道徳的判断

正直さを促進させるには、ポジティブな結果となる話が有効であることが追認されているそうですが、私もそれは実験結果からではありませんが、日頃から子どもと接する中で思うところです。ずいぶん前のことになるかも知れませんが、ブログでも取り上げましたが、私の子どもが幼児だった頃、お話でもネガティブなものは好みませんでした。お話の中で名作と言われるものは、意外とネガティブな結果のものが多くあります。うそをついたことでネガティブな結果となる話で思い出すのが、私の子どもが嫌いだった「ごんぎつね」です。教科書にも取り上げられるほどの名作で、大人にとってはしみじみとした哀感のある話ですが、わが子にとっては、その結末は許せなかったようです。

うそや表情研究の第1人者であるエクマンは「ハロー効果」の影響に気をつけるべきであると示唆しているそうです。ハロー効果とは、ある特性が優れていると、ほかの特性も優れているととらえてしまう人間の一般的な認知の傾向を指すそうです。この作用はネガティブな方向にも働くそうです。つまり、ふだんの素行が悪い子どもは、うそをついていなくてもハロー効果の影響でうそつきであると誤解されることがよくあるそうです。これは、大人が子どもを育てる際に普段から心に留めておきたい重要なポイントだと林は言います。このように、大人が人間の認知的な傾向を認知する、つまりメタ認知することで、子どもの社会性を育む際に生かせる点があるようです。

うそと欺きについてのさまざまな研究を知ってくると、その発達における教育的意味を感じてきます。しかし、林は、他者にうそをつかれたり、欺かれたりしたままでは不利益をこうむりますので、他者の行為の善悪を適切に考える道徳的判断も必要になると考えています。他者を欺くことと、その行為を考える道徳的判断は「裏表の関係」にあるということで、道徳の発達について考察する必要があるというのです。

林は、「道徳」ということを考える上で、「カルネアデスの板」という、古代ギリシャの哲学者カルネアデスが提起した問題を紹介しています。

船が難破して二人の船員が波間に漂っているところへ1枚の板が流れてきたものの、その板は二人をともに支えるだけの浮力がないため、一人の船員が助かりたい一心から、もう一人を溺死させて生き残ったというものです。

ここでの問題は、「その生存者が許されるかどうか」ということです。もし感情を排して冷徹かつ「論理的」に考えれば、二人ともが死んでしまうのを避けて一人でも生き残ったことは、功利主義的に考えれば望ましいことだったといえるかもしれないと林は言います。功利主義とは、哲学者ベンサムの「最大多数の最大幸福」という言葉で代表されるように、善悪は社会全体の効用や公益性などによって決定されるとする考え方です。刑法でも、「カルネアデスの板」のような場合、「緊急避難」の規定で、一定の要件を満たせば罰しないとされているそうです。しかし、私たちの多くは、他人を犠牲にして自分だけ助かろうとすることに、道徳的によくないものを「直感的」に感じてしまうと林は言います。豪華客船タイタニックの沈没を描いた映画「タイタニック」では、ジャックは愛するローズを救い、自分は海に沈んでいくという痛ましくも感動的なシーンがありました。私たちがローズの立場になれば、生き残ってしまった自分は本当に良かったのかと心の中で自問しながら生きることになるかもしれないと林は言います。

道徳的判断” への12件のコメント

  1. 「子どものうそを低減させる、正直さを促進する」という部分が印象的でした。嘘の発達を知ってきましたが、確かに、嘘をついてもいいということではありませんね。嘘も使い方次第ですが、嘘をつくよりも、正直であった方がいい場面では、そのように振る舞える人に子どもだけではなく、大人もならなければいけないなと感じました。そして、実験の結果はとてもおもしろいですね。「正直さを促進するには、ポジティブな結果となるお話が有効」とありました。そして、「不正直さという負の面を強調するより、正直さという正の面を強調する方がよい」ともありましたが、確かに大人はついつい、正直さよりも、「不正直さ」の方を強調して、子どもに関わっていることが多いように思います。私もそうですが、ついつい負の面を強調してしまいます。「子どもはネガティブなことに対して敏感なので、それを強調する道徳的な話は、幼児の正直さを促進する上で十分ではないかもしれない」とありました。ネガティブなことに敏感ということは、ついついそれを避けてしまうような嘘をついてしまうということにもなるのでしょうか。私自身ももっとポジティブな部分に目を向けれるようにならなければと思いました。

