統計する

バウアー博士によって乳幼児は論理的に仮説検証をしている可能性が示唆されたのですが、この研究は、残念ながら実証的な支持に乏しいと言われています。しかし、近年、別の形で、乳幼児はやはり論理的であるということを示している研究もあるそうです。これらの研究では、乳児は限られたサンプルから集団全体を正しく推論するなど、データから仮説を検証することのできる科学者であり、統計学者である可能性が示されているというのです。ここで、また新しい乳幼児の力が示されたのです。

8ヶ月の乳児に、箱の中に赤いボールと白いボールがある様子を見せます。箱は二つあり、ひとつの箱には赤いボールが20個、白いボールが5個入っており、もうひとつの箱は逆のパターンで、赤いボールが5個、白いボールが20個入っています。いずれの箱も乳児に中身を見せます。中身を見せたあと、一度箱をしまい、いずれかひとつの箱を乳児の前に提示します。しかし、この場合、中が見えないようになっているので、乳児はどちらの箱が提示されているかはわかりません。実験者は、箱の中から一つずつボールを取り出し、合計5個のボールを乳児の前に置きました、この際、取り出した5個のボールのうち、四つが赤く、一つが白だったとします。この後、テスト試行において、乳児は箱の中身を見せられます。

乳児は、赤いボールが多い箱と、白いボールが多い箱があることを知っています。ここでの仮説は、もし乳児が統計的な学習者であり、確率についての直感を持っているのであれば、箱が赤いボールばかりであれば、当然のことと思うはずです。逆に、箱の中身が白いボールばかりだったら、驚くはずです。この実験の結果、乳児は箱の中身が白いボールばかりだった場合に、注視時間が長くなりました。これらの結果から、素朴なレベルにおいて、乳児は統計的な推論ができる可能性が示されたのです。

また、ゴブニック博士の研究では、幼児が仮説を生成し、データに基づき要因間の因果関係を推定する科学者であることが示されているそうです。この研究は、ブリケット探知機という機械を使うそうです。ブリケットという言葉は発達心理学でよく用いられる無意味語だそうですが、この研究では、ある機械を作動させる物体を指しています。ある条件では、幼児は2種類のブロックを与えられ、ブロックAを載せると機械は作動し、ブロックBを載せると作動せず、ブロックAとB両方を載せると機械が作動するところを示しました。

また、別の条件では、ブロックAを載せると必ず機械は作動し、ブロックBを載せると最初機械は作動しませんが、2,3回目は作動しました。その後、幼児はどのブロックがブリケットであるかを問われます。この実験で、前者の条件では4歳児は目の前に起きた事象からブロックAがブリケットであり、後者の条件ではブロックAもBもブリケットだと反応したそうです。

この結果について、ゴブニック博士は、認知地図にヒントを得た因果地図という視点から説明しているそうです。この因果地図は、ウェルマン博士らの理論説と関連しており、なぜ子どもが理論を持てるようになるのかを説明しています。私たちは脳内に地図を持っており、それは、この道を進めばどこへ着く、などの構造を持っています。この地図は、実際に道を歩くなどの経験(データ)の影響を受けて、変化します。私たちは、この脳内にある地図によって新しいプランを立てることもできるのです。

統計する” への12件のコメント

  1. 箱の中のボール実験から、「これらの結果から、素朴なレベルにおいて、乳児は統計的な推論ができる可能性が示されたのです」ということが分かり、驚きました。取り出したボール5つのうち、4つのボールが赤であり、それが赤のボールが少ない箱だった場合、やはり私たちは確率を意識しているので、「おお〜すご〜い」となります。この研究では乳児でもそれを理解しているのではないかということが示唆されたということですが、そのような理論も生まれながらに持っているのではないかというのには改めて驚いてしまいます。この統計というのはやはり生きていくためには必要な力であるということでもあるのですかね。食物の獲得などに影響してくるのでしょうか。そうなるとやはり、乳児の頃からもともと持っている能力が選択的に発達していくという藤森先生が言われていることとつながってくるように思います。

