乳児期から幼児期

ハイトが言うように道徳は学習されるものであるとすると、教育の面はますます大事なりますが、とくに幼児期から児童期の始め頃は、発達の個人差も大きいので、標準的な誤信念課題に正答できる年齢であっても、実際の対人場面ではほかの子どもがどう感じるかをあまり意識できない子どもがいても、不思議ではないということには気をつけなければなりません。

ドイツで、子どもの写真を見せて、「このときのこの子の気持ちはどうかな?」とか「この子はどんな気持ちなのかな?」と子どもに問うようなカードが用意されているのを見たことがあります。道徳における幼児期の教育では、このような方法が提案されています。Aさんに悪いことをしてしまったBさんがいた場合、Bさんに対して「Aちゃんはどんな気持ちかな?」といった「他者の気持ちに気づかせる」(意識させる)という指導を「繰り返し行なう」という地道なことが重要とわかってくると言うのです。こうした過程こそが、理性的な道徳的判断を育成するうえで鍵の一つになると言うのです。行動の前に「もし、自分が……したら、Bちゃんは悲しむはずだ」といった思考ができると、直感に左右される行動を制御できるようになるからだと言います。

さらに、知識状態による道徳的判断の発達は、意図による道徳的判断の発達より遅れることから、他者の心の状態がわかるようになる、つまり心の理論の基礎が発達したからといって、道徳的判断がすべての面で大人に近づくというわけでないことがわかります。幼児は悪いことをした人の「知識状態(悪いことにつながる情報を知っている / 知らない)」を理解しているにもかかわらず、それを道徳的判断の手がかりとして使うわけではないようです。知識状態は結果の予見可能性につながる大きなポイントにもかかわらず、7歳頃までの子どもは、道徳的判断においてこの予見可能性には注意が向きにくいと言います。

これらの知見から言えることとして、林は、幼児期(から児童期の始め頃)の子どもは、大人とは少し違った道徳的判断の基準があるそうだと言います。このことをふまえると、大人が子どもに注意する場面で、大人一般の基準を暗黙の前提とするのは不適切な場合もあるということになると言うのです。たとえば、意図と知識状態では違いがあることから、幼児に対して「わざとやったのね」と注意すれば伝わりやすいですが、「誰のか知っていてやったのね」と注意しても、なぜ悪いのかということがすぐには理解しにくいという可能性も考えられるのではないかと林は言います。これは、幼児教育の実践の場での指導にあらたなヒントになりそうだと彼は言うのです。

幼小連携が現在課題となっています。それは、道徳的判断においても言えます。児童期は、乳児から幼児期に基礎が出来ていく心の理論が、社会的な場面で状況に応じて柔軟に機能するようになっていく重要な時期だということです。また、大人の違った道徳的判断の基準に向けて、児童期の教育は、社会性に近づくうえで橋渡しとなる大切な時期だということを認識して欲しいと思います。

そのために、二つのポイントが重要だと言います。第1は、二次の心の理論の発達と、それに関連する社会性の発達だと言います。たとえば、悪意のないうそを理解したり、うそと冗談を区別できたりするようになります。これらは、周りの状況を的確に読み取って対応できていくことにもなるので、場に応じてコミュニケーションをする人間らしい能力の発達にもつながると言います。それは、よく言うような「空気を読む」という力にかかわっていくようです。

生得的

道徳的判断の発達を見ていくと、それは何歳頃から何々ができるようになるというようなことの研究について、なんだか不思議な気がします。なぜかというと、その発達を遂げている年齢なっても、というより、最近の大人の行動を見ると、本当に発達を遂げているのだろうかと疑わしい言動を見聞きすることが多いからです。「知っていたら結果を予見できたので悪いが、知らなかったから結果を予見できず仕方がない」という構図はよく見ますし、子どもはまだ発達が十分でないために、悪事を働いたのが自分にとって嫌いな人物だったとしても、自分は嫌いという感情を抑制できなければ、不当にその人物を厳しく社会的に評価したり、罰したりすることにもなりかねないと言います。また、子どもは、自分自身が関与することで、抑制が働きにくくなる傾向になるということも、よく大人でも見られます。