  2. 「うそをついたことでネガティブな結果となる」話には、子どもの躾の意味があってのことであると思いますが、意外にも多いことに気がつきます。社会に出る上では、守らなくてはいけないルールがあるということを伝えようとしている中、子どもを恐怖や強制などによって制御するような文化になってはいけないのですね。あくまでも、自らが自分の思考によって善悪を判断し、道徳的な行為ができるような環境を用意しなくてはならないことを感じます。具体的には、嘘や欺く行為と、その道徳的行為とが「裏表の関係」にあるということを大人がモデルとして伝えていかなくてはと感じました。そして、二人の船員が船の難破によってどのような行動をするべきかという例は、非常に判断が難しい要素で溢れていると感じます。正義とは?道徳とは?生きるとは?といった永遠のテーマのようなものに対して、どれだけ触れ合ったかという経験が、何か子どもに社会性を感じさせるものになっていくようにも思いました。

  3. 「ハロー効果」の話を聞いて、刷り込みを連想しました。ふだんの素行が悪い子どもは、うそをついていなくてもハロー効果の影響でうそつきであると誤解されることがよくあるとあり、大人が子どもを育てる際に普段から心に留めておきたい重要なポイントとあります。本当にそうだと思います。子どもはこうだ!なんて大人の常識を押し付けていては、子どもの成長だったり、発見はなかなか見えてこないんじゃないかなと思います。
    道徳の話で、「カルネアデスの板」の話が上がっていますが、始めてこれを読んだとき、助かった人に対していい印象は持ちませんでした。これが、「助かりたい一心」ではなく、一人が「俺がお前を助ける」と言われながらもう一人が助かったら、悪い印象は持たなかったでしょう。結果は同じでも、行動の意図でこんなにも印象が違うだなと感じました。こういった問題の正解なんてわかりませんが、問題を考えること自体がすごく大切なんだろうなと思いました。

  4. どの話も〝裏と表〟があるということに気がつきます。「カルネアデスの板」の話しも、第三者的に読んでいると「しょうがない」と思えますが、自分が助かった方であるならば、その後どのように考えるか…と思うと胸が痛くなります。
    「タイタニック」の話しは映画を何回も観ましたが、いつもジャックの立場であったか、第三者的な立場で観ていたことに気がつきました。視野が狭いですね。
    〝生き残ってしまった自分は本当に良かったのかと心の中で自問しながら生きることになるかもしれない〟とありました。子どもたちにも何が道徳で、良くて悪いのか、という社会性のようなものをどれだけでも感じさせてあげられる経験が後に活きてくるのでは、と思いました。

  5. 「ごんぎつね」も辛いけど、「なめとこ山の熊」も辛い。「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」。宮沢賢治の言葉から。ストーリーはハッピーエンドに終わってほしい。私の正直な気持ちです。映画「タイタニック」。あの結末も苦しかった。あの結末に至るプロセスを主人公たちと体験した観客の一人として、ジャックとローズが助かって、めでたしめでたし、でもいいのではないかと私は思いました。私も悲しい結末は許せません。さて、「ハロー効果」。このことについては大いに思い当たるところがありますね。保育園の頃は、この子、一体どうなるのだろうか?と思っていた子が中学生になって病気の母親を甲斐甲斐しく面倒見ていた場面に出くわし、その子に対する嘗ての認識をとても反省したことがありました。「カルネアデスの板」のような喩話はたくさんあります。正直言って、わかりません。私は何事にもポジティブ面とネガティブ面があると思っています。「裏表の関係」これはありとあらゆることに通じると思っています。陰陽とは実に見事な真理です。ポジネガがあるならば、私はポジで良い、と思っています。

  6. 確かに名作と呼ばれるお話はネガティヴな結果で終わるものが多いなと思い返してみて思いました。もしかしたら名作と呼ばれるのは、「大人にとってはしみじみとした哀感のある話」とあったように大人の基準なのでしょうか。また「ハロー効果」は今までの経験上よくわかりますし、このような刷り込みが生む捉え方には注意していかなければいけませんね。ここからもチーム保育の重要性を感じるところがあります。
    「カルネアデスの板」はそのタイトルは初めて知ったものの、内容は知っていました。これは確かに道徳的判断として難しいところがありますね。最後にこのようなシーンを用いる映画では、「その人の分も生きる責務がある」という形になるものが多い気がしますが、自分だったらと置き換えて考えると、どうしても「生き残ってしまった自分は本当に良かったのかと心の中で自問しながら生きる」ことにはなってしまいそうです。何が正しくて、何が道徳的なのかというのは、やはり難しい部分がありますね。

