ピアジェへ

ゲゼルは、ヒトの発達は遺伝的にプログラムされており、そのプログラムが発現し、準備状態になければ、訓練や経験にはたいした意味がないと考え、ワトソンなどもこの立場に立っていました。彼の研究で最もよく知られているのが、幼児を対象とした恐怖条件付けの研究です。アルバート坊やで有名なこの研究は、現代では倫理的に決して許されるものではないそうですが、こんな研究です。アルバート坊やは、病院環境で育てられた、健康な男の子でした。のんびり屋で、とくに感情的な態度を見せることもなかったようです。この研究では、11ヶ月のアルバート坊やに対して、白いネズミを提示しました。アルバート坊やは、最初はとくにネズミに対して恐れを示しませんでした。そこで、アルバート坊やがそのネズミを触ると、轟音が鳴るようにしました。このようなことを何度も繰り返すと、アルバート坊やは、白いネズミを見ただけで恐れ、泣くようになってしまいました。このように刺激に恐怖反応が条件づけられることを、恐怖条件付けと呼ぶようになったそうです。

当時の心理学者の間では、個体と環境を切り離し、個体内の成熟もしくは環境のいずれか一方が独立して知能や行動の発達に重要な影響を与えるという議論がなされていたのです。森口は、どちらの説も、乳幼児を無能な存在であり、受動的な存在だと見なす立場に基づく説であると考えているようです。成熟説においては、遺伝的に決定されたタイミングにおいては様々な能力が発現すると考えられていると言います。言い換えれば、そのタイミングが来るまでは、特定の知識や行動を獲得できないわけであり、乳幼児は、時間の経過を待つだけの受動的な存在と見なされています。

一方、学習説においては、極論すれば、あらゆる行動は条件づけを通じて獲得されるということになると言います。つまり、報酬や罰などによって外的に条件づけなければ、乳幼児は知識や行動を獲得できないということになり、ロックと同様に、乳幼児を無能かつ受動的な存在だと見なしていることになると森口は考えているからです。

ピアジェが登場した時代には、依然としてこのような認識があったと言います。ピアジェは、個体と環境を切り離す理論に疑問を持ち、個体と環境の相互作用こそが人間の認識の発生において重要だと考えたのです。その鍵となったのは、生物学にヒントを得た、個体の環境への適応という考え方だそうです。この考えによると、乳幼児は、能動的かつ活動的な存在だと見なされることになるのです。成熟や条件付けを待つ受動的な乳幼児像から、自ら世界を探索し、知識を構築し、その環境へ適応しようとする、活動的な乳幼児という見方の出現です。

実は、このような見方は、ピアジェに限ったものではなかったようです。ピアジェやヴィゴツキーに重要な影響を与えたボールドウィンは、ピアジェよりも早い時期に類似した乳幼児観を提案しているそうです。国内の発達心理学の教科書を見回しても、ボールドウィンが取り上げられることはあまりないそうですが、彼の提唱した概念は、ピアジェ理論に取り入れられており、ピアジェ理論に重要な影響を与えていると森口は考えています。

ボールドウィンは、プリンストン大学などで教鞭をとったアメリカの心理学者であり、当時著名な人物だったそうです。