ハイトは、道徳的判断では、まず直観的判断があり、それを正当化する道徳的な理由付けがあとから生み出されることを強調しています。彼は、「道徳は(進化した一連の本能として)生得的なものであるとともに、学習されたものでもある(子どもは、特定の文化の中で生得的な本能を適用する方法を学習していく)」と述べているそうです。林は、これは、ことばの発達と類似しているとも言えそうだと言います。言語能力は生得的なものと考えられていますが、何もない状態でことばが話せるようになるわけではないのです。子どもは、まわりの大人が話していることばを繰り返し耳にすることで、話せるようになっていくのです。さらに、耳にすることばによって、さまざまな言語に対応していくのです。道徳性も似た面がありそうだと考えているのです。

人間は道徳的な感受性、あるいはそのような処理をするメカニズムを生得的に持って生まれてきますが、何もない状態では、そのメカニズムは適切に発達しないかもしれないと林は言うのです。生後に受ける教育や文化の影響によって、その道徳的感受性が開花するのです。そして、受ける教育や環境の違いによって、文化による規範意識の違いに対応していくとともに、理性的な道徳的判断ができるようになっていくと考えられているのです。

このようにハイドがいうように、道徳は学習されるものであるとすると、教育の面はますます大事になるであろうと林は言います。とくに幼児期から児童期の始め頃は、発達の個人差も大きいので、標準的な誤信念課題に正答できる年齢であっても、実際の対人場面ではほかの子どもがどう感じるかをあまり意識できない子どもがいても、不思議ではないのです。

ここまでの知見を見ると、私はいろいろと考えることがあります。まず、道徳的な感受性は生得的であるということは、その後の教育によって学習されるとすると、その教育はエデュケーションという「引き出される」という意味に近く、教え込むということではないと思います。しかも、言語と同じようにまわりの大人からの影響が大きいとすると、環境がとても重要であるということがわかります。それは、大人になってからも、自分の周りの人たちの道徳的判断がずいぶんと影響するようです。そのような環境にいると、また、そのような文化の中で育ていると、自分のそのような道徳的判断をするようになってしまうのでしょう。また、子どもの日常的な場面のなかで学習していくとしたら、やはり幼児期から子どもの社会的ネットワークの中で、経験を積み重ねていく必要があるのではないでしょうか?

心の理論と道徳的判断

昨日紹介した二つの事例について、林は、男の子の心の状態を問う質問と道徳的判断質問を行なったそうです。男の子の心の状態とは、「知っている男の子はどちらか?女の子が知っていると思っている男の子はどちらか?」で、道徳的判断とは「どちらがより悪いか?」という質問です。その結果、心の状態質問の正答率ですが、一次レベルの課題では、4~5歳前半ですでに80%程度もあり、主人公の知識状態を理解できていたそうです。これは心の理論を4~5歳頃から獲得し始めるという一般的知見にも合致するそうです。二次レベルの課題では、7~9歳頃にかけて正答率が上昇したそうです。これも、二次の心の理論が児童期の中頃までに発達するという一般的知見に合致するそうです。

これに対して道徳的判断質問の正答率では、一次レベルの課題でも6歳頃までは低く、大人と同程度になったのは児童期の9歳頃からだったそうです。これは、4~5歳頃から「意図」に基づく道徳的判断が可能であるという先行研究とはかなり異なっているそうです。誤答者の多くは「どちらも同じくらい悪いとことをした」と答えていたようですので、ピアジェが報告した結果論的判断に似た知見が得られたのです。また、二次レベルの課題では、7~9歳頃にかけて道徳的判断質問の正答率が急上昇したそうです。しかし、心の状態質問の正答率よりは低いもので、二次の心の理論がかかわる際にも、心の状態そのものを理解する時期とそれに基づいて大人のように道徳的に判断する時期には少しズレがあることがわかったそうです。

ずいぶんとややこしい話になってきましたので、林は少し整理しています。まず、道徳性の発達として、すでに赤ちゃんの頃からその芽生えが様々な形で見られるということがあります。また、とくに児童期以降に、大人が持っている心の理論をふまえた道徳的な判断が次第に身についていく様子が示唆されています。

