それで教育の質というものが向上していくのでしょうか?「単に政府からの投資だけでは、問題はほとんど解決されていない」というようなことが起こりかねないように思います。「どのようなところにどのような投資するかを長期的な視点で考えないと効果がない」というのはその通りですね。保育においても、そうですが、「ねらいと内容」は政策するにおいても重要なことであります。そして、その中心にはもっと子どもがあるといいなとおもうことが多いです。

  12. 残念ながら我が国においても「格差」は広がりつつあります。個人所得税、消費税、社会保険料等々国民一人ひとりに課せられる税及び社会保険料は年々増加しているような気がします。給与が上がっても手取り実感が薄いのはまぁいいとしても、相対的貧困率の増加はどう見ればいいのか。良くも悪くも我が国は第二次世界大戦で敗戦してよりゼロベースで国づくりを始めました。農地解放や財閥解体による国の富の再分配が20世紀間はうまくいき1億総中流社会などとも言われました。ところが、グローバリゼーションによって欧米諸国同様格差社会に入り、富める者は富み、貧しい者は貧しいままの社会になりつつあります。「社会的流動性」は機会の均等という意味でも大切です。今回のブログの最後に「労働市場の不平等の根本原因、つまり教育の質にこそ取り組」む、とありました。ちょっとかけ離れますが、「経営の強化は保育の質から」というスローガンを思い出します。教育の質を向上させることが国を強くしていく、と読み替えられます。

  13. 「政府が教育への投資を行い、子どもが自分の能力を最大限活かす機会を得られるように、安価で質の高い早期幼児教育・保育の機会があること」というのは、国民の一人一人の意識に大きく影響がある気がします。貧困という環境にあり、子ども時代から教育といったことが平等に受けられなかったら、大人になった時にハンデがあったり、また気持ち的にも少し負い目を感じてしまう。そうしたこと結果的に人々の想いとして大きくあり、労働市場の不平等の根本原因ともなっているのではないかと思います。そう考えると、均等に教育の機会があるということは、とても大切なことですね。

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