  7. 「ハロー効果」は気を付けないといけないですね。どうしても一つのことが目立ってしまうと、それが、その人の印象づけてしまいます。子どもに限らず、大人でも同じ様なことが言えるはずです。見守る保育の三省に「子どもの存在を丸ごと信じる」とあります。どうしても普段の行動などで、その人を判断していしまいがちですが、それでも心では信じることが大切なことだと思いました。たとえ、子どもがウソをついて悪い事を隠したとしても「大人が君の事を信じているよ」と言ってあげると、自分の悪さを認め、逆に素直になると思いますが。「正直に言いなさい!」とほぼ脅しのような言い方だとかえって言いにくく、それこそずっとウソをつき続けなければいけない可能性だってあります。

  8. 「ごんぎつね」の話を改めて読んでいくと、確かに最初はいたずらなど悪いことをしていて、その後きっかけと共によい行いをしたが、結果として、哀感なものとなった、このことは、ハロー効果とあるように悪いことを日頃からしていたために、また、悪いことをしているのだろうと相手に感じさせるということに繋がるのですね。確かに、冗談ばかり言っている人が、ふと真面目なことを言ってもなんだか、信じがたい部分が気持ちに生じます。
    また、道徳とうその関係性は深いものを感じます。助けた代わりにしんでしまえば、私のせいでと思ったり、まわりからあなたのせいでというような様々な思考が生まれてきます。絵本には、ネガティブな終わりかたがある話が多くあるなかで、死んだり、悲惨な目にあった方のことを考えてみたりしますが、それでは、その対照的な存在となった人はどうなのだろうという思考を持つことは大切ですね。そんななかである、他者からの言葉かけというのは、意味のある嘘であるように気がし、その助かった者へ対して、気持ちを理解するとか、しょうがなかったなど、社会性をもった対応をしていると考えられました。

  9. 「正直さを促進させるには、ポジティブな結果となる話が有効である」というのは念頭に置いておきたいところです。様々な経験を重ねる上で必ず人の感情と向き合うことは多くあるでしょうね。その中で「他者を欺くことと、その行為を考える道徳的判断は「裏表の関係」にある」というのもまた経験から得られることなのかもしれないと感じます。さらにそこから「カルネアデスの板」という道徳的には究極の部分であるところに直面した場合どんな行動をとるかに現れてくるのでしょうね。子どもたちは保育園という環境の中にいるからこそ道徳的な場面に直面しどう行動とったら良いのかというのを学んでいくように思います。またそこでの保育者の関わりでポジティブな考えに変わって要因であることも理解できます。

  10. 「ハロー効果」という言葉がとても印象的でした。普段の保育でもこのハロー効果を感じる機会があります。今年から、1歳児の担任をさせていただいていますが、子どもはまだ話せない子が多いです。そんな中で、子ども同士での玩具の取り合いが起こると、どちらが先に持っていたのだろう?という場面もよくあります。その時に、普段からお友達のものを横からとってしまう子だと、また取ったのだろうと思いがちですね。
    でも、本当はその子が取られている立場だったかもしれません。大人の決めつけや勝手な思い込みで子どもに押し付けることには注意したいと感じました。

  11.  「ハロー効果」特に日本人は強いように思えたのですが、主観的な感想です。一度ついたイメージを覆すことは容易なことではないことを改めて思います。ただ、一側面だけを見た場合には悪ととれることも、もう一側面にはまた違った見方があることもあり、右向け右の精神ではありませんが、世論を前にして、世論とは別の片側を支持したり、世論に引っ張られずに自論を展開していくことに勇気がとても必要な性質を、日本人は携えているように思います。恥をかくことを必要以上に恐れたり、他者とは違った意見をもつことをいけないことだと思ったりするような、劣等感からくるような感性ではなく、奥ゆかしさのような美徳からくる精神で、論じられている物事への意見の出し引きを考えていけたらと思いました。

  12. 「ハロー効果」に関しては、保育者はつねに意識していなければいけないことだと思います。「素行が悪い子どもは、うそをついてないなくてもハロー効果の影響で嘘つきであると誤解される」ということは人との関りの中でよくあることです。「オオカミ少年」の話とも似通っている部分があるように思います。一側面だけで人を判断することはしないように心がけていかないといけないなと感じることは多くあります。さて、今回の話で「道徳的判断」の話がありましたが、以前の「トロッコ列車」に似ているように感じます。「論理的思考」「功利主義的判断」が正しいとは理解していても、どこかで後味の悪さを感じてしまうのは直観的に道徳的によくない側面もあるということを感じてしまうからなのでしょうね。

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