心の理論と道徳的判断の研究は、かつて独立して研究が進んできた面がありますが、近年、急速に両者の関係を検討した研究が進んでいるというのです。そこでは、心の理論の発達が道徳的判断の基礎となる、逆に道徳的判断が心の理論に影響する、心の理論と道徳判断は相互に関係するなど、研究者によってとらえ方は変わるそうですが、密接な関連があるのは間違いないことがわかっています。

さらに、心の理論の発達の背後には、実行機能の働きも欠かせないこともわかってきました。ことばが発達し、次第に論理的な思考が身につく幼児期から児童期は、さまざまな目標に向けて注意や行動をコントロールできるようになる時期ですから、直観的な判断の後の道徳的な理由付けがいかにうまく、そして妥当な物になっていくかには、実行機能をうまく働かせられかどうかが鍵を握ることになるようです。例えば、子どもの日常的な場面を考えれば、悪事を働いたのが自分にとって嫌いな人物だったとしても、自分は嫌いという感情を抑制できなければ、不当にその人物を厳しく社会的に評価したり、罰したりすることにもなりかねないと言います。客観的な判断には理性が求められますが、ここに実行機能の発達がかかわると言います。また、公平性を調べた多くの研究から、子ども自身が第三者の視点で配分を判断する場合に比べて、子ども自身が当事者となって配分を決める場合、幼児では利己的な傾向が見られることが知られています。これも実行機能の観点から説明でき、自分自身が関与することで、抑制が働きにくくなるのかもしれないと林は考えています。

知らなかった

人間の瞬時の直観的判断は重要です。そのために、道徳的判断にも、進化的な適応により、さまざまな直感的な認識が備わっているのです。その結果、トロッコ問題のように特殊な状況になると、論理的に一貫しない判断をしてしまう傾向が現われると考えられています。しかし、現代の私たちが生きて行くには、裁判を見てもわかるように、時間をかけて理性的な判断をすることが求められますし、子どもたちにもそのような判断ができるようになることが求められるのです。

道徳的判断において、具体的にどのようなことが理性的に考えていく上で鍵になるのかというと、心の理論の発達を踏まえることが大切であると林は言います。ピアジェの古典的研究によれば、子どもは7歳頃まで結果に注意が向きやすく、その後、動機や意図といった内面の心の状態をもとにした判断に変わることが知られています。しかし、心の理論研究が進むにつれて、言葉を使ったやり取りでもピアジェが報告した年齢よりも、もっと年少の3~5歳頃から意図や動機といった心の状態に注目して、道徳的判断をすることが明らかになっています。結果が同じであれば、わざとやった場合のほうが、わざとでない場合よりも悪いと、年少の頃から敏感に反応するというのです。

しかし、心の状態は意図や動機に限りません。たとえば、悪事が発覚した際のよくある言い訳は、「知らなかったんだ」ではないかと林は言いますが、最近、政治関係の答弁でこの言葉をよく聞きますね。これは、結果の予見可能性を踏まえての発言で、「知っていたら結果を予見できたので悪いが、知らなかったから結果を予見できず仕方がない」という構図があると林は言いますが、まさに日々これは実感しますね。犯罪の報道でも、「容疑者は、盗品と知りながら、物品を買い取った」ということがありますが、それもこういうことなのです。このように、私たちは「知識状態」(知っている・知らない)に基づいても道徳的判断をしていますし、法律違反の理由にもなるのだというのです。

林は、この知識状態をもとにした道徳的判断の発達について、幼児と児童、及び大人を対象に実験を行なったことがあるそうです。手続きは、ピアジェの研究のように、二つの似たお話を比較させる方法を採ったそうです。例えば、一次の心の理論のレベルでは、二つのお話は男の子の行為によって、女の子を悲しませる結果を生み出すという点で同じですが、結果の予見性にかかわる知識状態のみ、違いを設けたそうです。状況としては、男の子が落書きをした行為によって、女の子は画用紙を汚されたという結果を生み出したというものです。そのとき、「男の子は、画用紙が女の子のものであることを知らなかった。だから落書きをした」というのと、「男の子は、画用紙が女の子のものであることを知っていたが、落書きをした」という場合です。この二つの場合では、多くの人は、「知っている」男の子のほうが悪いと感じます。

