社会的領域

今回の小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化されます。改訂の経緯としては、「人格の完成及び国民の育成の基盤となるものが道徳性であり,その道徳性を育てることが学校教育における道徳教育の使命である。」とあります。ここで、道徳性を育てようとしています。さらに、「我が国の学校教育において道徳教育は,道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行うものとされてきた。」とあります。しかし、それではなかなか指導しきれないので、今回の改訂で、道徳の時間を「特別の教科道徳」として位置付けることにしたのです。そして、小学校では平成30年4月から、中学校では平成31年4月より道徳の特別教科化が行なわれます。それによって、道徳的価値を自分事として理解し、多面的・多角的に深く考えたり、議論したりする道徳教育の充実を計ろうとしています。

最近の研究によると、道徳的判断において直感が最初にあることが示唆されています。この傾向は、発達心理学でも同様だと言われています。しかも、道徳に関わる直観的な判断は、すでに幼児期から大人に近い形で存在していると言われているのです。また、幼児は道徳の本質も分かっているようだと言われています。道徳は、私たちが守るべき社会的ルールです。社会的ルールは、大きく三つの領域で構成されていると考えるのが、「社会的領域理論」だそうです。

社会的領域理論の研究者であるスメタナによると、社会的領域理論では、道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳(場面例:いじめ,殺人,緊急場面での援助)」「慣習(場面例:挨拶,宗教儀式,マナー,校則)」「心理(個人/自己管理)(場面例:趣味,遊びや友人の選択)」という三つの領域に分けて考えています。そして、近年では、道徳判断と心の理論に関する研究も進められています。

ということで、上にあるような構成から見ると、第1に分類されているのが「道徳領域」です。それについて、林創は、著書「子どもの社会的な心の発達」の中で、この領域は正義の概念が構成の基盤となっていて、社会や文化を超えて普遍的であると言っています。例えば、人の物を盗むということや、正当な理由もなく配分を不平等にするといったことは、どのような社会でも許されないというのです。次に第2は、「慣習領域」です。林は、これは社会の組織についての概念が構成の基盤となっていて、所属する集団や社会、あるいは文化によって変わりうるところに特徴があると言っています。たとえば、私たち日本人を含め、多くの社会で男性がスカートをはくことは奇異に感じられますが、スコットランドでは男性がキルトと呼ばれるスカートに似た民族衣装を着用することがあります。第3の「真理領域」については、こう説明しています。これは個人の自由や意志に関する概念が構成の基盤となっていると言います。行動の影響が自分だけで、道徳や慣習に規定されるものではないと言うのです。たとえば、安全、健康に関係した行為で、「寒いときは手袋をする」といったルールを決めている場合があたるというのです。

さらにスメタナは、ある保育園の幼児を対象に、道徳違反をして「人のものを盗む」というように、その保育園に関係なく普遍的に悪いことと、慣習違反として「お話の時間に絨毯の上に座らない」というように、その保育園での独自のルールと関係したお話を聞かせたそうです。すると、道徳違反のほうが慣習違反よりも悪いと評価し、状況によって変わらないと判断したそうです。つまり、3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できるということになるのです。

社会的領域” への13件のコメント

  1. 道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳」「慣習」「心理」という3つの領域に分けることができるのですね。道徳領域は、社会や文化を超えて普遍的であること、慣習領域は、社会の組織についての概念が構成の基盤となっていて、所属する集団や社会、あるいは文化によって変わることがあるということ、心理領域は、個人の自由や意志に関する概念が構成の基盤となっているとありました。このように分けられているというのはおもしろいですね。子どもたちの行動がこの領域のどの部分になるのかということがこれだけ具体的に示してあると分かりそうです。また、最後の実験もおもしろいですね。道徳違反とと慣習違反とでは道徳違反の方が悪いということを判断したのですね。「道徳に関わる直観的な判断は、すでに幼児期から大人に近い形で存在していると言われているのです。また、幼児は道徳の本質も分かっているようだ」ということからも、道徳を教科として学ぶことに違和感を感じますね。

  2. 「人格の完成及び国民の育成の基盤となるものが道徳性であり,その道徳性を育てることが学校教育における道徳教育の使命である。」という改訂内容から、そのような改訂に至るまでの経緯のようなものがきっと存在するのだと思いますし、近年に見られる傾向と付けたい力というものが「道徳」に関連するということが推測できます。国力の底上げや、教育というものの基盤に「道徳」と言うものがあると認識することで、授業方法が変化していったり、乳幼児教育の面でも様々な方法が生まれていく過渡期でもあるということでしょうか。そして、「3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できる」という研究結果にも、子どもたちが幼いうちから優先順位というものを自ら構築して理解していることが伝わってきました。

