中核

ケアリー博士は、幼児がアニミズム的思考を持つこと自体は認めて、このような幼児の言動は、彼らの生物学領域の知識が不足しているせいだと考えたのでした。ケアリー博士の議論では、幼児は、物理学知識(モノ)や心理学知識(ヒト)をある程度持っていますが、生物学的知識を充分に持っていないと考えたのです。森口は、例として自分のことをこのように表現しています。たとえるならば、「自分は、発達心理学の知識は持っていますが、素粒子論やリトアニアの歴史についての知識を持ち合わせていない」ようなものだと言うのです。ケアリー博士は、当初、生物学知識を獲得するのは10歳程度になってからだと考えていました。幼児には、生物学知識が不足しているため、豊富な知識を持っている心理学知識に従って考えてしまうと考え、それがアニメズム的思考だというわけだというのです。

ケアリー博士の考えは、波多野博士や稲垣博士などの研究者によって、反証されることになります。彼らによって、幼児でも生物学的知識を持っているということが示され、ケアリー博士の10歳までは生物学領域での思考が十分ではないという主張が反駁されたわけです。稲垣博士らは、幼児は生気論的因果という、活力やエネルギーを生成するために生物は食べ物を摂取するという考えを持つことを示しています。

この主張に対して、ケアリー博士が自分の主張にとって不利な証拠が提示されたことを受け、主張の一部を撤回したそうで、その行為は、ケアリー博士の偉大さを示していることであり、決してその評価を下げるものではありません。自分の主張を撤回するのは、実際に行なうことは難しく、森口は、世界の認知発達研究をリードしている方が、プライドもあったでしょうが、この行動は、研究者として学ぶべき行動であったと評価しています。

このように、乳幼児は物理学的知識、心理学的知識、生物学的知識を持っていることが明らかになっています。これらを踏まえて、いよいよ私が特に興味を持っている領域に触れたいと思います。興味を持っているということで、このブログでは、何度も登場した理論です。一つは、スペルキ博士らが提唱する「コアノレッジ理論」で、もうひとつが、ウェルマン博士らを中心として提唱されている「素朴理論」です。

「コアノレッジ」は、「中核となる知識」という意味で、乳児は、物体や数、他者との関係などのように、ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、,生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方です。そして、持って生まれてきた基本的知識を基に、その後の知識の獲得や学習を進めていくと主張しています。彼女らによると、中核となる知識は、どのような経験を経ても決して変わることがありませんが、一方、その後積み上げられる知識は、概念変化を経験することもあると述べているのです。

ここで重要なのは、各領域の知識は領域固有であり、他の領域とは干渉し合わないことだと言います。たとえば、モノに関する知識は、ヒトにはあてはまりません。また、乳児が持っている中核的な知識は、他の知識に比べて最も本質的であり、その領域内における様々な事象にあてはまる確実性を持ちます。たとえば、物体について言えば、物体が別の物体に接触するとその物体の動きに影響を与えるという接触の原理は中核の知識です。しかし、重力は中核の知識ではありません。スペルキ博士によると、物体は知覚できる形で支えられていなくても、必ず下に落ちるとは限らないため、確実性が低いということなのです。

中核” への14件のコメント

  1. 前回から「アニミズム」という言葉が出てきていますが、正直ちゃんと理解していません。ネットで調べると、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方だとありますが、これだとしっくりこないです。前回の記事には、ピアジェのアニミズムとあるので、恐らく児童心理学におけるアニミズムとは、2~4歳児の幼児期には、まわりのものが全て自分と同じように感じ、意識を持ち、意思を持っていると考える時期のことを言うそうです。
    この簡単な知識だけ入れて読んでみると、ケアリー博士は当初、生物学知識を獲得するのは、10歳程度になってからだと考えていて、幼児は、生物学知識が不足しているため、豊富な知識を持っている心理学知識に従って考えてしまうのが、アニミズム的思考というのは、少し理解しやすくなります。

     しかし、このケアリー博士の主張は、波多野博士や板垣博士などによって反証されるのですね。あまり、アニミズムについて調べなくてもよかったかもしれません。

    藤森先生が、ストレートに興味を持っているとおっしゃるということは、大切な理論なんだと思います。「コアノレッジ理論」「素朴理論」この2つは忘れないようにします。理解はまだ先でしょうが。。。