また、7~11歳の児童には、二次の心の理論との関係を調べるため、入れ子になった心の状態での違いの課題もあわせて実施したそうです。具体的には、二つの話は男の子の行為によって、女の子を悲しませる結果を生み出すという点で同じですが、結果の予見にかかわる知識状態のみ、違いを設けたそうです。状況は、「男の子が何も言わないために、傘を持たずに出かけた女の子が雨に濡れるという悲しませる結果を生み出してしまうというものです。そのとき、男の子は、「女の子が、雨が降るのを知っていると思っていたために何も言わなかった」という場合と、男の子は、「女の子が、雨が降るのを知らないと思っていたが、何も言わなかった」場合です。この場合は、多くの人は、知らないと思っている男の子のほうが悪いと感じます。

道徳教育

私は以前から赤ちゃんが持っているさまざまな道徳に対する認識を紹介してきました。援助行動が14ヶ月から18ヶ月の乳児でもみられ、また、12ヶ月児でも情報を必要としている大人に指さしすること、また、同情といった行動を行なうことなどです。さらに、公平感についての認識も乳児から持っているということも紹介しました。このように、赤ちゃんや幼児期初期という幼い年齢を対象にした近年の研究から、援助や同情、公平感など道徳性の発達の基盤といえる認識や行動が、すでに早い時期から備わっていることが明らかになりつつあると言えます。林は、「道徳性は本能であり、言葉と同様に生得的な基盤があると言えるのか、それとも生まれからわずかの時期であっても、日々の社会的な相互作用によって、道徳性の基盤が獲得されるのか、どちらの考え方もあると思われますが、いずれにしても、人間はかなり幼い頃からすでに道徳性の萌芽が見られ、直観的に判断することはたしかなようです。

このような知見に対して、小学校での道徳の教科化をどう考えればいいのでしょうか?林は、こんな経験を紹介しています。小学校の教育実習を終えた学生からこんな感想を聞いたのです。「実習で道徳の授業をしましたが、道徳を教えるのは難しかったです。人間の道徳的判断は必ずしも論理的でもない…じゃあ道徳は授業として、どうすればよいのだろう?と思いました。」この学生は、実習先で道徳の研究授業を行ない、自分で教材や指導案をいろいろ考えていたのだそうです。

林はこう考えています。教育現場の道徳の授業では、子どもたちにお話を聞かせて、登場人物の気持ちを深く考えさせたり、議論させたりするので、かなり理性的な判断が求められます。たとえば、やはり以前紹介した「ハインツのジレンマ」は、道徳教育の教材としてしばしば使われ、病気の妻を救うために、やむなく薬と盗んだハインツの行動は許されるのかどうかを議論させたりします。ところが、林は、ちょうど実習から戻ってきた直後の彼の授業でトロッコ問題や赤ちゃんの道徳感受性の研究に触れ、人間の道徳的判断が必ずしも論理的ではないと学生に話したところ、彼らは驚いたそうです。徹夜になるほど授業の準備をして、子どもたちに理性的な議論をさせたことは何だったのかと感じたのではないかと林は推測しています。

そこで、林はその翌週の授業で、次のように答えたそうです。「人間は直感だけでなく、その後、理性的に考えることができる。すなわち、時間があれば行動をコントロールできるところに大きな特徴がありますよね。したがって、人間の道徳的な判断が、仮に瞬間的には直感だとしても、その直感だけに左右されず、理性的に考えることの大切さを指導するというところに、道徳教育のポイントを持っていけるのではないでしょうか。

彼はこう考えているようです。人間の瞬時の直観的判断は重要です。たとえば、捕食者に出会った際に、その都度時間を掛けて逃げるべきか否かを論理的に判断していれば、人間は捕食されて大昔に絶滅していたはずです。進化的は観点を考慮すれば、このように直感的判断は重要ですので、道徳的判断にも進化的な適応により、さまざまな直感的な認識が備わっていると考えられると言います。

