IQと死

エディンバラ大学のイアン・ディアリは、11歳の時点でのIQと、85歳の誕生日をお祝いできる可能性とのあいだには、もっと直接的な関係があることを発表しました。しかし、これだけでは、社会的剥奪の影響とIQの影響を区別することができません。そのとき、1970年代にベーズリーとレンフルーの在住者で、1932年にIQテストを受けた人を追跡調査したことが役に立ったのでした。そこでは、対象者の健康状態、雇用、社会的剥奪のレベルを中心に調査されていたのです。この調査から、ディアリらは、1932年にIQテストを受け、なおかつ70年代に中年期の健康診断を受けた男女、それぞれ549名と373名の所在を確かめることができたのです。ですから、この人たちのその後4半世紀の生活状態は、国の記録を使って追跡できたのです。

IQの平均値は100で、85~115までの範囲に全体の三分の二の人がおさまります。ディアリが1932年のIQ一斉テストのデータを分析したところ、社会階層と社会的剥奪のレバルを統計的に処理すると、11歳の時点でのIQが1ポイント下がるごとに、77歳までに死ぬ可能性が1%高くなることがわかったそうです。正常とされる範囲内でも、たとえばIQ=85の人が77歳の誕生日をお祝いできる確率は、IQ=100の人より15%低くなるということです。

社会階層が下の集団になると、その影響がさらに強くなるそうです。経済的な困窮が健康を低下させることは衆知の事実だそうです。しかし、ディアリの分析で明らかになったのは、社会的剥奪、教育的剥奪、経済的剥奪の3条件は、それぞれ単独でも多少の影響があるとはいえ、全部が揃わないと、IQ死亡可能性の関係はできあがらないということだそうです。両者の関係は、もっと有機的なものであるに違いないとダンバーは考えています。

これに関してよく言われるのは、IQは発達段階初期の指標ではないかということです。「生物としての完成度」、すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです。胎児期の成長のしかたが、成人してから心臓疾患にかかる危険性や、心臓発作で死ぬリスクを左右することはすでに知られているそうですが、どんな胎児期を送ったかは、生まれたときの体重にも影響するそうです。そして出生時体重が少なかった子どもは、学校の成績、ひいてはIQもふるわないということが言われていると彼は言います。

映画「ビューティフル・マインド」は、ナッシュ均衡を発見し、1994年にノーベル経済学賞を受賞した天才ジョン・ナッシュを描いたのもです。ただし、このタイトルからは、ビューティフルな頭脳の持ち主が、肉体もビューティフルかどうかまではわからないとダンバーは言います。いや、ナッシュを演じたラッセル・クロウがどうというのではありませんが、ダンバーの経験では、学生の時一緒だったガリ勉たちが、みんなダサくて、カッコ悪くて、みっともなかったかというと、そうでもなかったと言います。立派な身体つきの者もたくさんいたそうですし、スポーツができるやつもいたそうです。

この映画は、私は観ていないので、その内容についてはコメントが出来ませんが、たしかに私の高校には、非常に成績がいいのに、そうガリ勉でもなく、スポーツも得意で、スタイルもいい同級生が何人もいました。その観点からだけで比較すると、世の中は、不公平だということを感じたこともありました。

IQと死” への13件のコメント

  1. 「すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです」とあり、私が持っていたIQの印象と違うので、驚きました。IQというとただただテストの点が表す知能指数とばかり思っていました。体のシステムが効率よく機能しているかということもそれに当てはまるのではないかと考えられているのですね。体のあらゆるシステムがバランスよく作られることで、効率よく学習をすることができると考えるとそのように繋がってくるのかなと思いました。また、どんな胎児期を送ったかということが影響するというのも興味深いですね。それだけ胎児期、乳児期での過ごし方がその後に与える影響が大きいと言えるのですね。また、確かに私の周りにも勉強もできて、体格も良くて、スポーツもできて、かっこいい人が何人かいたなと思い出しました。近所に住んでいる幼馴染なんかはまさにそんなタイプです。そして、私も「不公平なもんだ」と思ったことが何度もあります笑

  2.  「『生物としての完成度』、すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです。」とても興味深いですね。「胎児期の成長のしかたが、成人してから心臓疾患にかかる危険性や、心臓発作で死ぬリスクを左右することはすでに知られているそうですが、どんな胎児期を送ったかは、生まれたときの体重にも影響するそうです。」生まれつき備わっている天分というものが人にあるとして、それが生まれた時にある程度わかるようになる、というのは発展しすぎた考え方でしょうか。いや、むしろその考え方をしっかりと理解できるならば、生まれたその子に無理をさせることや、過大に期待することも控えて、その子の生きたいように生かせてあげるという、見守る精神の擁立が保護者に迫られることになります。実はそれこそが本来の子育ての基本であり、子どもの人権を守ることであるようにも思えてくるところです。過保護や過干渉といったものも、根本は子どもを信じているといった愛情の部分からでなく、恐れや不安、心配、もっと言えば保護者の抱える劣等感からそういった現状が生み出されてしまっているのではないでしょうか。生まれたその子を信じ、その子の人生を信じてあげられるような指標があることは、あながち悪いこととは言い切れないようにも思えてきました。