  2. 乳児が赤いボールが多い箱と、白いボールが多い箱があることを知っている状態で行なった実験から「素朴なレベルにおいて、乳児は統計的な推論ができる可能性が示された」ことには驚きました。これは確率的なことを乳児の時期から判断できるということでしょうか。だとすればまたすごいことがわかったのですね。この能力も生まれながらに備えているのだとすれば、人類の生存戦略上でそれが何なのかわかりませんが、とても重要な役割を担っていたように思えてきます。また「因果地図」というワードが出てきました。私たちが脳内に地図を持っているとあり、藤森先生が以前「現場での実践、エピソードを理論化しているに過ぎない」とおっしゃっていたことを思い出しました。理論へと至る道筋を作る脳内地図を子どものころから持ち合わせていると考えられることにも驚かされます。

  3. 8ヶ月児のボールの実験には驚きでした。単純な数の計算認識だけでなく、全体的な数の量から確率的な要素までもなんとなく把握しているということなのでしょうか。理解しているというよりも、本能的に「感じているもの」ということでしょうか。乳児の「統計」する能力というのも、乳児に対する考え方がガラリと変わる見方でもありますし、それを踏まえて実際に現場ではどのような環境を用意する必要があるのかなと考えましたが、単純に乳児にそのような高度な能力が存在しているということを常日頃から思っているだけでも、赤ちゃんという存在を能動的一人の人であるという感覚が強くなるのかもしれません。

  4.  「確率についての直感」数覚に近いものでしょうか。乳児期からその力を持っているとなると、遺伝子レベルでその力が存在しているのではないかという想像が膨らみます。とすれば、人類の進化上、必要とされてきた力ということに繋がるわけで、数についての興味や関心が自然と備わって生まれてくることに意味があるということですね。非常に興味深く思います。
     「なぜ子どもが理論を持てるようになるのか」これは考えてみれば本当にそうですね。自然と子どもが物事を理解できるようになっていく毎日の中に身を置きながら、その観点で子どもを見るという視点。こういった視点が必要なのですね。とても勉強になります。

  5. ボールの実験で〝素朴なレベルにおいて、乳児は統計的な推論ができる可能性が示された〟という結論になったのはすごいことですね。乳児がこの理論を知っているということは、素朴的な統計学というのは生きるために必要なものであるということなんでしょうか。食べ物を分配する、してもらう時などの時に「自分にも相応な量もらう」時なんかに使うものでしょうか。それで、争いも起こりそうですが…。
    また、地図と聞くと自分はカーナビを思い出しますが、最近のは通ったことのある道に印がついていくものがありますね。よく通る道はその印がたくさんつき、よく通っていることが分かりますが、それを見るといつも「シナプスはこんな感じなんだろな」なんて思っています。話しがそれましたね。すいません。

  6. 赤いボール、白いボールを使った実験から乳児が統計的な学習者であり、確率についての直感を持っているのであれば、多い色の入った箱を選ぶと言うことが、注視時間の長さによりわかるという乳幼児期から統計をすることができる、という子どものもつ力がどんどんとわかってきていることが伝わってきます。単純に確率的に、もし選んだ箱の色が少ないほうだったとしても驚きですが、確率的にという統計という一つの論理的思考をもった上でというようなところに目を向けています。確率を学校で習ったときには疑問に思わずだったことが、乳幼児期に経験していることがという点と結び付くのかなと思いました。そして、゛素朴なレベルにおいて、乳児は統計的な推論ができる可能性が示された゛とあり、素朴論であったような経験したなかで、育った力であり、これが生得的なものよりも経験したことによって、もっている論理的な考え方を認識し、反応として表されたのかなと考えることができました。

  7. 8ヶ月の赤ちゃんに行った箱の実験は面白いですね!そして箱の中身を統計的に推論できるという可能性があるという結果はさらに驚きました。その後に書かれてある幼児に対して行ったブリケット探知機を使用した実験に関しても、子どもは自分の経験から結果を想定することが分かります。こういった幼児の思考を「因果地図」と表現していますが、と分かりやすいですね。自分の経験から道を増やしていくということで、先を見通すことができます。私たち大人も同じですね。仕事にしても何にしても先を見通して行動をすることが多いと思いますが、それは常に自分の脳内ある地図を見ながら歩いているわけですね。