道徳的感受性

社会的領域理論では、道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳」「慣習」「心理」という三つの領域に分けて考えています。最近の研究によると、3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できるということがわかっています。では、道徳的感受性は、いつ頃から備わっているかというと、驚くべきことに、赤ちゃんでも、単純な物体の動きの中に、社会的意味を読み取っていることが明らかになっているそうです。以前紹介したように「助ける」ものと、「邪魔する」ものが区別できることがわかっています。このような行動の社会的評価に関わる乳児期の研究が、現在盛んに行なわれているそうです。

たとえば、ハムリンらは、生後6ヶ月ですでにポジティブな行動とネガティブな行動を区別することを紹介しています。彼らは、さらに幾何学図形だけでなく、動物の人形を使って、もっとリアルで自然な状況でも検討しています。たとえば、主人公の犬が箱のふたを開けようと悪戦苦闘しているときに、二匹のネコのうち、一方のネコが手助けをし、犬と一緒に箱のふたを引っ張り開けるというシーン(援助)と、もう一方のネコが箱のふたに乗っかり、開けるのを邪魔するというシーン(妨害)を見せました。その後、両方のネコの人形を見せたところ、5ヶ月の赤ちゃんでも手助けをしたネコの方を好んで選んだそうです。

ハムリンらの一連の研究によると、早ければ3ヶ月頃から乳児は援助した方を好むことが報告されているそうです。また、援助でも妨害でもない中立なものも加えると、生後3ヶ月では、中立なものを妨害したものより注視したのに対して、中立なものと援助したものでは差がなかったそうです。このことから、悪い行為に対する認識がより早い時期に現われることも示唆しているというのです。また、あらかじめ主人公が良い行為をした場合と悪い行為をした場合をそれぞれ設定したうえで、同様の実験も行なわれているそうです。すると、良い行為をした主人公の場合には、乳児は主人公を援助した方を選んだそうです。しかし、悪い行為をした主人公の場合には、乳児は逆に主人公を妨害した方を選んだそうです。

このように、文脈にあわせて社会的評価を変えることもできるようなのです。ハムリンは、一連の研究をまとめて、人は生後1年以内に、他者の第三者に対する向社会的/反社会的行為に対して評価ができると考えているそうです。子ども自身が実験場面にかかわる援助行動については、以前のブログで紹介したトマセロの研究が有名です。そのときに紹介した実験は、たとえば、実験者がある対象を落としてしまうのですが、その落とし物に手が届かず拾えないような場面で、14ヶ月から18ヶ月の乳児でも、すぐに拾うという行動が見られたというものです。また、12ヶ月児でも情報を必要としている大人と必要としていない大人がいれば、全社に対して、指さしする割合がより高くなるという実験です。このような研究から、人間は幼いときから、他者の援助行動を好むだけでなく、自分でも他者を助けたいと動機付けられていることがわかったというものです。

ほかにも近年の研究で、同情といった行動についても検討されていることも紹介します。たとえば、「攻撃者」である図形が「犠牲者」である図形を追いかけ、小突き、押しつぶす様子のアニメーションを10ヶ月の赤ちゃんに見せた研究では、アニメーションを提示後に両図形を提示したところ、犠牲者である図形のほうを選ぶ傾向が見られたのですが、両図形に接触がない場合には、選択的な反応は見られなかったことから、赤ちゃんが苦境にある他者に対して原初的な同情的態度を取る可能性を示唆しているということも紹介しましました。

社会的領域

今回の小学校学習指導要領の改訂では、道徳が強化されます。改訂の経緯としては、「人格の完成及び国民の育成の基盤となるものが道徳性であり,その道徳性を育てることが学校教育における道徳教育の使命である。」とあります。ここで、道徳性を育てようとしています。さらに、「我が国の学校教育において道徳教育は,道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行うものとされてきた。」とあります。しかし、それではなかなか指導しきれないので、今回の改訂で、道徳の時間を「特別の教科道徳」として位置付けることにしたのです。そして、小学校では平成30年4月から、中学校では平成31年4月より道徳の特別教科化が行なわれます。それによって、道徳的価値を自分事として理解し、多面的・多角的に深く考えたり、議論したりする道徳教育の充実を計ろうとしています。

