教養人

ダンバーは、現代のルネッサンス的教養人はもう人文科学の世界に出現しない反面、隠れた才能を持つ科学者は枚挙にいとまがないと言います。例えば、科学者中の科学者であるアインシュタインからしてそうだと言います。数学者の多くがそうであるように、彼もまた音楽に造詣が深く、ヴァイオリンが上手だったそうです。ユーディ・メニューインほどではなかったにしろ、有名なオーケストラと一度ならず共演しているそうです。アインシュタインなんていかにもすぎる、と思われる人には、19世紀ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンをダンバーは紹介しています。彼の作品は、当時としては最先端の作曲技法を駆使していることで有名ですが、そんなボロディンの本職は科学者で、多大な研究業績を残しているそうです。

ロシアの科学者とのつながりで思い出すのは、もうひとりの偉大なる天才アレクサンドル・ソルジェニーツィンだと言います。彼は、ロストフ大学で数学の学位を取得後、物理と化学を教えていましたが、その後作家生活に入り、数々の小説で不朽の評価を確立しました。そう考えると、ダンバーは、自分の国であるイギリスにもC・P・スノーがいると紹介しています。スノーは、ケンブリッジ大学の物理学者であり、のちにはイギリス政府の顧問的な役職に就いた人物だそうですが、そんな「逆境」をものともせず、1940年代~50年代に小説家としての揺るぎない地位を確立したそうです。その他にも、ダンバーは文学や芸術の分野に才能を発揮している優秀な科学者を何人も挙げています。

そして、それは有名な人物だけでなくても、彼自身の限られた交友関係だけでも、音楽団体で定期的に活動している科学者が6人は思い浮かべることができると言っています。例えば、室内オーケストラに属しているのが二人、古楽器アンサンブルがひとり、マドリガル・アンサンブルで歌っているひとりはクラリネットも吹くので、地元のジャズバンドによく助っ人に行くそうです。そのほかに、画家もしくはイラストレーターとしてこづかいを稼ぐ者も3人いるそうです。もちろん、彼らは専門の研究活動も続けているというのです。

最後に二人の物理学者に捧げられたアメリカのミニマル・ミュージックの話題から、芸術作品の題材にまでなるのですから、科学は決して無味乾燥ではないのだと強調します。ルネサンス的教養人は、いまも健在だというのです。ただし、人文科学の研究室を除いてもそれはお目にかかることができず、彼らは、理系学科の教室で、実験作業台に向かっているはずだというのです。

ダンバーは、私たちは詩人と科学を結びつけることはあまりしないと言います。しかし、偉大な詩人とただの語呂合わせ屋の違いは、優れた科学者と凡庸な科学者の違いと同じではないだろうかと言います。それは、鋭い観察眼と深い内省があるかどうかであると言います、人間の文化は、形を問わず、このふたつに支えられていると言っていいだろうと考えています。例えば、スコットランドが生んだ最高の詩人、「貧しき農民詩人」として親しまれているロバート・バーンズは、家庭教師ジョン・マードックから当時まだ芽生えたばかりの科学の知識を授けられ、そこから多くのものを得たはずであると言います。マードックが、もっと金になる仕事のために家庭教師を辞めたあとは、父親が息子たちの教育を引き受けました。父親がエアー読書愛好会の支部から借りてきた、ウィリアム・デラムの「自然神学」や「天体神学」もバーンズに大きな影響を与えたに違いないと考えられているそうです。