  2. コアノレッジという、「ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくる」考え方を知って、初めは生命が作られていく過程にそのようなものが既に備わるように形成されていっているということに疑問を持っていましたが、以前聞いた宇宙の始まりのように、ビックバンが起こってそのあとの1秒にも満たない時間に、この世の全てを作り得る存在が形成されたということを考えると、なんとなくですが理解してしまいます。その中でも、「必要最小限の経験で獲得できる」というところが気になりました。生得的でありながらも、経験から得るものとの相互性も成長する上で重要になるような印象を受けました。

  3. ケアリー博士が自分の主張にとって不利な証拠が提示されたことを受け、主張の一部を撤回したとありました。研究者という専門性の高い職種で、「プライド」ともありましたが、間違っていたことを認める行為は素晴らしいですね。私はくだらないプライドのくせに頑なになりがちなところがあるので見習っていきたいと思えました。また「ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方」をコアノレッジというのですね。接触の原理と重力の比較はとてもわかりやすく、中核の知識には確実性が伴うことがわかります。他の中核の知識は何があるだろうと考えてもなかなか出てきません。無意識に捉えている部分が大きいのだろうなと感じましたが、他に中核の知識に何があるのか気になりました。

  4. 〝ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、,生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくる〟というのが〝コアノレッジ理論〟だとありました。その源はどこからくるのか疑問に思いました。遺伝子に組み込まれているのか、お母さんのお腹の中にいる時に身につくものなのか…。想像でしかありませんが、そのことについても技術が進んでいくと解明されていくものなのでしょうか。
    ただ、この〝コアノレッジ〟というものは生まれながらにして持っているものでありながらも、その後の環境次第で形成されていくものでもあるように感じます。なんだか不思議な感じもしますし、難しいですし、だからこそ面白いのかなとも思いました。

  5. ヒトのもつ核となる部分、「コアカレッジ」という゛乳児は、物体や数、他者との関係などのように、ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、,生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方゛とあり、中核となる知識という意味であり、この生得的もしくは、必要最小限の経験で獲得できるというのは、生得的には、というのは、生まれながらにして備わっている感覚や能力であり、それが生きる力になっているというように考えることができますが、それでは、必要最小限の経験というのは、世に生まれた瞬間から始まる母乳を飲んだり、抱っこをされたり、ヒト同士の関わりのなかで、経験するものが、生得的に備わっているものと相互し合い、中核となる知識となっていくのではと考えています。

  6. 認知発達研究をリードしているケアリー博士でありながら、他者からの反証で、自分の主張を撤回するという姿は素晴らしいですね。物事の本質にたどり着くことができるのはこのような姿勢の人なのかもしれませんね。コアノレッジ理論では、やはり乳児は様々な能力を持って産まれてくるということを言っているのですね。「生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方です」とありましたが、必要最小限の経験で獲得できるようにという部分も印象的でした。環境との相互作用も重要でありながら、そのためにはそもそも本来持っている能力もまた重要になるということになるのでしょうか。また「各領域の知識は領域固有であり、他の領域とは干渉し合わないことだと言います」という部分も気になりました。干渉し合わないというのはどういうことなのか読んでいきながら理解していきたいと思います。

  7.  「ケアリー博士の偉大さ」中々できることではありませんね。自分の発言を擁護しようと一生懸命な人が多い中で、一人の大人としてその姿勢を見習いたいと思います。
     「コアノレッジ理論」「生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくる」この考え方は赤ちゃんのもつ果てしない力を証明する大きなきっかけを持っていますね。例えば胎児が行う新生児微笑など、当てはまるように思えます。「そして、持って生まれてきた基本的知識を基に、その後の知識の獲得や学習を進めていく」読み進めながら、この理論に改めてその違和感の無さを思った時、つまりそれは先生の仰ってきた乳児観を念頭に置きながら読み進められているからではないか、ということに気付かされる思いがしました。

  8. 「コアノレッジ」「中核となる知識」と書かれてあり、「生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方」確かに、今までの藤森先生の乳児の考え方、有名な研究者達の理論から考えると、納得できる考え方です。その中核となる知識を基に学習が進められると書いてあります。今までは乳児は何もない存在として思われており、知識もないという刷り込みがあったのかもしれませんが、経験で獲得できるということは、やはり環境が重要になってくるのだと思います。それを踏まえて自園の乳児の環境を考えてみると、新たな発見があるように思いました。