最近の研究によると、道徳的判断において直感が最初にあることが示唆されています。この傾向は、発達心理学でも同様だと言われています。しかも、道徳に関わる直観的な判断は、すでに幼児期から大人に近い形で存在していると言われているのです。また、幼児は道徳の本質も分かっているようだと言われています。道徳は、私たちが守るべき社会的ルールです。社会的ルールは、大きく三つの領域で構成されていると考えるのが、「社会的領域理論」だそうです。

社会的領域理論の研究者であるスメタナによると、社会的領域理論では、道徳的な判断や行動の基盤となる社会的認知の領域を「道徳(場面例:いじめ,殺人,緊急場面での援助)」「慣習(場面例:挨拶,宗教儀式,マナー,校則)」「心理(個人/自己管理)(場面例:趣味,遊びや友人の選択)」という三つの領域に分けて考えています。そして、近年では、道徳判断と心の理論に関する研究も進められています。

ということで、上にあるような構成から見ると、第1に分類されているのが「道徳領域」です。それについて、林創は、著書「子どもの社会的な心の発達」の中で、この領域は正義の概念が構成の基盤となっていて、社会や文化を超えて普遍的であると言っています。例えば、人の物を盗むということや、正当な理由もなく配分を不平等にするといったことは、どのような社会でも許されないというのです。次に第2は、「慣習領域」です。林は、これは社会の組織についての概念が構成の基盤となっていて、所属する集団や社会、あるいは文化によって変わりうるところに特徴があると言っています。たとえば、私たち日本人を含め、多くの社会で男性がスカートをはくことは奇異に感じられますが、スコットランドでは男性がキルトと呼ばれるスカートに似た民族衣装を着用することがあります。第3の「真理領域」については、こう説明しています。これは個人の自由や意志に関する概念が構成の基盤となっていると言います。行動の影響が自分だけで、道徳や慣習に規定されるものではないと言うのです。たとえば、安全、健康に関係した行為で、「寒いときは手袋をする」といったルールを決めている場合があたるというのです。

さらにスメタナは、ある保育園の幼児を対象に、道徳違反をして「人のものを盗む」というように、その保育園に関係なく普遍的に悪いことと、慣習違反として「お話の時間に絨毯の上に座らない」というように、その保育園での独自のルールと関係したお話を聞かせたそうです。すると、道徳違反のほうが慣習違反よりも悪いと評価し、状況によって変わらないと判断したそうです。つまり、3~4歳頃には、すでに道徳と慣習を区別することがある程度できるということになるのです。

2017年ドイツ報告28

毎年、ドイツ研修を行なっているのですが、その定番として、まずドイツに着いたら安着祝をします。その様子は報告しました。そのときのメニューは、ドイツに入国したという実感を持つために、ビールとソーセージとザワークラウトが中心です。そして、ドイツ最後の晩は、フェアウェルパーティーをします。「フェアウェル(farewell)」とは、日本語で「お別れ」という意味ですので、辞書には「人を送り出す会合のこと、別れの会、さよならの会、送別会」などと書かれてあります。私たちのフェアウェルパーティーでは、最後の晩に、食事をしながら思い出話に花を咲かせたり、別れを惜しんだりする会です。メニューは、1週間ドイツ料理をたんのしたので、だいたいは中華料理にします。(意外と日本料理はドイツにはあるので)しかし、今回は、レーゲンスブルクではホテルの近くにはなかったため、イタリア料理にしました。

いつものフェアウェルパーティーには、ドイツでお世話になったベルガーさんと通訳の田中さんを招待するのですが、今回は特別にグレッチェさん夫妻をお呼びしました。本当にレーゲンスブルクでは、お世話になりました。まず、グレチェさんからのプレゼントです。参加者の皆さんには、このブログで紹介した「KITAへようこそ」という冊子です。それから、毎年ドイツを訪れている國信さんと、今回事務局を務めた西村君に、側面にドイツ語で、「星は見えるときと見えないときがあっても、いつの空にあるようにいつも私たちはいつも友だちでいる」というような詩が書かれてあるマグカップです。(申し訳ありませんが、そのときにはその内容に感動したのですが、今になっては、はっきりとは覚えていません)私には、すてきな花の絵が描かれてある夫婦コーヒーカップと、今回のいちばんの思い出の旧市庁舎を描いたスケッチを頂きました。