  3. 「経済的な困窮が健康を低下させる」と言われていましたが、「社会的剥奪、教育的剥奪、経済的剥奪の3条件」が揃わないと関係が出来上がらないということで、決してお金のみの問題ではないことが理解できます。また、IQというものを、「効率よく機能しているかを測るものさし」として認識することで、単純に人と人とを比較するものという感覚ではなく、その人個人の発達の「指標」としても使用できるということが新鮮に感じました。比較するよりも、個人で見ることでIQという数字の見方が変わってきます。そして、「文武両道」という言葉があるように、それを体現できる人はなかなかいないように思っていましたが、実際にはたくさんいるようですね。ましてやそれに加えて容姿端麗ともなると、何が起きたんだ…と思ってしまいますね。

  4. 最後に書いてあります、「世の中不公平だと感じた」という一文にクスッときました。自分の同級生にも、勉強、運動、おまけにイケメンで高身長と欠点の無いような友達がいました。ほんと、不公平です。
    さて、IQは発達段階初期の指標ということは初めて知りました。知能の良し悪しを表している数値としか思っていませんでした。胎児の成長のしかたが、成人してからの心臓疾患に関わる危険性や、心臓発作で死ぬリスクを左右することも初めて知りました。そして、出産時の体重と学校の成績、またはIQに関係していたことも初めてしり、驚きの連続です。
    受精して生命として誕生した時から成長が始まっており、それを考えれば、出産した日より、受精した日で学年などを分けるべきという話にもつながる気がします。発達で子供を見ることの重要性を改めて認識しました。

  5. 〝身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないか〟とありました。I.Qはこれまで頭が良いか悪いかを測るものと思っていましたので、新鮮なものに感じました。ということは、I.Qは他者と比較して、良いか悪いかではなく、その人個人の発達が順調に進んでいくのかということが分かるものであるのでしょうか。
    自分はI.Qテストを受けたことがないので内容について分かりません。どのようなものなのか気になるところです。
    そして、カッコよくて、頭が良くて、スポーツができる人というのは確かにたくさんいると思います。思春期の頃にはそのような人たちに憧れのようなものを感じたことも確かにあります。そんな人たちはI.Qが高めであるのでしょうかね。

  6. 今回の内容は驚きの連続でした。まず「11歳の時点でのIQが1ポイント下がるごとに、77歳までに死ぬ可能性が1%高くなることがわかった」とあった結果に対して、さらに「社会階層が下の集団になると、その影響がさらに強くなる」ことに驚きました。ここまで正確な数値が出たことにも驚きましたし、IQの重要性、そして「身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさし」がIQという捉え方は、今までの私には全くなかったので衝撃でした。IQの重要性、捉え方などの新しい知見をより多くの人が知っていく必要性がありますね。また「容姿端麗」「頭脳明晰」「スポーツ万能」という3拍子揃っている人が私の知り合いにもいました。むしろこの3拍子の中のどれか1つや、2つというよりも全て揃っている人の割り合いの方が高い気もしています。そういう人のは何でも平均以上にできてしまう器用さのようなものがある印象です。それはIQが高く、機転がよく効き、効率良く何ごとにも取り組めることが理由にあるのでしょうか。

  7. IQと死の関係性が゛社会階層と社会的剥奪のレバルを統計的に処理すると、11歳の時点でのIQが1ポイント下がるごとに、77歳までに死ぬ可能性が1%高くなることがわかった゛とあることは驚きでした。単純にIQに見られる知的な部分で言えば、11歳からも上がっていくというのがありましたが、この時点から下がるというのは、文章にあるような社会的要因が大きいのでしょうね。その社会的要因が死との関係を深めているというのは、IQは単なる知脳指数を図るものばかりではなく、゛IQは発達段階初期の指標ではないか゛という゛「生物としての完成度」、すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているか゛とあることからも認識を変えていかなければならないなと思いました。顔もよく、体もしっかりしてる、運動もできるという人へ対して少し、いいななどと思ったことがありますが、このIQの見解から見れば、そうであることも納得してしまう部分がありました。