  8. 乳児が統計的な予測をするというのは本当に驚きですね。研究者たちも注視する乳児たちを思わず注視してしまったでしょうね。また幼児が仮説が仮説を立てる話も面白いですね。ちょうど猫がベルを押すと餌を与えるというような映像を見る機会があったのですが、ベルを押すことで餌がもらえるとわかった瞬間の猫はとても興味深いものでした。こうした実験においても、研究者の仮定が結果につながった時はとても面白いものなのでしょうね。彼らの実験をもとに子どもの脳内地図についてよく考えてみたいと思います。

  9. 乳児の推論、実に面白さを感じます。やはり乳児には注視時間が重要なのですね。この実験でわかるのは乳児が「このくらいの比率でこの色の玉が出てくるということはこの箱の中身はこの色の方が多いだろう」と考えているというか直感でそう感じているということになりますね。こんなことが乳児にできるということが驚きですし、乳児の可能性をより感じます。そして、なにより乳児と関わる全ての人がこういった可能性を知ることで接し方であったり、子育ての考え方に少しの影響を与えそうな気がしますね。私たちの脳の働きというのもよくわかります。脳内地図とでもいうのでしょうか。そんな働きがあるからこそできることなのですね。人間の脳のすごさというのも感じますね。

  10. ボールを用いた実験、とても面白い結果ですね。8ヶ月の乳児の乳児が被験者なわけですが、直感的に統計的な推論ができる可能性があるんですね。色々と驚いたのですが、まずは色の識別ができるんだなというところ。視覚的な情報は入手できていて、そこから赤は赤と言葉への連結ができていないだけなんだなという発見がありました。それから、どちらが多いか、少ないかという数の比較ができているんだなというところに驚きました。こういったことが、感覚的にわかるわけですね。ただただ、驚くことばかりです。赤ちゃんって、やっぱりすごいですね。自分もいろいろ研究してみたくなります。

  11. 赤ちゃんはかなり緻密な論理思考を持っているということがわかりますね。統計的思考もすでにあり、物事を見ている。果たしてそういった能力は何のために持っているのかということを考えてしまいます。また、脳内には地図があり、その地図は経験を通して影響されるということがありましたが、それこそ、現在のAIのディープラーニングのシステムと非常に似ていることを感じます。そして、人は生まれながらにしてディープラーニングのシステムと本来持っている能力の両面を使い物事を判断し、社会に順応するような力の獲得をしているのでしょうね。そして、そういった本来持っている人の機能を最大限発揮するには環境の力はとても大きく作用するのだということを改めて感じます。

  12. 論理学者の次は統計学者。乳児に抱く偏見が一つ一つそぎ落とされていく感じがしますね。今回のブログでは「ゴブニック博士」の研究が紹介されていました。あのアリソン・ゴブニック博士でしょうか。『哲学する赤ちゃん』(亜紀書房)の著者?「要因間の因果関係を推定する科学者」と赤ちゃんを規定するゴブニック博士。哲学者としての赤ちゃんを如実に示していますね。原因と結果の因果関係で物事を捉えられる力は乳児にして既にあった。この事実はとにかく重要ですね。すべては因果関係で成り立っていることを私たちに教えてくれたのはお釈迦様。因果には必ず条件が関わります。この「条件」も赤ちゃんの中に既にあることでしょう。こうした有能性を赤ちゃんが保持しているからこそ、私たち大人は乳児から見守ることが必要であることが首肯できるのです。応答的受け答えや質問形式による言葉かけの意味を裏付けるのはこの赤ちゃんの能力を前提にしてこそでしょう。なぜ、乳児から見守ることが必要なのか。最新の研究からわかる赤ちゃん観、子ども観の共有理解の大切さがよくわかりました。

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