次は私たちからの贈り物です。グレッチェさんには、私から和ろうそくと縮緬の風呂敷、参加者を代表して岡崎さんからは高岡銅器の「おりん」と剣道の指導者用の短い打ち込み棒という竹刀と木刀をプレゼントしました。そして、事務局を務めた西村君が、グレッチェ夫妻に茶を点てて差し上げました。外国の方には、茶道はとても興味あるようですが、その作法は難しいようですが、一生懸命に作法を学ぼうとしてくれました。その後、みんなで今回の研修についての思い出に花を咲かせ、夜が更けるのも忘れて、楽しいひとときを過ごしました。

今年のドイツ研修の最終日になりました。今年は月曜日出発月曜日戻りの予定で計画しました。出発は羽田空港6月26日(月)12時35分発で、ミュンヘン空港同日17時40分着です。帰りは、7月2日(日)16時15分発、羽田空港7月3日(月)10時50分着です。ということで、ミュンヘン空港に向かうのは12時頃だということで、午前中に、私たちの部屋で、最後の振り返り研修を行ないました。四つのグループに分かれて見学した学童施設についての報告を受けて、自分が行っていない施設についても共有することができました。

今回のドイツ報告は、毎年行なっていたのとは少し異なり、園見学だけでない、観光や他国の文化を知るという研修についても報告させてもらいました。もちろん、他の海外研修よりは観光が少ないかも知れませんが、その中でも充分にドイツの文化に触れたり、ドイツの人々との交流など、毎年訪れることによって、より深いものになっていることを感じます。

2017年ドイツ報告27

ヨーロッパの川というと、まず「ドナウ川」を思い浮かべます。それは、「ドナウ川のさざ波」だけでなく、「美しく青きドナウ」という曲などドナウ川を題材とした名曲が数々あるからです。この曲を作曲したのは、ワルツ王とも呼ばれるヨハン・シュトラウス2世ですが、当時、ウィーンではウィンナ・ワルツが隆盛した時期であり、数々のドナウを題材とした名曲が誕生しています。

もうひとつこの川が有名なのは、この川は、多くの国の中を流れているからです。不思議な気がします。日本では、国をまたがって流れる川はひとつもないからです。そのため、ドナウ川では、その川の運行には各国をまたがるため調整が必要になります。そこで、その沿岸国が加盟したドナウ川委員会が設立されており、その本加盟国は2014年から、ドイツ・オーストリア・スロバキア・ハンガリー・クロアチア・セルビア・ルーマニア・ブルガリア・モルドバ・ウクライナの沿岸10ヶ国とロシアを合わせた計11ヶ国にもなります。

川の長さで言うと世界2位です。しかし、1位の大河はヴォルガ川ですが、この川は、ロシアだけの川で、カスピ海に注いでいます。一方ドナウ川の源流は、ドイツ南西部シュヴァルツヴァルト(黒い森)と呼ばれる森林地帯です。そこから南ドイツを東に横断し、さらに東に流れてオーストリアのヴィーンを通り、スロヴェニア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ブルガリアを経て、ルーマニアとモルドバから黒海に注ぎます。その全長は2850kmだそうです。毎年訪れるミュンヘンを流れるイザール川は、ドナウ川の支流です。

私たちが乗船した船

こんなドナウ川のクルーズが、今回の研修ツアーの最後としてレーゲンスブルク市からのプレゼントだったのです。レーゲンスブルクはパッサウよりドナウ川の上流、ドイツの中に入った位置にあります。そして、ドナウ川とレーゲン川の合流近くに位置しているため、水上運輸の要所としての役割を果たしたのです。このレーゲンと、中世の城塞都市という意味のブルクを併せて街の名前になっています。この街は、支流が土砂を運んで来るために、中州がいくつもあります。ですから、私たちが乗ったクルーズは、この中州の周りの支流をめぐるものでした。