  8. 天は二物を与えず、という諺がふと思い浮かび、その真意を調べたところ、ヒトには長所もあれば欠点もある、ということで、今回ブログの本題とあまり関連していないな、ということに気づきました。「11歳の時点でのIQが1ポイント下がるごとに、77歳までに死ぬ可能性が1%高くなる」というデータ。やはり、IQが低いと長生きできる可能性も低くなるのか、と何だか納得できたような。ところで、最近はIQテスト、やっているのでしょうか。我が子がそうしたテストを受けたという記憶がないどころか、わが子のIQ値は果たしていくつか、と思ったりもしました。しかも、わが子は早産のゆえ「出生時体重が少なかった子ども」でした。「学校の成績、ひいてはIQもふるわない」・・・う~む、当たっているような、そうでもないような。しかし、自分のことは自分でしっかりと考えているようですし。まぁ、訊かれたら答えを出す準備だけはしておこうと思います。本当に「頭の良い人」を何人か知っています。実にスマートです。クレバーです。しかも、字も上手です。羨ましい限りです。

  9. 「すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです」という言葉がとても印象的でした。私の勝手な基準ですが、頭のいい人というのは私の中で、勉強ができる人に限られないと思っています。他人を見ていて、勉強に限らず何かをするうえで効率のいい人は、頭がいい人だなと思うことがあります。と言っても、勉強ができる人は基本的に効率がいい気もします。また、胎児期の成長のしかたや、生まれた時の体重が死ぬリスクに関係していることには驚きました。研究によって出された結果には知るたびに驚かされています。研究には膨大なデータが必要だったり、時間も必要なことを考えると疑問に思ったことを研究し追及してきた研究者たちはすごいなと感心してしまします。

  10. IQのポイントが下がることで生き延びる確率が下がるというのは驚きです。『「生物としての完成度」、すなわち身体のすべてのシステムが順調にでき上がり、効率よく機能しているかを測るものさしがIQではないかということです。』というのもまた以外なことでした。IQといえば頭がよく、テストができる人という印象で私には少々無縁なのでは…と思っていましたが、死と関係してくるとなるとそれはだれしもに関係してくることですね。ガリ勉たちの話が出ましたがガリ勉は確かに少しダサいのではという印象もありますがそうではなく本当に頭のいい学校というのはイケメンは美女が多いのかもしれないですね。これは一体なんでですかね…。

  11. 最後の映画からの話ではとても共感します。頭も良き顔もよく運動もできる、ただただ嫉妬していたように思います。
    出生体重によって、IQが左右されてしまうというのは実際はどうなのでしょうか?IQ死亡においては、社会的剥奪、教育的剥奪、経済的剥奪の3条が揃わなければ繋がらないとあるので、日本ではなかなか揃わない場合が多いようではあるでしょうが、そんな死亡説として上がるのも全く関係ないわけではないと考えたからでしょう。そう考えられるのがすごいです。

  12. 私が小学5年生の時に自宅の目の前に転校生が来ました。彼はブログに書いてあるようにスタイルも良く、運動もでき、そして勉強もでき、私から見るとパーフェクトな存在でした。彼は最終的に都内の有名な国立大学にすすみ、証券会社で働いていると聞きます。誰から見ても幸せな人生を送りそうですね。しかし、私は「幸福感」というのは個人が決めるものだと思います。私は彼に比べると、勉強もできないですし、背も高くありませんが、少なくとも幸福度では負けていないと思います。IQが低くなるにつれて、寿命が短くなると数字では表されていますが、「社会的剥奪、教育的剥奪、経済的剥奪の3条件は、それぞれ単独でも多少の影響があるとはいえ、全部が揃わないと、IQ死亡可能性の関係はできあがらない」と書いてあります。そうであるならば、少なくとも乳幼児期の教育をしっかりすることで、教育的剥奪は消えるわけで、3条件は揃わなくなります。数字で見ると、少し驚き、不安になるかもしれませんが、私たち、保育の現場がしっかりとした実践を行えばIQが低かろうが関係ないかもしれません。

  13. IQと健康は関係があるのです。IQが寿命にもかかわりがあるというのはどうも信じ難いですが、統計的に見るとそういったことが一概にも違うとはいえない結果が出てきたのですね。確かにIQが高いことで社会的な活動は活発になり、社会的剥奪や教育的剥奪、経済的剥奪が起こることは少ないと思います。「身体のすべてのシステムが順調にできあがり、効率よく機能しているかを図るものさしがIQ」とあります。このことを感がると今までのIQの見方とは大きく変わってきますね。確かに学生の時にそれほど勉強していなくても成績がよく、スポーツもできるといった同級生は存在しました。今思えばここで出てくるIQが高い人だったのかもしれません。人は生まれながらにして、決まった宿命や使命があるのかもしれません。成長の仕方と生涯のIQがある程度決まっていると考えるとそんなことを考えてしまいます。

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