重なり合う領域

「教育」とは何か、どのようなことを子どもたちに学習させる必要があるかということは難しいですね。私は、ダンバーが言う「教養」とか「学識」というものがとても重要であると思っています。私が高校を受験したときに、受験科目は9科目でした。英、数、国、理、社に加えて、音楽、保健体育、美術、技術家庭がありました。それらは、すべて筆記テストですから、丸暗記をしました。音楽では、各学年で習う必修鑑賞曲のはじめの何小節を階名で暗記しました。そして、和音、移調、転調を習いました。それが良いのか悪いのかは別として、楽譜は読めるようになりましたし、和音の伴奏でピアノも弾くことができるようになりました。クラッシックを聴いても、いくつかは口ずさめるようになりました。

体育では、いくつかのスポーツのルールを覚えましたし、どの体操が体のどの部分を鍛えるかなど、美術では、補色関係や色と光の三原色、黄金比、有名な画家の代表作、技術家庭では、釘を打つときには、「木表」を上にするほうが、板の両端が浮いてくるので、その浮きやすい部分に釘を打つ事が出来、「木裏」を上にすると、ささくれだってしまうということや、のこぎりを使うときには、木目に沿って切るときには粗い歯のほうを、木目に対して直角や斜めに切るときには、細かい目の方を使うとか、やわらかい板や薄い板を切るときには15~30度の角度で切り、堅い板や厚い板を切る場合には30~45度の角度で切るといいとかを覚えました。金づちは、打ち始めはへこんだ方で、最後打ち付けるときにはふくらんだ方で打つということも覚えました。

これらの知識は、私にとっては、実際には現在大いに役立っています。しかし、その後入試改革が行なわれ、3教科、もしくは5教科になり、その他はふだんの授業による内申書というもので判定されるようになっています。また、大学ではもっと専門化していて、文系と理系に分かれることが多く、保育は文系になっていることが多く、数学や科学は基本的には学びません。

ダンバーは、進化生物学と認知心理学と人類学の重なり合う領域で活躍しています。学問、研究は、決してひとつの分野からだけでなく、さまざまな観点からの考察が必要になってきます。とくに、人間を研究対象とする場合には、なおさらです。ダンバーは、ヒトの心や行動を、進化という背景から解き明かしていきます。その発想から、ダンバーの名を一躍知らしめた「ダンバー数」という概念が生まれたのです。

ヒトは、一夫一妻という夫婦の形を取る上で、1対1のつながりを持たなければなりません。そのつながりは、より複雑な交流であり、うまくいかなそうな相手を見抜いたり、相手に合わせて自分の行動を変えたりしなくてはなりません。こうしたつきあいは、脳が大きくならないとこなせません。つまり、婚姻スタイルは、脳、それはすなわち心の発達、進化に深く関わっていることになります。

そこで、ダンバーは、霊長類の群が大きくなるほど脳の新皮質の比率も大きくなるという相関を見出します。そこから類推すると、ヒトの場合は、気の置けないつながりを維持できるのは、ほぼ150人という規模になるということを発表したのです。それは、膨大なデータと緻密なリサーチを重ねた末の成果なのです。最近、その数字はネット・コミュニティ論や組織論などとしても、あらためて脚光を浴びています。