こんな時にドイツの文化を感じたのは、乗船チケットの改札です。日本では、スタンプを押すとか、はさみを入れるのですが、ここでは、チケットをちぎったのです。ちぎることで、使用済みでもう使えないということです。せっかくのチケットが瞬間にゴミになってしまうという感じで、もったいなく思ってしまいました。それから、市の人から乗船記念品をもらいました。なんと、海賊がよくしている黒い眼帯です。大の大人でも船に乗るとき、海賊になった気分になるのでしょうか?しかし、なんで海賊というとこの眼帯をしているのでしょうね。

船は石橋をスタートして進みます。途中には、船上ホテルがありました。また、中州の建物がお洒落です。ビールを飲みながら優雅な気分でクルーズが終わり、今回のレーゲンスブルク研修は終了しました。船を下りて、レーゲンスブルクでお世話になった市当局の人たちと別れを告げて、私たちはホテルに戻りました。そして、その夜は、グレッチェ夫妻、ベルガーさん、通訳の田中さんを招待して、お別れパーティです。

 

2017年ドイツ報告26

午後からの集合場所は、初日に市長主催のレセプションを行なった旧市庁舎前ですが、この隣には新市庁舎があります。この市庁舎が建てられる頃は、また低迷期にありシンプルな造りとなっています。そして、壁には、いかにも立派な窓枠のように見えるだまし絵が描かれています。そして、1階には観光案内所があります。

ここに集合したのは、グレッチェさんはじめ、彼女のご主人さん、市の職員さんたち、とくにイベント係や観光課の人たちで、午後の行動に一緒に参加してくれました。そして、私たちのために、日本語の観光ガイドさんをお願いしてあり、その案内で街の名所巡りをしました。

少し歩いて行くと、360度見回せる広場に出ました。この広場の周りの家は、富豪商人たちの家で、塔が高ければ高い程、その家を立てた富豪商人はお金持ち、ということを意味したそうです。その中で最も高い塔は、13世紀に造られたものだそうで、アルプス山脈より北に位置する、同類の塔の中で、最も高く、52mあります。

街の中を歩くと古代ローマ時代の市門の遺跡など昔を偲ぶ場所が残っています。ある城壁の石積みが壁の一部に残っている場所がありました。ドナウ川は、古代ローマ帝国とゲルマニアとの国境にあたる、レーゲンスブルクの町は古代ローマの要塞が起源となっています。ガイドさんはさすが、狭く曲がりくねった石畳の道や戦災をあまり受けなかったために中世の雰囲気が残っている街を巡りながらある場所に向かっていきました。

レーゲンスブルクは、古い美しい街並みが有名ですが、実は、大学や単科大学がある、学生都市でもあるのです。人口の5人に1人が学生だと言われているくらいで、確かグレッチェさんも、こちらの大学を出たと聞きました。そして、レーゲンスブルクは、レストランとカフェの割合が、ドイツでも一番多いといわれているそうです。その日の昼食に食べたワッフルだけでなく、お皿に乗り切らないほど大きなピザを焼くお店やケバブのお店もあります。ドイツ最古の喫茶店(1686年営業開始)もあれば、最も北にあるイタリアの街らしく、美味しいカプチーノを提供するお店も何件もあります。そして、石橋のたもとには、800年の歴史をもちドイツ最古といわれる、緑色の小さなソーセージ料理店(ヒストーリッシェ・ヴェルストキュッヘ)があります。地元の人たちもそれを知っているのか、買うための行列が出来ていました。

そんな街中を通って向かったのは、この街の世界遺産の中心であるレーゲンスブルク大聖堂(Dom)です。この建物は、純粋なドイツゴシック建築のすぐれた例で、バイエルン州の代表的なゴシック建築とも言えます。着工は1275年で、尖塔以外が完成したのは1634年のことで、尖塔の完成は実に1869年のことだったそうです。中に入ってみると、ステンドグラスの素晴らしさに圧倒されました。とくに正面に面したものは14世紀のものだそうです。さらに2009年に造られた世界最大の壁かけ型のパイプオルガンは、約37トンの重さがあり、4本の鋼鉄ロープでつるされているそうです。

そして、向かったのは、この街に入るときに渡った石橋のほとりにある船着き場です。ここで、ガイドさんとお別れです。次に市の方たちが計画してくれていたのは、ドナウ川のクルーズでした。