  3. 今回の小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化され、小学校では平成30年4月から、中学校では平成31年4月より道徳の特別教科化が行なわれるのですね。また道徳の時間を「特別の教科道徳」として位置付けるともあり、自分が受けていた道徳の授業からどういった形に変わるのかが気になりました。そして、社会的領域理論では、道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳」と「慣習」と「心理」の領域に分けることができるのですね。道徳を領域別に分けることで、子どもたちの道徳的な発達がどこにあるのかが分かりやすくなるように感じました。また、3〜4歳ごろの子どもでも道徳違反と慣習違反を区別できていることがすでにわかっているのですね。このことからも「道徳に関わる直観的な判断は、すでに幼児期から大人に近い形で存在している」ことを示しているなと思いました。むしろ大人より子どもの方が直感的判断を素直に表してくれるように思えるので、子どもが最も道徳的なのではないかとも感じました。

  4. 自分が小学校の頃、道徳の授業というと、道徳の教科書を読み、それについての感想や、登場人物思いを想像するようなことを行なっていました。自分の立場に置き換えながら考えていましたので、個人的にはとても楽しい時間だった記憶があります。しかし、それで道徳的な心を学べたかについては疑問が残ります。今後は道徳の強化でどんな授業が展開されるのでしょうか。ちょっと気になります。自分事として理解し、多面的・多角的に深く考えたり、議論したりする道徳教育の充実とありますが、何がかわるのかなと思いました。
    社会的認知の領域とは「道徳」「習慣」「心理」に分けられるんですね。道徳違反をするのと、習慣違反をするという実験で3から4歳ではその区別ができているんですね。大人と同じ感覚ですね。そう思うと、道徳を教えるってなんなのでしょう。教わるものではなく個人が感じたものそのものでよいと思いました。

  5. 〝3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できる〟とあり、道徳の授業、教科ということに違和感を感じてしまいます。
    ですが、国の政策として指導要領の改訂から伝わるのは、道徳がこの国に必要なものであるということです。その改訂に至るまでの経緯をたどると、どのようにして特別な教科となるのかということを理解でき、これからの道徳を考える上でのヒントとなりそうです。

  6. つい指針の改定の話ばかりが気になっていましたが、小学校学習指導要領の改訂もあるということも忘れてはいけませんね。内容としては、道徳が強化されるとのことですが、今の時代に求められていることを感じます。海外の学校での授業の中に宗教をベースに道徳なものを教えるというのは聞いたことがありますが、「道徳」という授業があるというのは聞いたことがないので日本特有のものよさなのかもしれませんね。道徳の内容としては「道徳」「慣習」「心理」に分けられるということですが、こうして物事を分けて考えると道徳違反か慣習違反というように考えを巡らせることができますね。そして、それらが3、4歳頃には、できるということもちろん道徳違反や慣習違反という言葉は知らないでしょうが、子どもたちのすごさを感じました。

  7. 「道徳」が特別教科になる?私が子どもの頃にも「道徳」の授業がしっかりありました。しかし、具体的に一体何を学んだのか、思い出そうと思って思い出せません。「道徳」というと、わかったような、わからないような、そんな印象を受けます。しかも、「道徳」は我が国の近代史を振り返ると「滅私奉公」をついには強要されてしまうのではないか、という不安感、恐怖感を抱かされます。小学校では平成30年度、中学校では平成31年度から始まる「特別の教科道徳」。一体全体、どんな授業になるのでしょうか?おそらく今年度あたりから当該研修(どなたが講師となられるのか)を通じて教諭の皆さんはこの授業の準備を始めることになるのでしょう。その授業を通じて、先生たちは生徒の皆さんにどんな心情・意欲・態度を育もうとしているのか、いつか誰かから聴いてみたいものです。社会的領域理論研究者スメタナ氏の領域論には興味を惹かれます。「道徳・慣習・心理」という分類自体も私にとっては新鮮な分類です。これら三者の相関関係は如何に?

