心の理論の発達・発展

NHKの「福祉ネットワーク」という番組で放映された自閉症児は、幼いころから家を飛び出して行方がわからなくなることがたびたびあり、母親は強いショックを受けていたそうですが、あるとき、一緒に車で買い物に出かけると、彼は次々と別の方向を指示し、遠い隣町のスーパーにたどりつけたそうです。母親は、これまで彼が遠くまで飛び出していたのは、道がどこまで続いているか調べていたからではないかという可能性に気づき、息子の心の世界に触れることができたと話しています。そして、「私が持っているものさしと、子どもが持っているものさし、物の見方は全然違っているかもしれないけれど、これまでは世の中はこうなんだ、こういうときにはこうしなければいけないっていうのが自分の中にあったんです。でも、息子と接するなかで、自分のものさしですべてを計ってしまったのでは、この子の気持ちはわからないことに気づきました。」とインタビューに答えていました。

このように、人間にはそれぞれ個性があり、その違いを認識することで、自閉症児や障害者に対する見方が変わり、人間として温かい交流ができるようになるだろうと林は言います。それは、近年の特別支援教育の充実にも現われていると林は思っています。本当にそうであればいいですね。しかし、まだまだ無理解の中で苦しんでいる人も多い気がします。人間とは、障害であるか、健常であるかというような区別が出来るような単純な生き物ではありませんし、それぞれの違いが、社会を形成するためには必要な存在なのです。それは、障害者と呼ばれる人だけでなく、無力だと思われている赤ちゃんにしても、非常に有能であることがわかっています。

現在の研究では、定型発達の子どもでは、4~5歳児ころから誤信念課題に正答でき、こ心の理論を持つようになるとされているのが、多くの心理学の教科書で紹介される基本事項となっているようです。だからと言って、3歳頃までは他者の心を理解できないということではないようです。たとえば、母子関係を見ていると、母親の見た方向に赤ちゃんも視線を向けたり、母親が語りかけたりすることに赤ちゃんが反応していることがわかっています。逆に、赤ちゃんも何かを見つけると、母親の目を見ながら、それを指さしたり声を上げたりすることがわかっています。

敵を見つけたベルベットモンキーが「聞き手である仲間が何を知っているか」にはお構いなしに、自己中心的に警戒音を発し続けます。ここには心の理論は動いていません。ベルベットモンキーは、いわば反射的に警戒音を出しているだけで、仲間に真の意味で、「敵の存在」を「知らせよう」としているのではありません。それに対して、人間の赤ちゃんは絶えず指さしによって、他者に何かを「知らせよう」とします。つまり赤ちゃんは、誤信念とまではいかなくても、他者の心の状態に反応して、行動しているのだと林は言うのです。これはまちがいなく、心の理論の萌芽であり、コミュニケーションの芽生えではないかと彼は言うのです。

それでは、誤信念課題に正答できるまでに、どのような形で心の理論が見られ、発達するのでしょうか。また、幼児期に誤信念理解がはっきりするとしても、まだ大人のコミュニケーションとは隔たりがあります。大人へと向かう過程の児童期には、どのような心の理解や社会性の発達が見られ、発展していくのかを林は考察しています。