  9. 研究者が自身の発表の間違えに気付いたとしても、それを修正するよりも、そのまま押し通したほうが簡単という話を聞いたことがあります。私にはまだまだわからない世界ですが、今回の文中にもあるよううな「世界の認知発達研究をリードしている方が、プライドもあった」といった研究者としての地位といった難しさもあるのでしょうね。そういった環境の中、一部の発言を撤回したケアリー博士だからこそ、撤回をしていない発表はより確かなものとなり、評価されているところもあるのでしょうね。

  10. これまた難しい内容になってきているように思いますが、藤森先生が特に興味を持っている部分に触れられるということは嬉しいことです。コアノレッジとは「中核となる知識」という意味で、乳児は、物体や数、他者との関係などのように、ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、,生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方」とあります。乳児は生まれながらに基礎的な部分を備えているのか、必要最低限の経験を環境から得ていくのかということでしょうか。さらに「他の領域とは干渉し合わない」ともあります。正直これからの読み続けないと理解は程遠い気がします。

  11. 今回の話は難しく感じましたが、「ケアリー博士が自分の主張にとって不利な証拠が提示されたことを受け、主張の一部を撤回した」という文章が印象的でした。ブログでも書かれている通り、研究者としてのプライドもあるはずなのに、自分の間違えを認めたというケアリー博士の行動は素晴らしいと思います。このような場面は、私も経験したことがありますが、自分の間違えを指摘されたときに、認めたくない気持ちが強く感じられます。ケアリー博士の立場ならなおさらだと思いますが、素直に認め、訂正し直す姿勢は見習わければなりませんね。ブログを読むことで、研究の内容だけでなく、人としてどうあるべきかの学びに繋がっています。

  12. 「コアノレッジ」の話がありました。コアノレッジとは「中核となる知識」という意味で乳児は、物体や数、他者との関係などのように、ヒトが生存する上で重要だと考えられる領域の中でも最も基礎的かつ中核的な部分を、生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方とあります。そして、その基本的な知識をもとに学習を進めていくわけですね。発達に合わないことをしてもダメだということともつながるなと感じました。持っている知識、能力をもとに学習を進めるのであれば、まだ持ち合わせていない知識を使ったステップにはなかなか到達できないと考えました。子どものことを好きなこと、子どものことを理解することが、保育士の「コアノレッジ」なのかもと感じました。

  13. 人は赤ちゃんの頃から基本的な生存するための知識は持って生まれてきているのですね。そして、経験をして積み上げられる知識は概念変化を起こすこともある知識として取り入れられていくのですね。なるほど、発達におけるものは身体的なものだけではなく、知識の面でもコアとなる知識は持った状態で生まれてくるのですね。遺伝と環境という議論の内容が以前のブログでもありましたが、こういった赤ちゃんの持つ知識や発達を見ても、やはりどちらの影響を人は受けているのではないかと思います。

  14. 乳児について考えることは、同時に、人間とは何か、ヒトとは如何なる存在か、を考える現代的視点なんだろうと思いました。「乳幼児は物理学的知識、心理学的知識、生物学的知識を持っていることが明らかになっています。」乳児研究もここまで進んで来ている。ケアリー博士によって乳児は生物学的知識が不足しているとされましたが、日本の研究者によって反駁されたというお話は興味深いですね。「幼児は生気論的因果という、活力やエネルギーを生成するために生物は食べ物を摂取するという考え」はまさに生物学的知識で乳児にも当てはまります。そしていよいよ「スペルキ博士らが提唱する「コアノレッジ理論」」。2017年6月1日「赤ちゃんの知識の豊富さ」で確か初めて紹介されています。今回からまたじっくりと同理論について学べますね。今度はどのような知見を得られるのか、楽しみですね。そしてもう一つの「素朴理論」の初出は2015年1月25日のようです。もっと以前にも触れていましたかね?「検索」機能で調べてみました。こちらの理論を今回からしっかりと学べそうです。「生得的もしくは必要最小限の経験で獲得できるように生まれてくるという考え方」がコアノレッジ理論。領域固有と中核の知識。さて、次のブログではどう展開してくるか?

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