  8. 小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化されるのですね。文中に、「人格の完成及び国民の育成の基盤となるものが道徳性であり,その道徳性を育てることが学校教育における道徳教育の使命である。」とあるように道徳というのは人としてとても大切なことのように思います。『「社会的領域理論」では、道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳(場面例:いじめ,殺人,緊急場面での援助)」「慣習(場面例:挨拶,宗教儀式,マナー,校則)」「心理(個人/自己管理)(場面例:趣味,遊びや友人の選択)」という三つの領域に分ける』とありましたが、どの領域も大切です。小学校、中学校の教育で道徳の授業が増えるようですが、人として大切な道徳心を身に着けていってもらいたいです。そして、日本人らしさでもある、他人への配慮や、他者を気遣ったりする心を大切にし、日本がより良いものになることを願います。
    また、こうした道徳的判断は幼少期から大人と変わらないくらいできるということなので、保育現場では、どんな関わりが子どもの道徳心を高めることにつながるのか考えながら、保育していきたいと感じました。

  9. 社会的領域の道徳、習慣、心理という3つが基盤としてあるのですね。以前の道徳の内容にも人のもつ道徳的判断と言うものは直感的なものが直結しており、それは、こどもの頃からあると言うことを聞いたときに親と子のアタッチメントの形というものを考えました。そこで、築かれる感覚もあるのではとおもいました。また、゛道徳違反のほうが慣習違反よりも悪いと評価し、状況によって変わらないと判断した゛とあることから、私たち大人が教えることではなく、自ら見て、道徳的判断をすることの方が単に規則を教え込んでは道徳心は育たないのではという仮説を持てます。人格が形成される重要な時期であることと、普遍的に悪いこととを感じることができることを改めて意識して関わっていきたいです。

  10. 今回の小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化されるのですね。小学校の頃の道徳の授業を思い返してみると、記憶にはほとんどなく、楽な授業(笑)というイメージしかありません。そんな記憶にも残らない道徳の授業を受けていましたが、こうして人と関わりながらも善悪の判断や、社会で生きる上での他人への配慮などについて身についているように思えます。(自分で言うのも変ですが)なので、道徳の授業を強化すると言われると、本当に意味があるのか疑問を感じます。
    道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳」「慣習」「心理(個人/自己管理)」と三つの領域に分けて考えるのですね。「道徳違反のほうが慣習違反よりも悪いと評価し、状況によって変わらないと判断したそうです。つまり、3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できるということになるのです」とありましたが、これは子ども達を見ているとわかりますね。挨拶しなくても子ども同士では怒りません。しかし、人を叩く、傷つけるという行為に対しては怒ります。なんとく当たり前のように考えていましたが、実際に優先される道徳があると思うと、どうやって身についていくのか面白いですね。

  11. 「人格の完成及び国民の育成の基盤となるものが道徳性であり,その道徳性を育てることが学校教育における道徳教育の使命である。」書いてある内容は間違っていないと思うのですが、学校教育による使命という箇所が少し違和感を感じます。最近の研究で道徳的判断は直感があたる書いてあるのと矛盾が生じます。しかも幼児期の頃に大人に近い形で存在しているとなると、学校で学ぶ必要があるのかな?と思います。実際の実験でも3~4歳で既に道徳的判断ができるという結果があることで、もともと備わっている能力であるという事と、学ぶというよりも自らの体験から学んでいくのだと思いました。

  12.  「今回の小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化されます。」この度のブログの始まりにこう書かれているものの、結びには「3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できる」こう書かれています。思ってしまったのは、保育、乳幼児教育という分野において実は道徳を深く考察していくべきところを、小学校にあげてしまっているという点。そしてそれを、未発達な部分を多く残す日本の小学校教育で取り上げる点。これらに多少の疑問を持ちます。見守る保育を学ぶ中で、子どもが、人が学ぶ環境というものの重要さを感じるようになり、そう思うと既存の小学校の授業形態にも変化が必要ではないかと、思ったりします。道徳というものをこうして掘り下げた研究に、今の小学校の授業形態では、はたしてついていくことができるのでしょうか。

  13. 道徳の社会的認知領域は3つの分類ができるのですね。なるほど、「道徳領域」「慣習領域」「心理領域」と別れているのを一つ一つ解説していただけたので、とても想像しやすいです。このルールに当てはめたときに子どもたちは道徳領域はすでに持っているように思います。その中で、「慣習領域」や「心理領域」といったものは環境に大きく左右されそうですね。以前、ある先生に「大人がしなければいけないことは、社会に適応するための倫理は伝えていかなければいけない」ということを言われました。それは「道徳領域」や「慣習領域」の部分なのかもしれません。いろいろと考えてみると面白いですね。これらのことを踏まえてどう保育に生かしていくか、どういった視点を求められるのかを考えていく必要がありますね。

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